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デカルトが足りない!

「当たって砕けろ」
日常、口にすることはあまりないかもしれないけど、
心の中でこう思って行動することはあります。

勇ましい。
潔い。

こんなイメージを与える「当たって砕けろ」。
でも、実際はこんなことになってませんか。


慎重すぎて優柔不断かと思えば、
「どうなってもいい!」と、やけっぱちになってしまう。



これは、当たって砕けているのではなく、
デカルトが足りてません

なんじゃそりゃ?


『デカルト、足りてる?(齋藤孝:著)』


タイトルに目がとまり、読んでみました。

デカルトと言えば、「われ思う。ゆえにわれあり」です。
名前とこの言葉しか知らない・・・。


この書籍で言う「デカルト」とは、「理性」のことです。

優柔不断、やけっぱちは、理性が足りないことを指摘しているのです。

優柔不断になっているとき、
それは、
頭の中がごちゃごちゃ、モヤモヤ、
心の中もごちゃごちゃ、モヤモヤ。

これを放っておくと、「不安」というものになります。

不安って、けっこうヤバイもので、
芥川龍之介が自殺した理由は、
「モヤモヤとした不安」があったからです



そして、やけっぱちとは、
ベストな選択ができているかどうか判断できずに
選択してしまっているということです。



理性とは



理性って何?知性とはちょっと違うよな・・・。
齋藤先生は、理性を
健全な判断力」と定義しています。

気分や感情を鎮めて、よりよい判断をすること。

そのために、頭や心の整理整頓をする必要があります。



モヤモヤを言葉にする


不安の正体を見極めなくてはなりません。
それにはまず、不安を言葉にして、
考えられる全てを紙に書き出して、
大事な順に並べること


言葉にしてしまえば、
それを解決するために調べればいいんですよね。

でも、検索しようにも
言葉にしてなかったら、検索ワードを入力することもできません。

だから、まず、言葉にする。
ここが最難関かもしれません。



Cool heads, Warm hearts


理性的な人、
なんだか、冷たい人のように思っていませんか。
理性的な判断ができる=冷たい みたいに。

会話していて「それ、おかしい」とか「論理的じゃない」などと
ズバズバ言う人。

私はこんなイメージをもっていました。


これは理性とは違うと齋藤先生は言ってます。


理性とは、感情を無視して、理詰めで正当性だけを主張することではない。
受容や寛容の精神も含まれています
、と。


会話をしていて、相手が客観的におかしなことを言ってるなと感じたら、
それを相手が不快な感情にならない表現で指摘してあげることが、
本当の理性あふれる姿勢
というもの。


ここらへん、誤解してたな~と思いました。
と、ここで気づいたのが、私の指輪に刻まれている言葉。


Cool heads,Warm hearts

冷たい頭、温かい心
直訳していたのですが、
これって、「理性」のことだ!!


こうしてみると、
理性的な人って、
頭が良くて、でも人情味に欠ける、
こんなんじゃなかったんだと分かりました。

そして、理性的になろうと思えば、
なれないこともないってことも。

ちょっと努力はいるけれど。

優柔不断になって、そのうちやけっぱちな行動をとってしまう。
これは避けたいです。


・不安になる前に、頭と心の整理整頓をする(言葉にする)、
・Cool heads,Warm hearts!



デカルトでいっぱいにしましょうね(この表現、分かりづらい!)



今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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偶然短歌はデジタルとアナログで作り上げた

私はツイッターをやらないので、
ネット上での話題とか炎上とかに疎いです。

今日の記事に取り上げる「偶然短歌」も、
2年前にツイートで話題になっていたようです。
今頃知ったのですが、面白かったので載せます。


『偶然短歌』


簡単に説明すると、
ネットで誰でも見ることができる「ウィキペディア」、
あの文章中から、コンピューターが「57577」になっている部分を抽出して、
短歌のようになっているものです。

書籍では100首掲載されていました。
ここでは、そのうちの10首を紹介しますね。

57577調で読んでみてください。
「」内が引用元の語です。



青春の歌
柔道部、バレーボール部、卓球部、ハンドボール部、吹奏楽部
     「一宮市立北部中学校」


何も分かってない歌
古くから論争があり、現在に至ってもよく解っていない
     「夫余」


韻をふむ歌
残らない場合があるし、一方で、化学反応、火山活動
     「初期のヒト属による火の利用」


詐欺の臭いがする歌
さまざまな難癖をつけ買取を渋るところが大半である
     「内職商法」


狂乱の歌
念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り
     「盆踊り」


クイズになってる歌
霊的な恐怖に耐える、日本の伝統的なゲームの一種
     「肝試し」


ヒガシが回る歌
バック宙、高台からのバック宙、壁宙などを披露しており
     「東山紀之」


テーブルクロス引きに挑む歌(もしくは星がいくつなのか叫ぶ歌)
ブリティッシュ・ビートに強く影響を受ける一方、境正章
     「ザ・スパイダース」


相田みつをの色紙を捨てたくなる歌
泣き言や空想ばかり書いているジャーナリストの連中が何
     「リシャルト・カプシチンスキ」


ひとつの風景の歌
照らされて雨露が輝く半分のクモの巣だけが残されていた
     「くもとちゅうりっぷ」




いかがですか。
私はすごく面白いと思ったし、不思議でもありました。

プログラミングから抽出された文章が、偶然、短歌になる。
ここで行われていることは、ものすごくデジタルなものです。

無機質なようでいて、出来上がったものは人間くさい。

ネット上にあるものとはいえ、
元の文章は人間が書いたもの。

アナログなものは、人間くさくなる。

デジタルとアナログの融合で、芸術が生まれた。

ここまで言ったら言い過ぎでしょうか。
とにかく、面白かったです。

57577調って、気持ちいい。
日本人だな~私、と思いますね。

せきしろ氏のコメントも笑えたり、深い考察があったりして、
ツイートだけでは味わえないものになってます。
元ボクシング世界チャンピョンの竹原慎二氏が、
かつて「広島の粗大ゴミ」と呼ばれていたことを知りました・・・。




グーグルで「偶然短歌」で検索すると、
トップにツイートが出てきます。
今も新作(?)が更新されていますよ~。





今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ
私の一番は「ヒガシが回る歌」です。
せきしろ氏の「発電しそう」のコメントにも笑った。

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トイレそうじで金運が上がるんじゃない

私の愚行。

「トイレそうじをすると、金運が上がる」と知れば、
せっせとそうじしました。

「長財布をつかうと、お金が入ってくる」と知り、
買いました。

「尻ポケットに財布を入れない。お金が苦しがるから」と聞けば、
へえ、そうかそうか。

「お札の向きはそろえて、金額順に並べるとよい」
これは前からやってたなァ。

「財布は3年以内に買い換える」
ふむふむ・・・・・ん?



ここまで来て、やっと変だなと思ったのでした。
なんか、おかしくないか?

金運は上がらないし、
格別、良いことが起こったわけでもないしね。
私の何かが間違ってるな。



そんな私に気づきを与えてくれたのが、
『沢雉精神(石井裕之:著)』です。


トイレそうじをすると金運が上がる。

そうなのかもしれないけど、
その前に、大事なことを忘れていないか。


そうじをしたら、スッキリ気持ちよくなる
この気持ちに運がやってくる。



ここ。
ここが大事。


お札の向きをそろえる。
貧乏でもお金を大切に扱う心が豊かなんだ

気に入ってるものなら、いつまでも大切に使う。
この豊かな心に幸運が運ばれてくる。



私が今までやっていたことは、
人に親切にしてやったのに見返りがない、損した!」
言ってるようなものでした。


笑えば、ガンが消える。

こう聞いて、笑って過ごしたからといって
全ての人のガンが消えるわけではありません。


病気を抱えて苦しみながらも、
笑って過ごして生きようとする姿が尊いもの



そんな人に奇跡が起こる。
そう考えるほうが納得でした。


ずっとずっと先の幸運を期待することはいいけど、
その前に、

ただ、こうすることが気持ちいいという理由だけで行動できる
そういう人に、ツキとか幸運がやってくる。


こう考え方を変えただけで、
気持ちは楽になりました。
「なんで運が良くならないんだー」みたいにならないから。

これやったら、自分の気持ちがよくなる、
おまけに誰かも気持ちがいいと感じてくれる、
だから、やってるよ。

これって、快感に近い。



今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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泣いて笑ってあるいてゆこう

考えてごらん。
そもそも1秒の休みも無くずっと笑いっぱなしだったら、
お腹痛くなるよ。
悲しみや怒りが適度にあることに感謝だね。


さとうみつろう『もしも人生が一度きりだったとしたら、もしもそれが「もしも」じゃないとしたら』より



笑顔が大事、
笑って過ごそうみたいなこと、
このブログでもよく書いている私です。

ただ、このことを意識しすぎると、
悲しんだり怒ったりしてるときに
「ああ、自分はダメだなあ」とネガティブになってるんですよ。

「笑わなアカン!」みたいに。

喜怒哀楽っていうんだから、
どの感情も感じていいのに、
なぜか、怒と哀は悪者に。


でも、そんな風に思うことはないんですね。

誰が作ったのか言ったのかわからないですけど、
こんな言葉があります。


人生喜び3分の2、悲しみ3分の1。
「ハハ」と笑えば、ハハ(8×8)64。
「シクシク」泣けば、シク(4×9)36。
足して、100。




言葉遊びにしては、うまく出来てると思いますよね。
数字、ちゃんと合う!


悲しみや怒りは、感じていい。
そこから、いかに早く、喜・楽にもっていくか。

切り替えができればいいんじゃない。

そう思えるようになりました。


悲しみや怒りを感じないようにしていると、
そのうち、心は喜びや楽しいことも感じられなくなっていくそうです。


全部、セット。
最後に喜びの量が悲しみや怒りより多ければ
人生、万々歳。



さあ きょうも
泣いて笑ってあるいてゆこう
生きよ生きよのこえがきこえる


  『生きよ生きよのこえがきこえる(けん三:著)』




*けん三=下田憲
北海道南富良野町にある「けん三のことば館クリニック」院長。
2014年、赤ひげ大賞受賞。



今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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自分を好きって、こういうこと

ミスターこと長嶋茂雄氏の命名のお話。


ミスターと親しくしていた新聞記者さんが、
自分の子どもの名付け親になってほしいと
ミスターにお願いしました。

ミスターは快く引き受けてくれました。


「どんな名前をつけてくれるんだろう」
新聞記者さんはワクワクして待っていたのです。


そして、
「名前、これどお?」とミスターがつけた名前は、










茂雄



自分の名前かーーー!?


****************

このエピソードは、
『Happy 名語録(ひすいこたろう×よっちゃん:著)』より引用しました。



このお話、大好きなんです。
笑った笑った。

あり得ないですよね、
よその子に自分の名前をつけようなんて。



それだけ、ミスターは「自分が好き」なんですね。


自分を好きになることは、自分らしく生きる基本なんだよ。
そして、その個性や持っている才能の中で
自分らしく生きることが、
さらなる経済的自立と精神的自立を実現してくれるはずだ。

   リチャード・H・モリタ(カウンセラー)



自分を好きになるってことは、
自分を受け入れる、自己肯定感を持てるということ。


この感情を持つことによって、

自分は自分でいいという感覚、
自信、
心の安定感、
人との関係を築く力、


こういったものも得ることができる。


そして、
自分を大切にしている人だからこそ、
他人のことも大切にできる。


いじめる子の心を覗くと、
自分のことが嫌いでたまらないのが見えるそうです。


自分を好きになるって、大切なこと。

それができないと、
自信をなくし、批判を恐れ、自分探しをし始めてしまう。

かつての私のようです・・・・。



ミスターのパフォーマンスは最高でしたよね。
それもこれも、ミスターの
自分大好き=自己肯定感の強さがあったからでは。


自分のことが好きじゃないと、
自分らしくもいれないです。





*この新聞記者さん、自分の子どもに
「茂雄」と名づけたそうです。
ミスターのこと、大好きだったんでしょうね!




今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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モンスターの次は○○ペアレント

一時期、「モンスターペアレント」が話題にのぼることが
多かったですよね。

あれ、「モンペ」って略して言うそうですよ、今じゃ。
そんなこといきなり言われても、
はくモンペが思い浮かんでしまうんですけど。


そして、新たなペアレントが出現したそうです。


ずっと前から、スウェーデンに棲息していたのが、
日本にも上陸したとか。



その名は、「カーリングペアレント


は?

カーリング?ですよね。

冬のスポーツの、アレですよ。

選手二人がデッキブラシ(のようなもの)で、
氷をシャカシャカシャカっとこすって、
ストーンを的に命中させるという、アレ。



要は、
親が、子どもが順調に何の障害物にも当たらず
生きていけるようにするってことなんです。

親の望む大学に入れるように、
幼稚園受験から始めるような。

何もかも先回りしてやってあげて、

子どもがつまずきそうなことは
予めシャカシャカっと除けておく。




うまいネーミングです。


こんな、カーリングペアレントが急増中。

子どもは挫折知らずで大きくなる・・・。

そんなにうまくいけばいいでしょうけど、
いつまでカーリングできるんでしょう?


失敗知らず、痛み知らずで
挫折せずに人生をまっとうできるんでしょうか。


親は子どもが死ぬまでシャカシャカやってやるの?



あらゆる成功者、いえ、全ての成功者が、
成功するには、失敗は必要なものだ」ということを、
言葉を変え、表現を変えて言ってます。


その経験をさせないでいいのかな。




9000回以上シュートを外し、
300試合の勝負に敗れ、
勝敗を決める最後のシュートを任されて
26回も外した。

人生で何度も失敗した。
それが成功の理由だ。

        マイケル・ジョーダン




「エア・ジョーダン」と呼ばれ、
バスケの神様とも言える存在のジョーダンでさえ、
これだけのシュートを外しています。

おまけに、
「やってみたいな、けっこうイケるかも?」と
大リーガーにもなりました。

周りが期待するほどの成績は残せず、
またバスケに戻ってます。
ワンダフル・ジョーダン!


こんなことも、成功には必要だった。

しかし、カーリングのストーンにされた子どもは、
そんな経験はできないまま、
大人になります。


そして、初めて出会ってしまう失敗で、
二度と立ち上がれないほどの挫折を味わってしまいます。


最近の人が「打たれ弱い」と言われる所以は
ここにあると思います。


「失敗は次へのステップに必要なんだ」
こういう思考をつくってこれないために・・・。


親が子どもに痛みを感じさせたくないという気持ちは
よ~く分かります。
自分のことのように辛いですからね。


でも、ここは自分も耐える必要がある。
それが
子どものためってことだから。


自分が子どもだったころを思い出せばいいんです。
親が言う通りのことをしたかったかどうかを。

窮屈ですよね、
うっとうしいですよね。


親は自分がそうだったことを忘れてはいけないな。
痛みも失敗も、子どもに必要なこと。

親がぐっと歯を食い縛って、
手を出さず、口を出さず、
見守ることができるように。


自戒を込めて、そんなことを考えています。


失敗のない人生は、人生を失敗する。
                  斎藤茂太




梅一輪一輪ほどの暖かさ  服部嵐雪

少しずつ日も長くなってきて、春は近づいてますヾ(・∀・)ノ
今日もありがとうございました。

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心のバランスをとる言葉

毎日毎日、がんばるのって大変。
しかも、誰も評価してくれない・・・。

こんな風に思ってしまったことは
働いていれば、1度はあります(いや、何度も)。


それでも、手を抜かないように
がんばっている人が多いはず。


そんな人にエールを送る人がいます。


幻冬舎社長・見城徹氏です。
『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない(見城徹・藤田晋:著)』




見城氏のあとがきより・・・

「昨日までかなしかった、
昨日までうれしかったひとびとよ。

人は自分が期待しているほど、
自分を見ていてはくれないが、
がっかりするほど見ていなくはない
』と
歯を食い縛って、
生きるしかないではないか。

・・・・・・・・・・
季節は巡り、
悲しみも喜びも染め上げて、
人生は過ぎてゆく。

今日と違う明日のために、
どんなに辛くとも闘いをやめるわけにはいかない」




きらびやかな、希望に満ち溢れた言葉よりも、
私には、この言葉のほうが心に残ります。


どんなに実力のある人でも、
いい仕事をするたびに、
いつも高く評価されるわけではありません。

ずっといい仕事を続けている中で、
たまたま、褒められる機会が巡ってくるだけのこと。


たまたま、手抜きしている自分を評価される可能性もある。
そんなとき、
「いつもは、ちゃんとがんばってます」は通らないでしょう。

歯を食い縛って、努力するだけなんです。


裏を返せば、
「ちゃんと見ていてほしい」は、
監視されてる状態に近いのでは?


いつ評価されてもかまわない。

こんな気持ちで努力するだけなんです。


見城氏は、最後にこう言い切ってます。

努力を見ている人は必ずいる。
その事実は、
努力が実った時にしかわからない



人からの評価に過剰反応せず、
やるべきことを、淡々をやりたい。




今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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個性的な七人の神が福をよぶ

私の実家が、布施戎神社に近いので、
1月9・10・11日に行われる「十日えびす」には
行けるときは行きます。

家には七福神の飾りもしています。

そんなこともあって、何かとお世話に(?)
なっているんですが、
七福神の意味って考えたことがなかった。


玄侑宗久氏の短いエッセイに
七福神の秘密が書かれていました

それがユーモラスだったので、
ご紹介したいと思います。



不ぞろいな神々のココロ


七福神の名前、全部言えますか?
私はいつまでたっても覚えられません。

ここに覚書しておきます。



恵比須(釣竿と鯛をもったオジサン)
大黒天(右手に打ち出の小槌をもったオジサン)
毘沙門天(怖い顔)
弁財天(唯一の女性)
福禄寿(頭が長いオジイサン)
寿老人(フツーのオジイサン)
布袋(大きな袋をもった、大きなお腹のオジサン)


この7名です。
ある禅宗のお坊さんが、
冗談半分でこの人たちを集めて
「七福神」と名づけたそうなんです。


不自然なんですよ、このメンバー。

出身地がバラバラ。

恵比須は日本、
大黒天・毘沙門天・弁財天はインド、
福禄寿・寿老人・布袋は中国。


弁財天だけが女性。

布袋だけ、実在の人物(!)。


なんでこの人たちを集めたの?



全員、バラバラなのが「福」って意味
だそうです。

一人ひとり見たら、
どうにも付き合いづらい人たちばかり。


毘沙門天は、インドの破壊神だし、
弁財天は、嫉妬深いし(カップルを別れさせる)、
福禄寿は、長い頭がジャマだし、
寿老人にいたっては、神っぽい名すら付けてもらえず。


一人ひとりを見たら、難があるけど、
7人集まれば、七難隠す。

これが、「福を呼ぶ」コツ



いろんな個性が集まることが
福であるならば、

この世間は、福、ですね。


冗談半分で七福神をつくったお坊さんは、
それが言いたかったんじゃないかな。




今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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毎日、感謝するのはむずかしいんだ

いつも、「吉報配達ブログ」を読んでくださるかた、
本当にありがとうございます。

今日はちょっと、体調が思わしくない馬場です。
風邪なのか、疲れなのか分かりませんが、
体がだるいです。


こんなとき、
「健康って、ありがたいもんやなあ」
「これからもっと、体にいいもの食べよう!」とか、
体や健康に感謝する気持ちが強くなります。


というか、これって
普段から強く思ってればいいのにってことですね。


小さなこと、当たり前のことに感謝しよう

こう心がけているつもりでも、
あんまりうまく出来てないことに気づきます。


ちょっとした不幸に見舞われたときに、
いかに普段が恵まれていたかに
初めて気がついたような気になってる。

しかも、毎回。

「アカンやん、感謝できてへんやん」
こんな風に反省・・・。



でもね、
こんな話を知ったから、ちょっと気楽になりました。


それは、お坊さんの修行のことです。

お坊さんが厳しい修行をする理由

それは、

何もない、普段の生活に
ありがたいと感謝できるようになるため



このために修行しているんだそうです。



じゃあ、

俗世にまみれている私たちは、
まみれながら
普段の生活に感謝しようと心がけているってこと。



がんばってるなあ、自分!!


そう言えますよね。

俗世にまみれながら
何もない普段の生活に感謝できるようになったら
お坊さんに勝ったといえる(笑)。


よし!ちょっと元気出た。

*このエピソードは、
『なぜ、感謝するとうまくいくのか(五日市剛:著)』
より引用しました。
お坊さんの宗派とかは分かりません・・・。



本当にありがとうございます。
一晩寝たら、だいぶ楽になりました。
寝不足だったか?ヾ(・∀・)ノ

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はきものをそろえると身につく力とは

私が子どもに小学校で学んでほしいこと、
それは、基礎的な読み書き計算ができる力と、
人を思いやれる心が育つこと。


読み書き計算については、本人のがんばり。
では、思いやれる心は、どう学ぶのか。

それを易しく教えてくれる詩があります。



はきものをそろえる

 はきものをそろえると 心もそろう
 心がそろうと はきものもそろう
 ぬぐときにそろえておくと
 はくときに心がみだれない
 だれかが みだしておいたら 
 だまって そろえておいてあげよう
 そうすればきっと
 世界中の
 人の心もそろうでしょう




長野県円福寺の、藤本幸邦住職の作です。

元は、禅の教えである
脚下照顧(きゃっかしょうこ)」です。


脚下照顧=自分の足元を見よ、自分の行いを見よ


これを子どもに分かりやすく伝えたいと願ったそうです。

自分の靴を、次、履くときに履きやすいように
玄関に向けてそろえておく。

学校の靴箱で、
隣の子が靴を乱して脱ぎっぱなしにしていたら、
黙って、そろえておいてあげる。


なにも、世界中の人のことを思う必要はありませんね。
ちょっと、隣の子の靴もそろえてあげる。

それだけで
心は乱れない。

毎日、ちょっとしたことをする子が
一人二人と増えていったとしたら、

とても素敵じゃないですか。


「優しさや思いやりを身につけよう」
これだけでは何をすればいいのか分からない。

具体的な方法、且つ、とても簡単なこと。

はきものをそろえる。



とんでもないところへ行ける


「はきものをそろえる」詩から、
人を思いやれる心を学べると同時に、
毎日の積み重ねが
すごい力を発揮することになることも教えてくれます。


毎日、ちょっとしたことをすることで、
とんでもないことを成し遂げている人がいます。

大リーガー、イチロー選手です。




彼の名言で必ず出てくる言葉があります。

「夢を掴むことというのは一気には出来ません。
小さなことを積み重ねることで
いつの日か、信じられないような力を
出せるようになっていきます」

「小さいことを積み重ねるのが、
とんでもないところへ行く
ただひとつの道だと思っています」



イチロー選手のやっていることは、
はきものをそろえることと一緒ではないでしょうか。

イチロー選手にとっての「はきものをそろえる」行為は、
毎日、野球選手としてやるべき当たり前のことを
ただただやり続けている(きっと、靴もそろえているはず)、
それが、前人未到の記録につながっている。

そういうことでしょう。


はきものをそろえる。

それは、心を乱さない。
人を思いやれる心が得られる。
小さな積み重ねが
自分をとんでもないところへ連れて行く。


深い教えです・・・。



『はきものをそろえる(清水克衛:著)』


今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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詳しくは自己紹介をご覧くださいね。
座右の名は、『やってみなはれ。やらな、わからしまへんで』

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