2018. 04. 27  
閉ざしていた人の扉が開くと、表情が柔らかくなります。

『ラブという薬(いとうせいこう・星野概念:著)』
です。



作家と精神科医の対談というか公開カウンセリングのようになっています。
悩みを打ち明けているとかそんなのではなくて。
「精神科には気軽に早めに行こうよ」というメッセージです。


精神科受診なんて、人目が気になる。
頭がおかしいと思われる・・・。
これが一般的なイメージではないでしょうか。

うつ病患者数
1996年は約43万人
現在、112万人以上。年々増加中。
この数字は受診している人のみです。

ブラック企業で働いて、うつ病、その果ての自殺。

このようなニュースが出たら、ブラック企業が悪いと世論はいいます。
けれど、自殺しないうつ病に対して世間は冷たすぎませんか?

心を強くすればいい。
がんばれない言い訳でしょ

こんな感じで。
これはおかしいと私は思っています。
死ぬまでやらなきゃ労わってもらえないなんて。


怪我なら外科、辛い気持ちなら精神科。


たったこれだけのことなんです。
先生は言います。

精神的な病気っていうのは、
ひとつは「傷」、ひとつは「弱さ」。
弱さの場合は、「もっと強くなれ」って言われるし、
傷の場合は、「なんでそんな傷を受けたんだ」って言われる。
それで傷ついた人が泣き寝入りしなきゃいけない。
要は「泣き寝入り文化」なんだよね。



まずは精神科への偏見や尻込みをなくしてほしいというお話。
そしてもうひとつ。


なんでも言っていいんですよ。


「この薬、なんか違うと思うんです」
「診断に疑問があります」

言いにくいと思ってしまいますが、言っていい。


ダメな医者もいる。変だと思ったら他の医者にかかる。
その動きが大きくなれば、ダメな医者も反省する。



このお医者さん変だ、自分には合わないと感じたら、
違うお医者さんに診てもらって構わないですよ、というお話。


これって、体の病気や怪我のことでも同じだと思いませんか?
もらってる薬を飲んだらいつもダルくなるんだよなあ・・・
でも先生が言ったんだから、間違いないんだよなあ・・・みたいな。

こんなことがあっても言いにくいと思って言わないことがありませんか?

言っていいんですよ。
言われて怒り出したら、そのお医者さんはダメなんです。

いいお医者さんなら、
「じゃ、似たような効果のある薬で様子をみましょうか」と、別の薬を処方してくれるのです。

星野先生は、自分の腕を試されてるようなファイトが沸いてくるそうです(笑)


体も心も、病院受診は同じ。
我慢して我慢してどうにもならなくなってから受診したら、
「なんでこんなになるまで放っておいたんだ!!」と叱られますよね。

内科でも精神科でも同じなんですね。
歯医者さんも一緒ですね(笑)
やっちゃいますよね?ギリギリまで行かないって。


これくらいで受診したらダメかな・・・とかじゃなく、
変だと感じたら病院で診てもらう。

大ごとになる前に行くほうが治りも早いのです。




忘れられない患者さんがいまして。
胃潰瘍で入院されていた、公務員の男性。
物腰も柔らかく、ベッド周りの整理整頓もきちっとされていました。

ところが1週間ほど経ったころ、様子が変わりました。
身だしなみができなくなり、ろれつも回っていません。
「ここの看護師長はおかしい!」と怒りだしたり。

その男性、うつ病治療中ということを内緒にしていたのです。
入院中は出された薬しか飲めないので、精神科でもらっていた薬は飲まなかったのです。
そうしたら症状が悪化して・・・。

最初に「精神科から処方されています」と言ってくれてたら、
副作用が出ないような薬を一緒に出せたのに。

看護師にもいえなかったという、精神科受診を隠したい心理。
こういったものをなくしていける社会になってほしいのです。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

にほんブログ村
2018. 04. 11  
難ばかりの今日も。
今日も、みんなが、絶賛生存中。



『困ってるひと(大野更紗:著)』です。



筋膜炎脂肪織炎症候群
皮膚筋炎

難しい病名ですね。とても珍しい病気だそうです。
自己免疫を攻撃する難病を併発した著者の、
闘病と、もろもろの「困った」ことに四苦八苦するエッセイです。

壮絶な症状を抱えているのに、おもしろいんですよ。
「楽しんで読んでもらいたい」という気持ちが伝わってきます。


どんな症状があるのかというと・・・・

全身が腫れて激痛。
手足は潰瘍だらけ。
すべての関節に激痛があり、動かせない。
熱は38度から下がらない。

まだまだありますが、これらの症状が1年以上続いていました。
どこの病院でも「わかりません」「様子をみましょう」だけ。

ほぼ絶望して、
「ここで分からなかったら、死のう」と決死の覚悟で行った病院が、
「オアシス(某大学付属病院)」、ここで命を救われたのでした。

いろんな視点で感想を書ける本です。
闘病、手続きの大変さ、社会システムの問題・・・

私は、「オアシス」のパパ先生(と著者があだ名をつけています)の言葉に注目しました。


パパ先生は「ハイパーお説教大臣」で、
外来もされていますが、どの患者さんのことも叱りまくるのです。

もちろん、難病で苦しみ中の著者も例外ではありません。
毎日30分~2時間のお説教をくらっているのです。


「そんな甘い考えでこの先、生きていけると思っているのか!」
「前に注意した!自己管理ができてない!」
「治療する気がないなら、出ていけー!」
「頭を使え!」
「注意が足りん!意識が低い!」
「何でもあるものに頼ろうとするな!!」



厳しい。こんなお医者さん見たことないです。
普通だと患者さんが泣き出したり怒り出したりしてもおかしくない。

でも、パパ先生の外来は「ドM外来」と呼ばれ、
連日、叱られたい難病患者さんが大勢訪れるのです。


なんでこんなに厳しいのかなあと思ったんですが、
読み進めていくと、著者のこんなエピソードがあります。


自分で動ける状態ではないため、
入院中に必要な日用品や下着・服などを買ってきてもらう、
いろいろ申請するのに必要な書類を市役所からもらってきてもらうなど、
友人たちにお願いしていたのです。

ほぼ毎日、メールで。
それが半年以上続いたころ。

3人の友人が病室にやってきて、
「ウチらもきついんだよ・・・」と告白したのです。

著者はモノを頼むことをいつしか「当然」だと思っていたことに気づきました。
友人たちは「なんでも言ってね!」と言ってくれていて、
その気持ちは嘘でもないし、なくなったわけでもないのです。

だけど、友人たちにも仕事とか日常生活があって、
そこに当たり前のように用事を言いつけられて、
疲れてしまったのです。


読んでいるとまるで著者の性格が悪いように見えますが、
本を読むとそんなことはないことは分かります。

誰でもこうなる可能性があるのでは・・・と怖くなりました。

究極に困ったことがないだけで、
自分も、「私困ってるから、頼って当然」というふうになるかもしれないのだと。


パパ先生が口うるさく叱るのは、
甘えすぎてしまったがゆえに、友人が去っていった孤独な患者さんを見続けてきたからではないか。
こんな風に想像したんです。


人が手助けしてくれることに感謝をもち続けなさい。

こう言っただけでは伝わらないから、叱る。
そういう愛情もあるんじゃないかなと感じました。



著者は今も闘病中です。
そんな著者の言葉で終わります。


なにがあっても。
悲観も、楽観もしない。
ただ、絶望は、しない。

難ばかりの今日も。
今日も、みんなが、絶賛生存中。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

にほんブログ村
2018. 04. 09  
いのちを大切にする具体的なやり方のことを、
昔から「養生」と呼ぶ。



『自愛の手引書 養生事始(玄侑宗久:著)』です。



「養生訓(貝原益軒)」を読み解きながら、お坊さんらしい仏教や古典の話、自身の生活ぶりなどをまじえて語るエッセイとなっています。

「養生」
この言葉の意味を、今回この本で理解できました。

養生とは、いのちを大切にする具体的なやり方のことだと。


初夏の陽気かと思えば一気に寒さが戻ってくる。
日本のあちこちで体調を崩してしまいそうな気候です。
こんなときこそ、養生の出番ではないでしょうか。
ここではいくつもあった養生法のうち、もっとも簡単で且つ効果的だと思えるものを紹介します。


「首から上の、宜しきこと」

このタイトルの項目では、
「手は面にあるのが宜し」を取り上げて解説していました。


たとえば、
恥ずかしがりやの人が、手を顔にもってきて顔を隠そうとすることがあります。
喉が嗄れたら喉に手をやったり。

これらが、手から出る氣のパワーを受け取っているとしているのです。

ちょっと思い返してみますね。

何かを思い出そうとしたり考えたりするとき、
アゴに手を置いたり、手で頭をコツコツ叩いたりします。

遠くを見ようと、手を目の上でひさしを作るように当てます。
よく聴こうと、耳に手を当てます。
遠くまで声が届くよう、口に(両)手を当てます。
もっと匂いを感じようと、鼻の近くで手を動かします。


全部、手が五官を応援していますね!

首から下だって、
痛みがあるときは自然と手を当てますしね。

「手当て」とは文字通り、手を当てて癒すこと。
看護の「看」は、手と目という字でできています。
これは目で見えないものを手で見なさい、という意味です。

手から氣が出ているとまでは習いませんでしたが、
手って働きモノで、
私は何らかのパワーが手から出ていると信じています。


そして「養生」とは、まずは自分で自分を大切にすること。
手紙の最後などに
「ご自愛ください」と書いたり、書かれたりしますよね。

そう言うなら、まずは
「自愛=自ずから愛する(大切にする)」ことをしなければいけません。


もっとも簡単な方法を紹介します、と言いました。
手で自愛するのです。

いつも一所懸命がんばっている(文字どおり一所ですね)五官を、
手で軽くマッサージするのです。

耳をそっと揉んだり、ほほをマッサージしたり。

でももっと簡単な方法が。
しかも、パソコンやスマホを見ている時間が長くて目が疲れやすい人にはもってこいの方法が。


両手を熱くなるほど擦り、
その手を両目に載せる。



これだけです。
貝原先生おススメの養生法です。


「養生」「自愛」とざっくばらんにしておくよりも、具体的なことをひとつでもやることで、
いのちを大切にすることができるなら。

この簡単な方法を取り入れてみるのもいいんじゃないでしょうか。



この本じゃなくても、もっとやさしく「養生訓」を解説してる本があります。
現代に合わない内容もあるし、すべての人に合うものとも限りません。
ですが、ひとつくらいは合うものだってあると思います。
なにか簡単なものを、この春から少しだけ始めてみてはいかがでしょうか☆




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

にほんブログ村
2018. 03. 29  
「まあ、わたしに任せなさい」


精神科医・故斉藤茂太氏の、
いい言葉はいい人生をつくる ラストメッセージ』です。



冒頭のセリフは茂太先生のおじいさんが言ったものです。
おじいさんも精神科医だったとか。
患者さんにこんな言葉かけをしていたのです。


患者さんの頭に聴診器を当てて、
「いや、君の脳は悪い。たしかに悪い。
わたしのあげる薬を飲みなさい。
これは日本一の薬なんだから」



あるときは、


患者さんの耳の穴を覗き込み、
「ああ、あんたの脳はただれている。
腐りかけている。
ちゃんとそれが見えている。
まあ、わたしに任せなさい」




めちゃくちゃ言うてます。
「脳がただれてる」ってひどすぎ(笑)。

それにも関わらず、患者さんはこれらの言葉を信用し、
しかも実際に治りも早かったそうです。


今、こんな診察していたら怒られてしまうんでしょうか。
私なら「あ、やっぱりそうでしたか」とか言いたいですけど。

こういうふざけたことを言えるっていうのは、
患者さんと信頼関係があってこそだと思うのです。

時代も時代ですけどね。
明治・大正のころですから。
今より、のほほん・ほんわかしてたのかな。


茂太さんのおじいさんは、超ポジティブだったそうです。
いつも笑ってて、
とにかく最初は「よかった」と言ってたって。

たとえば、

恋人がいない→よかったな、デート代がかからなくて

恋人ができた→よかったな、幸せはもうすぐだ

恋人にフラレた→よかったな、もっといい人に巡り合うチャンスだ


こんな感じで、
「よかった」と言うことで、
ポジティブの連鎖をつくるのです。


優しい、プラス、面白いお医者さんなら通いたくなります。


先日、メディアによく登場する女性精神科医のエッセイを読んだら、
「最近の患者さんはコミュニケーションができなくなっている。
初診なのに、”先生ならわかりますよね?”と、ほとんど説明なしに言ってくる。
言ってくれなきゃわからない(笑)」

こんなふうに書いてあったんですけど、
みんながみんな、うまく自分の症状を説明できるわけじゃない。
とくに精神科に来てるなら、うまく話すことすらままならないのでは?って思ったんです。

そんな患者さんのことも、診ようとすること。
それが医師の仕事では?と違和感がありました。


ただでさえ気がめいる病院。
患者さんやその家族がほっとできるような、
かたい表情がふっと笑みでゆるむような、
そんなあったかい言葉かけを。
すべての患者さんが望んでいます。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

にほんブログ村
2018. 03. 02  
私は人間の贈り物の中で一番素晴らしいのは
言葉だろうと思います。



昨年亡くなられた日野原重明先生の言葉です。
『日野原重明の世界 人生を色鮮やかに生きるための105の言葉』より。



先生自身の言葉、先生を支えてくれた偉人の言葉、
先生の愛用していた品々の写真や追悼文などが掲載されています。

あらためて先生の年譜を見ると、すごいな・・・としか。

1970年、よど号ハイジャック事件で人質拘束されています。

1995年、地下鉄サリン事件
救急の連絡が入ったとき、先生は即、
「患者さん、すべてを受け入れなさい」と陣頭指揮をとりました。
このとき、先生83歳。

まだ「サリン」が原因だとは分かっていない段階での救急受け入れ。
640名の救急患者すべてを受け入れ、
残念ながら女性1名が命を落とされましたが、あとのかたは無事でした。

迅速な対応、素晴らしいとしか言いようがありませんね。


日野原先生といえば、いい「言葉」を遺されたイメージが強いですが、
お医者さまですから。

今回は健康についてのところを紹介させてください。


生活習慣病」という名前はおなじみですよね。
元が「成人病」だったということも、覚えているかたは多いかと思います。

1977年、成人病という名前を生活習慣病と変更したのが、日野原先生でした(!)
1978年のエッセイ、「あなたが作るあなたの健康」より。


新しいよい習慣を自分で実践すること、
それがあなたの習慣病を予防し、
あなたの健康を増進し、
長寿のもとになるのです。


習慣を変えることはあなた自身が行動する問題です。
あなたが実践し、あなたの家庭が実践する以外には、
望ましい健康への道はありません。


習慣病へ挑戦するために、
元気を出して健康への実践運動を日本中に広げようではありませんか。
これこそ国民参与の健康運動で、
国民にこころと体の健康運動が本当に盛りあがっていくことです。

そのような日本を世界に示すことこそが、文化国としての日本を実証するのです。
そのような人間を海外に送り出すことは、世界のために最も意味のある貢献をすることになるのです。
健康な人間の宝庫・・・それが日本の世界に誇るべき姿なのです。




生活習慣病とは・・・
高血圧、脳卒中、心臓病、ガン、糖尿病、慢性気管支炎など。

もちろん、規則正しく教科書に載せれるほどの生活を送っていたとしても、
ガンになってしまうこともあります。
体質もあります。

が、予防できる可能性はぐんと高まりますね。
習慣を変えることで。

睡眠
食事
運動

まずはこの3つでしょうか。
これと、こころの健やかさと。

晩年の先生の言葉はこころの健やかさにクローズアップされていたように感じますが、
体だって同じく大切なものだと、40年前から提唱していた。


「習慣を変えることはあなた自身が行動する問題です」

なかなか厳しい指摘です。


これがね、薬を飲み続けるだけでどうにかなるならわりかし簡単なんですよね。
そうじゃなく、流れに流されていることを修正する。
これがキツくて、実践できない人が多いのが現実でしょうか。


糖尿病患者さんが「食事教育」のために入院させられることがあります。

入院して、病院食を食べ、栄養に関する講義を受けて退院する。
帰宅してから教わったとおりにやれていれば再入院することなく、
糖尿病を悪化させることなくうまくやっていけるんですが、
再入院する人は何回も入院してきます。

「家にいたら出来ない」と全員がおっしゃります。

糖尿病というのは、それだけではそんなに怖いものではないんですが、
病気が進み、二次障害が出てくると恐ろしいんです。

失明、末端神経障害からの下肢切断、腎臓病、人工透析・・・

そうならないための食事改善なんですが。
糖尿だけではほかに困った症状が起きませんので軽くみてしまうんでしょうね。


長生きしやすくなり、長生きした分のお楽しみだって選択肢が増えた今、
なるべく元気でいたいです。



習慣を変えることで病気を防げるならば、やったほうがいいに決まってます。
なので、あえて先生の厳しいお言葉のところを紹介しました。

先生の願い、無碍にできない~☆



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
健やかに過ごしてこそ、いい人生ですよね♪

にほんブログ村
プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
FC2ブログへようこそ!
本の中の心に刺さる一文をご紹介いたします。
看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします☆

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR