2018. 04. 20  
脳みそがあってよかった電源がなくても好きな曲を鳴らせる
   (岡野大嗣:1980年生まれ)

『桜前線開架宣言(山田航:編著)』です。



いろんな歌人の短歌を集め、編者がコメントをつけている本です。
サブタイトルが、「Born after 1970
1970年以降に生まれた歌人の歌だけを掲載しています。


「今どきの若いモンは」議論は尽きることがないですけど、
若いモンはけっこう偉いところもありますよね。

私は日ごろ公園で子どもを遊ばせているので見るんですよ、
小学生や中学生が、小さい子のジャマをしないように気を遣ってくれる様子を。

「そこ、小さい子おるから気をつけろよ」
「うん、わかってるって~」とか。
「よけてあげようよ」など、譲ってくれたり。

転んだら、「大丈夫!?」と駆け寄っていってくれる中学生もいます。

きっと大人たちには生意気な態度をとってるでしょうけど。
意外と未来は大丈夫だと楽観しています。



そしてこの本は、
短歌って高齢者の趣味やんなぁ?っていう思い込みを取っ払ってくれました。
短歌って囲碁より地味・・・渋い感じが(笑)ありません?

じつは楽しい♪
小説だとリズムが違うと読み続けられなくなってしまうんですけど、
この短さなら楽しめることが分かりました。

以下、私が面白いなと感じた短歌をいくつか紹介します。



大松達知(1970年生まれ)

なにゆゑかひとりで池を五周する人あり算数の入試問題に

できない子はこれができない教科書を
ノートにそのまま写す<写経>が



松木秀(1972年生まれ)

差別にもいろいろありて究極はジャイアンの言う「のび太のくせに」

「頑張った」高校野球を讃えたるひとたちが生むブラック企業



雪舟えま(1974年生まれ)

世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい

ふたりだと職務質問されないね危険なつがいかもしれないのに



石川美南(1980年生まれ)

わたしたち全速力で遊ばなきや 微かに鳴つてゐる砂時計

手を振ってもらえたんだね良かったねもう仰向けに眠れるんだね



笹井宏之(1982年~2009年)

「雨だねえ こんでんえいねんしざいほう何年だったか思い出せそう?」

音速はたいへんでしょう音速でわざわざありがとう、断末魔



加藤千恵(1983年生まれ)

ありふれた歌詞が時々痛いほど胸を刺すのはなんでだろうね

あいまいが優しさだって思ってるみたいですけどそれは違います



服部真里子(1987年生まれ)

春だねといえば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる


薮内亮輔(1987年生まれ)

暗やみにふればしばらく明るみで雪の最期は溺死か焼死


井上法子(1990年生まれ)

運命にしだいにやさしくなりひとは災いとしてすべてをゆるす






今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

にほんブログ村
2018. 02. 17  
これからも生きる予定のある人が三ヵ月後の定期券買う


以前、『洞窟オジサン』という本を紹介したときに、ブログ「無事にね!」のナカリママさまから教えていただいた短歌です。
「拾った新聞で字を覚えた、セーラー服歌人ですよ」と。

興味を惹かれたので、歌集を手に取ってみました。
『キリンの子 鳥居歌集(鳥居:作)』です。



著者プロフィールを紹介します。

2歳の時に両親が離婚。
小学5年の時には目の前で母に自殺され、
その後は養護施設での虐待、
ホームレス生活などを体験した女性歌人。

義務教育もまともに受けられず、拾った新聞などで文字を覚え、
短歌についてもほぼ独学で学んだ。
「生きづらいなら、短歌をよもう」と提唱。



壮絶な人生を表現した短歌。

朝の道「おはよ!元気?」と尋ねられもう嘘ついた 四月一日

亡き母の日記を読めば「どうしてもあの子を私の子とは思えない」

「死に至るまでの経緯」を何べんも吐かされていてこころ壊れる

全裸にて踊れと囃す先輩に囲まれながら遠く窓見る

爪のない指を庇って耐える夜 「私に眠りを、絵本の夢を」

先生に蹴り飛ばされて伏す床にトイレスリッパ散らばっていく

慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです




なぜこのような、むごたらしいことが・・・。
凄すぎて、まだ感想が出てこないような状態でこれを書いているんですが。


洞窟オジサンも悲惨な状況でそこから逃げたんですが、時代のせいもあったでしょう。

しかし鳥居さんの場合、年齢不詳にされているんですが、あとがきを読むと学校に携帯電話を持って行っていたことがわかるので、まさに現代の闇を生きていたということです。
よくぞ生き延びてきたな・・・。


走るたび剥がれてしまうけれどまたヘモグロビンは凝固を目指す


この短歌をみてホッとしました。
いっぱい血を流してきただろうし、傷跡は生々しく残っているだろうけれど。
今は、血は止まっているんだなとわかるから。

短歌と出会ったことで鳥居さんは生きる力が湧いてきたそうです。
自分を表現する言葉をもつって、生命力まで与えてくれる・・・。


歌人の枡野浩一氏がおっしゃってたんですが、
「短歌とは、これがないと生きられないという人だけが作るものだ」とあって。

そんな大げさなものなの?なんて感じた私ですが、
今、意味がぼんやり掴めましたね。
鳥居さんはまさに短歌がないと生きられなかった人。


プロフィールには載っていませんが、
親戚の家を追い出されたり、精神病院に入院していたりという経緯もあります。
そんな人生でも。


歌集の後半は最近の作品だということで掲載されています。
こんな感じの歌。


海越えて来るかがやきのひと粒の光源として春のみつばち

気づくのは降りやんだあと雨だった水滴を切り空を眺める

ポテトだけ頼んで分かち合う夜のトマトケチャップすぐになくなる



風景や情景を見る優しさが伝わってきます。
よく生きててくれたなと心底思います。

プロフィールを公開していることで批判も多かったそうです。
内容は、
「壮絶な過去を売り物にするな、歌人なら短歌で勝負しろ」みたいなこと。

だけどあんな痛々しい短歌、「いったいどんな人が作ったんだ!?」と執拗に詮索されるに決まってます。
それにこのようなことは日本のあちこちで起こっていると目を向けるためにも、
伝えていってほしいなと思います。

鳥居さんと同じような苦しみをもつ人にも力を与えることがあるだろうし。

短歌が上手かどうかなのは私にはわからないけれど、
応援の意味も含めて、ここで紹介しました。

 


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

にほんブログ村
2018. 02. 14  
辞書をひきバレンタインが破廉恥の隣にあると気づいている日


思わず辞書をひいてしまいました。
ホンマやわ・・・・。

『57577 Go city,go city,city!(枡野浩一:著)』です。



短歌を四コママンガに仕立て上げた短歌集です。
タイトルで笑ってしまいましたけどね。
「ゴーシティ!ゴー!シティ、シティ!!」って。テンション高い。


「バレンタイン」の次の言葉は「破廉恥」です。私の持っている小学館の国語辞典では。
バレンタインの前は、「馬簾(ばれん)」でした。

この感じ・・・
百科事典で、「ホメイニ」の次が「ポメラニアン」だと知った日と似てます。

 


「破廉恥」という言葉そのものが「ハレンチ」な感じがしますね。
この言葉もいずれ辞書から消えるんだろうなあ。


破廉恥の隣にあるバレンタイン、だからといって破廉恥なわけではない。
今の中高生だって、真剣に悩むんですよね。
「チョコを渡したい、告白したいけど、受験だから迷惑かけちゃうかな」とか。
「春にはクラスが別々になるかもしれない、その前に伝えたい」とか。

そういう気持ちを「純粋」と呼ぶのです。
「がんばりや」ってそっと言ってあげたい。

私にだってそんなころは確かにあったのである。
成就しなかったけど。
真剣だった、ああいう気持ち、時代は変わっても今の子も同じだと思う。


義理チョコだって、恋だのラブだのじゃないけど仲よくしてくれてありがとう!の気持ちを伝えるもの。

加熱する儲け根性がむき出しになってきたことが、破廉恥なんでしょ?
・・・お返しに10倍くらいのモノを期待してるってのも、破廉恥に入るな。
(10倍とは言わないけど、倍くらいは期待してた自分もハレンチや~汗汗)



君はたしか、バレンタインは医者から止められているはずだったろう?
  (糸井重里)


これも好きです。


自分で詠めないけど、読むのは好きな短歌。
枡野氏の短歌も好きです。
いくつか紹介したいと思います。


それを見る僕のたましいの形はどうせ祈りに似ていただろう


「自由って何だ」と叫ぶロッカーをルポする僕はフリーライター


「フリーってうらやましい」と言いながらけっして真似はしないのですね


こわいのは生まれてこのかた人前であがったことのない俵万智


悪口は裏返された愛だけど愛そのものじゃないと思った


塩酸をうすめたものが希塩酸ならば希望はうすめた望み


やんなくちゃなんないときはやんなくちゃなんないことをさあやんなくちゃ





マンガになるとイメージが自分と違ったもので表現されていたりして、
それはそれで違った味が楽しめるものになっていました。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

にほんブログ村
2018. 01. 05  
いいかげん神様引退しようかな 思い通りもつまらないから
  (竹林ミ夾)

1年でいちばん神頼みされる時期で、神様も疲れただろうな~
なんて想像してしまったり。
『食器と食パンとペン(安福望:イラスト)』を読みながら。



イラストレーターの安福氏が、好きな短歌にイラストをつけた作品集です。
ほんわかした色合いのイラストが絵本のよう。


最近、なぜか短歌をよむのが好きです。
自分で「詠む」のではなく、もっぱら「読む」だけですが。

三十一文字のリズムが心地いいんですよね~。

俳句はね、難しい。

五七七にそぎ落とされた言葉の世界に、私の想像力がついていけず、俳句の世界観が広がっていかないんですよね。
その点、短歌はぎりぎりついていけている(と思っている)。
足りない想像力に安福さんのイラストがカバーしてくれてるみたいで、この本は楽しんで読めます。

短歌は季語も入らず、日常の何気無いことをリズムに乗せているだけとも言えるし。
たとえばこんな短歌が載っていました。


ハムレタスサンドは床に落ちパンとレタスとハムとパンに分かれた
  (岡野大嗣)


これなんて、落ちたハムレタスサンドがバラバラになっちゃったことを短歌にしてるだけですよね。
それなのに、妙に奥深い世界を表現してるような、面白さが際立っている。
こういうのを面白く感じています。

いくつか私も気に入った短歌をご紹介します。
( )内が短歌の作者名です。



あいうえおかきくけこさしすきでしたちつてとなにぬねえきいてるの
  (まひろ)


縦書きの国に生まれて雨降りは物語だと存じています
  (飯田和馬)


ありがとう なんてことない人生をちゃんと物語にしてくれて
  (檀可南子)


ぼくたちは月でアダムとイブになるNASAの警告なんか無視して
  (木下龍也)


あたらしい明日があなたにくるようにぼくはかうして窓をあけてゐる
  (中山明)


寝た者から順に明日を配るから各自わくわくしておくように
  (佐伯紺)




短歌が好きなんて、単に年を重ねてしまってババくさくなっただけだったりして。
実は最近、杉良太郎さんの流し目がセクシーだと思うようになった自分がいるんで。
ヤバイかな~って(笑)。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
流し目の魅力がわかるお年頃どうぞよろしくお願いします

にほんブログ村
2017. 12. 21  
善き人ほどアクが出る




今年の冬至は22日ですね。
1年で一番太陽の出ている時間が短い日。

北海道に来て驚いたことのひとつが、冬の日照時間の短さでした。

今なんて、16時過ぎると真っ暗なんですよ。
大阪では17時くらいまでは太陽出てますから。

「もう夜!?」ってそりゃあ驚きました。
朝も7時くらいまで暗いですしね。
本当に寒々しいのです。

だから食べ物は体の中から温めるようなものばかり欲しくなります。

短絡的ではありますが、
そんな寒いときの料理の代名詞が、「
寄せ鍋、しゃぶしゃぶ、すきやき、鍋焼きうどん・・・おでんもいい☆

毎日でも美味しくいただけます。

鍋料理をしたら「鍋奉行」が登場します(笑)
と同時に、
「灰汁取り奉行」も、いませんか?

ずっと灰汁をすくってる人(笑)。

「食べてよ」と、声をかけても
かたくなに、灰汁をすくい続ける(笑)。

そんな邪魔者扱いされる灰汁を題材にした
短歌
がおもしろいので、ご紹介。



鍋すれば 美味しき物ほど アクが出る
アク抜きすれば 美味と出逢える



この短歌の意味は、

魚も肉も、美味しい食材ほど、
鍋をすればアクが浮いて出てくる。
その浮いたアクをすくい取ることで、
その食材本来の美味しさが出る。

にんげんも善き人ほど、アクが強いものだ。
まずはアク抜きしてから、その人の善さが現れてくる。

料理を極めることは、
にんげんを知るということかも知れないな。
出来合いのお惣菜を買わないで、
大いに手作り料理を楽しみましょう!




こんな意味の短歌です。
面白いと思いませんか。


そもそもアク(灰汁)って、なんでしょう
ちょっと調べてみたら、

食材に含まれる、
渋み・苦味・えぐみ・不快な臭いなどの元となる。
いわゆる「まずい」と感じる成分を総称したもの
。となっています。


レシピ検索といえばクックパッド。
クックパッドで、
アクを取らないと、味が違うのか?と検証してました。

結果、
アクを取った鍋料理のほうが、断然うまい!とのこと。
見た目も、アク取りしてるほうがスープが透き通ってきれいです。



アクって、人にも使われますね。
あの人、アク強いからなあ・・・」と、
マイナス要素が含まれることが多いです。


アクの強い人って、どんな人?


それは、個性的な人

ただ、その個性が、
とっつきにくい
押しが強い
などなど、悪い意味に使われやすいですよね。
変わり者、とか。


でも、アクの強い人は、
印象に残る人でもあります

魅力的なこともありますね。


アクの強い人が、
アクとなってる性格部分をなくしたらどうなるんでしょう。

善き人になりそうですが、
どちらかというと、

平凡な人になりそうです。
普通の人。
なんの印象も残らない人。


料理と違い、
にんげんのアクは、そのままで、
その人丸ごと食らいつくほうが面白そうです



アクの強い人だと毛嫌いせず、
付き合ってみれば
意外と楽しくなるかもしれませんね。


料理のアクも、
取り過ぎると、旨みまで取り除いてしまうそうです。
ほどほどに!




今日の短歌はこちらの本から引用しました。
アマゾンキンドル読み放題対象本です。
*プライム会員読み放題対象本ではありません(ややこしくなったな~)



今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

にほんブログ村
プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
FC2ブログへようこそ!
本の中の心に刺さる一文をご紹介いたします。
看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします☆

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR