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こんな道徳の授業がいいな

長男の小学校入学式も終わり、教科書をもらってきました。
私は教科書を読みます。なんでも読むのです(笑)。

興味があったのは「どうとく」の教科書です。
どれどれ・・・・・

まあ、1年生だとこんなものなのかな。
答えが一方向しか出てこないだろうなと予想がつきます。


どうせなら、こんな題材はどうでしょうか。



電車の座席はほぼ埋まり、
車内には立っている人がちらほら。

男性一人、女性二人の、ハイキング帰りらしい高齢者が立っています。

彼らの前には、
若者二人と50代くらいの女性一人が座っています。
若者は二人とも茶髪、一人はサングラスをかけています。

高齢者の男性が、
「最近の若い者は、年寄りを立たせても平気なんだから」
「ちょっと前は罪悪感からか、寝たふりをしたもんだが、
最近じゃ寝たふりもしないから、ふてぶてしい」

などと話し出しました。

どうやら女性二人を座らせたい様子。

すると、サングラスの若者が口を開きました。

「あんたたちはさあ、
山は歩けるのに電車では立てないの?
それっておかしくない?遊んできたんだろ?
こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。

だいたいさあ、
オレみたいなヤツが土曜日も働いて
あんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる?
オレがあんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて
優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。

とにかく座りたかったら、シルバーシートに行けよ」



三人の高齢者は凍りついたように黙りこくり、
次の駅で降りていきました・・・。

  (「いいね!ニュース」より引用しました)



このお話がどうとくの教科書に載っていたら、
けっこう盛り上がって話し合いができると思うのですが。

どっちが悪いのか、どうすればよかったのか。
どちらの立場に立つかで相当意見が分かれそうです。


どうとくの教科書を読んで感じたのは、
明らかに大人の喜びそうな答えを言わなきゃダメなんだろうな、
そして、そのことを子どもはお見通しで、
ちゃんと期待通りの答えを口にするだろうってこと。

だからといって、
その通りの行動につながるのかどうか。

なんせ、
「道にゴミがおちてるよ。どうする?」のとなりに、
「おじいさんが乗ってきたよ。どうしたらいい?」って書いてる。

ゴミと高齢者は同じレベルなの?(笑)


今、考えなければならない道徳って、
上記のような、日常に溢れかえっている光景について
みんなで考えることじゃないのかな。


私だったら、そうですねえ・・・
(電車ではあまり座りません。席を譲る行動をとるのがイヤなので立つ、
一番ズルイことをしています)

・基本、高齢者には席を譲るもんじゃない?
・高齢者が嫌味っぽい言い方をするから嫌がられた
・なぜ反論しない?逃げても解決しない

どちらかというと、若者の肩をもつ意見になるなあ・・・。
どう思います?




今日は吉報じゃなかったですね(´・_・`)

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テストは花丸だけで

服役中のヤクザの親分と、刑務所で勉強を教える先生の、
マンガのような本当の会話。


算数の勉強をしています。
繰り上がりのときは指をつかっていいんだよ。

「先生、手の指だけじゃ足りないんだけど」

あ、小指なかった。

「算数よりさ、難しい漢字を勉強したいんだ。
子分に色紙出されて、何か一言くださいって言われたとき、
難しい字を書けば、それだけで人間が上がる」



そんなことより、算数できたほうがいいんじゃない?


「そっちはいいんだ。
使いにやるときは万札握らせればいいんだよ。
たばこひと箱買いに行くんでも、万札握らせりゃ喜ぶんだから」



それは私もおつかいに行きたいよ。
でも、誰かの入院見舞いに最高級メロンを3つ4つ買っていけってときも
万札1枚(笑)。
子分が「足りません」って言わない?


「うるせぇ、オレがこれで買っていけって言ってんだから、
これで買っていけ」



だから算数いらないんだ。
じゃあ、とあるブツの価格、グラム2万円としよう。
それを5キロ商ったらいくらになる?


「先生、それは非常に大切な問題だ」


やっとやる気出してくれたか。
しかしすぐに言うんだよね。

「先生、わからない」


だから、これからそれをやろうって言うんだよ。


「いや、大丈夫。ウチは金庫番がいるから。
アイツはオレを裏切らない」





信頼できる仲間がいるってすばらしい。


というお話をしたいのではなく。

刑務所や矯正施設などでも勉強は行われています。
しかし、この人たちはまともに学校すら通っていないケースが多いため、
読み書きもできないことがあるのです。

そのような人たちにどうやって教えるのか。


絶対、間違った所にバッテンをしない



間違えている箇所に、バッテンをつけないんです。
当たってる・できてるところだけ丸をつけるのです。

間違ったところは、
「もう一回考えてみよう」と、また考えさせて、当たったら丸する。

必ず、答案は花丸の100点で返すのです。

すると受刑者は
「今までバッテンしかもらったことない。
100点で花丸なんて初めてだ」と喜ぶそうです。


バッテンは、その人を否定することにもなる。


思えば犯罪を犯す人とは、
人からバッテンをつけられることに慣れてしまい、
自らバッテンをつけるような選択をして生きてきた人です。


なので、勉強を通して、丸をつけてもらえる喜びを見出してもらう。
そう心がけているそうです。


でも、バッテンをつけるって、
普通に私もやってますね。

人の答案の答え合わせをするとき、
間違っているところにバッテンをつけるのは
ある種の快感があった、と私は認めます。


答案だけに限らないですが。


採点する側の意識が変わりそうです。
当たってるところに丸をつけるだけ。
間違っているところはなにも印をつけず、
もう一回考え直させる。

最後は丸ばかりの満点。


このほうがずっとシンプルだと思いました。



このエピソードは、『祈りの現場(石井光太:著)』より引用しました。

すごい本でした。私の薄っぺらな言葉だらけのこのブログを
全部削除したくなるほど、過酷な現実に向き合う人々がいました。
アマゾンキンドル読み放題対象本です。

今日もありがとうございます。ヾ(・∀・)ノ

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算数です。9は○で9.0は×?

小学生のツイートが発端の話題が面白かったのです。

2016年11月20日、
脳科学者:茂木健一郎氏のブログです。
氏の元に、名も知らぬ小学生からのツイートがきました。

「算数のテストで
3.9+5.1=9.0 と答えたら減点されました」


茂木氏、かなりオカンムリのご様子なのでした。

「これは小学校の奇習だ」と。

「話に聞けば、
3×4=12 は正解で、
4×3=12 は不正解とすることもあるとか。
そんなのは虐待といえる


虐待まではどうかなと思いますが・・・。



9.0は、なぜダメなの

茂木氏のブログにコメントは多く、
いろんな意見がありました。
専門的な説明はよく分からなかったのですが、
簡単にまとめると、

・整数と少数の世界がある。
9.0は整数だから少数で表すものではない。

・式に小数が入っているから、
答えは少数で表すほうが正しい。

・子どもが9と9.0は違うものと理解しているかをみる
テストだから、これでいい


などなど。
私は算数苦手だったので、
全くわからないですが、
ドリルの解答は、9.0ではなく9ですね。


掛け算の問題は
お菓子が3個入った箱が4つありました。
お菓子は全部でいくつあるでしょうか

こんな問いです。

この問題を解く式が
4×3=12 は×にされるというものです。

どっちでも良くないの???


理由というか、
算数的な正しい解答が何か分かりません。

どっちの答えが正しいのか、よりも、
なぜ9が正しくて9.0は間違いになるのかを教えるのが学びなのでは?
なぜ、そこを説明してあげないのでしょう。
ただ減点したって、何も学べないでしょ。
足し算できてる子に×つけるんだから。

教える先生も、実はよく分からないのかも。
じゃあ、調べればいいんじゃない?
なんで、そこ手を抜くのかなあ~。

あるいは、茂木氏にツイートした小学生は、
なぜ先生に理由を尋ねないのでしょう。
いったい、どんなコミュニケーションをとっているのか。
そこが議論されてもいいように思いますが。

みなさんは、いかがですか?
誰か、明確な答えを知っていらっしゃいますか~?



こんな算数の式を見てたら、
桂三枝(現・文枝)の創作落語を思い出しました。



子どもが学校の宿題で出された算数の問題を
父親に「おしえて~」と持ってくる、
聞かれた父親は四苦八苦します。


毎日続く宿題に父親はヘトヘト。
そして今日も息子は宿題をもってくるのです。


「なあ、お父ちゃん。
今日も算数の宿題出されてん。
教えてくれるかァ?」

「今日もか・・・・なんやねん毎日毎日・・・
ハァ・・・・
なんや、問題は?」

「今日のな、ごっつ難しいで。
ええか、よお~聞いててや、いくで。

弟は分速60mで歩いて
家から公園に向かいました。

兄は弟が家を出発してから6分後に
自転車で出発し、
分速240mで弟の後を追いかけました。

兄が弟に追いつくのは、
兄が家を出発してから何分後でしょうか
?」




兄弟は仲良くせえっ!!
ちゅうことや」


私、この話大好きです。
算数としては×だけど、
生き方としては○でしょ?

こんな大らかな解答も
笑って、特別花丸つけてくれるような先生が
いっぱいいてほしいなあと思います。







今日も読んでくれて、ありがとうございますヾ(・∀・)ノ


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夢を実現するために勉強する

北海道でロケット開発を続ける植松努氏。
ブログもやっていらっしゃるのです。

タイトルは、
植松努のブログ(まんまだね)」

イベントなどのお知らせなども書いておられますが、
主に、社会で起こっていることへの考察です。

植松氏自身、
「これから、思考を必要としない単純な仕事はロボットに取って代わられる。
そんな時代だからこそ、
思考を研ぎ澄ませていなければならない

こう述べておられます。

植松努のブログは、鋭い考察が多く、
読んだら刺激を受けます。

その中で読書に関することが書かれていました。


2016年6月7日の投稿。
「人間は全然成長してないかも。
成長していない理由は明確です。
昔の人が残した記録を読んでいないからです」



ルソーの『エミール』に、
子どもが学校で苦悶する様子が描かれていることに関して、
昔から同じようなことで悩んでるなあと感じたのです。


学校の先生こそ、読書してほしい


私が「この先生、なに・・・?」と思ったのは、
高校2年生の担任に対してです。

進路相談がありました。
私はその頃には就職しようと決めていたのです。
(私の通っていた高校は、
8割くらいは進学希望で、
その半分は浪人する感じでした)

担任に
「就職したい」と希望を述べると、
担任は
「え~?どうして~?
あなたの成績なら、○○短大とか推薦でいけるよ。
進学しようよ」

私が
「いや、もう決めてるし」と言ってるのに、
「そう言わんと。
とりあえず進学希望ってことにしとくから」

・・・・これって、相談?

この時は
「なんなん、この人?」と思ったけど、
あまり気にしなかったし、
高校3年生の時の担任は
私の就職希望に対し
「そうか」とすぐ受け入れてくれたので、
今まで考えたこともなかったけど。

なぜ担任の言葉に変だと感じたのか。


夢がなかったのですね


進路相談の時、担任が私に
進学することの良さを語っていたら、
私も考え直していたかもしれません。

でも、担任が口にしたのは
「ウチの学校の進学率が上がるから
進学してほしいなあ」

なんで私が学校の評価を上げるために
進路変更しなければならんの!?

働くことにワクワクしている私を
説得するだけのものを、
担任は持っていなかったんですよね。



私が学校生活を送っていた頃、
夢を語る・夢を持っている子は
どれだけいたんだろう?

「アンタたちは、なんでも出来る可能性があるよ。
やってみたらいいよ!」

こう、夢を抱かせてくれる先生はいたんだろうか?

なかには、やりたいことを決めて、
料理や服飾の専門学校を選択したり、
看護や保育の資格を取るための学校を選択していましたが、
少数でしたね。

ほとんどの学生が
とりあえず大学受けとこう、くらいの気持ちだったと思います。

成績以外の要素で、
進路相談をやってくれる先生はいるんでしょうか。

口には出さないけど、
みんななんとなく、自分のやれることを限定してしまって、
無難なことを選んでいたのでは?


失敗することのないように。
こんな親心みたいなもので、
先生は無難な道をすすめているんでしょうけど。

そんなんで、なんとなく進学して、
なんとなくやっていけそうな就職先を選んで、
とりあえず働いて、
家庭もって、
で・・・こんな人生、つまらないなあ。

どこかで、そう思う日がやってくる。


植松氏の考えです。

「学問とは、
社会の問題を解決するために
人類が命をかけて積み重ねた記録です。

人生、一生勉強です。
そしてその努力の差は、
人生に差をつけるかもしれません」



植松氏の言う社会の問題とは、
人間の持ってる憧れ・夢と表裏一体かもしれませんね。

問題→世界のあちこちで紛争が起こっている
憧れ→平和な世界

こんな風に。

社会の問題を解決する=夢を実現させる

そのためには勉強が必要。

先生は、勉強するのがなぜ大切かを
子どもに語ってくれてるのかな。

その勉強とは、
教科書を読むことではないですね。

昔の人が残してくれた記録=書物。
ここから学ぶことが大切。

先生にばかり、期待したらダメか。
自分も語れるようでなければ、ね。



最後まで読んでいただいて、ありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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【北海道の息吹】北海道がぎゅうっと詰まった自然食品を食卓に!

子どもを賢くする「究極のコツ」があるってホント? その4

子どもを賢くする「究極のコツ」は、
好奇心の種をまく
そのためには図鑑を使おう


と書きました。
(子どもを賢くする「究極のコツ」があるってホント?その1 )

今回は、
どんな図鑑の使い方をしたらいいのか、

『頭がいい子の図鑑の読み方・使い方(親野智可等:著 あさ出版』を参考にして紹介します。


図鑑の使い方

・マイ図鑑にしてしまう

見たところ、調べたところは
片っ端からマーキングしていくのです。
カラーペンで線を引く
付箋をつける
シールを貼る

こうやって、調べた足あとを残していくのです
この足あとを見て、子どもは
「もっと足あとを増やしたい」という気持ちが刺激されるのです。
足あとが増えたら、達成感も得られます。

この方法、私は考えもしなかったことでした。
本はきれいに読むもの、書き込むのは教科書だけ。
そう思っていますから。

親野先生は、
「本をきれいなまま読む必要はありません。
それは汚していいとか、乱暴に扱っていいという話ではないのです。
思いっきり書き込んだり、マークをつけていって、
オリジナルの、自分だけの図鑑にしてしまうのです」
と語ってます。

著書にはその一例として、
幼児向けの図鑑に、クジラやエビの絵のところに、
マスキングテープに『鯨』 『海老』 と漢字で書いて貼っていました。

これでオリジナル漢字図鑑の出来上がりってわけです。
けっこう、画期的だと思います。

応用としては、
トレーシングペーパーを使う。
絵(写真)を写し、切り取ってカルタを作る。

クイズを作る。

などなど、すごい発展の仕方を紹介してます。
これだけ図鑑に夢中になったら、賢くなるわ!


図鑑を選ぶときに気をつけること

1、そろえ始めは子どもの「好きなもの」から

いろいろそろえてあげたくなるけど、
最初は、子どもの好きなものから。
子どもに
「なんの図鑑がほしい?」
聞いてから、買いましょう。

2、子どもの年齢に合ったものを選ぶ

子どもの年齢に比べて、あまり背伸びしたものを与えるのはやめたほうがいい。

「すぐに使えなくなってもったいない」
「できるだけ長く使わせたい」


私もこう考える傾向があります。
でも、

内容が難しすぎる
文字写真・イラストが小さすぎる


子どもが手に取らなくなる可能性があります。

子どもに興味をもたせたいのに、興味を失くしてしまうので
気をつけたいところです。


『頭がいい子の図鑑の読み方・使い方』は、小学生に最適な方法がたくさん載ってます。
ここでは全てを紹介することは出来ないので、興味をもたれた方は、買うか図書館で借りて読んでみてください。
私はすごく参考になりました。
大事なことは、
親の期待は、百害あって一利なし
が理解できたこと。
親の期待が子どもの好奇心を失わせるんだなあ。
上手に好奇心を育ててあげていきたいです。


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馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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座右の名は、『やってみなはれ。やらな、わからしまへんで』

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