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人の名前を覚える簡単な方法

今回は、「ちりつもばあちゃんの生きる知恵」です。
『99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』



新年度が始まります。
新しい出会いもあります。

そこで一つだけ、やっかいなことが。

「人の名前を覚えられるか?」


たまに、本気で忘れてしまうことがあります。
そんな人にかぎって、なぜかばったり再会。
会話が始まってしまうのですが、
こちらは気もそぞろ。

「この人の名前、なんやったっけ・・・」
「あぁ、名前を言わなくて済むように会話をもっていかなくては」

うまく乗り切ったとしても、
名前が分からないままだと、悶々とした気持ちになりませんか。


そんな私に、ちりつもばあちゃんが、
「人の名前を1回目でばっちり覚える」方法を教えてくれています。



人の名前を覚えるコツ

1、手ェに覚えさせる

初めて会った人と別れたら、
聞いた名前をすぐ紙に書いておくんです。

「手ェに覚えさす、言うてな。手で書くねん。
だから、いつも紙とエンピツは持っときや」



手ェに覚えさす。

すごく好きになりましたよ、この言葉。
私も書いて覚える派なので、嬉しいです。
人の名前を覚えるときにも使うっていうのは思いつきませんでした。
これはやったほうがいいですね!



2、会ってる間に何回も名前をつけて話す

ばあちゃんは言います。
「話してる間に忘れてしまう?どもない、どもない。
1回名前聞いたら、話してる間に、
何回も○○さんって、あたまに名前つけて呼ぶねん」


これもいいですね。
人の名前を何度もつけて会話することって
あんまりないような気がします。
名前をつけて会話をしても、何の支障もないですね。

これも使えます!



3、帰り際にもう一度聞く

2の方法をやらなかったとしても、大丈夫!

「忘れてしもても大丈夫やで。
お別れする前に、
『すんまへんけど、もう一度だけお名前教えてください』って
言うたらええねんで」



おお~、これはなかなか・・・やったことがないですね・・・。
でも、2回目に会ったときに
「お名前、なんでしたっけ?」などと尋ねるのは、
失礼にあたるんですよね。
だから、聞きにくくなるわけですが。


最近、名前を忘れたときにはこう言うってのを見ました、
「お名前なんでしたっけ?スズキさん?
いえいえ、苗字は分かってます。下のお名前を忘れてしまって」

こう尋ねるといいって。
う~ん、ちょっと怪しいな・・・。
不自然なことをするくらいなら、
1回で名前を覚える努力をしたほうがスッキリしますね。


自分の名前を忘れられていたら、
諦め半分、しかしけっこうなダメージを受けます。

逆に、ちょっとしかしゃべってなかった、ずいぶん久しぶりに再会したのに
自分の名前を覚えていてもらったら、
驚くと同時に、すごくすごく嬉しいものです。


人の名前を1回で覚えておくだけで、
相手を喜ばせることができます。


人の名前を1回で覚えるコツ
・紙に書く
・会話のなかで何度も名前で呼びかける
・別れ際にもう一度、名前を聞く


ばあちゃんは言います。
「できる人とできへん人の差は大きい」

ばあちゃん、辛辣ですゎ。
なぜ辛辣なのか。
なぜ、名前を覚えることをこんなに重視するのか。



存在   川崎洋

「魚」と言うな
シビレエイと言え ブリと言え
「樹木」と言うな
樫の木と言え 橡の木と言え
「鳥」と言うな
百舌鳥と言え 頬白と言え
「花」と言うな
すずらんと言え 鬼ゆりと言え

さらでだに

「二人死亡」と言うな
太郎と花子が死んだと言え



ひとりひとりの存在を大切にすることは、
名前を覚えるという小さなことから。

そう教えてくれているような気がします。





今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ

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「見えない力」とは、これのこと

稀勢の里の相撲、感動で沸きました。
優勝インタビューでも言っていたように、

「見えない力が働いていた」
「自分一人ではここまで出来なかった」


多くの人が見えない力を感じたように思えます。


このインタビューを読んで、
イチロー選手が道具を大切にする話を思い出しました。

なにかで読んだのですが、
著者は、
「イチロー選手は、野球道具以外のモノも、
全部、大切に使っているんじゃないかな」

と述べてました。

ここから、人を大切にすることは当然の前提としてすすめます。


イチロー選手は、自分が使うモノ、触れるモノ、
全部を大切につかっていると思う。

たとえば遠征先のホテルでも、
ホテルの備品を無駄に使ったり
乱暴に使ったりはしないと思う。

だから、イチローが試合中、
ホテルの備品たちやベッドやカーテンに至るまで、
モノたちがフレー!フレー!イチロー!!って
応援してるんだと思う。
だから、すごい記録につながるんだよ、きっと。



モノからも応援されているんじゃないか。
今回の場合だと、
「フレー!フレー!キーセ!」
こう著者は言ってて、私は思い出すことがあるのです。


昔、ホテルの客室清掃のバイトをしていたんです。
大阪・難波駅直結のシティホテル、
近くに劇場もあるから、
芸能人の宿泊もちょくちょくありました。


おしなべて、芸能人は部屋をきれいに使われます。
一流と呼ばれる人になればなるほど、です。

特に忘れられないのが、
喜劇役者の藤山直美さん。

宿泊は毎回スイートルームなんですが、
朝、公演のために外出されたら、
私たちが清掃にはいります。

が、そうじするところがない!

ベッドもきれい、洗面所もきれい、
私物なんて一つも出ていない。

このまま誰か別の人がチェックインしてもOK!ってほどです。
連泊されても、毎日、美しい状態でした。

私は思わず先輩に
「ほ、ほんまに部屋に戻ってきてはるんですか?」と聞きました。

「うん、そうやで。直美さん、いっつもきれいに使ってくれるねん」


これがどれほど、すごいのか。
一般人がスイートルームに泊まり、チェックアウトした後の
部屋の惨劇を知る私には、本当にすごいことなのです。

*ちなみに、通路でお客様に出会ったら、
「いってらっしゃいませ」「おはようございます」など、
清掃の私たちは頭を下げて挨拶します。
芸能人のかたたちは、必ず挨拶を返してくれます。
一般人の90%は、素通りしていきました。


一流の定義ってなにかは知らないですけれど、

モノを大切に扱ったら一流になれるわけではない。
だけど、一流と呼ばれる人は、モノを大切に扱う。

こう言ってしまえるんじゃないかと思います。


「見えない力」って、スピリチュアルとかどうとかじゃなく、
モノからも応援してもらってるとも言える。

大切にした人やモノから応援されて、すごい力を発揮して、
感謝を返すような素晴らしいパフォーマンス(仕事)をして喜んでもらう。
喜ばれるから、また更に応援してもらえる・・・。


こういうことなのかと、思います。
強引でしょうか?




今日もありがとうございます。ヾ(・∀・)ノ

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切り返すと血がでるよ

私のブログはだいたい、
「ポジティブでいきたいね!」ってことを伝えています(そのつもり)。

自分が暗くなりがちな、ネガティブな考え方をしていたからこそ、
自分を変えるつもりでやっているのです。


でも、こんなことになってる人がいたりして・・・・。

さとうみつろう氏の「笑えるスピリチュアル」ブログに、
こんな投稿がきたそうです。


「言葉に気をつけています。
ネガティブな言葉をつかわないよう、
ビクビクしながら生活しています。
良い調子です」




間違いなく、良い調子じゃないと思われます。

こういうのが「本末転倒」なんだなと、学べます。
ビクビクしてたら良い調子じゃないでしょ!
なにしにポジティブな言葉をつかうんだよ~。



最近は言葉に関する書籍もとても多く、
気になるのは、
「切り返しの技術」とか、
「こう言われたら、こう切り返す!」系のもの。


なんで、切っちゃうんでしょうね。
相手を傷つけてしまうでしょうに。


日本には、
言い回し」ってものがありますよね。

切らずに、回しちゃえばいいんです。


子どもが顔や服にごはん粒をくっつけて
ウロチョロ遊びだしたら、
「あれ~、お弁当つけて、どこ行くの~?」
なんて言います。


ちゃんとごちそうさまをせずに遊んだら
行儀が悪いよって意味を込めていますが、
笑いを誘う言い回しでもありますね。


悪い言い回しは、遊び心が足りないんじゃないかな。
自分で笑えるように言い換えることを練習すれば、
良い回しがつけられると思います。



「あいつ、キモい」なんてのも、
「あの人、存在感ありすぎ」とか。


「うるせーな!!」と言いたいときは
「たいへん、賑やかでいらっしゃいますね」


「あの人、ホント”井の中の蛙”だな~」
「あの井戸、そうとう広いんだって」


・・・イヤミや毒舌と変わらない?

笑えるかどうか、ですよね。
少なくとも、「ネガティブにならないよう、ビクビク」するより
毒舌のほうが、ずっといいと思います。

毒舌っていうか、親父ギャグになってるかも、ですが。
すべることを恐れず、笑われてやろう!ぐらいでいきたい。


最後に、親父ギャグ。

雲流れれば、月が出る。
苦も流れれば、ツキがでる。



さ、良い回しをつけて取り組んでいきましょう。
新横綱、すごかったですね。
良いまわしで、ご自分の理想とする横綱を目指してほしいです。
今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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ミライはみんなでつくるもの

世界中で大ベストセラーになり、映画も大ヒットの
「ハリーポッター」シリーズ。


映画は大人が観ても面白いと思えるほどの出来栄え。
長男(6歳)は、ハマリマシタ。
DVDも買ってしまいました・・・。

こんなすごい「ハリーポッター」。
でも、8歳の少女がいなかったら、
私たちはハリーに出会うことはなかったのです。



著者が書き上げた1作目の『ハリーポッターと賢者の石』
「出版してください!」と持ち込み営業して、
なんと、12の出版社に断られているのです。

12社に原稿を持ち込んだ著者も立派でしたが、
本当にすごいのは、13社目の社長とその娘さんです。


13社目の社長さん、「賢者の石」の原稿を家にもって帰ってきました。
たしかに面白い。

しかし、売れないだろう。

12の出版社が出版を断った理由がこれでした。
今どき、こんな長い物語を子どもが読むはずがない。
売れないものを出すわけにはいかない


13社目の社長さんもそう考えていて、悩んでいたのです。

そこに、8歳の娘さんが言うのです。

「パパ、こんなに面白いお話、今まで読んだことないわ!」


こうして、「ハリーポッターと賢者の石」は出版され、
世界で1億部売れるモンスター本になったのでした。




このエピソードは、
『ミライの授業(瀧本哲史:著)』を元にしています。



この本で主張されていることは、

ハリーポッターの価値を見抜いたのは8歳の女の子。
常識を打ち破り、世界を変えられるのは、いつだって若者


若者が世界を変えようとするとき
周囲の大人たちは応援してくれません。

大人たちが応援するのは、自分の地位を脅かさない若者に対してだけ。
大人にとって、世界を変えられるのは大迷惑な話なんです。


だから、14歳の君たちへ。
逆風が吹き荒れても、周囲の大人たちがこぞって反対しても、
怒られ、笑われ、バカにされても、そこでくじけてはいけません。

あなただけの「ミライ」は、逆風の向こうに待っているのです



14歳に授業した内容を本にしたものです。
分かっています、
私は14歳じゃ、ありません!でも読むのです!

子どもたちのミライを感じながら、同時に、
自分の可能性を諦め、グチや不満をこぼすしか
私には残されていないのかとがっくりしながら、読んだのです。



でも、最後のあとがきが素晴らしかったのです。


14歳の君たちには、ミライがある。可能性がある。
自分の可能性を諦め、グチや不満ばかりこぼしている大人には、
知識がある。経験がある。

もう一度、人生を選びなおすだけの時間も残されている。

たった一度しかない人生は、
今日という日を境に、変えることができるのだ。




私たちが子どものころ、
「21世紀がどんな世の中になっているか、絵に描いてみましょう」と
絵を描きませんでしたか。

そのころ思い描いたもの、何か実現していますか?

私の空想の絵は、アニメの影響をたっぷり受けていたので、
空飛ぶ車が走り回っているような絵でした。

そんな車は、どこにも走ってない。
思い描いたミライは、実現していない。


安い労働力が重宝され、
ロボットに仕事を奪われることにビクビクする世の中になっています。


しかし、著者は言います。
若者の「常識を越えていく、世界を変えていく力」と、
大人たちの「知識」と「経験」が合わさったら、
自分たちでミライを作れる、と。

「ハリーポッター」が世界で愛されることになったのは、
価値を見抜いた8歳の娘がいたから。
そして、「売れない」だろうという常識をはねのけ、
出版を決断した社長さんがいたからです。


大人と若者が手を取り合えばいいのです。


『ミライの授業』は14歳に向けたメッセージでありながら、
まずは大人が読むべき本でした。

偉人伝の形でありながら、
過去から学び、ミライを創造するヒントに溢れている、
ぜひ、手にとっていただきたい書籍です。


子どもが中学生になったころ、読んでもらいたいとも思ってます。

今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ

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ありえない夢の叶いかた

日本史の授業で習いました、伊能忠敬
正確な日本地図を作った男。

実は、伊能忠敬は、
日本地図を作る気はありませんでした

どうして日本地図を作ることになったのか。
不思議なお話があります。



真面目に働いてきた伊能忠敬、
隠居後は、やりたかった天文学の勉強に励みます。

天文学を学びながら、
「星の正確な位置が知りたいな」と思うのです。

そしてそのためには、
「地球の大きさを知る」ことが必要でした。

そう、伊能忠敬は、地球の大きさが知りたかったのです。



一方、伊能忠敬の天文学の先生は、
「正確な暦」を作りたかったのです

その当時(江戸時代)、暦はあったのですが、
正確なものではありませんでした。

暦が正確ならば、
毎年、田植えはいつのころがいい、種まきは何日ころと、
データも残せるし、農作業の目安につかえます。

だから暦を作りたいと考えていました。


二人のやりたいことを実現させる方法は、
「江戸から蝦夷まで歩いて、距離を出せば、
星の位置がわかるよね」
ってもの。

でも当時、誰もがどこへでも国内を旅行するわけにはいきません。
幕府の許可が必要です。

なので二人でお願いしにいきます。

「正確な距離を測りたいから、蝦夷に行かせてもらえませんか?」

幕府はこう返答したのです。

「いいよ。でも、ついでに、蝦夷の地図を作ってくれない?」


二人の申し出は、幕府にとって好都合でした。
そのころ、外国(ロシア)からの攻撃に備えて、
蝦夷地の把握をしておきたかったのです。


これが、日本地図を作るきっかけでした。

最初、蝦夷の地図だけが完成したのです。
そして
「ついでに、日本地図、作ろうか」と、全国測量の旅を展開、
立派な立派な日本地図が出来上がったということです。




すごく不思議なお話だと思うのは私だけでしょうか。

誰も日本地図を作ろうと考えてなかったんです。
それなのに、出来上がった。

しかも、三者の夢も、叶っているのです。
(残念ながら、天文学の先生は病弱で測量に行けず、
暦完成の前に亡くなってしまいました)


地球の大きさを知りたかった伊能忠敬。
正確な暦を作りたかった先生。
蝦夷を外国から守りたかった幕府。


でも、バラバラのまま、個人のままでは夢は叶ってなかったと思われます。

伊能忠敬は自由に旅できる身分ではないし、資金もそれほどない。

先生は病弱だったので、測量に行けない。

幕府には優秀な人材がいない。


三者が集まったからこそ、叶った夢。
別々の夢を叶える手段が「日本地図作成」。



こういうところに、見えざるものの大いなる力ってものが
作用しているのかな~って思います。

本当に必要なものは、
出来上がるようになっている、って。


だって伊能忠敬なんて、
ウキウキしながら星空を見ていたのに、
地を見て歩く人生に変わっちゃったんですよ。

不思議としか言いようがないなあ。





今日もありがとうございます。ヾ(・∀・)ノ
今回のお話は、『ミライの授業(瀧本哲史:著)』より引用しました。

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馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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座右の名は、『やってみなはれ。やらな、わからしまへんで』

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