きっと、すべての恋はいじましさといじらしさが縒り合わさって出来ている。


『明日の子供たち(有川浩:著)』のなかの一文です。

「いじましさ」と「いじらしさ」
一字違いの言葉ですね。

いじましい
いじらしい



違う意味だけど、「意味を説明して」と言われて、ちゃんと説明できないことに気づく・・・。

で、辞書で調べてみましたら。

いじましい:みみっちい、意地汚い、あわれな感じがするほどけちくさい

いじらしい:あどけなくて可愛い、痛々しくてかわいそうな様子



全然、違うやん。
一字違いで、こんなに違っていいのかってくらい、違うやん。

「いじましい」って、あまり使わないことにも気づきましたが、
これ、他人に向かって使うには気をつけないと、というか、
ほぼ、悪口に捉えられますね。


自分で自分を揶揄するときに使うくらいかな。
「こんな努力してる私、いじましいヮ~」って。


小説では、恋に対する高校生のころの自分を思い出して、上記の表現をしていたんですけど、
そういう、「いじましい」努力をしてしまうのも、青春の一部。

カッコつけたくなる、
大人ぶってみたかった、
そんなお年頃だった(山の向こうを見るような私)。

そんな「いじましい」自分が、「いじらしい」という(笑)。



ちょっと意識して使ってみたくなった言葉でした。
でも、「いじましさ」は気をつけないとね。
相手を低く見る自分がいてるかもしれないから。
自分にだけ、使おうっと。

でもほとんどの人は、いじましさといじらしさが同居してますよね。




今日もありがとうございました。

にほんブログ村

「かわいそうに」と言われることが一番嫌いです。


児童養護施設を舞台にした小説、『明日の子供たち(有川浩:著)』です。



「児童擁護施設」とは、
突然の災害・事故・離婚・病気・不適切な養育などなど、
さまざまな理由で親と住むことができなくなった子供たちが暮らす施設です。

この小説の大きなテーマは、
勝手なイメージで決めつけてしまうことの危険性です。


次のような文章がありました。

子供たちを傷つけるのは親と一緒に暮らせないことよりも、親と一緒に暮らせないことを欠損と見なす風潮だ。
子供は親を選べない。
自分ではどうにもならないことで欠損を抱えた者として腫れ物のように扱われる、そのことに子供たちは傷つくのだ。




三浦しをん氏の、『本屋さんで待ちあわせ』というエッセイにあったんですが、
その一部を紹介します。


「悲惨でかわいそう」などとステレオタイプの認識に甘んじ、彼らの生活にも笑いやたくましさが当然あることを知ろうともしなかった自分に腹が立ってきます。
無知と無関心と怠慢こそが、理解の芽を摘み、絶望と断絶を生む温床となるのだと、肝に銘じようと思いました。




人には人それぞれの事情があること。
その人たちの1日は、「かわいそう」の一言で終わるほど単純なものではないってこと。
人として当たり前にある、喜怒哀楽があり、
些細だとしても、喜びや希望につながることだってあること。
それを知った上で、適切な「じゃあ、どうするか」の行動にいくんだと。


ただ、「かわいそう」という前提を持ってしまうと、見えなくなってしまうだろうと思います。
無知と無関心と怠慢こそが、理解の芽を摘み、絶望と断絶を生む温床となるのだ。

コミュニケーションの基本でもありますよね。


重いテーマを扱う『明日の子供たち』ですが、全体としてはとても爽やかに読み進めます。
なぜなら、悪い人が1人も出てこないから。

意見の食い違いや衝突はあります。
でも、みんな自分の立場や考えがあってのことで、
決して、自分一人の得のために行動してる人がいないんです。

そこが、いい。

この重いテーマに悪い人が出てきたら、げんなりするだけだから。

みんなが、子供は自分の将来のことを、大人は子供の未来のことを、
良くなるように、それだけを願って行動していく姿は、とても爽やかで清々しかったです。


「児童養護施設」の現状などに興味のあるかたは、ぜひ読んでみてほしいなって思います。
こういった施設で働くことに、情熱を持ちすぎる人にも読んでいただきたいな。
介護施設とかもそうなんですけど、
あまりにも理想的に、「家族のように」接して、と意気込むと、
ある日突然、ポキッと心が折れて、退職してしまいます。
そのあたりの、家族のようには出来ないこと、福祉のプロとはどういうものか、
そういったことも学べると思いました。






今日もありがとうございます。

にほんブログ村

先日の「土用の丑の日」で調べたついでに分かったことがあるのでお知らせします。
*ちなみに、今回は吉報ではありませぬが、ご容赦願います・・・。


ネットにあったんですけどね、

トノサマバッタという名前をつけたのは、平賀源内だ。
だいたいのことは平賀源内がやっている。
土用の丑の日を作ったのも、
万歩計を作ったのも、
自動車を作ったのも、平賀源内だ。




源内さん、本当にいろんな発明やってますね!











信じますか?


「ネットに書いてあればそれが答えだと思い込む。
ってことはだ。
それを利用する手はあるよな」



『サブマリン(伊坂幸太郎:著)』のなかのセリフです。

今や、ネットで検索すれば何でも分かる世の中。
便利です。

しかし、それが嘘の情報だったら?
それが嘘だと分かりますか?


インターネットが出来た頃は、
「こんなに素晴らしいものが!!」だったんですが、

今では、
「嘘もいっぱいあるから、見分けないとダメじゃん・・・」に。


そう、
知りたくて検索して調べた答えが、
正しいのかどうか、
自分で調べなくてはいけません。


でもこれ、
当たり前にやっていたことに戻っただけなんですよね。
ちょっとの間、さぼっちゃったから、
騙されたような気分になるだけで。


ネットの答えだけが正しいと思い込まないように、
コロッと騙されてなるものか、ということは忘れずにいたいですね。





さて、
『サブマリン』は、エンターテイメント小説です。
面白いです。私は伊坂幸太郎氏の作品は大好きなので、これもお勧めです。


面白く読めますが、テーマは重たいことを扱っています。

「悪いことをする人を、やっつけたらダメなの?」というものです。


子ども用のアニメやヒーロー物は、問答無用で悪者が退治されますね。
それとは別の世界。

他人を脅迫している人を脅迫することは、罪になるの?

無免許運転で人を死なせてしまったとして、その死んだ人はこれから人を殺しにいくつもりだったとしたら?
どっちが悪い人なの?



こういったことが、軽やかな展開のなかで繰り広げられています。
登場人物の1人・陣内さんのめちゃくちゃ論理に笑わされながら。


『チルドレン(伊坂幸太郎:著)』の続編となっていますが、
読んでいなくても大丈夫。
読んでいたら、さらに面白く読めます。



今日もありがとうございます。
万歩計を作ったのは、平賀源内です。

にほんブログ村


コメント欄閉じます。
ネット環境のせいか、「fc2.comは応答していません」とか、青いわっかがぐるぐるぐるぐる回りつづけたり。
どうも調子がよくありません。

夏といえば、「怪談・幽霊・心霊写真」なども風物詩のひとつでしょうか。
私は、超苦手です。


ホラー映画って、本当に怖いですね、ここ数年のものは。
予告からして、怖い。
「リング」、観てません。貞子さん観れないです。


幽霊といえば、お決まりのポーズというか、姿がありますね。

手を前にだらんと出して、足がなくて・・・




泥があるから、花は咲く』を読んでいたら、幽霊の特徴というものの章がありました。

幽霊にある、3つの特徴


1、おどろ髪をうしろへ長くひいている
2、両手を前へ出している
3、足がない



そして、この特徴それぞれに、意味があるというのです。


1、髪を長くひく

済んでしまってどうにもならない過去のマイナスを、いつまでもぐずぐずひきずっている。
どうにもならないことをいつまでもひきずり続け、
心がうしろにばかりとらわれている。
これを、おどろ髪を長くひくという形で表している。
(おどろ髪=ぼうぼうに乱れた髪を指す。「おとろし」という髪の乱れた妖怪が語源)



2、両手を前へ出している

くるかこないかわからない未来を取り越し苦労して、
こうなったらどうしよう、ああなったらどうしようと、生きる姿勢が前のめりになっている姿を表している。



3、足がない

生きるということは今、この一瞬でしかない。
その一瞬を心が過去へ未来へと飛んでしまう。
あるいは、心があの人やこの人のところへ、違う場へと飛んで行って、今ここを取り逃がし続けているありさまを表現している。



今をちゃんと生きていない姿が、幽霊というわけですか。
こんな意味があって、あの姿だったとは・・・。


過去や未来に重心がいって、今この足元が浮いてしまう。
気に入ったことを追いかけ、気に入らないことからは逃げ、
思うようにいかないと落ち込み、
姿勢がつねに崩れる。




生きてて幽霊っぽいことになっていないだろうか・・・。
過去をひきずり、未来に重心を傾けていないか。
姿勢がまっすぐじゃないと、幽霊になってしまうのです。


今日、ただ今に取り組む、ここを正念場として姿勢を正す。

幽霊からも、学べますね~。






今日もありがとうございます。

にほんブログ村

【2017/07/28 06:45】 |
|


ナカリママ
我が身を振り返らされた気がします。
過去に思いを引きずられ、未来を先取り心配して、地に足がついてない・・・
すべてを逆転させて、しっかり、今を生きたいですね。

貞子は見ましたよ(ハリウッドリメイク版の方)。
娘が、パラレルキャラに対して、動いてよ!と願うので、
動いたら怖いで~、と、リングの映画の話をしました。
テレビの画面から人が出てきたら怖いやろ、と。
それで、彼女もちょっと考えてくれました。
想像の中だけでこそ、上手くいく、
現実は上手くいかないことがあって当たり前、
そんな話をあれこれしています。
幽霊の話も、どこかで伝えたいなと思いました。

ありがとうございました。



てかと
お年を召したかたが腰を90度曲げている場合は幽霊?
重心が前に行き過ぎているみたいな
でもまぁ、ほとんどの人は歩いてるときうつむいて下見てるから
幽霊みたいなもんかもしれんね
生霊とでもいうか、表情も暗い
俺が会社辞めろよ、とか無責任なアドバイスするわけにもいかんしなw

(。-∀-)ニヒ♪
ふたごパンダ
私はホラーゲームは大好きですが
ホラー映画やTVは苦手です(* ´艸`)

生きてて幽霊にならないよう
気をつけます(笑)。


ミドリノマッキー
いつまでも引きずることはないが後ろ髪が長い、前のめりにはなる、あっちこっち関心がいって落ち着きがない
幽霊の三条件にはあってそうだな。立派な幽霊になれるでしょうか。


八咫烏(全力稼働中)
幽霊の仕草からそんなことが学べたんですね~^^
でも、やっぱり幽霊って中途半端な状況ですよね。実体を持っていないのに、世の中のことに干渉しようとする。決して、健全な状況だとは思いません。霊感がない私には、いるかいないかさえわかりませんが、いたとするなら、ちょっぴりかわいそうな気がしますね・・・。

Re: ナカリママ様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
私はよく、「取り越し苦労」をしていました。未来をよくないほうに想像して、勝手に暗く不機嫌になるという。周りからすれば迷惑な話ですね。客観的に自分をみるって、本当に大切です。最近は、取り越し苦労しそうなことに気づいて、まったく別のことを思い浮かべようとしたり、切り替えることが少し上手になってきたかな~とは思います。
貞子、テレビから本当に出てきたら?
こういう想像は、子どもはほぼ100%もってますよね。すごく怖がるし。夜泣きしますし。
想像の中だけでこそ、うまくいく、現実はうまくいかないことがあって当たり前
ウチの子にも少しずつ伝えていきたいです。


Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
腰が90度曲がったかた、手は出てませんよ。出したらモロこけるじゃないですか。腕を後ろにしているからこそ、見事なバランスで歩いていらっしゃいます!(笑)
会社辞めろよってアドバイスをしたら、
「どうしたらいいんスか~」「その勇気をください~」とゾンビがぞろぞろついてきそうですね。うかつに「俺、アーリーリタイア組」なんて言えない言えない。



Re: (。-∀-)ニヒ♪
馬場亜紀
ふたごパンダさま、コメントありがとうございます。
ゲームはしないですが、私もホラーゲームなら出来そうな気はします。見れるというか。
いや、でも最近のゲームはリアルっぽいからな~、やっぱり無理かも・・・。
生きながら幽霊だけは、お互い気をつけましょうね(笑)。


Re: ミドリノマッキー様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
過去をひきずらず、後ろ髪だけがひきずっておられるようですから、幽霊になれないと思います。
ホント、どんな風貌でいらっしゃるのか、すごく知りたいです。プロフィール画像、現在のミドリノマッキー様に差し替えてほしくてたまらないです。

Re: 八咫烏(全力稼働中)様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
私も霊感0です。なのに、怖いんですよね。逆に見えたら怖くなくなるのかな?
中途半端な状況、
まさに(笑)
どっちやねん、と言われる状況ですね。もし現実世界の誰かに未練があるとしても、気配を完全に消してそばにいるようにしたいです・・・何の話に?すみません汗


コメントを閉じる▲
ぼくはいのちのかたまりです    佐々木維

ぼくはいのちのかたまりです。
これがなかなか複雑で、
けっこううまくできている。
数十兆個の細胞が
それぞれ図面を持っていて、
きょうもぼくをつくってる。

図面の半分、パパからもらった。
だから、ぼくは足が速い。
残りの半分、ママからもらった。
だから、ぼくは一重まぶた。

瞳にうつる、光と影。
鼓膜をふるわす、空気の振動。
鼻くうに飛びこむ、においの粒子。
途切れることない
「世界」からのサインが、
指令塔に向かってかけぬける。
時速350キロのスピードで。

大気を吸いこめ、その肺に。
酸素よ溶けこめ、血液に。
拍動をくりかえすぼくの心臓が、
体のすみずみまで、それを届けるだろう。

筋肉よ収縮せよ。
骨よアングルをかえろ。
さあ前へ、さあ前へ。
ぼくは一歩前へふみだす。

二本の足で大地に立ち、
背筋をのばして前を見る。
言葉を使ってきょうを語り、
リズムにのせてあしたを歌う。

ぼくはぼくを「ヒト」と呼ぶ。

ぼくはいのちの連なりです。
数十億年の時を超え、
「未来」という名の明日を待つ、
そんないのちの一つです。

きみがそうであるように。





看護学校で、一番初めに習ったことは、
「看護概論」と、「解剖学」でした。

その解剖学を思い出した詩です。

ヒトの体って、ひとつずつ全てに名称がついていて、どれもずっと働いています。
手首に骨が8個もあって、その一つ一つに名称があり、「それ、テストに出るかもね」なんて言われて「どんだけ覚えなアカンの・・・」と驚いたあのころ。

失くしてからやっと大切だったと気づくのか。
それではもったいなさすぎます。

ぜんぶ大事、そしてぜんぶ使ってあげないと。
体のひとつひとつは、正しく使ってもらいたがっているんですよね。

オーバーワークがダメなことはみんな言うけど、使わないことにはあまり目くじらをたてない。
「骨惜しみするな!」って、聴かなくなったなあ。


『99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』に、
「自分の力を出し惜しみする」ことは、命を粗末にすることや。
という教えがありました。




せっかくもらっている力を、力の通りに使う。
そうじゃなければ、粗末にしていることになるって。


ちょっとビックリしましたね。
粗末にしてるつもりなんてないけど、そういわれると、出来ることをなにかと理由をつけてしないことがあるかもなあって思いまして。
「ここで無理したらアカン」なんて、都合良く解釈して、ホントは無理するほどじゃないことをやらないとか。
あるかもなあって。


子どもは、いのちのかたまり。
大人だって誰だって、死ぬまでいのちのかたまりです。

使わず腐らせたらもったいない、自分のちょうどいい働きで、体を使ってあげたいです。


100点は無理かもしれん。
でも、MAXなら出せるやろ。

           (松本人志)



ウチの長男も、今日から夏休みです。
「毎日寝坊してもいいの!?」と勇んで訊いてきました(笑)。
動け動け!

にほんブログ村

【2017/07/27 06:45】 | 子育て
|


てかと
いのちのかたまりって表現おもしろいね
俺からすると人間シンプルひとつの臓器って感じ
人間どこか一か所悪くなると、もう全部つながってるから一斉にだめになっていくよね
俺は肝臓の爆発が一番こわいですw
この臓器、我慢強いからもっと主張してほしいんだがな


節約ドットコム
こういう視点を持って育ちたかったです。
純粋で、素直なこうした言葉は私には出てきません。

常に今ある100%で取り組もうというのは私も思っていますが、いのちを粗末にして生きてきた半生だと反省しています。

「ヒト」って言う表現や響きからくる客観性がとても心地良い。

ヒトゲノム計画みたいなものを連想してしまいます(笑)



八咫烏(全力稼働中)
個人の限界を、その個人はかなり見誤りますよね~^^;でも私の場合、たまに目標設定間違えて、ケガしたり体調崩したりするので、今の自分よりちょっと目線わずかばかり高め、でやることにしています。実際、MAX出してしまうと反動がひどすぎて、その後が続かなかったりしますよね~^^;なかなか塩梅が難しいところであります(-_-;)

Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
全部つながってるから一斉にだめになっていくよね。
そうですね。いつの臓器で異常がみつかると、ほっておくとどんどん他にも影響が出てきますね。
逆に、ダメなところをカバーしようとする働きが出ることもあり、体ってすごいなと思います。
肝臓ね、我慢強いけど、病気が分かる前、「最近疲れやすいな、疲れがとれないな」ってことはなかったですか。なにか前兆というかサインはあったと思うんですよ。気づけなかっただけで。いや、間に合ったんだから気づいたんですよね。ホント、よかったですよね~。あれを「気のせい」と切り捨てていたら、今頃・・・ってなってたでしょうね。肝臓って、「言われなくても察してよ」みたいな気質がありますね。付き合いづらいやつ(笑)。

Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
みんなと同じように考えていないことは、悪いことじゃないので。
こういう視点を持って育っていたら、別人になってたんでしょうし、それはそれで改善したいところが大いにあると思ってしまうんですよ、きっと。
> 「ヒト」って言う表現や響きからくる客観性がとても心地良い。
>
> ヒトゲノム計画みたいなものを連想してしまいます(笑)
ヒトも生き物の一種、特別感を持ちすぎずに生きたいです。


Re: 八咫烏(全力稼働中)様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
いやいや、「全力稼働中」を提唱されているカラス様が何をおっしゃいますか!?
あ、ケガはありましたね(笑)。
私もMAX間違えたり、出し続けたり、骨惜しみしすぎたり、反省ばかりです。丁度良くって、一番難しいです。

コメントを閉じる▲
『ほぼ日刊イトイ新聞の本』のなかで、これは気をつけたいと思う箇所がありました。




「せっかく」と「がっかり」の係り結びは禁止する。



これは、ほぼ日サイトにくるメールでよく見かけていたそうなんですが。

せっかく応援していたのに、○○だなんて、がっかりです」

こんなメッセージメールがよくあったそうです。
ようは、「応援してくれる仲間を傷つけてしまったんだぞ」という気持ちをぶつけてきているもの。


これをされると、キツイんだ、と糸井氏はおっしゃっているのです。

相手は善意の被害者、
こちらは期待を裏切った加害者。


この構図では、こちらは逃げ場がないんだよ、って。

そしてこういうことは日常生活にもありがちなんですよね。
私の場合だと、子どもに、でしょうか。


「せっかくアンタのために買ってあげたのに、もう壊して・・・がっかりやわ」


こんな風に。
言いたくなるし、言ってるかもしれません・・・。
「がっかり」まで言わなくても、
「せっかく」と「してあげたのに」がかかっていることは多い。
言わないように、とは思っているけれど、もしかしたら言ってるかも、と思うと、ちょっと恐怖です。


この、
「せっかく」と、「がっかり」は、
相手を自分より下に見ているときに出やすいんじゃないでしょうか。


本のなかでは、
「読者は神様じゃない!」とあります。

「読者を大事にすることと、読者を神様あつかいしてしまうことは、まったくちがう」と。

サイト運営側からですから、こういう表現ですが、
意味は反対ですが同じことだと思います。


これも糸井氏の言葉ですが、
みんな、「ましになっていこう」としている者共です。

人と人としての関係を築いていこうと思っているだけなはず。



ブログのコメントにも言えるかな。
私は今まで温かいものや、新たな視点をもらえるコメントばかりで、1度も不愉快な思いをしたことはないです。
それはすごくラッキーなことだったのかもしれません。
中には、自分の思いを綴っただけなのに、「その考え方はおかしい」みたいなことを書く人だっているらしい。

コメントを入れるとき、ちゃんと相手のブログを書いてる人を想いながら書かないと。
私も、ましになろうとしている、
そしてパソコン画面の向こうには、自分と同じように、「ましになろうとしている」人がいるってことを、
本当に想わないと。

それぞれの思いにダメ出しできるような、そんな神様目線など・・・
「私はこう想うけど、どう?」と提案することと、否定することはまったく違いますもんね。
そんなことを、気持ちが引き締まるような思いになったのでした。


今日もありがとうございます。
「ましになろうとしている」私に、いつも優しい訪問者のかたがたへ、
深く感謝しています。
これからも、のんびりお付き合いくださいね。

にほんブログ村

【2017/07/26 06:45】 |
|


てかと
これ普通に使う人けっこういるんじゃない?
この俺様がせっかく応援したのに、負けるとはなにごとかーみたいな謎の上から目線全力でw
俺がこの手のありがたい否定に全力で応じることはもうないのですが、
おかげさまで返しはうまくなりましたよ
貴重なご意見ありがとうございます、これでだいたい終わるよね。
相手もうむ、精進せいよ、で引き下がって終わりで、
おまえは何もわかっとらんまで食い込んでくるやつはまれだし。
いやー、文字だけで勝負する世界は本当に面白いですね。
相手の顔が見えないもんだから、ネット弁慶とか揶揄される存在になって平気で罵倒してくるしなぁ


節約ドットコム
卑劣な言葉遣いですね。
「ガッカリです」はまだ正直で、マシな感じがしますが、
「せっかく」とか「~したのに」、なんかは被害妄想の極致です。自分が選んで、応援なりなんなりしたものを、思うようにならなかったら人にその所在をなすりつける。といいながら、自分はどうか?使っていないと思いますが、言葉遣いは慎重にしないといけませんね。(自分自身を省みるときには使っていますよ)

結局、こういう言葉遣いを普段する人は、人に何かを与えていると思い込み、その実、人から何かを受けたい欲望が強い、自分大好きのタイプが多いように感じます。無償の愛とは程遠いですね。悲しいものです。こうした批判的なコメントも読む人によっては建設的ではないと受け取られるかもしれませんが、こう極端に考える人もいるんだよというのを理解してもらえると嬉しいです。

恩を仇で返されたという思い込み、被害妄想・・・、極力避けていきたいと思いました。

受けるよりも与えるほうが幸せという言葉を強く信じる一人の旅人のコメントでした。



こんばんは♪
ふたごパンダ
私は友達からがっかりしたと言われて
傷ついたことが1度だけあります。
期待されていたからだと思いますが
その言葉はほんとショックでした。

ましになる。私も心にとどめておきます。
言葉ってどう受け取られるかわからないから
難しいですよね(o^―^o)


Ichi
馬場 亜紀さん、こんばんは!
長男くんと気が合いそうです•••(笑)
さて「せっかく」と「がっかり」の係り結び、思い返すとやっていますね、私も子供に(^^;;
逃げ場がない、ほんとその通りだと思いました。
これからは気をつけます。
馬場さんのコメントは温かく、また現実を鋭く見つめハッと気付かされるような視点での物の捉え方、大変学ぶことが多いです。いつもありがとうございますm(__)m


八咫烏(全力稼働中)
いやー、私は毎回好き放題コメントしてしまっているので、なんといいますか、申し訳ない限りであります^^;あんまり深く考えずに、思ったことをそのままコメントしてしまっているのですが、日常生活でもそういうことは確実にあるんですよね~^^;ましになろうとは思っているのですが、なかなか難しいものですね^^;

Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
やっぱり、使う人多いんじゃない?って印象があるくらいだから、けっこう使われてしまってるんでしょうね。
最近、自分の周りで言ってくる人はいないかな・・・大丈夫かな・・・?それくらい何気無く使ってしまってる。
ネット弁慶?
初耳です。内弁慶みたいなののネット版?弁慶さん、こういう使われ方ばっかり。もっとちゃんといろいろやったんじゃないの~?義経さん助けてさ~。
こういう言葉が生まれてきやすいのも、文字だけの世界独特。
面白いな~と想ったのが、「ググレカス」が、「ググッタラカス」と言われるようになったこと。普通、「カス」ってすぐ出てこない(笑)。堕ちた言葉はすぐ浸透する・・・。



Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
熱狂的なファンになるヒトって、何かあると、「裏切られた!」と声高に叫ぶ、そんなイメージがあります。
> 恩を仇で返されたという思い込み、被害妄想・・・、極力避けていきたいと思いました。
ここでしょうか。「応援してあげている」という気持ちが、「何か私に得することか、嬉しいことを返してよ」という本音があるのかなと思いました。
相手は、自分ひとりのために何かをやっているわけではないのに、そう思いたくなるのかな。
「○○してあげている」という恩は、渡すだけで十分なんだと想わないと、いい関係にはならなさそうですね。

> 受けるよりも与えるほうが幸せという言葉を強く信じる一人の旅人のコメントでした。
いつも私の言葉にできないところを言葉にしてくれてる!って想ってます。そしてここを訪問されるかたで、節約ドットコム様の言葉を変な受け取り方をするような人もいません。
また旅人様のコメントを心待ちにしています。


Re: こんばんは♪
馬場亜紀
ふたごパンダ様、コメントありがとうございます。
言われた経験があるんですね。しかもお友だちから・・・。
そのお友だち、きっと、「え!?あれ、傷ついたの?ごめん!そんなつもりなかった!!」とおっしゃるでしょうね。
そう考えると、言われなくても、期待されているだけでけっこうプレッシャーになりますね。
言葉は本当に人を元気づけることもできるし、傷つけることもできる。使い方次第の面が大きいです。うまく使っていかないと!私も日々精進です・・・。


Re: Ichi 様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます!
あはは!ダンナにIchi様の話をしたら、「それ、ないだろ!?」とツッコミ入れてました(笑)。しかし長男はよく骨がのどに刺さって、そのたびに大騒ぎでした。ダンナが。
子どもに言ってしまいがちですよね。「せっかく・・・やのに、がっかり(残念や)」
私も、母に言われていたことを思い出しました。言われても、「そんなん言われても・・・」どうしようもないやんって想ってました。そう、ホントに逃げ場がないですよね、これ言われると。
夏休みで一緒に過ごす時間が多いですから。もっと気をつけないと!って思います。
また訪問してコメントしますね。なにがいいのかわからないですが、迷惑にはなっていないようなので(笑)、ありがとうございます!!

Re: 八咫烏(全力稼働中) 様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
カラス様に謝られるようなこと、一切されておりません!!
いつもいつも、優しく、博識な視点からのコメントで、素敵な人だなあと思ってます♪
文字は書いてから見直せるので、気をつけようと思えばいくらでも直せますよね。しゃべっている言葉は取り消せないので、本当に気をつけないと、と思います。
私も、ましになろうとして、ましにも届かぬうちに人生が終わるかも・・・なんてビビッてしまいますが、なろうとするだけでも良かったと思いたいです。

コメントを閉じる▲
土用の丑の日」が今日、25日ですね。
よし!
今夜はうなぎや!
子どもはうなぎ食べへんから、手巻き寿司にしようかな!!

やはり日本の季節行事は大切にしないと・・・
という気持ちもありますが、
実は、こういう季節行事のときは、献立を考える手間が減るので嬉しいのであります(笑)。


「土用の丑の日にうなぎを食べる」を作ったのは、平賀源内
発明家、エレキテルという言葉と一緒に覚えている人。


その平賀源内が、素敵な言葉を遺しているんですよ~。

「考えていては何もでき申さず候。われらはしくじるを先につかまつり候」


考えているだけでは何も出来ない。
行動して失敗することをしなければ何も達成することは出来ない。


こういう意味でいいでしょうか。
でも、元々の言葉のほうが、断然カッコいいです。

さすがは、「日本初のコピーライター」という肩書きをもつだけあります。
ムダな言葉がなく、ピシッときまってます。


考えていては何もでき申さず候。われらはしくじるを先につかまつり候。


夏にうなぎ屋さんの売り上げが上がらないことから、
「今日は土用の丑の日」と源内が書いた看板を掲げて始まった、うなぎを食べる習慣。

適当にやったにしては習慣として残りすぎです。
それは、
うなぎには本当に栄養がいっぱいつまっていて、夏の暑さを乗り切るには絶好の食材だから。


うなぎに含まれている主な栄養は、

ビタミンA:視覚に働く、胃腸病や風邪の予防に効果がある
ビタミンB1:疲労回復
ビタミンB2:細胞の再生と成長
ビタミンE:老化防止

その他、カルシウムや鉄分なども豊富です。

平賀源内のマルチな才能にもあやかりたい(笑)。
しっかり食べて、しくじることから始めてみたいですね。


「考えていては何もでき申さず候。われらはしくじるを先につかまつり候」




今日もありがとうございます。
最近じゃ、うなぎじゃなくても、「う」のつくものならOK!みたいになってるようですね。
「うどん」とか、「牛丼(うし、だから)」とか。
まったくもって意味不明ですが、おもしろいだけだから、いいなあと思います。平和ですね~。

にほんブログ村

【2017/07/25 06:45】 | 日常
|


kmomota
わたしがすんでいる地域は、ウナギの産地?ですが、最近地元でも、高くて手が出ません。

だから源内さんに伝えなくては・・・・

「ウナギの価格の高騰で庶民は食べられないのですよ。
だから、食べられなくて、源内している、・・・あぁぁぁ間違った・・げんなりしているんですよってね」

お粗末でした。


八咫烏(全力稼働中)
平賀源内。日本のエジソンですかね。
しかし、確か彼は晩年はとても悲しい亡くなり方をしたんでしたっけ・・・。
先駆者はいつも栄光と悲運をともに持って、全力でかけていきますよね。それゆえに、輝くとでも言うのでしょうか。私の場合、考えなさすぎて困るときがありますけどね^^;


てかと
恵方巻も西のほうの料理みたいだけど、
節分に恵方巻くえみたいな激しいPRが行われてますね
セブンイレブンのアイデアらしくてな、俺は食わないけどw
平賀源内先生には悪いが、うなぎも食わないけどw
おまえらちょろすぎんだろwって言われてる気がしたよ


ミドリノマッキー
確かに、侍の言葉ってかっこいいし味がある。
思いつくまま挙げると
「これはしたり」「がってんしょうち」「あいや待たれい」等々。
一番はこれかな。「よきにはからえ」




節約ドットコム
ウナギはよく食べますが、ここ何年か高騰して財布に厳しいですね(笑)土用の丑の日来ると、平賀源内に対して怒りの矛先を向ければいいですかね~
しょっちゅう思います。こないだも土用の丑の日とか言って、うなぎ屋の暖簾をくぐったじゃんって(笑)
あっ、私はせいろ蒸し派です!


Ichi
馬場 亜紀さん、こんにちは!
「土用の丑の日」からの平賀源内。発明家らしい、いい言葉を残されていますね。
私は鰻の骨が喉の奥にささって難儀して以来、鰻は殆ど食べません。国産は高価すぎますし>_<
旦那にだけ買って、私と娘は「う」もつかないローストビーフ丼にします!!元気が出そう繋がり、ということで〜。
夏休みまであと1日になりましたね(^^)

(*´∀`)
ふたごパンダ
うなぎ高いから食べません(`・∀・´)エッヘン!!
食にそこまで興味がないので
高いのもったいな~いって思っちゃいます(笑)。
うのつくもの今日食べたかな(笑)。
食べていませんでした(*´∀`*)アハハ

Re: kmomota様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
kmomota様も「土用の丑の日」をテーマに書かれてましたよね!
そうそう、ウチのところも高いですよ。私が食べるのはいただき物のうなぎです。ありがたや~。
源内さん、きっとダジャレ好きですよ!伝えてあげたいですね。


Re: 八咫烏(全力稼働中)様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
平賀源内の肩書きは、日本のエジソンに始まり、「それ、何の仕事ッスか!?」みたいなものまで、いっぱいありますね。
晩年、誤って人を殺してしまい、投獄され、そのまま獄中死されたようですね。いったい何があったのか・・・。
花火のように一瞬の輝きを放つ人生もあるってことでしょうけど。
私は線香花火でも十分です(笑)。

Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
丑の日にかこつけて、1年に1度の贅沢として食べています(笑)。
恵方巻きもやりますね(買わない)。
自分が子どものころからあった季節イベントは難なく受け入れて、しかも楽しんでやれているように思います。
だから、最近盛り上がるハロウィンなどは、「は?」みたいにしらけた私がいますね~。

コメントを閉じる▲


海を見て、泣いた。
涙が出た。
もう、災害などないよう
人を流さないで・・・。
そのためには、
生き残った者が、
海をきれいに・・・
地球をきれいに・・・
美しい海をまた、見たいから。





叫び、そして望み

あんだけ雨が降り、風が暴れ、波が叫び、
次の日はお天気に・・・
ヘリの音、そして、海辺にカモメが、飛んでいる。
海は、天希を望むかのように光って、見えた。




上記2つの詩は、『海をうらまない(佐藤啓子:著)』からの抜粋です。




震災ポエム」と副題がついています。
すべて、東北大震災直後からの想いを詩にされているものを集めた詩集です。


詩を書いている佐藤さんは、1978年、岩手県生まれ。
軽度知的障がい者です。
現在も岩手県山田町にあるケアホームに入所されています。

震災時は、高台にあるケアホームの掃除をしていて、
部屋の隅っこまで吹っ飛んでしまったそうです。


どうにか無事に避難はできましたが、ホームは全壊しました。
そして、それまでに書きためていた詩のノートは全て流されました。


それでも、避難所でノートとボールペンを支給されたその日から、
誰かの心に元気を与えられるように、と詩を書き始めたそうです。


まっすぐな想いが伝わってくる詩。
ぐっときました。

普通の人でも、あれだけの災害に見舞われたら平常心ではいられないでしょう。
まして、障がいがあるなら、
もっと神経は擦り切れ、情緒不安定になります。

実際、詩集のなかにも、施設のスタッフに迷惑をかけてごめんねと謝っているものもあります。
自分をなだめるだけでも大変なことだっただろうと想像すると、
この優しさは本当に素晴らしいなあって思います。


どんな人も、誰かを想って、誰かの役に立つことができる。
じゃあ、私は?
私は何ができるんだろう。
そう自問しつつ、「やってやろう!」という元気も出てきました。

最後にもう一つ詩を紹介して終わります。


この地球に桜あり・・・

いつまでも、こわいと想えば変化なしだよ。
地球に、海に、桜の地。
海の地に、桜の木が、あるといいな・・・。
芽は、出てくるよ。
地球に、海に、桜あり を信じて・・・
こわいと思わず
全国のみなさん
そして、山田のみなさん、頑張ろう




さあ、今日もがんばりましょう!

にほんブログ村

【2017/07/24 06:44】 |
|


てかと
己の体験談を人に聞かせることよりも、
ひとの話に耳を傾けるほうが何倍も役に立つのが皮肉ですねw
世の中の8割は医者のいうことに耳を貸さないそうです
医者や管理栄養士が俺に苦笑いで教えてくれましたw
もうなにしに病院きてるのかわからん、のだと。
ブログで人の記事に目を通してコメントをする、これだけでもだいぶありがたいと思います
ほとんどの人はそっとじなんでw


八咫烏(全力稼働中)
障害がある方は、実はとても綺麗な目をしていますよね。元々健康なのに、世の中を斜めに見ている人間には、決して到達できない目の輝きだと思います。私もたまに鏡を見るんですが、どーも目が濁っているような^^;


kobuchoro
こんばんは(*´꒳`*)
ご無沙汰しております。
4種類以上飲んでいた精神薬…すべて断薬する事が出来ました…
まだ、日が浅く油断は出来ませんが(´-ω-`)
娘の年齢が私の服薬期間です…約3年…
とてつもなく、長かったけれどようやく終わりを迎えます。

記事に全く関係のないコメント申し訳ありません。

Re: てかと様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
> 世の中の8割は医者のいうことに耳を貸さないそうです
> 医者や管理栄養士が俺に苦笑いで教えてくれましたw
> もうなにしに病院きてるのかわからん、のだと。
医者や栄養士に言われて実行する人が、2割かと想っていたら、それ以前に、聞いている人が2割なんですね。その2割のうちの2割だけが実行する・・・。そりゃ、医療費は膨れ上がる一方だわ。
よく見かける、「なぜ口はひとつで、耳は2つついてるか?聴くほうが大事だからだ」は、真理。
ブログって、記事からその人を想像するけど、コメントをやりとりすると、めちゃめちゃ印象変わることも多いですよね。みんないい人だ、こんなおもしろいんだ~って。
他の人のコメントを読むことも、こんな考え方があるのかって新鮮なことも多々あり。全部勉強になりますね。


Re: 八咫烏(全力稼働中)様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
実際、赤ちゃんや子どもの目って、白目のところが青みがかって、透明感がすごいです。なぜ大人になるにつれてあの青みがなくなり、ちょっと黄色っぽくなったり毛細血管が浮いてきたりするんでしょうね・・・。世の中をまっすぐ見つめていると、キレイなままでいられるのか。
もっと美しいものに目を向けると、あのキレイさが戻ってくるのかなあ、なんて思いました。

Re: kobuchoro 様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。こちらこそご無沙汰しておりました。
お仕事も再開され、お忙しくしてるんだろうなと想っていましたし、記事から、充実した毎日を感じることもできました。
断薬も・・・やっと、ですね。本当によかったです。
もう少し様子をみられるのかとは思いますが、「おめでとう」と言ってもいいですか?
長い闘い、お疲れ様でした!
これからの発信も、薬に苦しむ人たちへの支えになることができますように・・・。



エリアンダー
素直でありながら訴えてくる詩ですね。
少し前に震災後の少女の記事を読んだときは
トラウマになるくらい衝撃的でした。
http://birthofblues.livedoor.biz/archives/51227709.html


Re: エリアンダー様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
震災関連の詩や、被災者からのメッセージや手紙など、どれも胸を打つものばかり。
想っていることをそのままストレートに、純粋に表したとき、芸術に近い領域に届くんでしょうか・・・。悲痛なものすら美しく表現されて・・・。
最近、あらためて被災することの意味を考えてしまうことが多くて・・・ありがとうございます。

コメントを閉じる▲
夏の暑い時期に必ずといっていいほど見るニュース、「子ども放置で熱中症」
子どもを車のなかに置いたまま、何時間もパチンコをしていたら、子どもが熱中症で死亡してしまった。
類似の件はいっぱいありますよね。

最近では、両親が子どもをマンションに置いて、ホテルに行き、
帰宅すると子どもが死亡していた(熱中症かどうかは不明)・・・というものもありました。


こういう親のことを、「毒親」というそうですね。

虐待、ネグレクト(育児放棄)などなど・・・。
こういう、子どもを死なせるほどのことをしていなくても、毒親と呼ばれることもあります。

過干渉な親 です。

子どもの就職先を一緒に探す、入社式について行く、欠勤の連絡を親がする。

今どきの親は、子どもの授業参観に行って、自分の子どもに横から教えているそうです。
先生、前でしゃべって授業してるのに。
教育のプロが授業してるのに。
それにも関わらず、親が堂々と子どもの席まで来て、ああだこうだと指導してるんですって。

ウチの子の授業参観では、そんなことしてる人いなくて、よかった・・・。


わが子かわいさが、そうさせるんだろうけど。
ちょっと違うと思うんですよね。

それは子どもの人生に口を出しすぎで、子どもの意志はどこにあるんだろうってなるんじゃないかなと。
大事にするのは当然だし、それは素晴らしいことだけれど、
過干渉も、やっぱり「毒」になる。

親の願うような人生を歩んでほしいという気持ちが、過干渉になるのかな。


でも、
子どもが「楽しい」と言って、
「やりたいことがある」状態。

これが親のいちばんうれしいこと。


そうでなければ、歪んだ愛情になると思う。
親の喜ぶことをする子どもは、幸せなのかどうか。


卒母宣言」で話題になった漫画家の西原理恵子氏の、
『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』のなかで、
次のように書いておられます。


 
船出の時なんだから、私が見送らなくってもいいだろう。
夢なんか、そうそうかなわない。
夢をつかむことより、たとえ夢破れても、そこから立ち直ることの方が大事。
転んでもいいから、また、顔をあげる、そういう女の人になってください。
私は、いつも、ここにいる。
ドアは、いつでも開いてるよ。



あとがきでも・・・

どんな時でも、次の一手は、自分で考えて、自分が選ぶ。
王子様を待たないで。
幸せは、自分で取りに行ってください。



これを目指したいなあ。
子どもが失敗しても、ぐっとこらえて黙っている。
でも落ち込んで「休みたい」と帰ってきたら、いつでも戻ってこられる。

そんな母でありたい。



10代からOKの本。
男の子をもつ母親も大丈夫、というか、やはり考えさせられる内容です。



今日もありがとうございます。

にほんブログ村

【2017/07/23 06:45】 |
|


エリアンダー
「船出のとき・・・」
いい言葉ですね。ウルっとしましたよ。
子供が、親が、いい距離で信頼感をもって接すれば
いつまでもいい関係でいられるんです。
誰が言ったんだか、
<子供たちは、18歳ぐらいになると、親から離れて
自分の世界を持つものだ。それを、自然のなりゆきとして
受け入れる親のもとには、将来、成人した子供が
驚くほどしばしば顔を出すものである。>


管理人のみ閲覧できます
-



節約ドットコム
過保護と過干渉の違いが今一つ分からないところもありますが、授業参観や入社式の話を聞くと、親より子供が良いと思っているのであれば、良い感じもします。毒を以て毒を制すのが私の信条でもありますので、毒親が嫌なら毒子にならないといけません。
平和な時代ということでしょうし、まぁ、親子だから何でもありだと思ったりします。
アメリカなんかは子供と一緒の寝室で寝たりお風呂に入ったりできませんが、過干渉は日本より淒そうですからね。比べるものではありませんが(笑)


ミドリノマッキー
自分が西原さんのマンガやエッセー等を読んで感じたことは、西原さん自体が強い人だということ。実際子供にも「自活するにはそれ相応の経済力を持て。自分の力で生きよ」なんて厳しいことを言っていたようです。
ですから、どの母親も同じようにはいかないと思いますが、ここにある「ドアはいつでも開いている」の一言はどの母親も持って欲しい言葉です。
自分が思うに、具体的に援助しなくても「いつも見ているよ」の気持ちが西原さんの本当の「心」ではないでしょうか。


(*´▽`*)
ふたごパンダ
こんばんは♪
西原理恵子先生大好きです。
マンガもけっこう読んでいます(笑)。
この人の生き方が好きだし
尊敬しています(*^▽^*)
自分で稼いだお金で美味しいお寿司も
食べるし、家も買うしすごいなぁ。(*´ω`*)

Re: エリアンダー様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
実は、私も記事に書きぬいたところでウルッときてしまいました。
この心境にまでなりたいな、子どもも嬉しいだろうなあって。

> <子供たちは、18歳ぐらいになると、親から離れて
> 自分の世界を持つものだ。それを、自然のなりゆきとして
> 受け入れる親のもとには、将来、成人した子供が
> 驚くほどしばしば顔を出すものである。>
手帳に書き写しておきました。
10年ちょっとしたとき、私から離れていくことを喜びとして受け入れたいです。
素敵な言葉、ありがとうございます!

Re: 鍵コメットさんへ
馬場亜紀
こちらこそ毎日ありがとうございます。
暑さ全開ですので、どうぞ体調管理だけは大切に~。

Re: 節約ドットコム様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
言われてみれば、過保護と過干渉の違いを説明しろと言われたら難しいなと思いました。
どっちもダメ?・・・時代によるところも大きいかもしれませんね。
平和だからできるということか・・・。親殺し・子殺しなどは、平和な今だから相手に不満を感じる余裕までできてしまって実行しちゃうのかも。
まだ整理がつきませんが、新たな視点をいただけたと想ってます。ありがとうございます!

Re: ミドリノマッキー様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
自活できない・経済力をもたない女性の苦労をいっぱい見てきているそうです。
だからこそ、「自分で稼げる」ことにこだわるし、自分の子どもにもそれを求めたみたいです。じゃないと、泣くことになるのは分かりきっていたからです。

> 自分が思うに、具体的に援助しなくても「いつも見ているよ」の気持ちが西原さんの本当の「心」ではないでしょうか。
この心が根本にあるからこそ、子どもさんたちは16歳で自立したくなるように育てられたんでしょうね。



Re: (*´▽`*)
馬場亜紀
ふたごパンダ様、コメントありがとうございます。
西原さんのマンガ、読まれていたんですね!知らない一面を知ることができて嬉しいです~。
西原さんにいい感情を持つ人と、反感を持つ人、まっぷたつに分かれますよね。
私もあのたくましさは尊敬している派です。
すごいですよね~。


コメントを閉じる▲
人間は、何ごとも測らずにはいられないようです。

『はかりきれない世界の単位(米澤敬:著)』を読みました。




近代化とともに使われなくなった、人間味あふれるちょっとおかしな単位を50紹介。
新しい物差しを手に入れると、世界の見えかたが変わるかもしれません。


本のトップにはこのような文章がありました。

そう、「おかしな」単位が50個。
どのようなものか、一部を紹介します。


ハナゲ:痛さの程度をあらわす単位
 1ハナゲは、長さ1cmの鼻毛を鉛直方向に1ニュートンの力で引っ張り、抜いたときに感じる痛み


ムゲセゲレ:ドイツ南部で使われる、「とても小さい」ものを示す単位
 意味は、「ハエのペニス」。約0,22mm。


刹那(せつな):仏教の最小時間単位。「念」ともいっていた。
 1刹那は、75分の1秒。


浣(かん):古代中国の沐浴に由来する日にちの単位
 1浣は、1ヶ月の3分の1、約10日。


トラサレーヌ:古代インドで使われていた、日光のなかに浮遊する塵の量の単位
 1トラサレーヌは、クリーシュナラの1296分の1。
 1クリーシュナラは、122mg。


分かりにくい。
とにかく、分かりにくい。

これ、どうやって使うの?って単位なんですが、例文もありました。

ムゲセゲレなら、
「隠し味には、塩とコショウをムゲセゲレ」

とか、

トラサレーヌなら、
「今日のそうじで払った塵は、何億トラサレーヌだろう?」

というふうに。


想像もつかないものも測ってます。

ギャラクシーは、
銀河の質量単位で、太陽質量の1,6倍×10の11乗倍。

1秒間に伸びる髭の長さをあらわすには、
5~10ナノメートルが1髭秒、など。


前書きにもあるんですが、

測れないものを測ろうとして、さらに分かりづらくなっているんですよ。
もう、測らなくていいじゃん!ってものを測ろうとしてるんですよね、昔の人たち。


でも人は、とにかく測りたいんだなあって思いました。
モノだけじゃないですよね、今は。

知能だって数字であらわすし、
心の点数だって出していきます。

余談ですが、心の点数=EQ というやつ。
あの点数、自己診断ですが私はけっこう低いです。

健康診断だって、
なんともないと思ってるのに、いきなり
「血液検査でこの数値がひっかかったので精密検査をしましょう」なんて言われたら、
「なんか、深刻な病気があるのか?」と不安にもなります。


逆に、どう考えても体調がよくないのに、
「検査の結果、なんともないですよ~」なんて言われて、
「へ?」 みたいな。


「私と仕事、どっちが大事なの!?」なんていうのも、測ろうとしてますよね。


人はとかく測ろうとしたがるもの。
でも、そこには、ああでもないこうでもないと奮闘する人たちも想像できて、
人間って、バカバカしいけれど愛おしいところが多いなあって。

だって、ハエのペニスの長さを真面目に測る科学者がいたってことですよ?
アホでしょ?
でも可愛い(笑)。
今なら研究予算なんて出してくれないんじゃないですか、「そんなもの!」って。


トナカイの角が見分けられる距離、「ブーク」の次ページに、

核による殺傷単位、「メガデス

なんて載っていると、
近代に進むにつれて、人の愛おしいところが少なくなってきているように感じました。


この本は、不思議な雰囲気に包まれています。
全ページがカラーで、絵がメイン。
そしてちょっと1行詩のような文章も。

刹那」のページなら、
「またたきする間に、世界がひっくり返ることもある」


正常人の嗅覚度をあらわす単位、「オルクアクティー」なら、
「においはうつろい、単位もうつろい、消えてゆく」


こんな感じで。

大人の絵本としてもいいですし、雑学の本としても捉えることができます。
でも、飲み会でこのウンチクを披露しても、
「何言ってんのか、わかんない」と相手にされないかもしれませんが。


現代の人が置き忘れてきた何かを、見ることができます。




今日もありがとうございます。

にほんブログ村

【2017/07/21 06:45】 |
|


エリアンダー
まあ、たくさんの単位があること!
そういえば、いつぞやチェーンメールで「ハナゲ」「イナリ」単位が
駆け巡りました。これはもちろんジョークですが、本当にする人が
多かったらしいです。
カーダシアン単位ってのもあります。タレントのカーダシアンの
結婚期間が72日だったのでトム・クルーズの2016日間は
28カーダシアンで表されます。
昆虫に刺されたときの痛み指数というのを、実際に120種の昆虫に
刺された学者が発表しています。最強の痛み、サシハリアリを4とすると、
ミツバチは2、今話題のヒアリは1.2だとか。
間宮林蔵は距離の計測に歩幅を用いたんですよね、驚きです。
<二人で暮らした年月をなんで計ればいいのだろう>という歌も
ありますが。(笑)



てかと
そういうくだらないものに命をかける!情熱を燃やす!
それが男です。異論は認める。

おもしろーーーい
まこ
何その文字列、みたいな単位ですね、いいなあ、そのホコリの量とか。
絶対実用じゃない知識なところがいい。一生使わなさそうな単位なところもいい。
私も読みたいな、と思いました。

…ひとつぐらい、作者が作ったニセモノが入ってたりして。


八咫烏(全力稼働中)
鼻毛って単位はどこかで聞いたことがありますね^^人間が物事を量ろうとする理由は、やっぱり自分のなかで物事を差別化したいといった理由からですかね。自分の利益を最大化することを目的としているからでしょうか。そのがんばちゃおうと必死になっている姿も人間のかわいらしさの一部だと思いますが^^;


ミドリノマッキー
余計なものまで測っている。その通り。
大きなお世話というのがいっぱいあるからね。
ハナゲぐらいは許すかな。自分の身の回りのことで分かりやすい。
今日は30ハナゲか。ちょっと痛すぎ。気をつけよう。なんて。


読みたい!
ナカリママ
面白そうです。

うちにある本「翻訳できない世界のことば」と似てる気がします。
そこには、フィンランド語の「ポロンクセマ」=トナカイが休憩なしで疲れず移動できる距離、とか、
マレー語の「ピサンザプラ」=バナナを食べる時の所要時間、とか、
アラビア語の「グルファ」=片方の手の平にのせられるだけの水の量、とか、
が、載っています。
こちらは、数えること以外に、感情や状況を表す言葉の宝庫。文化の違いを感じました。
全ページカラーで、絵本チックという所も似てます。
何か、シンクロしたみたいで嬉しい・・・。

手に取ってみたいなと思う本の紹介、いつもありがとうございます。



HAM1826
面白い本と考察ですね^^
殺伐とした通勤電車の中で、和ませていただきました。

話がズレるかもしれないけど、動物って、本能的に
他者と比較しながら生存競争を生き抜いていますよね。
身体の大きさや鳴き声や、先日観たテレビ番組では、
カニが掘り上げた砂の高さで雌にアピールするとか…

人間も比較しながら生きていく際に、時間や場所が
離れていても比較できる道具が「単位」なのかも…
などと、疲れ切った頭で考えてみました^^

暑さ厳しき折ですが、良い週末をお過ごしください。



節約ドットコム
刹那。なんだかいいですね。
メランコリーな言葉に感じます。

私がいつもすごいなと思うのは、
一週間が7日だということ。
1日目に、光と闇を作り、
2日目に、空(天)を作り、
3日目に、陸と海を作り分け、
4日目に、昼と夜を作り、季節を日と年のために区分し、太陽や星を作り、
5日目に、水の生き物や空飛ぶ生き物を創造し、
6日目に、地上の生き物を創造し、それらの生き物を統括する存在として最後に人が作られた。木々や食物を同時に作られました。
7日目に、これまで行われたすべての作業の休息日として休まれました。

聖書の始まりの聖句です(多分)。
ジェネシス(創世記)、ここから物語は始まると記憶しています。

そう考えると、やはり世界の基準はこれらに頼りきっています。安息日というのは日本人からすると宗教色の強い言葉ですが、そういうわけではないんですよね。だから日曜日が休みとなっている。いつも思うんです。最初から事細かく決まり事が定められているのだと。私はキリスト教信者ではありませんが、聖書を読むと世の中の全てが網羅されているように感じます。
ギャラクシーではありませんが、地球と太陽や月との距離や、その他のあらゆる周期も計算されています。初めから仕組みがあり、先日の記事ではありませんが、科学が宗教に追い付いていない。科学者が一生懸命、1つずつ測れるものを測っていき、つじつまを合わせていっているような気がします。そういう意味では何千年も遅れていますね。
でも、それは素晴らしい業だと思います。そのために生きているのですから。不思議なものを究明したいと思う気持ちが人間から無くなったら、もしも、すべて明らかにされていたら、人は生きていくことなどできないでしょうから。

全てを知ってしまっては人として本質中の本質である、子孫の繁栄を反映しようなんて思う気も起きないのではないでしょうか。

何も知らないという意識があるからこそ人生は面白いのですよね~

宇宙の果ての小噺を思い出しました。
ダリルジョン
熊「ご隠居さん、大阪から西に行けばどこへ行くんです?」

隠居「尼崎に出るな」

熊「尼崎からもっと西に行けばどこに行くんです?」

隠居「山陽道を通って九州に出るな」

熊「九州を西へ西へ行けばどこに行くんです?」

隠居「海があってそれ以上行けないよ」

熊「海の上を舟に乗ってどんどん西へ行けばどこへ行くんです?」

隠居「行けども行けども海だ」

熊「その海をどんどん西に行けばどこへ行くんです?」

隠居「濛々としたところへ出るな」

熊「そのもうもうとした所をどんどん西へ行けばどこへ行くんです?」

隠居「たいがいの者はその辺でひっかえしてくる」

はかり知れない素人の好奇心と人間の知恵とはと言う小噺。



Re: エリアンダー様へ
馬場亜紀
コメントありがとうございます。
「ハナゲ」は、一時、ネットで話題になった単位らしいですね。でも非公式らしいです。
エリアンダー様の書かれた単位、この本に載ってないものばかりです!好きですね~、エリアンダー様、こういうネタ(笑)。
> <二人で暮らした年月をなんで計ればいいのだろう>という歌も
> ありますが。(笑)
え~~、ウチはどうやろ・・・
カーダシアンなんて、使わないほうが分かるやん!!ですよね。でもそういうお遊びって以外と大事な感性だと。なくなると理詰めで堅苦しいことばかりがのこっていきそうです。


コメントを閉じる▲