天災は忘れたころにやってくる。



この超有名な言葉を遺したのが、寺田寅彦
柿の種』という随筆集(エッセイ集?)を読みました。



地震のことにも触れていました。
寺田が生きていたころに関東大震災が起こっています。


大正から昭和初期のころのことが色濃く浮き上がってくる内容でしたが、
なんてことない思いつきなども多かった随筆。

中のひとつが目にとまりました。



眼は、いつでも思った時にすぐ閉じることができるようにできている。
しかし、耳のほうは、自分では自分を閉じることができないようにできている。
なぜだろう。




たったこれだけ。
ふらっと思いついたようなことを短い文章にしただけのようです。
でも、考えてしまいます。


耳は自分で自分を閉じることができないようにできている。
なぜだろう。


なんで?

調べたら答えがあるのかもしれませんが、
正しい答えはあまり興味がなく(笑)。


ただふと感じたのは、
だから、人の話を最後まで聴かない人は、
嫌われたり、社会的成功をしにくかったりするのかな。

だって、不自然なことをしてるから、ってこと。


人の話を聴かないというのは、耳を閉じることと同じ。
できないことをするという、自然に反する行動だからうまくいかなくなるんじゃないか。


こんなことを思いました。
合ってるかどうかは、どっちでもいいけど。



ゲッターズ飯田のブログにこんなことが書いてあります。

他人の話は最後まで聴く。
自分のために時間を作ってくれた人への感謝と、
生きている時間を使ってくれたことへの感謝を、
命を削って生きていることを忘れないように。




自分に一生懸命しゃべってくれている人は、
その人の生きている時間を使ってくれているということ。

他人を大切にするというなら、その人の生きている時間を
自分が台無しにしちゃいけないってこと。
話は最後まで聴く。



これ、聴くことの大切さと同時に、話すほうのことへの忠告でもありますね。


自分の話を聴いてくれる人は、その人の生きている時間を使ってくれているということ。
グチや悪口で長々と相手の生きている時間を奪ってはいけない。


ああ、だから耳は2つで口は1つなんだ。
短い随筆からこんなことをつらつらと思っていた秋の日。



忠犬ハチ公が死んだときの世間の騒ぎようや、戦争の不穏な空気などが現れていて素晴らしい1冊でした。
岩波文庫などからも出ていますが、青空文庫なら無料で読めます。こちらからどうぞ(画像をクリック)。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
今日は長男の授業参観日。
先生のお話、ちゃんと聴こう。でも体育なんだよね~

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「私は、心から腹を立てて怒ります」




ビジネス実用本『「上に立つ人」の仕事のルール(嶋田有孝:著)』より。
サブタイトル、「苦労して成功した中小企業のオヤジが新人のボクに教えてくれた」です。

大阪のガンコ社長「オヤジさん」の経営論を小説風に仕立てたビジネス書です。


この「オヤジさん」、めっちゃめちゃ怒るんです。社員に。
「アホ!ボケ!どつかれな分からんのか!?給料返せ!!」

著者の「ボク」は入社してすぐオヤジさんから毎日怒鳴られまくってます。
そうして怒りまくった最後は、いいお話で終わらせるオヤジさん。

さしずめ、
「アホ!ボケ!連呼の松下幸之助」のようでした(笑)。
ものごっつゥ人情派。


ある日オヤジさんの大学の先輩が、
「感情を爆発させて部下を怒りすぎじゃないか?怒るのと叱るのは違うんだぞ」
と忠告します。

するとオヤジさん、
「私は、心から腹を立てて怒ります」と答えます。
「些細なこと、小さなことこそ、厳しく叱らないといけません。
逆に、本人がしっかり反省しているような大きな失敗は、叱らないことにしています」



でも部下は傷ついているんじゃないか?の問いには、

「少し傷ついたほうがいいと思っています。
子供が転んでケガをしたら、その後は転ばないよう注意するようになる。それと同じです」

「伸ばしてやりたい。成長させてやりたい。
部下のためと思い、心の底から腹を立てて怒る。
そうすれば言葉遣いはどうであれ必ず伝わる。私は、そう確信しています」



なんでもかんでも怒鳴っていたわけじゃない。
感情すべてをぶつけるには、その理由があるということ。


これって、子育てにも共通していると実感しました。
職場でもそうですけど、本人が失敗を自覚して反省しているのに、
まだクドクドと怒りつづける人っています。
子どもに対してならもっとやってしまいがちなんですよ・・・。


言われなくても本人が過ちに気づき落ち込んでいるところを、
さらに追い込むような怒り方は違うってこと。


なのでオヤジさんの会社は個人の営業ノルマが一切ないのです。
一生懸命やった結果が数字に出ていないその責任は、
個人じゃなく、会社にあると考えているのです。


人を育てる」ことに重点を置くオヤジさんの主義、
ダメ社員に文句が出ても、

「アイツはどうしようもない。けれど、他の会社に行ってもやっぱりどうしようもないと判断される。
それなら、ウチで育ててやろうや」


新事業に失敗した社員には、
「損失は授業料や。この何百倍にもなって返ってくるで」とやさしく笑う。
こんな温かさがあるのです。



部下指導の苦しみは2つに分かれるんや」とオヤジさんは言います。

1、部下の出来の悪さに腹を立てて苦しむこと

2、「出来の悪い部下を変えよう・育てよう」としてもがき苦しむこと



本来の上司の苦しみとは、2番のこと。
この苦しみ・試行錯誤が上司の力を伸ばしていくんや、と。


これも親の成長と一緒やな~としみじみ思います。
出来の悪さに腹を立てていると、なんでも怒ってしまうことになるんですよね。
そうしたらもう、「あ~また始まった」くらいに聞き流されてなんにもならないでしょうね。


なかなかうまく出来ないから、親は苦しいんですけどね~。


そしてこれだけ上手に叱ることができる上司というのも、また存在しにくい。
普段は口うるさくってかなわん!と思っているのに、その人がいないと淋しいな。
そんな風に思える人って、滅多にいないと思います。

このオヤジさんはそのタイプなんです。
「アホボケ!給料返せ!」とわめいてるけど、いてほしいなと思ってしまう。
人間的魅力がある人、なんです。


だからといって、「ワンマン社長」というのでもないのです。
物語の始まり当初(30年前)、会社の年商は約28億円
10年前にオヤジさんは経営から離れました。
現社長の著者が経営するようになり、今では年商120億円
その間、一度も赤字がありません。


こつこつ人を育てることを続け、顧客に真摯に接して・・・・
これを続けた結果、出た数字です。


オヤジさんの教えはいっぱいありました。
・悪い報告は先にする
・責任は「持つもの」であり「取るもの」ではない
・知識と行動を循環させろ

・・・・・・などなど。


でも、一番大切にする3つがこれ。
・人を大事に。目先の損得で人と付き合わない
・感謝を忘れず、相手を決して裏切らない
・投資をせず、本業に力を注ぐこと




人を育てること。最も困難な仕事かもしれません。
でもそれをがんばれば、
「人材」が、「人財」になる。本当にお宝に。


私は今、部下がいるような仕事をしているわけじゃないけれど、
子育てという観点からでも、お手本にできることがいくつもありました。


叱るときは思いっきり叱ってもいい。
何に対して叱るのか、を自分のなかに作っておくこと。
カーッとなるときにその落ち着いた判断が出来る自分でありますように・・・。





「アホボケ!どついたろか!」と叱り飛ばした後、必ずオヤジさんが言う言葉で終わります。

「お前ならきっとできる。思う存分やってみろ」



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
☆嶋田様、ご献本ありがとうございました。本当に感謝しています。

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「100点はね、絶対にないの」


「100点はね、絶対にないの。モノを作る人はみんなそうだと思うよ。
100点とったら、それで終わりだもん」



このかっこいいセリフは、日本に3人しかいない銭湯背景絵師・丸山清人氏のことばです。


銭湯背景絵師。
私は銭湯に行っていた、という習慣がなくてですね。
テレビとかでしか見たことがないんです。

銭湯の富士山の絵。

そういう昔ながらの銭湯、どこに残っているんだろう・・・。
東京では都内だけでも2600軒あった銭湯が、
今では600軒に減少。
その3分の1は、背景画がないそうです。

銭湯側にしてみたら、背景画はもはや注文しなおすものじゃなくなっている。
今の絵が剥げたりしてきたら、もう1色に塗り替えるだけだそうです。
背景にコストをかけていられないって・・・。


丸山氏がインタビューに答えているものを見つけて、
初めて銭湯背景絵師の仕事を知りました。


元の絵は消さず、その上から直接、描くんです。
下地も塗らない。

だから銭湯の壁の絵は、何層も何層も重なっているんです。


絵筆や絵の具は使いません。
ペンキと刷毛で描いています。

使うペンキは、白・黄・赤・紺・群青の5色。
それらを混ぜ合わせて、すべての色を表現します。



百聞は一見にしかず。見てみてください。





ペンキでぼかしの技術まで出来るんですね・・・。
私、感動しました。
素晴らしい出来栄えで。
丸山氏の仕事っぷりもかっこいい。


言うこともかっこいいんですよね。

「消される運命の絵を描いてきた・・・っていってもね、
はやい話が、ペンキ絵だろう?

・・・安い絵なんだけど、なんか、性に合ってんだよな。
60年以上やってても、仕事が嫌だなんて思わねぇんだもん。
いまだかつて一度も、ないんだよ」




適職と天職を一致させたら、こんなに素晴らしいものになるんですね。。。
芸術と職人の間だとは思うんですが、
求められたとおりのものを仕上げる、というところは職人さんですね。
消される運命の絵とともに、銭湯背景絵師の仕事も消えていく。

時代の流れを感じて、少ししんみりです。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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来年のスケジュール帳はもう準備しました?
それとも紙の手帳はもう使ってませんか。

私は紙好きだし、どんな柄にしようかあれこれ迷うのも好きなので、
そろそろ買いたくなってきました。
書店とかにズラッと並んでますしね。



昨日「ほぼ日」のダーリンコラムを読んでいたら、スケジュール帳の話題だったんです。
そこには、
「昔、スケジュールがなんにも書かれていない手帳を淋しく思ったよな~」
みたいなことが書かれていて。

私もそう感じてたことある!って思ったんです。

バイトのシフトくらいしか書き込んでいないスケジュール帳。
わざわざ書かなくても分かる程度のことしか書いてない。
それを淋しく感じてたことがあったな~。


で、コラムはこう続いていました。


「スケジュール」というのは、他人との約束を書きとめたものである。
ひどい言い方のようだけれども、
「あなたをその時間にしばりつける約束」だとも言える。

だから、仕事の「スケジュール」がいっぱいだとしたら、
それは「求められている=命令されている」ということでもあるのだ。

手帳に「スケジュール」を書き込むことがないことを、さみしく思う必要はない。




これを読んで、すっごく前に読んだ本を思い出しました(タイトルは忘れました)。
それは、
「人はスケジュール帳に、他人との約束しか書き込んでいない」

そして、スケジュール帳を本当に機能的に使いたいのなら、
「『自分との約束』を書き込もう」って。


そう、思い出した!
自分との約束を書き込む、だ。


年始には何かしら目標なり抱負を胸に秘め(そんな大げさなもんじゃないけど)、
1年をスタートさせました。

それなりに取り組んでいるけれど、思った成果は上がっていない。
でも、まだ今年は4分の1も残っている。

まだ、できる。

自分との約束を書き込んで、もう少し続けてみよう。
そんなことを思った昨日でした。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
手帳って、最近は再来年の3月まで使えるものが多くなりましたよね。
今売られているものなら、2019年の3月まで使えるって手帳。
しかも2017年10月から使えるんですよね・・・。
じゃあ、今使っている手帳って、いつまで使えばいいの?
10月から3月分はダブるんですよ~。
ただのメモ帳っぽく扱うことになっちゃって、ちょっともったいない気もしています。
「こう使ってます!」というのがあれば教えてください~ キタ━(゚∀゚)━!

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僕らの心は石ではないのです。
石はいつか崩れ落ちるかもしれない。
姿かたちを失うかもしれない。
でも心は崩れません。
僕らはそのかたちなきものを、
善きものであれ、悪しきものであれ、
どこまでも伝えあうことができるのです。




『神の子どもたちはみな踊る(村上春樹:著)』より。



短編集です。
この本、最初に読んだのは北海道に来る直前でした(もう17年前!)。
その時は別のところが心の支えとなっていましたが、
今読み返したら、冒頭のところが目にとまりました。


阪神淡路大震災をモチーフにした短編集なんですよね。
直接「震災」は描かれていませんが、
震災で傷ついた人たちが登場しています。


近年、震災の被害が続きました。
今年は台風の被害も大きかったです。
「活きが良すぎるだろ、台風のバカヤロー!」って言いたくもなりますね。


災害じゃなくても、傷つくことは多々あったり。


それでも、人の心は強い。

百田直樹氏の『鋼のメンタル』にこう書かれています。

不幸は人を打ちのめすことはできますが、完全に打ち倒すことはできません、と。


人間の精神力はずっとずっと強いと信じて。







今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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