2017. 12. 31  
人生讃歌   武者小路実篤


生きていることはいいことだ
毎朝元気に目がさめると
ぼくは感謝する
ぼくは元気で生きられる限り
人生を讃歌したい。

人間にもときどきいやな奴がいる。
憎みたくなる奴がいる。
だがそういう人間は
実は気の毒な人間だ。
皆にきらわれて生きているのだから。

実に多くの人間は
愛すべき人々だ
限りなく愛せる人々も
たくさんいてくれる
人間は実にいいものだ。

ぼくはそういう人間を
限りなく讃美したい
人間ていいものだ
僕は人間に生まれたことに感謝して
いつも元気に生きてゆきたい




今年1年、いいこともムッとすることも笑ってしまうことも泣きたくなることもあったけれど、
やっぱり、いい1年だったなと想います。



長男が小学校に上がりましたが、最初の2ヶ月は泣いて教室になかなか入れなかったんですよね。
毎朝、校舎の入り口までついて行ってたのもすっかり昔話です。

ひそかに大変でしたね、あの2ヶ月。
校長先生にも心配されたし(汗)。

ある日突然、
「友だちと行くから大丈夫、ついてこなくていいよ!」と元気に行った日はじ~んとしました。



こうしてブログを続けていられたことにも感謝です。
読んでくださる人がいることに感謝です。


とくにコメントでやりとりする楽しさを知ることができたこと。

本当にありがとうございました。

来年も細々と続けていこうと想っています。
おヒマがありましたら、また覗いてください。
何か書いています(笑)


皆様、よいお年をお迎えくださいね。


来年も元気に生きてゆきましょう☆




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2017. 12. 30  
美しいもの、可愛らしいものを見て感動する気持ちは、
どんな小理屈よりも強い。




『アザラシの赤ちゃん(小原玲:写真)』です。



かわいい~
あぁかわいい~

とにかく愛くるしいです。

癒してくれる写真集だと想ってページをめくっていき、写真家のあとがきに・・・
考えさせられることが書かれていました。


写真家・小原玲氏はもともと、報道写真家だったそうです。
天安門事件や湾岸戦争などを追いかけていました。

しかし、

人間の悲しみを追い続ける仕事に疲れた。


もう悲しみやごたごたは撮るのをやめようと思って、動物写真家に転身、
アザラシは20年撮り続けました。


すると今度は、

流氷で起こっている異常気象を人間に伝える役目がまわって来てしまった。

温暖化で流氷が少なくなってきているのです。
アザラシの赤ちゃんは生まれてすぐは泳げません。
お母さんが子育てをしてくれるからこそ、生きられます。

しかしその子育ては2週間で終わります。
お母さんは出産2週間後にはオスとともに北の海を目指して行ってしまいます。

残された赤ちゃんは自力で泳ぐこと、魚を捕まえることを学んでいきます。
それをマスターするまでに約2週間。

その期間の赤ちゃんを守るのが、流氷なんですって。
流氷の上にいれば、シャチなどから身を守れるのです。

が、温暖化で流氷が少ない、赤ちゃんが泳げるようになるころに解けてしまう。
こうしたことがあって、2002年に生まれたアザラシの赤ちゃんの75%が溺死したとされています。




さらに流氷が少なくなることで、漁業に影響が出てきているそうです。
流氷って、ただ海水が凍ったものではなく、実は植物プランクトンなどが豊富に含まれる、
海の生き物たちにとっての「ゆりかご」のような大切なものだそうです。

その栄養の塊がなくなることで、
北海道のコンブ漁の不漁(コンブの育ちが悪くなる)、
エサを求めてアザラシたちが漁場にやってきて、網にかかった魚を食べてしまう、

こういったことが起こってきているのだとか。


ニュースで、
「魚高騰 増えすぎたアザラシが原因」などの見出しを見たとしたら。

きっと、
「ええ!魚が値上がりすんのか!アザラシめ!!」とか想うと思うんですよ。
主婦としては、食料品の値上がりには敏感にならざるをえないし。


因果関係を知らずにいたら、ただ「にっくきアザラシ!」となるかもしれないし、
アザラシ捕まえろー!ってなるかもしれません。

そして、「アザラシ絶滅の危機」とかになったころに、
「ええ~、どうにか守ってあげようや」ってなるんですよ。


先日も、
「サンマ不漁 原因不明」というニュースを見ました。
原因は、元々は人間が行っていることが起因じゃないかと・・・。


小原氏のあとがきです。

しかしただ、悪い状態になった氷を見せることではなく、われわれが失いつつある美しい光景を伝え残すことを大事にしたいと想っている。
それは本当に心をうつ報道写真は何も悲劇を伝えるものではなく、悲劇の中でも見える希望を伝えるものだと私は思っているからだ。

美しいもの、可愛らしいものを見て感動する気持ちは、どんな小理屈よりも強い。



可愛らしさの向こう側を知ること。
写真から学んでいけるということなんですね。


どうしてもカワイイ・・・
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今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
悲惨なものを無視してきれいごとだけを表しても、何の説得力も凄みも生まれないんですね・・・。
そういう目にしたくない・聴きたくないものを知りつつ、美しいものを表現することが本当のやらなければいけないことなのか。
自分の書くきれいごとも、凄みの上で表現していきたいなと想います。

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2017. 12. 29  
名は必ず 体にいたる 徳あり


小錦VSちびっ子(小錦・・・あんなに大きかったのになぜ”小”?)


大阪の実家に帰ってきています。
実家のマンションの前には日蓮宗のお寺があるのですが、そこに「今月の聖語」という言葉が貼られているのを読むのがひとつの楽しみなんですよ。

たまに難しくてわけ分かんないときもありますが、今月のは良かったというか・・・。
こんなことが書かれています。


名は必ず 体にいたる 徳あり

「名前に誇りを」
5円玉の穴を通して向こうを覗いたことがあるでしょうか。
たった5ミリの小さな穴ですが数百倍の広い景色が見えます。
見方を変えればその穴に広い世界が”凝縮”されているとも考えられませんか?

この見方は自分の名前にも通じるように思えます。
「名は体を表す」と言います。
僅かな文字数ですが、自身のすべてが名前に”凝縮”されているのです。
しかし、日ごろそれを一番自覚していないのが自分自身ではないでしょうか。

そんな重みを持つ大切な自分の名。
もっと意識して、誇りを持って名に恥じない日々を過ごそうではありませんか。




名前に誇りを持とうってことですね。
名前の話題といえば、キラキラネーム(あるいはDQNネーム)。
名づけた親ですら、後悔してるケースも出てきています。

そんな~、自分でつけたんでしょ~って言いたくなりますが、
あんがい、日本だけの現象ではないようです。


12月27日読売新聞朝刊にこのような記事がありました。

「ぼく、ゴハンです」
ペルーで日本アニメキャラ命名人気



どうやら、「ドラゴンボール」「ポケモン」「聖闘士星矢」のキャラから命名する親がけっこういるらしい。
人気の名前は、

ドラゴンボール→ゴハン、シェン(シェンロンのシェン)、クリリン
ポケモン→アッシュ、ブロック、ミスティ
聖闘士星矢→シュン、セイヤ、イッキ


なぜ「ゴクウ」じゃなくて、「ゴハン」が人気なんだろう・・・あの真面目さがいいのかな?


ペルー人の一般的な名前って、
ホセとかカルロスとかルイスです。

なのでアニメキャラの名前は「キラキラネーム」と同じですね。
日本の真裏にペルーがあるんでしたっけ。
どこの親も同じことしてる(笑)。


アニメキャラのかっこよさ・かわいさ・賢さ・正義感・優しさ・・・
こういったものに魅力を感じて、自分の子どもにもそうなる願いを込めて名づけているんですよね。


もう・・・騒がなくてもいいころかも?
親が後悔せず、子どもにどんな願いをこめたかを子どもに伝えてあげていればいいと想うんですよ。

保育園でもね、ビックリするような名前の子がときどきいます。
でも、普通に呼んでいたら違和感はなくなるし、本人も気にしないんですよね。


「どのような思い入れがあってこの名前をつけられたんですか?」って尋ねるときがあります。
聞かずにはいられない名前の子がいるんで(笑)。

そうすると、必ず何かしらの想いが込められていることを知ることができます。
「この子が生まれたとき、青空がキレイだったんだよね~」とか。
そういうことを知ったら、笑いやからかう気持ちはまったく無くなります。



キラキラネームじゃなくても、自分が不甲斐なければ
「名前負けしてる!」って笑われるんですし。


自分を凝縮して表現しているのが、名前。
生まれて初めてもらうプレゼントが、名前。
自分の名前も他人の名前も、もっと大事にしていこうと想いました。







今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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2017. 12. 28  
子どもも絵本好きですが、私も絵本大好きです。
大好きな絵本作家のヨシタケシンスケ氏の対談記事を読みました。
ヨシタケシンスケ氏の作品はこういったものです。



今一番人気の作家と言っても過言ではないでしょう。

ヨシタケ氏、幼いころから友だちもいないし、旅行に行ったりしなかったそうです。
椅子に座って見えるもので全部まかなえるというようなお人。

対談で面白いことをおっしゃってました。



いわば負け惜しみなんですよ。友達がいなかっただけ。行動力がなかったりという。
キラキラしていない自分の状況をどうしたら肯定できるのか?って考えて。

本当に井の中の蛙でしかないんだけど・・・
その井戸の中のことならだれよりも詳しく話せるんだよ、と。

人にその井戸の話をしたときに、
「君の話を聞いていると井戸もいいなあ」って思えるっていってもらえれば、それでいいんじゃないかな?

広い海を知らず、井戸の中で一生を過ごしました、という人に自分は感情移入しちゃうし、それで楽しければいいんじゃないかな?って想ってしまう。




大小の差はあるけれど、
人はみな、自分の井戸をもってますよね。
そして毎日せっせと井戸を掘り続けているのが生活で。人生で。


作家の故遠藤周作氏は、
好奇心のアンテナはいっぱい立てておくほうがいい。
いろんなことに興味をもって見て・聞いて・やってみてと、
知っていくことが増えていくと、
一つのことしかしなかった人生より2倍・3倍の楽しさを味わえるんじゃないかって言ってます。


それもまた、真実ですよね。
でも逆に、

「この道一筋50年」とかの生き方もまた、ステキなものがあります。

その井戸はものすごく細くて、10円玉くらいしか通らない細さかもしれないけど、めっちゃ深い。
「底はどうなってんのやろ?」と、ぐい~っと覗いてみたくなる井戸。

それもまたいいですよね。
オタクと呼ばれる人の井戸も同じだと想うんだけど、何が違うんだろう。
対象となるものが、憧れにくいんだろうか(笑)。



ブログっていうのは、自分の井戸を
「ちょっと見てみません~?覗いてみない~?」って公開してるんですよね(笑)。


人気のある、みんなが覗きにくる井戸からは、
犬やら猫やらおいしいモノや鬼嫁などが活きよく出てくる。


誰も覗きにこない井戸ってのは、
底がすぐ見えて、草も生えてないようなものかな・・・。


「この井戸、どうなってんだろ?」って見に来てもらえることに憧れてはいるものの、「ま、幸せは見せるモンじゃないしね」なんて想ったり。

井の中の蛙 大海を知らず
 されど 空の青さを知る


たまに青空を仰ぎ見ながら、今日もせっせと井戸を掘りたいな~と想ってしまうのです。



この記事は、『天然生活 2017年12月号』より引用しました。
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今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
今から井戸覗きに行ってきます!♪(/・ω・)/ ♪

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2017. 12. 27  
読書のススメ」というブログを読んでいたら、こんな言葉に出会いました。


「屈」

人間必ず落ちこむことがある。
そんな時は力いっぱい屈折しなさい。
屈辱にしっかりと浸りなさい。
屈折になりきりなさい。
そして、そのエネルギーをため込みなさい。
ここぞという出番が来た時に
そのパワーを一気に出し切るのです。
爆発させるのです。
そのために「屈」があるのですよ。



屈(くつ)
かがむ、かがめる とも読みます。
この字の意味ですが、まあ、ご存知のとおりなんです。

1、折り曲げる、折り曲がる(屈伸、屈折など)

2、くじける、くじく(屈辱、屈服など)

3、かがまって伸びない(窮屈、偏屈、退屈、卑屈など)



あんまりいい感じの漢字じゃないですね。
とくに退屈・偏屈・卑屈なんて・・・。

でも、最後にこんな意味もあるってことを知りました。


4、力強い


屈強」という言葉。
これが最後にくるんです。

落ちこむような出来事ってあるんですよ。
いくらおとなしく、悪いことをせずに過ごしていても。
不可抗力なものってやってきちゃう。

そんなとき、

安心して屈折しておこう。
落ちこむときは思いっきり落ちこんでいよう。

屈強のパワーを出すために。

そう想えました。


あっ!
ダークサイドでパワー全開ではヤバイですね。
ぜひぜひ、ライトサイドで全開しよう・・・。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
「屈」を使った単語で「屈強」以外に強さを表す単語ってありますか?
「不撓不屈」はそうかな?ほかに例がなかったんですよね~。

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2017. 12. 26  
感謝を期待せず、貢献感のなかに幸せを見出す。
それしかありません。



何年か前、『嫌われる勇気』が大ヒットしました。
その3年後、続編という形で、
『幸せになる勇気(岸見一郎・古賀史健:共著)』が出ました。
最近やっと読みました~。


アドラー心理学の解説は無理、難しいのでパスしたい(笑)。
それでも、今更でも、紹介したい。

読んだかたはご存知でしょう、
この本、哲人と青年の会話で構成されているんですよね。

アドラー心理学の大家みたいな哲人と、それを学ぶ青年です。


この青年がね~、生意気な口をたたくのですよ。
それを紹介しようかと。



青年が哲人の家に怒鳴り込んできたところから始まります。
3年前、哲人の教えに感動して自分は教師になったと。
そしてアドラー心理学の肝、「ほめない・叱らない」を実践した。

そしたら・・・・
学級崩壊した。

どうなってんねん!!ええ!?説明しろや!!
こんな感じですね。


哲人はあっさり答えます。
「愛を知りなさい」と。

青年
「ペッ!!どうせ説教じみた隣人愛を語るのでしょう。
聞きたくもありませんね!」



いきなり唾を吐いてます。
もっかい教えてもらおうと訪ねてるのは自分なのに。


青年の質問にしらっと答え続ける哲人。
そのたびに青年は、


「ええい、腹立たしい!
邪推の次は『過去など存在しない』だと!?
右から左に穴だらけの虚言を並べ立てて、それで煙に巻いたつもりか!!
望むところだ、穴という穴を、ほじくり返してやる!!」

「引っ込んでろ!!
あなたのような時代遅れの哲学者が出る幕じゃない!」

「・・・こ、この忌々しい毒虫め!!」




あの?教えてもらってるんじゃ??

あげく、反論できなくなると、

「ええい、腹立たしい。次っ!!」


たまに哲人が「おっしゃるとおりです」と肯定すると、
「軽々しく同意するんじゃない、この時代遅れのソクラテスめ!」


どうしろっちゅーねん。

他にも、
「軽口を叩くな、このサディストめ!!」
「お黙りなさい!宗教家にでもなったつもりか!!」
「そんな思想など、汚水をすするドブネズミにでも食わせておくがいい!!」



次から次に飛び出る悪態が、私も使いたくなるほどステキなのです。



青年はなんでこんなに怒るんでしょう?
というか、怒るのもムリはないんです。
実は、アドラー心理学を完璧に実践できる人はほとんどいないから。


アドラー心理学の大元をたどると、
アドラー博士が「軍医」として第一次世界大戦に召集されたことから始まります。
戦場でのアドラーの使命はただひとつ、

負傷した兵士を治療し、速やかに戦線に送り返す。


死地に赴かせるために治療する。
こんなやりがいのない仕事があるでしょうか。


この経験からアドラーは、
「世界平和を目指す、いかにすれば戦争を食い止められるか」を考えました。

そして、
人間を信じた、他者を仲間だと見なす意識、「共同体感覚」を提唱するのです。


世界平和のためになにかをするのではなく、まずは目の前の人に信頼を寄せる。
目の前の人と仲良くなる。
自分から相手を信じる。

そうした日々の、小さな信頼の積み重ねが、いつか国家間の争いをなくしていく。

「幸せになる勇気」とは、「愛する勇気」です。


アドラー心理学にはこういう基本があったのです。
そして残念ながら、この理想は実現していません。


「できる」とはっきり言える人はどれだけいるでしょう。
私は・・・とてもじゃないけれど、どんな人も信じるなんてことは・・・。
「信用できるとわかったなら、信じる」と後手になりますね。


ただ、理想論だからと切り捨てるにはあまりにもったいなさすぎる。
誰だって本音は戦争がなくなってほしいと思っていますよ。

難しいから「理想論」を捨てる?
いや、目指すことにがんばってみる価値はあると思う。

なのでこの本も流行とかじゃなく、じんわり理解を深めて実践できるための手引書として長く読み継がれていってほしいなと願います。




哲人のより根源を掘る解説にすっかり毒気を抜かれた青年、最後のセリフはこうです。

「・・・先生!!走ります、わたしは伴走しますよ、いつまでも!!」


そろそろ自宅に帰りなさい(笑)。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 12. 25  
メリークリスマス&ハッピーニューイヤー☆


『今はちょっと、ついてないだけ(伊吹有喜:著)』です。



昔、フォトグラファーとして活躍していた浩樹。
バブル終焉とともに事務所の社長は破産宣告し、連帯保証人の浩樹に借金がのしかかります。
仕事はまったく声がかからなくなりました。

地元に帰り、昼と夜に工場で働きながら15年かけて借金を返したところ、働いていた工場が閉鎖。
今はパチンコ通いの毎日です。



入院していた母からの頼みで病院へ行き、写真撮影をしていたときにトラブルが。
自分のものはほとんど売り飛ばしていたけれど、これだけはどうしても手離せなかったというカメラ。
そのカメラのレンズにカビが生えていました。


母は浩樹に怒鳴ります。
「大事な商売道具にカビ生えさすなんて!!
あんた、ホンマにカメラやる気あんのか!!」
それが元で母と大喧嘩もしてしまいます。浩樹にも言い分はあったけれど・・・。


それから数日後のクリスマス、浩樹の元にクリスマスカードが届きます。
母からでした。
そこにはこんなメッセージが。


「今はちょっと、運がむいてないだけです。
心のなかでは浩樹のいいところ、いっぱいいっぱいわかってます。
うまく言えんくて、ごめんね。
そのうちいい運がやってくるよ。

メリークリスマス&ハッピーニューイヤー
クリスマスのあとには、ハッピーなニューイヤーが来るんだ。
だからさ、もういくつ寝ると、幸せな新年が、来るんだよ」




ついつい言いたいことをわーっと言ってしまうオカンなんですね(笑)。
でも身近な人と口げんかになるってありますよね。

職場とか友人とかの関係だと、いつでも理性を保てても、
なぜか家族にはきつく当たってしまうとか・・・ありませんか?

きっと、そうなっても修復できるとか、わかってくれるという甘えがあるんですが。
それでもね。
ほんと、わかってもらえるってありがたいものですよね。


どうなってもいい相手とのケンカなら、ほっておいても心苦しくなりませんが、
気になってもやもや~もやもや~となるときの相手は、
結局、自分にとって失いたくない相手ってことですもんね。

意地っ張りになってしまい、謝るタイミングがどうのとか考えてしまったりしますが、
遅くなったとしても、自分の「ごめんね」という仲直りしたい気持ちは伝えないと・・・
って想いますね~。




連作短編集です。
最初の話から少しずつ月日が流れていき、最終話は一年後の浩樹です。
物語の最後は・・・よかったですよ(これだけにしますね)。
いろんな人が黙って妬みや挫折感を味わいながら懸命に生きています。
まさに、メリークリスマス&ハッピーニューイヤー!



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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2017. 12. 24  
私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。
幸せになるためにこの地球にやってきたのです。



上記のスピーチが話題となったのが、2014年国連リオ会議のこと。
『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』です。



このスピーチが注目を浴び、日本でもムヒカ大統領の言葉の数々を集めた本が出版されたのでした。
ムヒカ大統領は南米・ウルグアイの大統領。
今は退任して一国会議員として活動されております。


いくつか大統領の言葉をご紹介します。


私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。
幸せになるためにこの地球にやってきたのです。

発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。
発展は人類の幸福をもたらすものでなくてはなりません。



私の定義では、貧乏人というのは、必要とする物が多すぎる人たちのことです。


人がものを買うときは、お金で買ってはいない。
そのお金を貯めるために割いた人生の時間で買っているのです。



人生はもらうだけでは駄目なのです。
まずは自分の何かをあげること。
どんなにボロクソな状態でも、
必ず自分より悲惨な状態の人に何かをあげられます。




やさしい笑顔を見ていると、まるで神父さまとか牧場の気のいいオヤジさんとかそんな雰囲気じゃないですか?
でもムヒカ大統領の過去は壮絶です。


ウルグアイの比較的貧しい地域に生まれたムヒカ。
朝鮮戦争後、国の情勢がかわり武装派革命グループに参加するようになりました。


治安組織との抗争が激化したころ、捕まります。
そのときムヒカはもっていた銃で警官数名を狙撃し、自分も銃弾をうけて重体。
そしてそれから約13年間、獄中生活を強いられました。


大統領になってから、失言や暴言が多いことで批判も多かったそうです。
公約どおりに政策がうまくいっていないことも指摘されていたり。


それでも、退任間際の内閣支持率は60%。
ひどい過去や、暴言が多いとしても。

ムヒカ大統領は大統領官邸には住まず、水道の通っていない牧場に住んで、
大統領専用車もけっして使わなかったのです。
服装もジャージのような質素なものばかり。


その人の言ってることよりその行動を見たほうが、その人のことがよくわかる、と言われます。

質素な暮らしで上質な生活ができることを実践されていた大統領だったからこそ、多くの支持をもらえていたんだろうと思えます。
今も議員の給料の90%を慈善団体に寄付、10%は将来、学校をつくるために貯金しているとか。
(生活は奥様の給料でやっていけるのです)


世界一貧しい、でも心豊かな大統領の言葉、最後にもうひとつ。


人生ではいろいろなことで何千回と転びます。
愛で転び、仕事で転び、いま考えているその冒険でも転び、
実現させようとしている夢でも転びます。
でも、千と一回立ち上がり、
一からやり直す力が、あなたにはあります。




貧しいのではなく、質素なだけ。
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今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
すべてに、メリークリスマス!!

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2017. 12. 23  
書かなければ実現しないけれど、書けば必ず実現する


まだ来年の手帳を用意していない馬場です。
紙の手帳を使わなくなったかたもいらっしゃることでしょう。
私はまだ紙のほうが使いやすいんですよね。

それと、選ぶ楽しさも捨てがたいのです。
と言いつつ、迷いすぎてまだ買えていないのですが・・・。

そんなんで、ひさしぶりに手帳術みたいな本を読みました。
『願いごと手帖のつくり方(ももせいづみ:著)』です。



手帖に関しての著書って、大きく2つに分かれませんか?
ひとつはビジネスマン向けの、
時間を有効に使いましょう!To do リストを作って効率的に物事をこなしていき、自分の時間も確保しよう!みたいなもの。

もうひとつは女性向けの、
イラストや写真をふんだんに活用(作成)して、あとで見返したときにも楽しいものになるような、アルバムのように作りましょう!みたいなもの。


私はビジネスマンではないので、そんなにTo do リストもないし、
かわいく描こうとする、その時間や技術もないので挫折しています。
手帳術の本は今まであんまり役立ったことがないのです。


その点、今回の本は違いました。
願いごとを書きましょう!
ただそれだけです。

どこに惹かれたか。
著者が昔友人に言われたところです。
その友人から「願いごと手帖」の書き方を教わったそうです。

「明日、御飯食べにいかない?」と誘われて、
「ごめん、明日は市役所に行かなきゃいけないの・・・」
「じゃ、来週の火曜日は?」
「えっと・・・その日は○○しなくちゃダメで」

「それ、願いごとじゃなくて、”To do リスト”でしょ。
ただでさえ、毎日やることが多くて大変なのに、やることを増やしてどうするの。
もっとラクチンに気づいたらかなってた!という書き方をするのよ」



To do リストは楽しくないんだ!!

たしかに、手帖にはやらなきゃいけないこと、行かなければいけないこと、買う必要のあるもの・・・などなどを書きますね。
たとえば、「部屋を片付ける」とか、「美容室に行く」とか。

それを、「しなくちゃ」リストから、「したい」ことリストに変えてしまうのです。


・使い勝手のいい収納家具が手に入って、すっきり片付く
・美容室でリラックスタイムを楽しみ、出てくるときは気分すっきりになる

その目的が実現されたら自分はどんな気持ちになっているかまでを書く。


ちょっと書くこと多くないかも~、なんて想っていたら、ステキな言葉が。


願いごとを書くのは、今ある自分の暮らしの中にある幸せの種を拾い上げる作業。
だから、幸せの種は日々拾い上げて書き留めておく。

芽を出したことに気づいたら喜び、花を咲かせたらたくさん楽しんで、幸せな達成感を小さくていいから積み重ねていく。
そんな風に小さな種の存在に気づいて大切に育てた経験を積んだ人は、幸福感と自信を貯金しながら、やがてもっと大きな木や、育てるのが難しい花を咲かせることができるようになっていく。




大きな願いごとも小さな願いごとも、かなったときの嬉しさ・喜びは同じ大きさ。
だったらかないやすい小さな願いごとをいっぱい拾い上げて書いておく。


スケジュール帳に人生を支配されたくないのです。
私の人生は私が決める。

努力で手が届く場所に目標を設定し、それを実現させるためのスケジュールをつくるのも大事。
いろんな前提や「ムリ~」というものを全部とっぱらい、すごく自由に願いを考えることも、大事なこと。

小さな夢がかなって小さな幸せをいっぱい集めていく。
生きていくことと同じですね。



後半は実際にどういう「願いごと手帖」をつくっていくのか、実践されている人の感想も載っています。
大ざっぱに書いた願いは、大ざっぱに叶う、なんてのも面白かったです。
どちらかというと、女性向けの本ですが、もちろん男性にだって使える内容です。
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今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
今年の手帳に、「使い勝手のいい、好きな柄の手帳が見つかる!」と書きました(〃▽〃)

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2017. 12. 22  
『棒を振る人生(佐渡裕:著)』です。



棒を振る人生。

人生を棒に振る。



意味、違いすぎ w( ̄o ̄)w

よく英語なんて文法めちゃくちゃでも通じたら大丈夫、気後れしないでしゃべったらいい!なんてありますが。
私もそう思っていた一人なんですが(しゃべれないけれど)。

やっぱり文法、大事ですよね(笑)。


指揮者の佐渡さんの著書です。
クラシックに対する情熱を語っておられます。

佐渡さんといえば、私のイメージでは、
しゃべりが面白い。
汗を飛び散らせながら指揮する姿。

そして、年末の「一万人の第九」です。

一万人をまとめて音楽をつくる。
こうして書いているだけじゃわからない苦労があるようです。


歓喜の歌へ向かうための苦悩と苦労。

その果てにひとつの音楽を作り上げていく喜びはなんともいえないものがあるそうです。


今年も「一万人の第九」イベントは行われ、23日にテレビ放映されるようです。
え~・・・ウチはテレビがないので・・・見れませんが。

そのかわりというか、たまたま見つけた動画に今ハマッています。
街角の小さな第九。
よろしかったらご覧ください。(5分弱です)


この映像を見るたびに、心のなかに小さな炎が点るような暖かさが生まれます。
年齢も性別も国籍も関係なく、ひとつの音楽を歓ぶ。
言葉がいらないときってこういうことかも。

指揮者のマネをする子どもたちの姿。
これこそ文化が根付き、受け継がれていくものなんだなあって。




一万人の第九←をクリックすると今年の第九の動画がご覧いただけます。こちらも23日までの公開となっています。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
いよいよ年末モードですね。

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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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本の中の心に刺さる一文をご紹介いたします。
看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします☆

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