養老孟司先生が好きです。
バカの壁』が出る前から、著書は読んでいました。

好きなところは、独特なお茶目っぷり。
かなり辛辣なことをおっしゃってる(毒舌)けど、
お茶目さが好きなんですよね。

素敵だと感じる先生の子育て論。



子どもは自然。
だから、手入れする


子どもとはこうだよって説明されてます。



相手は自分でつくったものではない「自然」であるということ。

その相手をできるだけ自分の意に沿うように「手入れ」する。


子どもをああしよう・こうしようと考える「意識」が自然じゃない。

意識は身体よりずっと後にできたんだから、
身体が基盤、自然が基盤。
子どもなんて自然そのもの。
それをどうしてやろうなんて意識が
そもそも間違ってる。




田んぼのある里山風景


日本人はあの風景をつくるために
手入れしたわけじゃない。
ただ、いいコメがなるべくたくさん収穫できるように、
1000年にわたって手を入れてきた。

相手は自然だから、予定通り、思い通りにはいかない。
そこを努力・辛抱・根性で手入れを続けたら、
いつのまにかあの美しい風景になっていた。




自然に対するのと同じように、子どもを育てる。

「手入れ」という考えが面白いと思うんですけど。

子どもを、里山風景のような人間に育つように、
どんな手入れをするのか。

これは私のイメージなんですが、


手を入れる=あれこれ世話を焼く


なんにも世話をせず放置したら、
ただの野生児になって、ひたすら荒れていく。
もしくは、枯れる。


せっせせっせと世話を焼きすぎたら、
言われたことしか出来ない、
言われなければ何にも出来ない支持待ち人間。


どちらも極端な人間になってしまうのかなと思いました。


見た人がホッとする、和やかな里山・田園風景。
こういうのを目指そうとするには、
親の口を出す加減が、相当大事になるなあと。

子育てだけじゃなく、
仕事で人を育てる場合も似てますね。

自己流でほっといたら、
結局仕事何にも出来ないとか、勝手に解釈してる使えない人とかになりそう。



でも、育てるほうの手入れ加減が難しいんですよね。


私も最近口うるさいかなと時々反省しています。
このまま口うるさくいくと、
手入れしすぎになりそうです。
気をつけたい・・・。


よそのお母さんを見てて時々気になるのは、
子どもに話しかけてるのに、
お母さんが答えちゃってることかなあ。


「子どもに聞いてるんですけど」と
何度、言いそうになったことか。

変なこと言わないように、先回りしてしまうんでしょうか。

面白いこと言う子、大好きなんですけど。
言わせてあげてほしいなあ。



のどかな里山風景的な人間を育てる。
面白そうです。
時々、自分が刈り込みすぎていないか、
又は手をかけてなさすぎないか、
自分を振り返るのは、いいことだと思います。


最後に養老先生のことばで終わります。


手入れは自分のためになる

努力辛抱根性が身につく。
手入れが出来るということは、
大人になること。
成熟すること。



子どもを育てるだけで、この3つが自然と身につく。
育児は育自、本当です。




最後まで読んでいただいて、ありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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ぼくはいのちのかたまりです    佐々木維

ぼくはいのちのかたまりです。
これがなかなか複雑で、
けっこううまくできている。
数十兆個の細胞が
それぞれ図面を持っていて、
きょうもぼくをつくってる。

図面の半分、パパからもらった。
だから、ぼくは足が速い。
残りの半分、ママからもらった。
だから、ぼくは一重まぶた。

瞳にうつる、光と影。
鼓膜をふるわす、空気の振動。
鼻くうに飛びこむ、においの粒子。
途切れることない
「世界」からのサインが、
指令塔に向かってかけぬける。
時速350キロのスピードで。

大気を吸いこめ、その肺に。
酸素よ溶けこめ、血液に。
拍動をくりかえすぼくの心臓が、
体のすみずみまで、それを届けるだろう。

筋肉よ収縮せよ。
骨よアングルをかえろ。
さあ前へ、さあ前へ。
ぼくは一歩前へふみだす。

二本の足で大地に立ち、
背筋をのばして前を見る。
言葉を使ってきょうを語り、
リズムにのせてあしたを歌う。

ぼくはぼくを「ヒト」と呼ぶ。

ぼくはいのちの連なりです。
数十億年の時を超え、
「未来」という名の明日を待つ、
そんないのちの一つです。

きみがそうであるように。





看護学校で、一番初めに習ったことは、
「看護概論」と、「解剖学」でした。

その解剖学を思い出した詩です。

ヒトの体って、ひとつずつ全てに名称がついていて、どれもずっと働いています。
手首に骨が8個もあって、その一つ一つに名称があり、「それ、テストに出るかもね」なんて言われて「どんだけ覚えなアカンの・・・」と驚いたあのころ。

失くしてからやっと大切だったと気づくのか。
それではもったいなさすぎます。

ぜんぶ大事、そしてぜんぶ使ってあげないと。
体のひとつひとつは、正しく使ってもらいたがっているんですよね。

オーバーワークがダメなことはみんな言うけど、使わないことにはあまり目くじらをたてない。
「骨惜しみするな!」って、聴かなくなったなあ。


『99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』に、
「自分の力を出し惜しみする」ことは、命を粗末にすることや。
という教えがありました。




せっかくもらっている力を、力の通りに使う。
そうじゃなければ、粗末にしていることになるって。


ちょっとビックリしましたね。
粗末にしてるつもりなんてないけど、そういわれると、出来ることをなにかと理由をつけてしないことがあるかもなあって思いまして。
「ここで無理したらアカン」なんて、都合良く解釈して、ホントは無理するほどじゃないことをやらないとか。
あるかもなあって。


子どもは、いのちのかたまり。
大人だって誰だって、死ぬまでいのちのかたまりです。

使わず腐らせたらもったいない、自分のちょうどいい働きで、体を使ってあげたいです。


100点は無理かもしれん。
でも、MAXなら出せるやろ。

           (松本人志)



ウチの長男も、今日から夏休みです。
「毎日寝坊してもいいの!?」と勇んで訊いてきました(笑)。
動け動け!

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【2017/07/27 06:45】 | 子育て
|


てかと
いのちのかたまりって表現おもしろいね
俺からすると人間シンプルひとつの臓器って感じ
人間どこか一か所悪くなると、もう全部つながってるから一斉にだめになっていくよね
俺は肝臓の爆発が一番こわいですw
この臓器、我慢強いからもっと主張してほしいんだがな


節約ドットコム
こういう視点を持って育ちたかったです。
純粋で、素直なこうした言葉は私には出てきません。

常に今ある100%で取り組もうというのは私も思っていますが、いのちを粗末にして生きてきた半生だと反省しています。

「ヒト」って言う表現や響きからくる客観性がとても心地良い。

ヒトゲノム計画みたいなものを連想してしまいます(笑)



八咫烏(全力稼働中)
個人の限界を、その個人はかなり見誤りますよね~^^;でも私の場合、たまに目標設定間違えて、ケガしたり体調崩したりするので、今の自分よりちょっと目線わずかばかり高め、でやることにしています。実際、MAX出してしまうと反動がひどすぎて、その後が続かなかったりしますよね~^^;なかなか塩梅が難しいところであります(-_-;)

Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
全部つながってるから一斉にだめになっていくよね。
そうですね。いつの臓器で異常がみつかると、ほっておくとどんどん他にも影響が出てきますね。
逆に、ダメなところをカバーしようとする働きが出ることもあり、体ってすごいなと思います。
肝臓ね、我慢強いけど、病気が分かる前、「最近疲れやすいな、疲れがとれないな」ってことはなかったですか。なにか前兆というかサインはあったと思うんですよ。気づけなかっただけで。いや、間に合ったんだから気づいたんですよね。ホント、よかったですよね~。あれを「気のせい」と切り捨てていたら、今頃・・・ってなってたでしょうね。肝臓って、「言われなくても察してよ」みたいな気質がありますね。付き合いづらいやつ(笑)。

Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
みんなと同じように考えていないことは、悪いことじゃないので。
こういう視点を持って育っていたら、別人になってたんでしょうし、それはそれで改善したいところが大いにあると思ってしまうんですよ、きっと。
> 「ヒト」って言う表現や響きからくる客観性がとても心地良い。
>
> ヒトゲノム計画みたいなものを連想してしまいます(笑)
ヒトも生き物の一種、特別感を持ちすぎずに生きたいです。


Re: 八咫烏(全力稼働中)様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
いやいや、「全力稼働中」を提唱されているカラス様が何をおっしゃいますか!?
あ、ケガはありましたね(笑)。
私もMAX間違えたり、出し続けたり、骨惜しみしすぎたり、反省ばかりです。丁度良くって、一番難しいです。

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今日は日記です。いい話は出てきません。
先週長男の授業参観(小1)があったので、その時の様子を書きますね。


今回は算数の授業参観です。
最近、やたらとお笑いネタを家で披露する長男。同級生も同じようなことをやっています。


なぜ今さらそれをするの?と尋ねたら、
「先生が授業で教えてくれてんの」


それは、こんな内容です。

♪アイ ハブァ ご~
  アイ ハブァ さん~
   AAhhhn! はち



今、「たしざん」の勉強中です。
先生、ピコ太郎になって教えてくれてる模様。


私がどんだけワクワクして教室に入って、授業の始まりを楽しみにしていたか!
「先生、ピコ太郎やってくれ~」って、それだけ。


でもしなかったです(当たり前か)。
普通に授業してました。


子供たちは元気ですね。
「ハトが5羽いました。あとから3羽飛んできました。ハトは全部で何羽になったでしょう。
この問題を式にできる人~?」


「ハイ!」
「はい!」

クラスの半数くらいの子たちが手を挙げます。

「はい、上田くん」

「はい!
ごぉ たす さん はぁ・・・に!!」


減っとる。


「う~ん、おしいな~。誰か分かりますか~?」


「はい!」

「はい、佐々木さん」

「はい!
・・・・・・・答え、忘れたかもしれない」



ガクっ
新種の答えやわ。


でもこうやって、間違えてもみんなで、本人も一緒になって笑ってられるっていいなと思います。
大人になるにつれて、挙手して意見を言うってことをためらうようになりませんか。

私はイヤなんです、話し合いとか会議なんか、誰もなにも発言しないという、アレ。
ものすごくイヤで、耐えられないんです。

でも、なかなか言えない。

いつからこうなったのかな~と思い起こせば、それは中学の部活からだったように感じます。
「ミーティング」とは名ばかりの、下級生のアラ探し、そして言葉でネチネチ責める。
反論なんて無理。


あそこからかな、年上にはモノを言えないという意識が生まれたというか、経験をしたのは。
教室ではないですね。

部活の、年上からやられた経験が、社会人になっても引きずっているように思えます。
それでも、不毛な時間を過ごしたくないから、私は発言するほうかもしれません。
でも本当に発言できないメンバーってときもありますけど・・・。


そこの会社とかで、「なんでも自由に発言・意見を言ってよ」というベースがあればいいんでしょうけど、
ないところも多いんじゃないでしょうか。

何を提案しても反論される会議。
そんなの、誰もなにも言いたくなくなるんですよね。



大人になると、失敗を恐れて挑戦しなくなる人がほとんどだろう。
失敗したら怒られるかなとか、笑われるかなと考えて、
挑戦そのものをしなくなるのは子供ではなく大人の方だ。
そう考えると、本当は大人が子供から学ばなければならないということがわかるだろ?




『母さんのコロッケ(喜多川泰:著)』より引用しました。

怒ったりバカにして笑ったりするのは、年上とか、経験年数が多い者。
そういうことをやめたら、若い人たちの発想がもっと活かされていくのに。


小学1年生の姿からそういうことを考えてしまいました。
みんな、これからいろんな経験をつんでいくけれど、
大人になったとき、自分の意見を求められたらしっかり言える人になっていてほしいな。

求められていないのに自分の主張だけを張り切って言う人にはなったらアカンよ~。


ちょっと話がずれましたね。新しい学校(校舎)って、いいですね。
黒板が上下に動かせるようになっていました。レバーを手で軽く動かすだけでOK。
下のほうに書いた字って、後ろの席だと見えませんよね。
そういうことに配慮されるようになってました。

そして1年生って、なんでも勉強になることもわかりました。
教科書を開いていて、
「じゃあ、教科書は開いたまま、ノートも開いてください」と先生が言ったら、
みんな、ノートと教科書が重ならないように置こうとして、机からえんぴつやらなにやらがパタパタ落ちていって(笑)。

ウチの長男は重なるのがダメだと思ったのか、教科書を閉じてました。
話、聴いてんの?

そんなことも出来ない・分からないんだ~と、ほとほと感心しました。
たまに授業参観があるの、楽しいかも。

あ、このクラスは、指名されたらまず「はい」と言う、と先生が教えてくれてます。
これ、私はすごくいいなと思ってて、今回の参観でみんなそれが出来てることがわかって嬉しかったです。



今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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【2017/07/09 06:49】 | 子育て
|

かわいいなあ
まこ
うちの息子が一年生の時のことを思い出しました。
これが、高学年になっても、役にたっていくことなんですよね、授業の一つ一つの動作が。
 時々先生が、ジョークを言っていました。
「名前をこの位置に書きます、先生だったら、山田ごーりーら、と、いや、ちがうでしょう!」とか。子供がそれで、ぐっと先生の方を向くんですよね。なるほど…一年生って、こういう工夫もいるんだなあ、と感心して眺めました。
 今の可愛さをこうやって記録しておくのはいいアイディアだと思います。高学年になってから読んだら、「うわあ…かわいい…」と思えること間違いないです。


ナカリママ
ちょうど、私も、施設コンフリクトの記事を書きながら、似たことを感じていたところです。大人社会の姿を、子ども達はしっかり見ているので、子どもに、ああだこうだ教えるより先に、大人はもっと子どもから(純粋な心を)学ばないと、と。
それにしても、算数でピコ太郎、とは楽しい先生ですね。なんか分かりやすそう~。参観でも衣装付でやってくださったら、先生に拍手したかったなー(それはまた勇気が要ることでしょうから、無理は申し上げられませんが)。
低学年で「はいはい」といっぱい手が上がっていたのが、だんだん消極的になっていく・・・どの学校でもそうみたいだけど、残念ですね。
私も、何かの会議で、皆が押し黙った状態の沈黙って苦手です・・・でも、社協とかでは元気な高齢者がいっぱい発言されるので、黙って小さく目立たないようにやり過ごしてます(笑)
学校時代のあれこれを思い出して懐かしくなりました。また聞かせて下さいね。ありがとうございました。




てかと
こんにちはー。毎日暑いですねー。
たいへん、元気があってよろしい!
挙手してしりません、とかくらいやってもいいw
あと会議でさ、年長者がわかいやつの意見をだしたものを調整するならいいんですけど、
あしらったり笑ったりして終わりだからなぁ
俺も相手にしなくなりましたね
ご近所トラブルでも役に立たないし、今はネットで調べると解決方法がでてきてしまう
年寄りは下の世代から尊敬の感情をもたれなくなってきています
もっと危機感をもったほうがいいと思いますね


節約ドットコム
学生時代の人格形成期に起こったことはどんなことでもその後の人生に大きな影響を落としてしまいますよね。

できればいい影響であってほしいですが、トラウマになってしまうような悪影響を与えてしまうことの方が多いかもしれません。
それを大人になってどう乗り越えるのか、この作業を繰り返していくのが自分の人生の向き合い方だと思っています。


エリアンダー
親戚の小学生の算数を見てやることがあるんですが、
これは難しい。
中学はおろか高校生レベルの問題もあって歯が立たないことも。
塾の先生が学校の先生たちに授業をすることも多いらしい。
私も最近は教える前に予習したりなんかしてして・・・。
何やってんだか。(笑)



八咫烏(全力稼働中)
子供が発想することが得意なのは、なんの偏見も先入観もそして恥じらいもなく、堂々と自分の意見を言えるからではないでしょうかね^^
やはり大人になるにつれて、どこかで自分の意見をあまり言えないように、こんなこと言ったら変に思われるんじゃないかって思うようになってしまうことが多いのでしょうね。
私は自分の利害関係に影響を与えることのみ、全力で発信するという困ったおじさんに成り下がっております^^;
何事にも囚われない発想。子供の専売特許を少しまねしてみるのもいいかもしれませんね^^

Re: かわいいなあ
馬場亜紀
まこ様、コメントありがとうございます。
息子さんの昔を思い出していただけましたか!書いた甲斐がありました。
本当にびっくりするほど、なんでも学びになるんだな~と感心しました。ノートをとることすら、もう個人差が出ていましたもの。すごくきれいに書ける子がいる一方、算数のノート、見開きで左ページから書かずに右ページから書いている子もいるくらい。ああ、ノートのとりかたも分からんのやなあと。
1年生の先生って、ものすごい仕事量じゃないかと、先生えらいな・・・って本気で思います。
記録していないと、忘れてしまいますよね。小さいころに言ってたいい間違いなども、もっと記録しといたら面白かったのに!と残念に思うところもあって、ブログにしました。これからも時々書かせてもらいます~。

Re: ナカリママ様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
男性のベテラン教師なんですけどね、息子からみたら、「先生、歌うまいよ!走るのすっごい速いんだ!先生かっこいいよ!」と絶賛。女性目線だとただのもっさりおじさん(笑)。いえいえ、いい先生だと信じています!
元気な高齢者がいっぱい発言されて・・・に、父がマンションの住民の集まりに行って帰ってきたときにぼやいていたことを思い出しました。
「終わらんねん!何人かがずっとしゃべって、結論でえへん」
これはこれで・・・(笑)
学校のネタはまたこれからも出てくると思います。楽しい内容をお伝えしていきたいです!


Re: てかと様へ
馬場亜紀
こんにちは!コメントありがとうございます。ここ2・3日は北海道も暑いですよ~。
年輩のかたの、すごく立派な人と、どうなのこの人?というのと、ここも2極化して、その差もどんどん大きくなっていってるようには感じます。
どんな世代もそうなのかも。
危機感か。
自分ももたなきゃな・・・の世代になってきました(汗)。


Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
まさに、私の小学1・2年生のときの担任は影響あったと思います。ダメなほうで。
3年生になったとき、先生が変わるだけでこんなに違うんだ!!と感動しました。ホント、このころのことってよく覚えてます。「あんな思い、子どもにさせたくない」
そう思ってるってことは、もしかしたら何かを乗り越えられたのかな。こんどは自分が伝える側ですから、あのときの担任のようなことをしないことは誓ってます。


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今回は昨日行われた長男の運動会のことについて書きます(日記です)。
私が小学生だった頃と随分違っていて、面白かったんですよね。


着いたら開会式が始まっていて、校長先生のお話でした。
続いて児童会長、PTA会長のお話、もう終わるかな~って思っていたら、
なんとそのまま、応援合戦が始まりました。


開会式で応援合戦。ほお~。
21世紀は違うなあ。


さて、白組応援団長・赤組応援団長が壇上に立ちました。

まずは赤組の応援合戦からのようです。
赤組応援団長が大きな声で言います。


白組の者ども、よくきけーーー!
今年は、われわれ赤組が勝つーーー!!



われわれの体の中に流れているものの色は、なに色だーーー!?

ここで赤組全員が、

あかーーー!!


応援団長、
メラメラと燃えているあの太陽の色は、なに色だーーー!?


あかーーー!!


だから今年は、赤組が、勝つぞーーー!!

おおーーーー!!



うまいね!
オラ、ワクワクしてきた!


さあ、これに対する白組はどんなことを言うんだろう。


白組応援団長が叫びます。

赤組の者たちよ、聞くがいいーーー!
今年も、白組が勝つーーー!!



われわれの骨を強くする牛乳の色は、なに色だーーー!?


しろーーー!!


赤々と燃えている太陽を隠す雲の色は、なに色だーーー!?


しろーーー!!


だから優勝は、白組だーーー!!


おおーーーー!!



大喜利合戦だ(笑)
でも、上手いヮ。面白いもん。
私のとき、こんなことしなかったな~。



運動会が始まりました。
競技はいたって普通です。
徒競走やら、各学年のダンスや団体種目が続いていきます。


ひとつ、凄く感心したことがあって、
それは、6年生がとてもしっかりしていること。

学校の方針なんでしょうけど、
とにかくなんでもお手伝いしているんです。

グランドにイスを出して、児童たちは競技に出ていないときは座っています。
1年生の後ろには、6年生が3人、どのクラスにも座っています。

その子たちは、1年生がトイレに行きたいときに、付き添ってあげるために居るんです。

小学校最後の運動会、クラスの子たちと一緒に座って楽しみたいだろうに。

しかし、1年生に付き添っていない6年生たちは、
次の種目の用意をしたり、終わった競技で使用した小道具を片付けたり、
1着、2着・・・と判定して、その子たちを並ばせるために誘導したり、
とにかく働きまくっていました。



素晴らしい。
私が小学生のとき、絶対そんなことしてなかった。

ずっと競技するだけ、それ以外は座って見てるだけ。
1年生のお手伝いをしにいったり、競技の準備をしたりなんてしたことない。


全部、先生たちがやっていた。

今は、こんなことが当たり前なのかな。
もしそうなら、すごく良くなったな~。


長男の通う小学校は、創立11年目の、比較的新しい学校です。
古い慣習などに囚われず、いいと思うことは取り入れようとしてくれてるのかもしれません。


この学校に通えてよかった~。


1年生のお手伝いをしっかりできる6年生。
彼らの団体ダンスは、前衛的ではありながら(笑)、ぴったり揃って素敵でした。


自分の子どもが出ているところしか楽しめないかと思っていた運動会でしたが、
いろいろ楽しんで見れました。


ああ、時代は変わったな・・・と実感したのは、音楽。
徒競走やリレーのときの、定番のあの曲が流れない!!


歌詞はないけど、PPAP♪ほんの~じのぉ へん♪などの曲が流れてる。
一番可笑しかったのが、
徒競走のときの、「ゴジラのテーマ

♪ダダダ、ダダダ、ダダダダダダダ~
  ダダダ、ダダダ、ダダダダダダダ~


なんか、疾走感というより、重厚感に溢れて、走りにくいんじゃ・・・
ドシン! ドシン!!ってしたくなる。



長男もドキドキ・ワクワクでとても楽しい運動会だったようです。
リレーの選手だったし。
珍しく、帰ってから昼寝してました。
疲れたんやね、頑張ったもんな。


ちなみに、長男は白組でしたが、1年生は午前中で帰宅したため、
赤・白、どちらが勝ったのか、知りません~。
でも、どっちでもいい。楽しかったから。


楽しいけど緊張する。
緊張するけど、楽しい。


大人になってからこんな状況のときもありますね。
そんなときは、運動会を思い出したいです。
緊張するけど・・・楽しい!!って。




最後まで読んでくださってありがとうございます。
将棋の話の続きがかわっちゃって・・・明日にします!

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【2017/06/12 06:40】 | 子育て
|


き☆り☆ん
お子さんの小学校初めての運動会♡お疲れ様でした~
来年もまだお弁当無しですね?
こちらは3年生からお弁当有りでしたよ~
今回の運動会で 我が家としては ラストの年になったんですが 振り返るとあっという間! だけど長かったです~
場所取り・お弁当作り・大荷物を運んだり・撮影
そして 子供の頑張る姿
全てがキラキラの思い出へと変わりました
来年からはうちの次男が中学生
陸上競技大会、バザー、参観、合唱コンクールなどが
親が子供の頑張りを観れるチャンスです
全て観るか観ないかは別として 都合のつく時にはやっぱり見ていたいです

亜紀さんは来年からも運動会や他の行事など たくさん満喫して下さいね~(≧∇≦)



節約ドットコム
子供たちが一生懸命やっている姿を見るのは気持ちいいですよね。これが中学、高校となっていくと、惰性でやっていく子たちが多くなっていったりするので(私のような(笑))困ったものです。イベントや行事ごとはだるいなぁと思っていたのを思い出します。あまり見本的な生徒じゃなかったことを我ながら後悔しています。
なぜだか小学生の時は、放送部に入っておりまして、リレーや徒競走の実況なんかをした記憶が蘇りました。一番真面目に取り組んでいた唯一の記憶です(笑)


八咫烏(負傷中)
えー、運動会ってそんなになっているんですね~。知り合いのブロガーさんが運動会で写真撮ってきたとか言っていましたが、写真を撮るのはさすがにどうかなと思いましたけれども(不審人物に思われてしまう~^^;特に私)、とても楽しかったようですね。今は運動会もそんなになっているんですか~。一番いいなぁと思ったのは、やはり6年生が下級生の面倒をみてあげているというくだりですかね~。心が温まります^^

子供の感じる達成感
yokoblueplanet
こんばんは。
子供って体が小さいだけでかなり「大人」な魂を持っているので、6年生が責任を持って取り仕切る体験から得る達成感は、多分将来の大きな財産になるでしょうね!



てかと
計画通り、というか応援合戦の台本書いてるのいるんだよなw
まったく即興で壇上で気の利いたこといえるようなら、
地方の代議士くらいにはなれそうだけど


ゆるパパ
こんにちは〜♪
熱い...熱すぎる!!そんな応援合戦があるのですね♪それに選曲のセンスがハンパない(笑)これは盛り上がますわ〜!それにしてもお手伝いをするのは大変に素晴らしいです。全員で運動会を運営しているようで団結感がありますね!少なからず、これをやることで感謝の気持ちや、大変さを学ぶことができるはずです。自分達が何かをするときにも、経験として活かせる場が必ずありそう。是非、広まってほしいですね(*´∀`)♪

これは楽しい!
ナカリママ
素敵な運動会でしたね。
自分とこの子どもたちが経験した運動会にはあまり良い思い出が無いので、いいなあ~と思いながら読みました。
既成概念にとらわれないで、自由に楽しく取り組む、子どもたちが助け合う、特に上級生ががんばる、1年生は途中までで帰ってOK!?・・・なんて素晴らしい~~

こんな学校もあるんだと思うと、明るい気持ちになれました。ありがとうございました!




エリアンダー
運動会、確かに様変わりしてます。
いつだったかの運動会、父兄がシートを広げるのじゃなく、
なんとテントを張っていました。それもいくつも!
他との交わりを拒否しているようで、なんだかなと
思いましたね。


Re: き☆り☆ん 様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます!!
そうなんです、想像以上に楽しめた自分がいて、びっくりです。子どものパワーって凄いですよね~。
まだ来年も午前中でお終いです。
私の小学校は、運動会の昼食は子どもは持参したお弁当を教室で食べる、親たちは学校から出て、家で食べるなり外食するなりして、午後また学校に来るというやりかたでした。
運動場が狭すぎて、観覧するにも立ち見です。
なので、運動会の場所取り・お弁当作りは再来年、初体験~~~。ちょっとビビッてます・・・。
きりん様はキラキラの思い出となったんですね!そうか~、私もそうなりそうですよ~。
中学の行事も見ごたえありそうで、それもやっぱり楽しみですね。
なんでも満喫したもん勝ち(笑)。思い出に残していきましょうね!


Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
ああ、私も高校2年生のとき、アンニュイなやる気のない態度でいました~。誰しも一度は経験する思春期でしょうか。
放送部!!
今になってやってれば良かったと思う部活の一つですよ~。
お昼に好きな音楽をかけたりできるんですよね。ダンナもそうだったらしく、すごく楽しかったと言ってました。
今回の運動会で、放送の子、ずっと、「あか、はやいです。みどり、がんばってください」、「きいろ、はやいです。あお、がんばってください」
これしか言わなかった(笑)。ここまで棒読みだと、ウチに帰ってからネタとなり、3歳の次男まで真似して「きいろ、がんばってください」とか言ってます。それはそれでいい思い出となりそう。
いろいろパワーをもらえたな~と実感しているところです!

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最近の私はガミガミ屋さんだそうです。
長男に言われました。

しかしです。
帰ってきて、ランドセルの中身を全部出して、明日の準備をする。
それが終わって、ランドセルは・・・ほったらかしになってるのです。
ジャンパーも脱ぎ捨てたまま。

「決めたところに置いといて。そこにあったらジャマやんか」
次男だってランドセルに座ったりします。

こう言ってても、毎日毎日ほったらかし。
「毎日、どんだけおんなじこと言わすねんな!」


「何度同じことを言ったら分かるの!?」
職場でもありそうですね。
部下や子どもに対し、なんで同じミスを何度も何度もくり返すのか、
イライラさせられる・・・。

「何度同じことを言ったら分かるの!?」



答え
8回以上




研究結果として発表されています。
「平均的な人はキチンと話を聞くようになるまで、
同じ事を8回、聞かないといけない」



1回や2回言っただけで、
相手が自分の話をしっかり聞いて理解して、
間違いがなくなるって考えるのは、、、甘い。

そんな簡単に人を変えられない、
とここまで思って、ふと随分前に読んだ本を思い出しました。

もうタイトルも著者も忘れてしまいましたが、
「人に伝える」がテーマの本でした。



冒頭でこう書かれています。

自分が相手に教えたい・伝えたい話は
相手にとって、マジ、どーでもいい話です


しゃべる人は、これを忘れてはいけません、とありました。

いくら自分が、相手のためを思って言っていることでも、
相手は大事なことだと思ってない。
そもそも興味もないのです。

そんな相手に、同じ事ばかり言ってても伝わらないでしょ?

こう言われてて、ブログにも当てはまるな~と感じたのです。



私はブログを通して、何かを伝えたいと思っています。
だからこそ、公開にしているし、
あわよくば、読者が増えないかな~と期待して
ランキングサイトにも登録しています。

でも、自分が思うほど読者は増えない。
そこで、
「なんでみんな読まないの!?こんなにいいこと書いてるのに!」
とは思いません。

さすがに、それはないです。
読まれないのは、自分の書き方やネタがマズイから。


だから、読まれるように、と思って
こんなネタはどうかな、こういう書き方は、見た目の感じは・・・
あれこれ考えるのです。

毎日毎日、一字一句同じ内容の記事を更新していたら、
そのうち誰も読まなくなるでしょう。


それなのに、

子どもには、毎日毎日同じことを言ってるのです。
そして「なんで分かんないの。アンタのために言ってるのに」
こう思ってるのです。


これでは、毎日同じ記事を書いてるブログと同じじゃないか。
毎日同じことを書いて更新しているブログを
「読め!」と強要してるようなもんです。

書いて伝えようとするときは、あれこれ工夫して
読まれる努力をするのに、
どうして直接口で伝えることには、
同じことばかり言うことに無頓着になれるのか。


本当に相手に伝えたいなら、
形を変え、事例を変え、たとえ話を変えて、
同じ事を何度も言う。

そうして初めて、伝えたいことが伝わる。


「何回言わせたら、分かるの!?」ではなく、
「まだ○回しか言ってないな」と考える。


研究結果の8回だって、平均値です。
相手によっては20回でも100回でも言わなければ
理解してもらえないでしょう。


こちらの忍耐力と工夫の問題だったな。





今日もありがとうございます。
もしかして、今日からGWでしょうか。
みなさん、楽しんでくださいませ。
私は平常のままです~ヾ(・∀・)ノ


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【2017/04/29 06:30】 | 子育て
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かがやき
 おはようございます。
 教室で、何度言っても、同じことを繰り返すなぁということがあります。
 今日の記事を読んで、とても気持ちが楽になりました。
 「まだ、〇回しか言ってないな」と考えるようにする、そうだなぁと思いました。これからは、そう考えようと思います。
 たとえ話を変えてみるということも、やってみようと思います。
 平均で8回以上なら、伝わりづらい子どもだと100回も200回もかかりますね。
 とても役立つ記事をどうもありがとうございました。

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エリアンダー
「おおげさなこと言わないでってもう一万回も言ったわよ」

このブログ、来たくなります。
自分が読めない本の紹介が毎日のようにあるから。
手紙の話もよかった。
願わくば小説の紹介などもあったらいいな。
あっ、でもそうなったら体がいくつあっても足らん。(笑)





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ゆるパパ
こんにちはm(_ _)m
全ては考え方ひとつなのでしょうね。自分の努力が足りない...そうかもしれません。ブログの更新に関しては、確かにアレコレとするのに対し、それ以外の伝え方を考えてみると、自分を見つめ直す思いですσ(^_^;)自分が伝えたいことは、相手は興味なし...私が説明しているのに、相手が夕飯の事を考えているとして...
キ、キツイなぁ(笑)

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愛希
こんにちは。

「何回言ったら分かるの?」このフレーズを言ったり、聞いたりするたびに思い出す本があります。

『一瞬で子どもが変わるイメージング・ブック』という本に書かれていたのですが、

「もう!何回言ったらわかるの」
という言葉をあなたが子どもに言っているとしたら、
「その言葉を何回言っても無駄だということを、あなたは何回言えばわかるの?」
と私はあなたにツッこまなければなりません。

なぜ子どもは何回叱っても同じ事を繰り返すのでしょう?
なぜお母さんは何回も繰り返し同じことで叱るのでしょう?


この指摘に、私も亜紀様と同じように気づきました。何回言っても分からないなら、私が言い方なり、接し方を変えたらいいのだと。


でもまあ、そんなプチバトルができるというのは、信頼関係があってのことなのですよね。子育て順調な証拠なのです、きっと。


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節約ドットコム
8回以上とは、とてもしっくりくる数字のように感じました。

また、ブログ記事の更新に意義を見出すのはむつかしいところであります。
ただ、ブログをやって良かったと思うことはたくさんありますよ。

実は、人様へのコメントの言葉遣いの選び方の方が自分のブログ記事を書くよりもむつかしいなと感じています(笑)


こんばんは^^
坊主おじさん
今日の記事を読ませていただいて、
斎藤一人さんの本を思い出しました。

書名は、忘れてしまいましたが、
一人さんのお弟子さんに何回言っても
本を読まない人がおられたとか・・・

一人さんは、その人が本を読むように
なるまで、根気強く何回も何回も
同じことを言ってきかせたそうです。

結局、その伝えたい人に
愛があるかどうかが
大切なのかなと思いました。



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ミドリノマッキー
いつもありがとうございます。

自分の言いたいことを分かってもらうということは難しいよね。
これまで生きてきた中でも「何で分からんのだ、分かってくれんのだ」の繰り返しだったような。
でも考えてみたら自分も他の人にそんな思いをさせていたかもしれない。
やっぱり難しい。
まあ、お互いがすべてを分かり合えるのであれば争いは起きないし、ストレスもたまらない。
人間ってなんだ、というところまで行きつきそうで怖い。哲学書でも読み漁ってみますか(笑)

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Re: かがやき様へ
馬場亜紀
かがやき様、コメントありがとうございます。
長男が小学校に通うようになり、その日の様子を教えてくれますが、必ず前の席の男の子が「今日もうるさくて、先生に怒られてた」と言ってます。授業参観でもその子の様子を見ましたが、確かに・・・先生、本当に大変です。お疲れ様です!!
ああいう子って、別に障がいがあるとか、理解力が足りないってわけではないんですよね。なんていうのか・・・人が話してるときは聴くってことの大切が分かっていないだけなんですよね。でも本当に、1万回は同じようなことを言わないと分かってもらえないかもしれません。
大人になるまで言い続ける、これくらいの忍耐力が必要なのかも。
連休明けはまたクラスがざわつきそうですね。楽にやってくださいね。先生が潰れちゃうとみんなも悲しみますから!


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