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巧遅拙速より、巧速

こんな問題があります。
同じ課題提出をしなければならないA君とB君。
A君は70%の出来だけど、提出期限を守って提出。
B君は100%の出来だけど、提出期限を過ぎてから提出。

どちらの評価が上でしょうか。


A君です。
これが「巧遅拙速」です。


このところ訪問させてもらってるブログのひとつに、
四字熟語の解説をされているものがあります。

先日は、「巧遅拙速

この意味は、
上手で遅いよりも、下手でも早いほうがいいということ
孫氏の兵法のひとつ、
「巧遅は拙速に如かず」
からきているそうです。


孫子の兵法では、
部隊を動かすのは、戦術がよくなくても迅速であるほうがよい。
巧妙な戦術で長い間闘い続けてるのを見たことがない。

ブログでの解説は、
「戦争の準備はどんなにきちんとやっても、
長引いたらお金はかかるし、いいことはない」

遅いより速いほうがいいって意味ではなかったのです。
今の巧遅拙速の意味は、もともとの意味から離れ、
漢字の見た目で意味が広まったようです。



この「巧遅拙速」で、看護学校時代に習ったことを思い起こしました。
看護倫理の授業です。

教諭はこういいました。

「丁寧でもゆっくりすぎたら、患者さんの負担になる。
早くても雑だったら、それも患者さんのためにはならない。

いかに早く丁寧にやるか。これが大事なんです」


寝たきりの患者さんの着替えやシーツ交換など、
丁寧さだけを優先させたら、
その間、体の向きを変えられたままじっとしている患者さんには
苦痛になります。

逆に早さだけを考えてやってしまったら、
服やシーツにしわが出来てしまい、
それが原因で血流が悪くなったりしてしまいます。
なにより不快でしょう。そのようなベッドで寝かされると。


注射だってそうです。
早くても雑にされて血管逃して刺しなおしなんてイヤですし、
かといって、めちゃめちゃゆっくり薬を注入されて
痛い時間が長くなるのもゴメンですね。


でも勉強中の私たちには、
自分の作業で頭がいっぱいになりがち。

早くやらなきゃ。
丁寧にやらなきゃ。

どちらかになってしまうのです。

なんのためにその作業をやってるのか。
すべては患者さんのため、のはず。



先生の
いかに早く丁寧にやるか、それが当たり前の世界なんです。
あなたたちは大変な仕事をしようとしているんですよ


この言葉は、私に力を与えてくれました。

今でも、自分の行動基準は
「巧速が当たり前、いかに早く丁寧にやれるか」です。
(丁寧さが欠けやすいんですが、心ではそれを目指してます)




読んでもらって、毎日、感謝しています!ヾ(・∀・)ノ

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風邪の治し方にみる、その人らしさ

「風邪の治し方」って、人それぞれにこだわりというか、
その人らしさが出るというか。
いろいろありますよね。


私のダンナは、
栄養ドリンクや果物や、熱いお湯にハチミツを溶かしたもの、
そういうのをいっぱい食べて、布団に入ります。

私の父は、
市販の風邪薬を、決められている量より
プラス1~2錠多めに飲んで、布団に入ります。

私の友人は、
子供用の液状風邪薬をぐいーーっと1本飲んで、
布団に入ります。

私の好きな作家さんは、
熱めのお風呂に首までつかり、いっぱい汗をかいて、
お風呂上りはすぐ寝るそうです。


私はと言うと、
食事を摂らず、水はすぐ飲めるように準備して、
布団に入ります。


こうしてみると、
「布団に入る」しか共通点がないですね。

みなさんにも、こだわりの、とか、
昔からやっている、という風邪の治し方があるのでは?

そしてそれは、
人からしたら
「そんなことで治るの?」と思われそうなことでも、
自分では、やり方を変えたくないってものではないでしょうか?


私は、野生動物はじっとして傷を癒すんだから、
それと同じことをしていると信じている。

私のダンナは、栄養摂らないと、回復が遅くなると
信じている。


「風邪の治し方」には、その人の哲学がある。
そんなことをふと思いました。



*風邪の予防法*

おそらく、効果があると思われる方法をご紹介します。
1、背中を温める

首の後ろ側から背中にかけて、
風邪に関するツボが、3つあります。
そこを温めるようにすると、風邪はひきにくいです。

ツボを温める、というよりも、
首から肩甲骨辺り全域を温めるイメージです。

そこを温めると、気持ちいいですよ。


2、3つの首を温める

これは、冷え対策になります。

手首
足首

この3つ(5ヶ所)を冷やさないようにしておくことで、
体の冷えを避けることができます。


外気温が低いと、家の中も冷えてしまって、
どうにも寒い感がありますね。
そんなとき、どうぞ、お試しください。





 
今日もありがとうございました!ヾ(o´∀`o)ノ
いつも↓クリックしていただけてて、本当に喜んでいるんです。
人に助けてもらうって、こんなに嬉しいんだなあと実感。
私も助ける側になれるよう、精進していきます。

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あったかい言葉

昨日、新聞を読んでいたら、
アルコール依存症専門の医師の記事が載っていました。

初診の患者さんに、こう語りかけるのです。


「酒を飲み続けたら、脳が溶けることもあるねんで。
だから、8週間だけ、
飲まんようにしてみいひんか?
どうしても飲みたくなったら、
飲んでもいいから」



あったかい言葉かけだな~と感じました。

童話「北風と太陽」の太陽作戦


依存症の患者さんに、
叱責も指導も役に立たないそうです。
それでは改善させられない、
患者さんに寄り添わないといけない、と。


この医師のいる病院、
ウチの実家のすぐ近くだそうです。
(お世話になったことがないので、
新聞で読むまで、存在すら知りませんでした)

大人気らしいです。
分かります。
優しくて腕のいい先生に診てもらいたいですもんね。


斉藤茂太氏のおじいさんのエピソードはすごいです。
いい言葉はいい人生をつくる ラストメッセージ』より。


おじいさんも、精神科医だったのですが、
患者さんにこんな言葉かけをしていたのです。


患者さんの頭に聴診器を当てて、
「いや、君の脳は悪い。たしかに悪い。
わたしのあげる薬を飲みなさい。
これは日本一の薬なんだから」



あるときは、


患者さんの耳の穴を覗き込み、
「ああ、あんたの脳はただれている。
腐りかけている。
ちゃんとそれが見えている。
まあ、わたしに任せなさい」




めちゃくちゃ言うてます。

しかし!
患者さんはこれらの言葉を信用し、
しかも実際に治りも早かったそうです。


今、こんな診察していたら怒られてしまうんでしょうか。
わたしなら、「あ、やっぱり?」とか言って、
ノッてみますが。
(病気のときに、ノれないか。)



こういうふざけたことを言えるっていうのは、
患者さんと信頼関係があってこそだと思うのです。

時代も時代ですけどね。
明治・大正のころですから。
今より、のほほん・ほんわかしてたのかな。


茂太さんのおじいさんは、超ポジティブだったそうです。
いつも笑ってて、
とにかく最初は「よかった」と言ってたって。


たとえば、
恋人がいない
よかったな、デート代がかからなくて

恋人ができた
よかったな、幸せはもうすぐだ

恋人にフラレた
よかったな、もっといい人に巡り合うチャンスだ


こんな感じで、
「よかった」と言うことで、
ポジティブの連鎖をつくるのです。


福沢諭吉も、『学問のすすめ』でいってます。

顔色容貌の活発愉快なるは、
人間交際において、最も大切なるものなり



特に、医師にはこれをやってほしいなと思います。
「脳が腐りかけてる」ほどの面白いことは
言わなくてもいいから。
頭に聴診器くらいは、いいんじゃないですか。


患者さんやその家族がほっとできるような
あったかい言葉かけを望みます。


父母が病院通いしているので、
特にそんなふうに願ってます。


最後に、茂太さんのゆる~い言葉で締めますね。


マイペースで抜かれるほうが、
ハイペースで疲れるよりいいね。


力一杯やるコツは、手一杯にしないこと





今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ
喉の乾燥・イガイガから、風邪になってるのが
ウチの家族の症状です。
みなさんは大丈夫ですか。
外出時は、マスクしたほうが本当にいいですよ。
お互い、なるべく元気に新年を迎えましょうね。

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やさしくされたいだけなんです

前回、「知りながら害をなさないこと」を書き、
一例として、
私が認知症患者さんの病棟で起こっていることをあげました。

患者さんを物のように扱う助手。
自分の仕事の効率を優先させているだけなんですよね。

そんな人に、ぜひ知ってもらいたいことがあります。

フレディの遺言』です。



長いですけど、引用させてください。(抜粋しています)
**********************

もしも私が痴呆性老人になったら

その時、私を介護してくれるあなたに
次のようなことをお願いしておきたいと思います。

これらのお願いは、決してむずかしいことでもなければ
あなたを精神的に
あるいは金銭的に
苦しめることでもありません。

ほんのささやかなお願いですので、
是非、聞き届けてください。

私にあなたは静かに話しかけてくださいね。

決して大きな声で私に話さないでください。
あなたが大きな声で話すと、
たとえあなたが怒っていなくても
私はあなたになんだかとても強く
叱られたように感じて怖くなってしまいます。

本来、やさしいと思っていたあなたに・・・

あなたが何か私にさせたいのであれば、
静かにゆっくり話してくださいね。

また、私は変なことをいうかもしれません。
たとえば、「蛇がいる」と私が言ったら、
「なに言ってるの、蛇なんかいないわよ」と
大声で言うのではなく、
「どうしたの?蛇はどこにいるの?」
「どうしたいの?」
「じゃあ、蛇をどかしましょうね」とやさしく尋ねてください。

そして、私が何を要求しても、
その要求をまず受け入れてほしいのです。

私が「ごはん、まだか」と聞いたときも、
「さっき食べたでしょ!」と
大声で叱るのではなく、
「おなかすいたの?じゃ、これ食べる?」と言って、
クッキーの1枚でも私に与えてくださいね。

箸をうまく使えなくなり、
食事をこぼしたりします。
ですから、指を使って食べることもあるかもしれません。
そのときは無理に箸を使わせようとせず、
そのまま自由に食べさせてくださいね。

そして、しばしば、
私は自分の感情のコントロールがうまくできません。

ですから、大変に気むずかしくなって、
その日の気分によって意地悪なことを
あなたに言ってしまうかもしれません。

実はそのときの私の気分は最悪で、
私自身もその気分が
嫌で嫌でしかたがないのです。

でもどうしようもできない。

そこでつい、
あなたの言うことに反発したり、
意地悪をしてみたりしてしまうのです。

そんな私の心の内を理解してください。
その理解が
ボケた老人には一番必要なものなのです。

そして、私の最大の特徴は
とても忘れっぽくなっていることです。

なんで怒られているか忘れてしまいますし、
あなたが怒ったこと自体も忘れてしまいます。

ですから、あなたが怒ったこと、大声をだしたことを
「なんであんなに怒ってしまったのだろう」
などといつまでも後悔しないでくださいね。
私は、とうに、そんなことも忘れているのですから。

私に何か話しかけようと思ったら
私を見て、私のからだに触れながら、
微笑みながら話してくださいね。

私が痴呆性老人になったとき、
私はやさしい人に囲まれて、
残りの人生をごく自然に過ごしたいと思っています。

ですから、たとえ
アリババと四十人の盗賊の中でも、
「一番やさしそうな人」のそばにいたいのです。

どうか、私を介護してくれるあなたが、
「ボケた心」を理解している
やさしい人であることを願っています。

***********************

これ、泣きました。


この遺言を書いたフレディ松川氏は、
医学博士であり、高齢者病院の病院長でもあります。

自分が認知症になったら、と想定して書いたそうです。

認知症って、進行していくときが
一番介護しにくいです。

本人がちゃんとした意識というか、記憶が戻ってくるときと
分からなくなるときが入り混じって、
めちゃめちゃ不安になってるのです。
それが、泣いたりわめいたり暴言や暴力になっていきます。

もっともっと、なにも分からなくなったら、
とても穏やかになります。
いや、子どもみたい、と言うほうが近いですね。

介護するほうは、
「もう、いいかげんにして!
なんべん言ったらわかるの!?」なんて思ってしまいますが、

できないものは、できない。
それが病気ですから。
足を骨折してる人に
「松葉杖なしで歩け」と言ってるのと同じです。

しかも、今のところ治るものでもないです。
「いつまで・・・」とネガティブにもなります。

でも、相手はわからないことはいっぱいあるけど、
感情はしっかりあります。

そこさえ、介護する人間が忘れなければ
日々あれこれあったとしても、
どうにかやっていけると思うのです。

立派な志でもってやれるのがベストですが、
きれいごとでできるものではないのが介護。
腹立ったり怒鳴ったりしてしまうこともあります。
でも、すぐ後でニッコリ顔を見せてあげる。

これでOKなんでしょう。

仕事で介護を選んでいる人、
親の介護をしなければならない人、
必読です。


私としては、
この遺言って、子どもにも当てはまるなあと思ってます。

子どもの理不尽なところと認知症。
どちらも自分の思うようにいかなくて
イライラしちゃうところとか、
思いを伝えられないとか、
似てると感じます。

ただひとつ違うのは、
子どもはどんどん出来るようになっていく。
高齢者は出来なくなっていく。

その違いが、
子育ては喜び、
介護は悲痛、
こんな感じになってしまうんですけど・・・。


「受け入れてほしい」
「心の内を理解してほしい」

相手が高齢者でも子どもでも
そう思っていることを忘れないでいたいです。


今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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手からは人を助ける力が出ている

看護のは、
となって看る



看護学校で最初に習ったことです。
私はこれを教わって、
「看護師になる道を選んでよかった!」と思いました。


看護の看は
手のぬくもりでもって、
自分の目で見るということ



手当て」という言葉があります。
あれは大昔、
まだ医療が発達していなかった頃の
傷や痛みを癒す方法だったのです。

今でも、お腹が痛かったら
自然と手がいきませんか?
子どもがどこか痛いと言えば、
その部分をさすってあげますよね。

大昔の行動が今でも残っている証拠なんです。

看護学校の教諭は、
「字のとおり、
手からは人の痛みを治す
不思議な力が出るのよ
」と
教えてくれました。

そして、
看は「みる」とも読みます。
人をみることが看護の仕事。
決して、傷や病気をみるんじゃないことを
忘れないように。


そんなことを教わりました。

看護に関する、私の大好きな倫理観です。


看護学生の頃は、
病院や看護師が主役の小説もたくさん読みました。

中でも一番勉強になったのが、
江川晴氏の著書です。

好きな箇所を抜書きしたものです。

「人を看護するって、
人を信じることなの」


「もしも”究極の看護とは”と問われれば
”何びとにも善意をもち、
真心で対処すること”
と凛子は答えたい」


(『法務教官 夏川凛子』より)




「相手の心を傷つけるな。
これが看護の鉄則である」

(『企業病棟』より)


漫画『おたんこナース』も良かったです。
笑いの中に、
ちょっとキツイ看護師との関係や、
自分の力不足の苦悩も描かれていて。




善意真心手当てする

これが私の看護観です。
今は病院から離れていますが。

自分の子どもや園児の体調をみるのに、
忘れたくない考えなのです。



最後まで読んでいただけて、本当に励みになりますヾ(・∀・)ノ


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馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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詳しくは自己紹介をご覧くださいね。
座右の名は、『やってみなはれ。やらな、わからしまへんで』

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