「いい人ね。」
「それはそう、いい人らしい。」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね。」



『伊豆の踊り子(川端康成:著)』のなかの1シーンです。



踊り子同士がひそひそと主人公のことを話しているのです。
それをたまたま立ち聞きした主人公。

心が救われるのです。
「自分がいい人に見えることは、言いようなくありがたい」と。




人を褒めることを考えすぎると、かえって難しくなってしまいませんか。
そんなことより、
本人のいないところで陰口など言わず、
ただ「いい人だよ」って言ってるほうが、
本人がそれを知ったとき、心から嬉しく感じるのかも。


自分がもしそう言われていたことを知ったら、
心底、嬉しいですしね。

「あの人、いい人だよ」
これで十分かも。


それともう一点。
先日、私が毎日訪問させてもらってるブログが、
別の人のブログで紹介されていたんです。

そのブログでは、
こういったところが素晴らしい、
こんなところが面白いと、的確に褒めていらっしゃったのです。


これを読んで、
褒められているかたはもちろんでしょうけど、
なぜか、褒められてもいない自分まで嬉しくなったんですよね。

なんだか、
「そうそう、おもろいねん!アナタ分かってるやんか~」みたいに。


こっそり誰かを褒めると、
当人だけじゃなく、それを聞いた(知った)周りの人のことも嬉しくさせる作用があるようです。


「いい人ね」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」



このセリフがあまり好ましくない場面はただひとつ、
女性が恋愛対象としてあり得ない男性を評するとき(笑)。



今日もありがとうございました!
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【2017/05/19 06:45】 | 未分類
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エリアンダー
伊豆の踊り子、いい場面ですよね。

「あの人を悪く言う人はいない」って言われる人は
ほんとにいい人が多いです。これ、好きなほめ言葉です。


いいですね!
ナカリママ
誰もいない所で、良いことを当たり前にする、とか、
本人のいない所で、自然に素直に、その人を誉める、とか、出来そうでなかなかできないことだけど、それができる人って、すごくすてき。それをきちんと見つけて、いいなと思える人もすてき。
良い循環ですね。
まさに「吉報」!
ありがとうございます。




てかと
伊豆の踊子とか高校の教科書で読んだ記憶あるなぁ
このレベルでいいならわりと救われるんだが、
現実はぱっと見て3秒以内にどこかほめろ、みたいなお題をもらうイメージ、異性だとたいへんよ



節約ドットコム
色々とありがとうございます<(_ _)>

「いいね!」の作用が循環することで本当の意味での平和な世の中が訪れるような気がします。

「かげ」で第三者のことを褒めることを見聞きするのはあまりありませんから。と悲観的なコメントはやめておきますが、
SNSで使われる表面上の「いいね!」の乱打は今のところいい作用として循環していないようです(笑)

本当の意味での「いいね!」を取り上げて下さった馬場様、重ね重ね有難うございました。

Re: エリアンダー様へ
馬場亜紀
あの会話自体が素敵ですよね。しゃべりかたが。

あの人を悪く言う人はいない
本当のいい人は、そうですね~。ほんっとに誰も悪く言わないって人、滅多にはいませんが、いらっしゃいますね。
言われずとも、自分が「いい人だよ」って言える側になれたらな・・・と思います。
コメントありがとうございました!


Re: いいですね!
馬場亜紀
誰も見ていないのにいいことをする、みんなが悪口・愚痴を言い合うなかで自分だけはそれに乗らない。
そういうことって、出来そうでできませんよね・・・。すればいいのは分かってるはずなんですけどね・・・。
さらりとスマートに出来るまでに、意識しすぎではあっても善行をしたいな、そんな風に改めて感じます。
良い循環を起こしていきましょうね、一緒に~。
コメントありがとうございました!

Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
> 現実はぱっと見て3秒以内にどこかほめろ、みたいなお題をもらうイメージ、異性だとたいへんよ

どのような修羅場なのか想像しにくいのですが、
ウチのダンナは、なんにも褒めようがない!!と想ったときは、
「服のセンス、いいですね」と褒める、と決めているそうです。それでどうにか切り抜けられると。
何かの参考になれば幸いです。男性は辛いことがいっぱいですね~。

Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
私が褒められるほどのことは何も書いてません(汗)。すみません・・・。
ただ、いいと思ったことを表現できる場合は、すぐにそうしようと想ったので。
SNSは、ブログしか利用していないので「いいね!」乱打はよく分からないんですが、実際はすごいことになっているようですね。お付き合いみたいなもんなのかな・・・?
いい遣い方をしたら、本当に素晴らしい道具なのにね~、なんて想いますよね。
コメントありがとうございました!また訪問します。


Ichi
馬場 亜紀さん、おはようございます。
その人がいないところで、その人の『イイところ』話をして盛り上がる、親友であるママ友たちとはいつもそんな感じです〜^^;(自分の身内の話は例外ですけど)いい循環が生まれていると思います。そういう人とは、これからもお付き合いを続けていきたいと思いますよね〜(*^^*)



吉良 直樹
馬場亜紀さん

こんにちは~~!

女性が男性を褒める時

褒める部分が・・見当たらない時に

「いい人」って言うらしいですねw

ただ、表向きでもいいので
お互い褒めあえる世界は・・・とても
素晴らしいと思います!

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いのちが一番大切だと
思っていたころ
生きるのが
苦しかった

いのちより
大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった
 
     星野富弘『いのちより大切なもの』より



星野富弘氏がこの詩をつくったのは1986年。
それ以来、
「いのちより大切なものって何ですか?」と
質問され続けていたそうですが。

2011年3月11日、東日本大震災以降、
この質問をするかたが、ほとんどいなくなったそうです。


いのちは大切なもの。

それを否定する気はまったくありません。
でも、星野氏はこう語ります。

いのちが一番大切になってしまったら、
それは、「死」を敵にすることになります、と。



じゃあ、なにが大切なのか?
私にはまだわかりません。


大震災のことを、
私は、自分や家族が無事だったため、
よくあるひとつのニュースとしてみていました。
ほんの少し心を痛めてるくらいで。


年々、
3・11以降苦しんで生きている人たちがいることに
心が向くようになりました。



自分のいのちより大切なものがあると思い、
自分以外のものに関心を向ける。

そこから、自分に与えられた人生の役割や使命を見つける。

見えてこないかもしれません。
順調なときは、いのちや死のことなんて考えずに
過ごしてしまっているかもしれない。

でも、見つけようとしていることまで忘れたくない。



薄情な私には、なにができるのか。
こんな私でもできること。
それは探していこうと思います。



  くり返す   

くり返すことができる
あやまちをくり返すことができる
くり返すことができる
後悔をくり返すことができる
だがくり返すことはできない
人の命をくり返すことはできない
けれどくり返さねばならない
人の命は大事だとくり返さねばならない
命はくり返せないとくり返さねばならない

私たちはくり返すことができる
他人の死なら
私たちはくり返すことはできない
自分の死を

   (『谷川俊太郎詩選集1、集英社文庫』より)




くり返してはならないあやまちを、くり返さないように。

今日もありがとうございます。

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【2017/03/11 06:30】 | 未分類
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