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元気だしていこう

ショックなデータを見ました。
「大阪の振込み詐欺・オレオレ詐欺の被害総額、全国ワースト1」

全国でも一番、オレオレ詐欺にひっかからないと有名だったのに!?
何が起こっているんや。

どうやら、犯人側の「巧妙に関西弁をしゃべる」技術が高くなり、
大阪の高齢者が騙されている、ということらしいです。

「自分は大丈夫や。まさかな」
こう思って警戒心が薄れているところを狙われたんでしょう。
もちろん、騙す犯人たちが悪いんですが、
故郷は大阪と思っている私には、
騙される大阪人に、少し心配も覚えます。



一般に語られる「大阪人」の特徴とは。
・必ず値切る
・挨拶は「もうかりまっか」「ぼちぼちでんな~」
・飴を「アメちゃん」と言う。そしていつも持ち歩き、知らない人にあげる
・猛獣柄の服を好んで着る
・電車には突進して乗り込み、ムリヤリ座る


こんな感じでしょうか。

私は今まで、
「もうかりまっか」「ぼちぼちでんな~」という会話を聞いたことがありません。
電車のシートの5cmの隙間に座っていく人を見たことはないし、
自分でもやったことはありません。
「おにいちゃん、ちょっと”まけてぇや”」と値切る人も見たことないし、
自分でも値切ったことはありません。


猛獣柄の服やグッズの購入額は、
大阪より埼玉のほうが高いのです。
(これは、購入額ってところがミソですね。
大阪人は、安いモノを見つけます。)

アメちゃんやミカンをくれる人は、います。
何度ももらったことがあります。

昨日なんて、公園で子どもと遊んでいたら(大阪に滞在中です)、
白髪白髭のすごい風貌のおじいちゃんが自転車でヨロヨロとやってきて、
ウチらの前で止まり、なにやら手にして
「ボク、これあげるで。ほれ、もらっとき」

おじいちゃんは、小さなタッパーに氷砂糖を入れていました。

正直、逃げたかったんですが、それも大人気ないかなと
「ありがとう~~」ってもらいました。





今は北海道に住んでいる私ですが、
大阪で当たり前だと思っていたことが実はそうではなかったこともあります。

以下、『大阪のおばちゃん力』を参考に、
ここは大阪のいいところ!ということをご紹介します。




食べ物に「さん」をつける


さつまいものことを「おいもさん」と言う私です。
ところが北海道では皆、「いも」と呼び捨てにしています。

どうしても・・・慣れないです。

私の友人の母は、ずっと大阪に住んでいらっしゃるのですが、
「おいもさん」に限らず、「にんじんさん」「ごぼうさん」
「梅干さん」「おしょうゆさん」・・・
食材全てに「さん」を付けて言います。

食材を「さん」付けで呼ぶことで、食を大切にし、
「食い道楽」が代名詞になるほどの、
美味しい食文化が定着したと思います。



お釣りをもらったら「ありがとう」

レジで会計をして、お釣りを受け取ったら、
「ありがとう」って言いますか?
お金を多く払って、返してもらって当然のお金なので、
言わなくても別に冷たいとか失礼とかではないですね。

北海道ではあまり言う人はいないように感じます。

大阪の人は、「おおきにな、ありがと」って言う人が多いですね。

「たった五文字の『ありがとう』で生まれる笑顔、安いもんや」
こんな考え方があるようですよ。



大阪川柳
「しんどい」と グチってラクに なるのなら
なんぼでも言う と説くおばちゃん




世間で思われている「大阪のおばちゃん」というイメージと、
自分は違う!と思っている大阪人はすごく多いんです。
私もそう思う一人ですし。

でも、快活なイメージは、けして悪いものじゃないですよね。
しんどいことも不景気も笑い飛ばすような元気、必要でしょう。


大阪のおばちゃんは、
「あいきょう」と「どきょう」、ふたつの「今日」を持ち歩いてる。
それに加えて、「さいきょう」!
とにかく、今日を生きています。

過去も未来も、今はないのです。「今」しかないんです。
目の前の「今日」を、笑い飛ばしていきたいです。


大阪のおばちゃんに限らず、
北海道の人でも、子どもにアメちゃんをくれる人は大勢います。
大阪限定の「おばちゃん力」ではなくなってます。
全国に元気な人が増えると面白くなるんじゃないかな。


もちろん、大阪のおばちゃんたちの元気も戻ってほしいなと願ってます。
私もアメちゃん、持ち歩こっかな。







あっ!風上から割引の匂いがしてきた!
急がな!
ということで、今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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人の名前を覚える簡単な方法

今回は、「ちりつもばあちゃんの生きる知恵」です。
『99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』



新年度が始まります。
新しい出会いもあります。

そこで一つだけ、やっかいなことが。

「人の名前を覚えられるか?」


たまに、本気で忘れてしまうことがあります。
そんな人にかぎって、なぜかばったり再会。
会話が始まってしまうのですが、
こちらは気もそぞろ。

「この人の名前、なんやったっけ・・・」
「あぁ、名前を言わなくて済むように会話をもっていかなくては」

うまく乗り切ったとしても、
名前が分からないままだと、悶々とした気持ちになりませんか。


そんな私に、ちりつもばあちゃんが、
「人の名前を1回目でばっちり覚える」方法を教えてくれています。



人の名前を覚えるコツ

1、手ェに覚えさせる

初めて会った人と別れたら、
聞いた名前をすぐ紙に書いておくんです。

「手ェに覚えさす、言うてな。手で書くねん。
だから、いつも紙とエンピツは持っときや」



手ェに覚えさす。

すごく好きになりましたよ、この言葉。
私も書いて覚える派なので、嬉しいです。
人の名前を覚えるときにも使うっていうのは思いつきませんでした。
これはやったほうがいいですね!



2、会ってる間に何回も名前をつけて話す

ばあちゃんは言います。
「話してる間に忘れてしまう?どもない、どもない。
1回名前聞いたら、話してる間に、
何回も○○さんって、あたまに名前つけて呼ぶねん」


これもいいですね。
人の名前を何度もつけて会話することって
あんまりないような気がします。
名前をつけて会話をしても、何の支障もないですね。

これも使えます!



3、帰り際にもう一度聞く

2の方法をやらなかったとしても、大丈夫!

「忘れてしもても大丈夫やで。
お別れする前に、
『すんまへんけど、もう一度だけお名前教えてください』って
言うたらええねんで」



おお~、これはなかなか・・・やったことがないですね・・・。
でも、2回目に会ったときに
「お名前、なんでしたっけ?」などと尋ねるのは、
失礼にあたるんですよね。
だから、聞きにくくなるわけですが。


最近、名前を忘れたときにはこう言うってのを見ました、
「お名前なんでしたっけ?スズキさん?
いえいえ、苗字は分かってます。下のお名前を忘れてしまって」

こう尋ねるといいって。
う~ん、ちょっと怪しいな・・・。
不自然なことをするくらいなら、
1回で名前を覚える努力をしたほうがスッキリしますね。


自分の名前を忘れられていたら、
諦め半分、しかしけっこうなダメージを受けます。

逆に、ちょっとしかしゃべってなかった、ずいぶん久しぶりに再会したのに
自分の名前を覚えていてもらったら、
驚くと同時に、すごくすごく嬉しいものです。


人の名前を1回で覚えておくだけで、
相手を喜ばせることができます。


人の名前を1回で覚えるコツ
・紙に書く
・会話のなかで何度も名前で呼びかける
・別れ際にもう一度、名前を聞く


ばあちゃんは言います。
「できる人とできへん人の差は大きい」

ばあちゃん、辛辣ですゎ。
なぜ辛辣なのか。
なぜ、名前を覚えることをこんなに重視するのか。



存在   川崎洋

「魚」と言うな
シビレエイと言え ブリと言え
「樹木」と言うな
樫の木と言え 橡の木と言え
「鳥」と言うな
百舌鳥と言え 頬白と言え
「花」と言うな
すずらんと言え 鬼ゆりと言え

さらでだに

「二人死亡」と言うな
太郎と花子が死んだと言え



ひとりひとりの存在を大切にすることは、
名前を覚えるという小さなことから。

そう教えてくれているような気がします。





今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ

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「見えない力」とは、これのこと

稀勢の里の相撲、感動で沸きました。
優勝インタビューでも言っていたように、

「見えない力が働いていた」
「自分一人ではここまで出来なかった」


多くの人が見えない力を感じたように思えます。


このインタビューを読んで、
イチロー選手が道具を大切にする話を思い出しました。

なにかで読んだのですが、
著者は、
「イチロー選手は、野球道具以外のモノも、
全部、大切に使っているんじゃないかな」

と述べてました。

ここから、人を大切にすることは当然の前提としてすすめます。


イチロー選手は、自分が使うモノ、触れるモノ、
全部を大切につかっていると思う。

たとえば遠征先のホテルでも、
ホテルの備品を無駄に使ったり
乱暴に使ったりはしないと思う。

だから、イチローが試合中、
ホテルの備品たちやベッドやカーテンに至るまで、
モノたちがフレー!フレー!イチロー!!って
応援してるんだと思う。
だから、すごい記録につながるんだよ、きっと。



モノからも応援されているんじゃないか。
今回の場合だと、
「フレー!フレー!キーセ!」
こう著者は言ってて、私は思い出すことがあるのです。


昔、ホテルの客室清掃のバイトをしていたんです。
大阪・難波駅直結のシティホテル、
近くに劇場もあるから、
芸能人の宿泊もちょくちょくありました。


おしなべて、芸能人は部屋をきれいに使われます。
一流と呼ばれる人になればなるほど、です。

特に忘れられないのが、
喜劇役者の藤山直美さん。

宿泊は毎回スイートルームなんですが、
朝、公演のために外出されたら、
私たちが清掃にはいります。

が、そうじするところがない!

ベッドもきれい、洗面所もきれい、
私物なんて一つも出ていない。

このまま誰か別の人がチェックインしてもOK!ってほどです。
連泊されても、毎日、美しい状態でした。

私は思わず先輩に
「ほ、ほんまに部屋に戻ってきてはるんですか?」と聞きました。

「うん、そうやで。直美さん、いっつもきれいに使ってくれるねん」


これがどれほど、すごいのか。
一般人がスイートルームに泊まり、チェックアウトした後の
部屋の惨劇を知る私には、本当にすごいことなのです。

*ちなみに、通路でお客様に出会ったら、
「いってらっしゃいませ」「おはようございます」など、
清掃の私たちは頭を下げて挨拶します。
芸能人のかたたちは、必ず挨拶を返してくれます。
一般人の90%は、素通りしていきました。


一流の定義ってなにかは知らないですけれど、

モノを大切に扱ったら一流になれるわけではない。
だけど、一流と呼ばれる人は、モノを大切に扱う。

こう言ってしまえるんじゃないかと思います。


「見えない力」って、スピリチュアルとかどうとかじゃなく、
モノからも応援してもらってるとも言える。

大切にした人やモノから応援されて、すごい力を発揮して、
感謝を返すような素晴らしいパフォーマンス(仕事)をして喜んでもらう。
喜ばれるから、また更に応援してもらえる・・・。


こういうことなのかと、思います。
強引でしょうか?




今日もありがとうございます。ヾ(・∀・)ノ

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切り返すと血がでるよ

私のブログはだいたい、
「ポジティブでいきたいね!」ってことを伝えています(そのつもり)。

自分が暗くなりがちな、ネガティブな考え方をしていたからこそ、
自分を変えるつもりでやっているのです。


でも、こんなことになってる人がいたりして・・・・。

さとうみつろう氏の「笑えるスピリチュアル」ブログに、
こんな投稿がきたそうです。


「言葉に気をつけています。
ネガティブな言葉をつかわないよう、
ビクビクしながら生活しています。
良い調子です」




間違いなく、良い調子じゃないと思われます。

こういうのが「本末転倒」なんだなと、学べます。
ビクビクしてたら良い調子じゃないでしょ!
なにしにポジティブな言葉をつかうんだよ~。



最近は言葉に関する書籍もとても多く、
気になるのは、
「切り返しの技術」とか、
「こう言われたら、こう切り返す!」系のもの。


なんで、切っちゃうんでしょうね。
相手を傷つけてしまうでしょうに。


日本には、
言い回し」ってものがありますよね。

切らずに、回しちゃえばいいんです。


子どもが顔や服にごはん粒をくっつけて
ウロチョロ遊びだしたら、
「あれ~、お弁当つけて、どこ行くの~?」
なんて言います。


ちゃんとごちそうさまをせずに遊んだら
行儀が悪いよって意味を込めていますが、
笑いを誘う言い回しでもありますね。


悪い言い回しは、遊び心が足りないんじゃないかな。
自分で笑えるように言い換えることを練習すれば、
良い回しがつけられると思います。



「あいつ、キモい」なんてのも、
「あの人、存在感ありすぎ」とか。


「うるせーな!!」と言いたいときは
「たいへん、賑やかでいらっしゃいますね」


「あの人、ホント”井の中の蛙”だな~」
「あの井戸、そうとう広いんだって」


・・・イヤミや毒舌と変わらない?

笑えるかどうか、ですよね。
少なくとも、「ネガティブにならないよう、ビクビク」するより
毒舌のほうが、ずっといいと思います。

毒舌っていうか、親父ギャグになってるかも、ですが。
すべることを恐れず、笑われてやろう!ぐらいでいきたい。


最後に、親父ギャグ。

雲流れれば、月が出る。
苦も流れれば、ツキがでる。



さ、良い回しをつけて取り組んでいきましょう。
新横綱、すごかったですね。
良いまわしで、ご自分の理想とする横綱を目指してほしいです。
今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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ミライはみんなでつくるもの

世界中で大ベストセラーになり、映画も大ヒットの
「ハリーポッター」シリーズ。


映画は大人が観ても面白いと思えるほどの出来栄え。
長男(6歳)は、ハマリマシタ。
DVDも買ってしまいました・・・。

こんなすごい「ハリーポッター」。
でも、8歳の少女がいなかったら、
私たちはハリーに出会うことはなかったのです。



著者が書き上げた1作目の『ハリーポッターと賢者の石』
「出版してください!」と持ち込み営業して、
なんと、12の出版社に断られているのです。

12社に原稿を持ち込んだ著者も立派でしたが、
本当にすごいのは、13社目の社長とその娘さんです。


13社目の社長さん、「賢者の石」の原稿を家にもって帰ってきました。
たしかに面白い。

しかし、売れないだろう。

12の出版社が出版を断った理由がこれでした。
今どき、こんな長い物語を子どもが読むはずがない。
売れないものを出すわけにはいかない


13社目の社長さんもそう考えていて、悩んでいたのです。

そこに、8歳の娘さんが言うのです。

「パパ、こんなに面白いお話、今まで読んだことないわ!」


こうして、「ハリーポッターと賢者の石」は出版され、
世界で1億部売れるモンスター本になったのでした。




このエピソードは、
『ミライの授業(瀧本哲史:著)』を元にしています。



この本で主張されていることは、

ハリーポッターの価値を見抜いたのは8歳の女の子。
常識を打ち破り、世界を変えられるのは、いつだって若者


若者が世界を変えようとするとき
周囲の大人たちは応援してくれません。

大人たちが応援するのは、自分の地位を脅かさない若者に対してだけ。
大人にとって、世界を変えられるのは大迷惑な話なんです。


だから、14歳の君たちへ。
逆風が吹き荒れても、周囲の大人たちがこぞって反対しても、
怒られ、笑われ、バカにされても、そこでくじけてはいけません。

あなただけの「ミライ」は、逆風の向こうに待っているのです



14歳に授業した内容を本にしたものです。
分かっています、
私は14歳じゃ、ありません!でも読むのです!

子どもたちのミライを感じながら、同時に、
自分の可能性を諦め、グチや不満をこぼすしか
私には残されていないのかとがっくりしながら、読んだのです。



でも、最後のあとがきが素晴らしかったのです。


14歳の君たちには、ミライがある。可能性がある。
自分の可能性を諦め、グチや不満ばかりこぼしている大人には、
知識がある。経験がある。

もう一度、人生を選びなおすだけの時間も残されている。

たった一度しかない人生は、
今日という日を境に、変えることができるのだ。




私たちが子どものころ、
「21世紀がどんな世の中になっているか、絵に描いてみましょう」と
絵を描きませんでしたか。

そのころ思い描いたもの、何か実現していますか?

私の空想の絵は、アニメの影響をたっぷり受けていたので、
空飛ぶ車が走り回っているような絵でした。

そんな車は、どこにも走ってない。
思い描いたミライは、実現していない。


安い労働力が重宝され、
ロボットに仕事を奪われることにビクビクする世の中になっています。


しかし、著者は言います。
若者の「常識を越えていく、世界を変えていく力」と、
大人たちの「知識」と「経験」が合わさったら、
自分たちでミライを作れる、と。

「ハリーポッター」が世界で愛されることになったのは、
価値を見抜いた8歳の娘がいたから。
そして、「売れない」だろうという常識をはねのけ、
出版を決断した社長さんがいたからです。


大人と若者が手を取り合えばいいのです。


『ミライの授業』は14歳に向けたメッセージでありながら、
まずは大人が読むべき本でした。

偉人伝の形でありながら、
過去から学び、ミライを創造するヒントに溢れている、
ぜひ、手にとっていただきたい書籍です。


子どもが中学生になったころ、読んでもらいたいとも思ってます。

今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ

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ありえない夢の叶いかた

日本史の授業で習いました、伊能忠敬
正確な日本地図を作った男。

実は、伊能忠敬は、
日本地図を作る気はありませんでした

どうして日本地図を作ることになったのか。
不思議なお話があります。



真面目に働いてきた伊能忠敬、
隠居後は、やりたかった天文学の勉強に励みます。

天文学を学びながら、
「星の正確な位置が知りたいな」と思うのです。

そしてそのためには、
「地球の大きさを知る」ことが必要でした。

そう、伊能忠敬は、地球の大きさが知りたかったのです。



一方、伊能忠敬の天文学の先生は、
「正確な暦」を作りたかったのです

その当時(江戸時代)、暦はあったのですが、
正確なものではありませんでした。

暦が正確ならば、
毎年、田植えはいつのころがいい、種まきは何日ころと、
データも残せるし、農作業の目安につかえます。

だから暦を作りたいと考えていました。


二人のやりたいことを実現させる方法は、
「江戸から蝦夷まで歩いて、距離を出せば、
星の位置がわかるよね」
ってもの。

でも当時、誰もがどこへでも国内を旅行するわけにはいきません。
幕府の許可が必要です。

なので二人でお願いしにいきます。

「正確な距離を測りたいから、蝦夷に行かせてもらえませんか?」

幕府はこう返答したのです。

「いいよ。でも、ついでに、蝦夷の地図を作ってくれない?」


二人の申し出は、幕府にとって好都合でした。
そのころ、外国(ロシア)からの攻撃に備えて、
蝦夷地の把握をしておきたかったのです。


これが、日本地図を作るきっかけでした。

最初、蝦夷の地図だけが完成したのです。
そして
「ついでに、日本地図、作ろうか」と、全国測量の旅を展開、
立派な立派な日本地図が出来上がったということです。




すごく不思議なお話だと思うのは私だけでしょうか。

誰も日本地図を作ろうと考えてなかったんです。
それなのに、出来上がった。

しかも、三者の夢も、叶っているのです。
(残念ながら、天文学の先生は病弱で測量に行けず、
暦完成の前に亡くなってしまいました)


地球の大きさを知りたかった伊能忠敬。
正確な暦を作りたかった先生。
蝦夷を外国から守りたかった幕府。


でも、バラバラのまま、個人のままでは夢は叶ってなかったと思われます。

伊能忠敬は自由に旅できる身分ではないし、資金もそれほどない。

先生は病弱だったので、測量に行けない。

幕府には優秀な人材がいない。


三者が集まったからこそ、叶った夢。
別々の夢を叶える手段が「日本地図作成」。



こういうところに、見えざるものの大いなる力ってものが
作用しているのかな~って思います。

本当に必要なものは、
出来上がるようになっている、って。


だって伊能忠敬なんて、
ウキウキしながら星空を見ていたのに、
地を見て歩く人生に変わっちゃったんですよ。

不思議としか言いようがないなあ。





今日もありがとうございます。ヾ(・∀・)ノ
今回のお話は、『ミライの授業(瀧本哲史:著)』より引用しました。

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幸せはみなみにある

一休宗純、と言われたら「ん?」と感じますが、
一休さん、と言われたら、誰もが「ああ!」と思い出す人物。

とんちのきいたお坊さん。
実在の人物です。

絵本や昔話の本にも、一休さんのお話はのっていますね。
有名なところでは、

「このはしわたるべからず」の立て札に、
橋の真ん中を歩いて渡った。

「屏風のなかのトラを捕らえて退治せよ」の命令に、
「では、屏風からトラを出してください」と返答した。


では、次のとんちばなしはどうですか。


誰かが一休さんに
「極楽はどこにあるんですか」と尋ねました。

一休さんの答えは、

「極楽は、西にはあらず東にも、
北(来た)道さがせ、南(皆身)にぞある




南にある=皆身にある=みんなの中にある



ここで言う「極楽」は、「幸せ」と解釈してよさそうです。
幸せは、もうすでに、あなたの中にありますよ、ってこと。


さすが、一休さん。
北(来た)道さがせ、南(皆身)にぞある。
こんなのがとっさに出てくるところが凄みですね。


幸せはもうあるよ、すでに幸せになってるよ。

昔からいろんな表現でされていますね。
青い鳥(幸せ)が逃げたから探しにいっても見つからなかった、
しょんぼりして帰ってきたら、青い鳥は家にいた。
自分が見失っていただけだ~って。


結局、幸せは「なる」ものじゃなく、
以前にも書きましたが、
夜回り先生がおっしゃるように、

幸せは待つもの。
幸せが自分の中にあることに気づける自分になるよう、
そこまで成長するまで待つことです。

こういうものなんだなと、つくづく思いました。


これだけ「幸せはもう、あるよ」と言われていて、
頭で納得していても、
いつもどんなときも幸せを感じているかと聞かれたら、
そうでもないなって感じです。


すごく嬉しいことやラッキーなことがあったときに、格別
「幸せ~!」と言ったり、感じたりしていて、

幸せが、魚の切り身のように存在しています。

幸せのブツ切り状態。

これがいつも丸ごと味わえるようになると、
成長したんだな~っていえるんでしょうね。
私はまだまだですが。

幸せは、北(来た)道さがせ、南(皆身)にぞある。

覚えやすいですね。




今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ
一休さんの逸話は、『中途半端もありがたい』から引用しました。

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歳をとらない秘策

今年の桜開花、一番乗りは東京でしたね。
なんで、東京?
九州や四国のほうが暖かいんじゃないの~?


『中途半端もありがたい(玄侑宗久:著)』を読みました。



著名人たちとの対談集です。
その中の、五木寛之氏との会話で、
桜に関する話題となり、それがいいお話だったんです。



桜には、樹齢数百年とか、二千年とかの桜があります。
そういう古い桜に咲いた花の花びらと、
若い桜の花びらを顕微鏡で見比べたら、
どっとがどっちか分からないそうです。

どっちが若いのか、花びらだけでは分からないのです。


動植物には、どこを見れば年齢が分かるというのがあります。

木なら年輪を見れば樹齢が分かるし、
鯉ならうろこの付け根の線の数とか。

でも、花びら・花弁には年齢は刻まれないのです。


このことを踏まえて、
「咲く」というこの「」には、二つの意味があります。

普通につかっている「花が咲く」と、
笑う」です。


玄侑氏と五木氏は、
「笑うと、歳は関係なくなるんじゃないか」とおっしゃってるのでした。


なんか、いいはなしだと思いませんか。


いつからでしょうかね、
「アンチエイジング」が流行して早や数年。

自然に「歳を重ねる」ことに、逆らいだしたのは。


お二人は、
人生観まで、輸入物に頼らなくてもいいんじゃないって言ってます。


「アンチ」って欧米的。
常に前進、前進!
歳をとることはいいものじゃないという捉えかた。


東洋的には、肯定しながら愉しむ。
エンジョイエイジング
ウィズエイジング

このほうが合ってるような気がします。


歳をとることは、
見た目だけではなく、
今まで出来ていたことが出来なくなっていくことでもあります。

でも、それは自然なことです。
それを上回るほどの経験や思い出とともに生きていくのが
自然な生き方。

哀しいとかうれしいとかの次元じゃなく、
年齢を受け入れ、笑っていられる時間を多くする
ウィズエイジング」でいきたいなと思いました。




今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ
五木寛之氏は石原慎太郎氏と生年月日が同じだそうです。
「彼の言動をみて、自分の言動を省みるんだ」とか。
慎太郎、反面教師役に最適。

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相手を喜ばせる簡単な方法

もらったらものすごく嬉しいけれど、
自分からは滅多にあげないもの。



手紙




私は手紙だと思うんです。

メールなどの機能が発達して浸透してる世の中で、
便箋に書いて、切手をはり、ポストに投函する。
この手間をかけることが、
とんでもなくハードルが高いものになったと感じます。


もらって嬉しいなら、自分も書けばいい。
とってもシンプルですね。
書くならうまく書きたいと思います。

そんな私にとても役に立ったのが、
『たった一通の手紙が、人生を変える(水野敬也:著)』です。


著者は、『夢をかなえるゾウ』の水野氏。
今回は手紙を書くためにすぐに使える実用書となっています。


その中で私が一番ポイントだと感じたのが、これ。

手紙を書くときは、「この程度でいいだろう」と
なおざりにするのではなく、
もっと良くなるのではないか」と考え、
より相手を喜ばせる内容へ改良し続ける。




手紙を書き始めたら、
自分の思っていたこと全てを書いているかというと、
そうでもないです。

だんだん
「これじゃ長いかな・・・思ってることと同じように書けない・・・」
などと削りまくり、
結局、特に感動のない、ありきたりな手紙になる・・・。

正直、丁寧に気持ちを綴るのが、めんどくさかったのです。


そんなのでは、もらっても相手を喜ばせることはできないですよね。


少し前、違う保育園に通うことになった園児のお母さんに
手紙を書いたのです。
いつも仕事で疲れていて、
たまに「ママ、今日は泣いちゃったよ」って子どもに言ったりする日もあったんですよ、そのお母さん。

なので、ちょっとでも励ませるかなと手紙を書いたら、
後日、返事をいただきました。

私からの手紙が嬉しかったことを書いていてくれて、
それを読んだ私が、嬉しさでいっぱいになり、
同時に、
「もっといっぱい書いてあげたら良かったな」と後悔したんです。



手紙は、
めんどくさがらず、出し惜しみをせず、
相手を喜ばせることを第一に書く。

これだけで、今までよりずっと、
相手を喜ばせる手紙になると思いました。



他にもポイントとして、
・文章を書く際には、自分を喜ばせるのではなく、相手を喜ばせる。
・感謝の手紙を書くことは、自分の幸福度を上げる。
・相手への要求は一切せず、感謝の言葉だけを伝える。
・相手が人知れずしてきた苦労への感謝を伝える。


などなど、

お礼状
仕事依頼の手紙
抗議の手紙
親から子への手紙
年賀状、暑中・残暑見舞い
ファンレター
お見舞いの手紙
謝罪の手紙
ラブレター
感謝の手紙
遺書

これらの書き方を、
悪い例→有名人の手紙→良い例 と挙げて解説しています。


特に、お見舞いの手紙は愛嬌たっぷりで笑いました。


手紙は何度でも書き直せます。
気持ちの出し惜しみをせず、
少々ヘタでも想いを伝える手間をかけたい。

そんな気持ちをもって、
手紙を書く機会を増やしていきたいなと思ってます。



水野氏のアドバイスで終わります。
コミュニケーションの原則は、
「相手の立場に立ち、相手を喜ばせる」
という一言に集約される。





今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ


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テストは花丸だけで

服役中のヤクザの親分と、刑務所で勉強を教える先生の、
マンガのような本当の会話。


算数の勉強をしています。
繰り上がりのときは指をつかっていいんだよ。

「先生、手の指だけじゃ足りないんだけど」

あ、小指なかった。

「算数よりさ、難しい漢字を勉強したいんだ。
子分に色紙出されて、何か一言くださいって言われたとき、
難しい字を書けば、それだけで人間が上がる」



そんなことより、算数できたほうがいいんじゃない?


「そっちはいいんだ。
使いにやるときは万札握らせればいいんだよ。
たばこひと箱買いに行くんでも、万札握らせりゃ喜ぶんだから」



それは私もおつかいに行きたいよ。
でも、誰かの入院見舞いに最高級メロンを3つ4つ買っていけってときも
万札1枚(笑)。
子分が「足りません」って言わない?


「うるせぇ、オレがこれで買っていけって言ってんだから、
これで買っていけ」



だから算数いらないんだ。
じゃあ、とあるブツの価格、グラム2万円としよう。
それを5キロ商ったらいくらになる?


「先生、それは非常に大切な問題だ」


やっとやる気出してくれたか。
しかしすぐに言うんだよね。

「先生、わからない」


だから、これからそれをやろうって言うんだよ。


「いや、大丈夫。ウチは金庫番がいるから。
アイツはオレを裏切らない」





信頼できる仲間がいるってすばらしい。


というお話をしたいのではなく。

刑務所や矯正施設などでも勉強は行われています。
しかし、この人たちはまともに学校すら通っていないケースが多いため、
読み書きもできないことがあるのです。

そのような人たちにどうやって教えるのか。


絶対、間違った所にバッテンをしない



間違えている箇所に、バッテンをつけないんです。
当たってる・できてるところだけ丸をつけるのです。

間違ったところは、
「もう一回考えてみよう」と、また考えさせて、当たったら丸する。

必ず、答案は花丸の100点で返すのです。

すると受刑者は
「今までバッテンしかもらったことない。
100点で花丸なんて初めてだ」と喜ぶそうです。


バッテンは、その人を否定することにもなる。


思えば犯罪を犯す人とは、
人からバッテンをつけられることに慣れてしまい、
自らバッテンをつけるような選択をして生きてきた人です。


なので、勉強を通して、丸をつけてもらえる喜びを見出してもらう。
そう心がけているそうです。


でも、バッテンをつけるって、
普通に私もやってますね。

人の答案の答え合わせをするとき、
間違っているところにバッテンをつけるのは
ある種の快感があった、と私は認めます。


答案だけに限らないですが。


採点する側の意識が変わりそうです。
当たってるところに丸をつけるだけ。
間違っているところはなにも印をつけず、
もう一回考え直させる。

最後は丸ばかりの満点。


このほうがずっとシンプルだと思いました。



このエピソードは、『祈りの現場(石井光太:著)』より引用しました。

すごい本でした。私の薄っぺらな言葉だらけのこのブログを
全部削除したくなるほど、過酷な現実に向き合う人々がいました。
アマゾンキンドル読み放題対象本です。

今日もありがとうございます。ヾ(・∀・)ノ

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