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人は同じ事を○回聞かないといけない

最近の私はガミガミ屋さんだそうです。
長男に言われました。

しかしです。
帰ってきて、ランドセルの中身を全部出して、明日の準備をする。
それが終わって、ランドセルは・・・ほったらかしになってるのです。
ジャンパーも脱ぎ捨てたまま。

「決めたところに置いといて。そこにあったらジャマやんか」
次男だってランドセルに座ったりします。

こう言ってても、毎日毎日ほったらかし。
「毎日、どんだけおんなじこと言わすねんな!」


「何度同じことを言ったら分かるの!?」
職場でもありそうですね。
部下や子どもに対し、なんで同じミスを何度も何度もくり返すのか、
イライラさせられる・・・。

「何度同じことを言ったら分かるの!?」



答え
8回以上




研究結果として発表されています。
「平均的な人はキチンと話を聞くようになるまで、
同じ事を8回、聞かないといけない」



1回や2回言っただけで、
相手が自分の話をしっかり聞いて理解して、
間違いがなくなるって考えるのは、、、甘い。

そんな簡単に人を変えられない、
とここまで思って、ふと随分前に読んだ本を思い出しました。

もうタイトルも著者も忘れてしまいましたが、
「人に伝える」がテーマの本でした。



冒頭でこう書かれています。

自分が相手に教えたい・伝えたい話は
相手にとって、マジ、どーでもいい話です


しゃべる人は、これを忘れてはいけません、とありました。

いくら自分が、相手のためを思って言っていることでも、
相手は大事なことだと思ってない。
そもそも興味もないのです。

そんな相手に、同じ事ばかり言ってても伝わらないでしょ?

こう言われてて、ブログにも当てはまるな~と感じたのです。



私はブログを通して、何かを伝えたいと思っています。
だからこそ、公開にしているし、
あわよくば、読者が増えないかな~と期待して
ランキングサイトにも登録しています。

でも、自分が思うほど読者は増えない。
そこで、
「なんでみんな読まないの!?こんなにいいこと書いてるのに!」
とは思いません。

さすがに、それはないです。
読まれないのは、自分の書き方やネタがマズイから。


だから、読まれるように、と思って
こんなネタはどうかな、こういう書き方は、見た目の感じは・・・
あれこれ考えるのです。

毎日毎日、一字一句同じ内容の記事を更新していたら、
そのうち誰も読まなくなるでしょう。


それなのに、

子どもには、毎日毎日同じことを言ってるのです。
そして「なんで分かんないの。アンタのために言ってるのに」
こう思ってるのです。


これでは、毎日同じ記事を書いてるブログと同じじゃないか。
毎日同じことを書いて更新しているブログを
「読め!」と強要してるようなもんです。

書いて伝えようとするときは、あれこれ工夫して
読まれる努力をするのに、
どうして直接口で伝えることには、
同じことばかり言うことに無頓着になれるのか。


本当に相手に伝えたいなら、
形を変え、事例を変え、たとえ話を変えて、
同じ事を何度も言う。

そうして初めて、伝えたいことが伝わる。


「何回言わせたら、分かるの!?」ではなく、
「まだ○回しか言ってないな」と考える。


研究結果の8回だって、平均値です。
相手によっては20回でも100回でも言わなければ
理解してもらえないでしょう。


こちらの忍耐力と工夫の問題だったな。





今日もありがとうございます。
もしかして、今日からGWでしょうか。
みなさん、楽しんでくださいませ。
私は平常のままです~ヾ(・∀・)ノ


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巧遅拙速より、巧速

こんな問題があります。
同じ課題提出をしなければならないA君とB君。
A君は70%の出来だけど、提出期限を守って提出。
B君は100%の出来だけど、提出期限を過ぎてから提出。

どちらの評価が上でしょうか。


A君です。
これが「巧遅拙速」です。


このところ訪問させてもらってるブログのひとつに、
四字熟語の解説をされているものがあります。

先日は、「巧遅拙速

この意味は、
上手で遅いよりも、下手でも早いほうがいいということ
孫氏の兵法のひとつ、
「巧遅は拙速に如かず」
からきているそうです。


孫子の兵法では、
部隊を動かすのは、戦術がよくなくても迅速であるほうがよい。
巧妙な戦術で長い間闘い続けてるのを見たことがない。

ブログでの解説は、
「戦争の準備はどんなにきちんとやっても、
長引いたらお金はかかるし、いいことはない」

遅いより速いほうがいいって意味ではなかったのです。
今の巧遅拙速の意味は、もともとの意味から離れ、
漢字の見た目で意味が広まったようです。



この「巧遅拙速」で、看護学校時代に習ったことを思い起こしました。
看護倫理の授業です。

教諭はこういいました。

「丁寧でもゆっくりすぎたら、患者さんの負担になる。
早くても雑だったら、それも患者さんのためにはならない。

いかに早く丁寧にやるか。これが大事なんです」


寝たきりの患者さんの着替えやシーツ交換など、
丁寧さだけを優先させたら、
その間、体の向きを変えられたままじっとしている患者さんには
苦痛になります。

逆に早さだけを考えてやってしまったら、
服やシーツにしわが出来てしまい、
それが原因で血流が悪くなったりしてしまいます。
なにより不快でしょう。そのようなベッドで寝かされると。


注射だってそうです。
早くても雑にされて血管逃して刺しなおしなんてイヤですし、
かといって、めちゃめちゃゆっくり薬を注入されて
痛い時間が長くなるのもゴメンですね。


でも勉強中の私たちには、
自分の作業で頭がいっぱいになりがち。

早くやらなきゃ。
丁寧にやらなきゃ。

どちらかになってしまうのです。

なんのためにその作業をやってるのか。
すべては患者さんのため、のはず。



先生の
いかに早く丁寧にやるか、それが当たり前の世界なんです。
あなたたちは大変な仕事をしようとしているんですよ


この言葉は、私に力を与えてくれました。

今でも、自分の行動基準は
「巧速が当たり前、いかに早く丁寧にやれるか」です。
(丁寧さが欠けやすいんですが、心ではそれを目指してます)




読んでもらって、毎日、感謝しています!ヾ(・∀・)ノ

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ダメなところを愛で笑いに変える

ずいぶん昔、十何年前になります。
友人からえらい剣幕で電話がかかってきました。

内容は、新入社員の女性のこと。
「とにかく使えない!」と怒ってるのです。
一般事務のお仕事のはず。
なになに、どうしたん?


「会議室のテーブル拭いといてって頼んで、
『終わりました』って言うから一応チェックしにいってん。
ほんなら、テーブルびしゃびしゃやねん!
使ったぞうきん見たら、それもびっしゃびしゃ!

ぞうきん、絞ったことないの?って聞いたら
「ありません」やって。

おまえ、どうやって学校のそうじやってきてん!?ちゅーねん」


またあるときは、

「来客用に出すコーヒーな、入れてもらってんけど、
ホットコーヒーをグラスに入れんねん!
グラス割れるっちゅーの!!」


こんな毎日だったのです。
その新入社員は短大卒です。

私は大いに笑わせてもらったんですけど。
「私に愚痴言うてスッキリするなら、なんぼでも言うて。
おもろいわ、この話」
こんなやりとりがしばらく続いたんですよね。



こんな使えない人、あなたの周りにもいますか?
そんな人たちに怒りがたまってますか?


「怒っても無駄だよ」と言う人がいます。
『エリートしくじリーマン血風録(松村裕樹:著)』


著者の松村氏は、結婚式の二次会を企画運営する会社の社長です。
どうしようもないダメ社員を
しくじリーマン
コント社員

このように名づけ(心のなかで)、
怒るのはやめ! 面白がってやる!
という視点で彼らと接し、それを綴ったものです。


いくつか例を挙げますね。

「おにぎり、2個買ってきて」
「はい、おにぎり2個ですね」
まだ心配だからくり返した。
「おにぎり、2個だからね」
「分かりました!」

彼が買ってきたのは、メロンパン2個。

「これはパンに見えるんだけど」
「ボク、おにぎりよりメロンパンが好きなんです」
「私はおにぎりを頼んだはずだが」
「ボクはパンの中ではメロンパンが一番好きです」

私は彼にメロンパンを1個譲った。



別のコント社員。
彼の記憶力はすごい。ニワトリ以下の記憶力だ。
彼に、紙袋を買ってきてと頼んだ。
「了解です」

念のために
「紙袋を1枚買ってきてください。サイズは○○が入るぐらいです」
こうメールを送信しておいた。
彼はそのメール文をよく見てから、その携帯を持って出て行った。

15分後、

「ただいま、帰りました!」
彼が買ってきたものは、色紙だった。

やがて彼はニワトリになり、いつか金のタマゴを生んでくれるかも。
こういう人間のなかに、逸材が潜んでいることがあるのだ。たぶん。



愛すべきコント。
コント社員が取引先の課長に相談したいことがあるから、
今から課長の所に行きたい、と松村社長に相談にきた。

「課長はお忙しいかただから、必ずアポをとっていくように」
「了解です!」

翌日、課長から電話があった。

「おたくの社員が私の所に突然訪ねて来られたらしいんだけど、
私も忙しくて応対できなかったんですよ。
何かお話があったんでしょうか?」


「課長にはアポをとってから行けと言ったやんか?」
「はい、社長はそうおっしゃいましたから、
ボクはアポを取るために課長の所に行ったのです」

「それは、メールか電話でええやんか」
「メールや電話は失礼かと思って・・・」

アポをとるためのアポか!


こんなコント(いえ、例)が、49個載ってます。
読んでて腹が立ってくるかたもいらっしゃるかもしれません。

こんなんで社会人といえるか!!と。

まさに、そうなんです。
しくじリーマン・コント社員は、よその会社だったら
とっくにクビになっていたかもしれません。


松村社長は言います。

ダメな社員をいくら教育しても良い結果にはならないでしょう。
もう、諦めたほうがいい。

それは、見捨てることとは違います。
彼らの失敗を愛ある笑いで楽しみ、
根気よく、様々な仕事を与えてみましょう。
意外な才能を発揮してくれる可能性だってあります。

時代は変わります。
人間もいつまでも同じなわけではありません。
時代と自分たちが持つスキルがぴったりと合致するときが、
彼らにも平等に与えられています。

互いが尊重しあえる組織にするために必要なのは
「明るい、笑いのある環境」です。

自分の心がけ次第でどんな形にもなるのです。
ちょっとしたミスぐらいは、ネタにできるぐらいの度量を持って
笑いに変えていきたいと思ってます。



松村社長、懐、広いです。
これが本物のやさしさっていうのでしょうか。

びっくりするくらい、仕事ができない人っています。
「優先順位、考えろよ!」といくら言っても、分からないものは分からない。

面白がれるかどうかは、相手のせいじゃありません。
自分しだい。

腹立てても仕方ないってことは、自分にも分かってるんだから、
どうしたら笑えるか。

その笑いがいじめのようにならず、カラッとしたものにするには。
それは自分の考え方・工夫によります。

ただし、予想されることがあります。
それは、「笑えなくなる」こと。

飽きるっていうか、とにかく
「それ、もういいから」とウンザリしてしまって、笑えなくなってしまう。

こうなることはあります。
私もありました。

テレビの視聴のように飽きちゃったらダメなんですよね。

本当のやさしさってのは、ずっと態度が変わらないことかもしれない。
そうなるためには、自分の根性が試される場面かも。
今まで成功したこと、ないヮ・・・。


冷たくするなら最初から
やさしくするなら最後まで



アマゾンキンドル読み放題対象本です。
とにかくコントっぷりがすさまじいです。
ほんまにこんな社員おるの?って思いますが、90%以上実話だそうです。
でも笑って読めますよ。楽しかった~。ある意味、癒される~。




今日もありがとうございますヾ(・∀・)ノ

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参観日に着ていく服は個性的にする?

先日、長男の授業参観がありまして。
行くのはいいんですが、気になるのは
「何着ていこう」です。

おしゃれのために、じゃありません。
他人より浮いてしまわないようにと考えるのです。

あまりにもカジュアルすぎたらダメかな、
かといってスーツ着ていくほど、大層なものかな。

昔、母が学校へ行く用事があるとき、毎度のごとく
「何着ていこう、服ないわ~」ってうるさかったんですが、
その気持ち、今よ~く分かった。


目立ちたくない
人と同じような格好をしていたい
個性的と思われないように
人並みに


こんなものを求めてあれこれ悩んでました。

ちょっと前に
「個性とは」なんて書いていたくせに!どっちやねん!
個性、ほしいのかいらんのか?



『人並みといふこと(しりあがり寿:著)』の前書きに書かれてます。




「せめて人並みに」。
これってどーすか?
「ヒトナミ」は人を癒しますか?
「ヒトナミ」は人を堕しますか?
「ヒトナミ」は・・・



「人並み」っていいますね。
これって、なんなんでしょう。

多数派
平均


「人並みな生き方してるね」は、褒め言葉に聴こえない。
「人並みの年収をもらってる」は、安心感がある。


「せめて人並みに(これくらいは出来てくれなきゃ)」
この言葉は残酷です。
せめて・・・ということが出来なかったら、
自分は価値のない人間だと思ってしまう。


著者は語ります。

人並みの最小単位は、「ともだち」
ともだちの中だけで適用するファッションや言葉を大切にする。
それが、
ともだちの中にいたいから、仲間ハズレが怖いから、
別の誰かを仲間ハズレにしようとする。
そんなことに悩んでしまう。
そんな人並みに縛られると苦しい。



自分が小学生くらいのころは長閑なもんでしたが、
やはり中学になると、途端に仲間意識が出てきてましたね。

同じファッションや言葉で、自分が心から楽しんでいれば
問題ないけれど、
そのグループに属していたくてしがみついてるような状態で
あわせようとしていたら・・・。

今は小学生からそんな状態に苦しんで、
いじめに遭う子どももいます。

でも、その人並みから外れてしまったら、孤独になっちゃう。
そう思い込んでしまう。

世界が狭いですから。
家と学校だけだから、そう思い込みやすいですよね。



大人になれば、そんな人並みから外れることは
なんともないって分かるんですけど。
それが学生のころに分かれば、みんなもっと楽になると思います。



だからといって、
人並みじゃないところばかりを目指して生きてたら、
うまくいかなかったり、何をどうすればいいのか分からなくなることもある。


そのように疲れてしまったときは、
人並みなことをしておく。

人並みで休憩する。

参観日の服選びと同じです。
たまに、人並みに参加する。

でも、人並みに長居してはいけません。
人並みは一休みする場所。

人並みの安心感に浸かるのは、あまり幸せじゃなさそうだから。



「人並み」ではなく「その人並み」=「その人なり」
  マツコ・デラックス『あまから人生相談』より



普段は自分の好きなようにする、
人並みは自分の都合のいいように使う。

これが、自分なりの生き方なんじゃないですかね。




今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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ときめいていますか

先日紹介しました「おいあくま」「さあほとけ」
読んでくださったかたがたが、ここを気をつけてる、
こんな五つの言葉もありますよ~と教えてくださいました。

ありがとうございます!

そのなかに、
ときめくが難しそうですとコメントされたかたがいらっしゃいました。

私もそうだなと思いました。

「ときめく・ときめき」って、そうそう出くわさないもの。
そもそも、ときめくとはどんなことなのか。


ときめく
喜びや期待などのために胸がドキドキする。
脚光を浴びる(今をときめく・・・など)



何からでもときめきは感じられそうですが、
真っ先に思い浮かぶのは、「」じゃないでしょうか。

類語にも
恋をする、心を寄せる など、
恋愛感情に関するものがいっぱい出ています。


現実に恋をすれば一番なのですが、そうもいきません・・・。
小説や映画からときめきをもらうのがよさそうですが、
今回はあえて、「恋文」からときめいてみようと思います。



芥川龍之介の恋文


日本史に残る作家たちの恋文はいろいろ残っています。

その中で最も美しい恋文を残したのが芥川龍之介
婚約中の文子さん(後に妻となった)に宛てた恋文。
ときめき具合はどうでしょうか?



アタシハ アナタヲ愛シテオリマス
コノ上愛セナイクライ愛シテ居リマス
ダカラ幸福デス
小鳥ノヤウニ幸福デス




読んでるこちらが恥ずかしくなるほどロマンティック。
カタカナと漢字だけで書かれていることも効果が高くなっています。


もうひとつ。


二人きりでいつまでもいつまでも話していたい気がします。
そうしてKISSしてもいいでしょう。
いやならばよします。

この頃ボクは文ちゃんがお菓子なら
頭から食べてしまいたい位可愛い気がします。
嘘じゃありません。
文ちゃんがボクを愛してくれるよりか
二倍も三倍もボクの方が愛しているような気がします。




なぜだかじっと座っていられないような、
上半身をもぞもぞ揺らしたくなるような、
そんな気持ちにさせられる恋文です。


こんな手紙、もらったことないですよ~。
書いたこともない~。
もらったら、嬉しかったかな・・・。


詩人の谷川俊太郎が、
「好きな言葉はなんですか?」と質問されて、

「好きな人の言う『すき』」と答えています。

そうですよね、好きな人に言われたら、
食べちゃいたいって言われても嬉しいでしょうねえ。


好きな相手からなら、

「第一印象から決めてました。
ボクのクラムボンになってください」


こんな恋文もらっても嬉しいでしょうね。
ちなみに、これは宮澤賢治の書いた恋文です。



若かりし頃なんて、恋愛が中心に世界は動いていると思っていました。
懐かしいこと、この上ない・・・。
今回は恋としてときめきを感じられるものを紹介しましたが、
何からでもときめきを感じていいんですよね。
そうできる感性を持ち続けていきたいですね。

やはり小説や映画の力を借りたい。


恋文の一部は『教科書では教えてくれない日本文学のススメ』より引用しました。
こちら、アマゾンキンドル読み放題対象本です。
文豪たちの素顔がマンガで紹介されて、さくさくっと読み進めます。



今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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二種類の、五つの言葉

あるブログに、次のような言葉が紹介されていました。

五つの言葉  堀田庄三

お おこるな
い いばるな
あ あせるな
く  くさるな
ま まけるな



堀田庄三氏は、「住友銀行の天皇」と呼ばれた人物。
その方の名言が、入社式や校長先生の朝礼などで
しばしば引用されているようです。
意外と有名なんですね、知りませんでした~。


頭の文字を読んだら「おいあくま」
自分の心にいる悪魔に話しかける感じですね。

怒るな、威張るな、焦るな、腐るな、負けるな

これらの感情は、心が浮き足立つ、
自分のうちにある「迷い」の象徴だそうです。


確かに、上がってるというか沸いてるというか、
平常心から離れてしまっていますよね。

これらの感情が出たときに、五つの言葉を思い出す。
五つの中身を忘れてしまっても、

「おい、あくま。
どうした?ちょっと落ち着けよ」

こんな風に自分の内にいるあくまに話しかけ、
馬を「どおどお」と落ち着かせるように、
心をポンポンと、なだめるようにしたらいいんじゃないか。

そんな言葉ですね。



これとは真逆の五つの言葉もありました。

さ さわやかに
あ あかるく
ほ ほのぼのと
と ときめいて 
け けんきょに


さあほとけ」です。
爽やかに、明るく、ほのぼのと、ときめいて、謙虚に

これらは「真の喜び」を表しています。
いいですよね。
いつもこんなふうにいられたら。

いつもは「さあほとけ」、
心が浮き足立ってるときは「おいあくま」



最近は「おいあくま」に「ね」が加わっているそうな。
ね ねたむな

妬むな

ごもっとも、
でもどんどん増えていきそうですよ、言葉が。
あんまり増えても忘れちゃいます。



今日もありがとうございました!ヾ(・∀・)ノ

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おじいちゃんの人生訓

今までで一番泣いた映画は、と聞かれたら、
「鉄道員(ぽっぽや)」と答えます。


とにかく泣いた。
原作を読んでも泣いた。
マンガでも泣いた。

この経験から、
浅田次郎の作品はうかつに読まないようにしています。
そんなにしょっちゅう泣きたくないから。

今回は、しんみりと読める浅田次郎の小説
『霞町物語(浅田次郎:著)』をご紹介。


連作短編集です。

その中の最後のお話、「卒業写真」から。
写真屋、プロカメラマンだったおじいちゃん、
今は認知症が進んでしまっていますが、
カメラを構えたときはシャキッとして正気に戻ります。

そんなある日、孫とその友人たちを
「卒業写真だ」と、記念写真を撮ります。

友人の一人に、こう言いました。

「おめえは唇がひしゃげてる」

「人間、どうすりゃ口が曲がるか知ってっか?」

「嘘をついたとき。
分不相応の見栄を張ったとき。
うんざりと愚痴を言ったとき」

「要するにおめえは、嘘つきの、ええかっこしいの、愚痴っぽいやつだ」



どうすりゃ治るんかな。


「簡単さ。
笑うときは大口をあけて笑う。ワッハッハ」

「そんで、泣きたくなったら奥歯をグイと噛んで、辛抱する」

「オーケー。男は毎日それのくり返し。一生それのくり返し」



じわっと効いてくる、言葉たち。
男性に限る話ではないけれど、
どちらかというと、男性のほうが口がヘの字になってるんじゃないかな。
むすっとした表情になってると思いますね。


笑うときは大口あけて笑う。
泣きたくなったら奥歯を噛んで辛抱する。


これも生きる知恵ですね。



まもなくおじいちゃんは死んでしまいます。
孫であり主人公はこう思うのです。

「動いているということは、
千分の一秒ずつ止まっていることの連続なんだろ。
だから人間は、一瞬をないがしろにしちゃいけない。
千分の一秒の自分をくり返しながら生きて行くんだ」



カメラ・写真を愛する人たちは、
この千分の一秒を追い求めているのか。

きっと、そう。
やっと分かりました、写真の魅力がなんなのか。



結局、次郎さんに泣かされます。





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裸の大将がみた夢

私の好きな芸術家の一人に、山下清氏がいます。
子どものころはドラマが放映されていて、
家族全員で楽しんで観ていました。

一度だけ「山下清展」も観に行ったことがあります。

小学生の、芸術なんて何も分からない私にも、
「すごい」と口に出てしまうほどの作品たち。
圧倒されました。

帰り道、母と
「観にきて良かったな~」と言い合ったのが懐かしいです。



随分前に、『裸の大将放浪記』を読みました。
最近は『裸の大将一代記(小沢信男:著)』を。




山下清氏が、花火をこよなく愛していたことが語られていました。


代表作とよばれる「長岡の花火


新潟県長岡市の花火大会の描写です。

色とりどりの花火が幾重に重なり、
川面に映る様子まで描写されています。


打ち上げられる花火をみて、山下清氏はつぶやきます。

「みんなが爆弾なんか作らないで、
きれいな花火ばかりを作っていたら、
きっと戦争なんて起きなかったんだな」



戦争はいやだ、行きたくないって思っていたんです。
山下清氏にも徴兵検査の指令(?)が届きました。

知的障がいがあったんですが、ごく軽度だったそうです。
(3歳のとき、重い消化不良を起こし、高熱が続いた。
その後遺症が軽い知的障がいだったらしい。
そこのアナタ!消化不良をナメてはいけませんよ)


普通に検査を受けたら、きっと兵隊にさせられる。
こう思った清は検査のとき、
「ぼくは、頭も悪いし、目も悪い。お役に立てません」と言いました。

そして見事、不合格です。


戦争のない世の中を夢見て、
花火を題材にした作品をつくったのでしょう。



長岡の花火を見ていた山下清氏を覚えていた花火師がいます。

「危ないから向こうに行ってくれ」と怒鳴ったら、
「花火がどうして危ないのですか」
こう問いかけて去っていったそうです。


その花火師には、シベリア抑留の経験があります。
帰国後、花火を打ち上げ続けました。

「すべての爆弾を花火にかえたい。
二度と爆弾が空から落ちてこない
平和な世の中であってほしい。
破壊のための火薬を、楽しみのために使うんさ」




平和への祈りが込められた花火。

今年もどこかの花火を観に行きたいです。




今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ

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これはゴミなの?

ほとんど雪解けした北海道(私の住んでる地域は、ですが)。
そうなると、気になるものが目につきます。

それは、道路のゴミ。

すごい量のゴミが落ちているのです。
夏や秋はそんなに凄くないんですよ。春だけ。
北海道に来た頃、あまりの凄さになぜなのか聞いてみたら、

「雪で見えなくなるから、ゴミを捨てる人が増えるんだ。
観光客がやるんだよ、車からポイって」


そして、雪がとけたらゴミが出現・・・。


観光客だけの問題じゃないでしょ、
雪に隠れるからこれ幸いと捨てる人と、
そんなことに関わらず、ゴミはゴミ箱にちゃんと捨てる人が
いるだけでしょ。
観光客だけがやるんじゃないはず!


ゴミをどこにでも捨てる人は、
ゴミ箱があっても、道路に捨てるんでしょうけどね。


でも、ゴミ箱に
護美箱と書いたら、
ポイ捨てが激減したって話があるのです。

不思議ですけど、
どうやら
美を護る箱」という字の威力だそうです。


完全に当て字らしいんですが、
いい当て字ですよね。

本当はゴミを漢字で表すと
「芥」とか「塵」

いや、ここは「護美」で!
もっと広まってもいい話です。


ゴミといえば、
断捨離で不幸なケースが出てきてるらしい。

どんどん不要なものを捨てまくり、
しまいに、家族のものまで承諾なしに捨てはじめるのです。

当然、家族は怒ります。
「大事なものなんだから、勝手に捨てないで!」と。

しかし断捨離してる人は言います。
「ジャマなだけじゃない、いらないでしょ」



私が知恵袋だったかな、読んだケースは、
若い主婦が断捨離に励んでいるんですが、
ダンナさんが大切にしてるヴィンテージもののジーンズを捨てたら、
それに対してダンナが怒った、
「ダンナがおかしいですよね!?」という質問。


ダンナさんのジーンズは、
独身時代からちょっとずつお金を貯めて買い集めていたもの。

結婚してからは自分のお小遣いを貯めて買ってました。
酒もタバコもギャンブルもやりません。

趣味はヴィンテージジーンズを集めることだけ。

しかし奥さんは叫びます。

「あんなにあったって、全然はかないし!
洗わないんですよ!『価値がなくなる』って言って。
不潔じゃないですか!?

それにあんなもの買うんなら、
私にアクセの一つでも買ってくれたらいいじゃん!
私なんて欲しいもの買わずに我慢してるのに、
ダンナだけずるい!」



どこかの心優しき回答者が答えます。

「あなたにはいらないものだけど、
ダンナさまには大切なもの。
それは勝手に捨てたらダメなのでは?」



すると奥さん、
「私がまちがってると言うんですか!?」


自分の言動を肯定してくれる人を探してただけのようです。


こうなると、なんのために断捨離してるのか。
心地よい暮らしを手に入れるはずが、
地獄に変貌してしまってます。



ここまで極端じゃなくても、
私も似たようなことを思ったことはありますね。


それは、ダンナのガンプラたち。

組み立てるわけでもなく、ただ箱に入って置かれているあのモノたち。
「老後の楽しみにとっといてる」なんて言ってるけど。

何度か
「捨てたら?もしくは売ったら?」って言いましたよ。

その度に
「ダメ!絶対ダメ!」と言われて、しぶしぶ置いていますが。



自分にはゴミでも、
誰かにとっては必要なもの。



それって、大事なことなのにちょいちょい忘れてしまいます。

空き缶だって、「空き缶」とかかれたゴミ箱に捨てるけど、
それがアルミ缶なら資源です。

食べ終わった菓子パンの袋は、
ゴミと呼べるのか、「パンの袋」なのに。

本当の意味でゴミと名のつくものって、なんだろう。



そんなことを思いつつ、
子どもに「ゴミは護美箱へ」を教えます。


ポイ捨てはダメなのよ。
人のものを勝手に捨てるのもダメなのよ。




今では長男がガンプラ好きになり、
「ああ、あれらもゴミにしなくて良かったな」と思ってます。

今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ


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心は見えないけど、わかってしまう

『伝える力2(池上彰:著)』を読んでいたら、
「気になる言葉・気になる表現」の項目で
こんな例があげれらていました。



東京電力から、原発事故の被害者に対する
賠償金請求書類の束が送られてきました。

その表題には
ご被害者のみなさまへ」と書かれていたのです。

これこそ慇懃無礼の最たるものではないでしょうか・・・。




これは、
被害に「ご」をつけていることを指摘しています。

丁寧に丁寧にしないと失礼にあたると考えた末、
こんな表現になったと思えるけど、
かえって怒りを買いますよね。
「バカにしてんのか」と。



私が精神科で働いていたときも
こんなことがありました。


ある看護師が、患者さんのところへ行き、
「お熱、測りますね」と声をかけました。

その患者さん、統合失調症と認知症を併発していて、
普段は
「ベッドの下に宇宙人がいる!
そいつの名前はサブローだ!!」など言う人です。


しかし、看護師の言葉に対して
「熱に”お”なんてつけるな、気持ち悪い!」

ビシッと言いました。

この場合、患者さんの指摘はもっともだと思うのです。

病院って、変にへりくだることが多いと思いませんか。
患者さんからクレームが来ないように、という対策らしく、
患者さんを「○○様」と呼んだり。

おむつを交換するときに
「おしも、拭きますね」

痰を出すためにチューブを入れるときにも
「お管、入れますね」

おくだ、ですよ。
分からない言葉になってるじゃないですか。

伝えるつもりがなく、ただ丁寧に言えばいいって心が見えてしまう。


そして哀しいことに、
”お”をつけてしゃべったところで、
丁寧さが伝わっているかというと全然なくて、
可笑しさだけが残ります。

ヘタすると、東京電力のように慇懃無礼に。


様をつけて呼ぶことが、
なんにでも”お”をつけて言うことが
どんな気持ちを伝えようとしているのか。

言う人の気持ちが、心がこもってないと
結局、伝わらないんですよね。


乱暴な言い方でも、心がこもってると
あたたかい言葉に感じますものね。


心って目に見えないけど、
わかってしまうもの。


正しい言葉遣いを気にするよりも、
相手を思いやることのほうがずっと大切。

バカ丁寧に扱ってくれなくてもいい、
普通に人として接してくれればいい。




今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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馬場亜紀

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