2018. 01. 31  
何かを失った人は、何かをきっと得る。
時間がかかるけどな。星が約束しとうわ。



『星の降る町(明川哲也:著)』です。



六甲のふもとにある小さなお菓子屋さん。
そこへ万引きに入ったトルリ少年。
気づいた店主・サジが追いかけます。

たまらずトルリは給水塔に登ります。
サジも登って来ます。
すると、古びた梯子は壊れてしまい、
2人は給水塔のてっぺんに取り残されてしまいました。

その状況でサジは提案します。
「嘘のような本当のような話をし合おう」と。


何かを失った、もの悲しい話を2人はポツリポツリとしゃべります。
サジはお話の最後にこんなことを言いました。


「星がひとつ降るやろう。
ほんなら、誰かがひとつを得て、ひとつを失うねん。

そやけど逆の時もある。
ひとつを失って、ひとつを得るねん。

それが星の下で生きとうもんのルールやで。

みなさんの御家庭で、哀しいことがあったいう人もおるやろう。
そやけど、大丈夫やで。

何かを失った人は、何かをきっと得る。
時間がかかるけどな。星が約束しとうわ」




大人と子どもの違い、ここにあるかもなと感じました。

子どもって、嬉しいことや哀しいこと、
そのものひとつに対して、感情すべてを使って感じますよね。

それが心を育てていく体験となるから、それでいいんですけれど。
いつまでもそれだけでは、しんどくなります。

哀しいこと、嫌なことがあったとき、
「禍福はあざなえる縄のごとし」と思えるか、気づけるか。


逆に考えると、この出来事にはいい面もある、とか。
ずっと後になっていいことが起こってくれたなと感謝できるとか。


そういうのは大人だからこそ出来ることじゃないかなって。

だから、たまにいますよね。
悪いことばかり数え上げる人。

気の毒に思うけれども、聴いてるこちらとしては
「もう少し大人になってくれませんか?」と言いたくなる。


何かを失って、何かを得る。
サジは失いました。多くのものを。

けれども、お菓子を作ることで得ることもあったことを知っていました。


「お菓子はな、他の食べもんとちゃうところがひとつだけあんねん。わかるか?
夢や。
お菓子は夢を食べてもらうねん」





この小説を読んだら金平糖が食べたくなります。
金平糖って、洋菓子なんですって。
意外じゃないですか?和菓子だと思っていました。

イメージとして、千代紙みたいな柄の紙箱に入れて売られているんですが。
ポルトガルから伝わったお菓子だそうです。

あの星の形がいいですよね。
星を食べてる優越感みたいなものがあったことを思い出しました。



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2018. 01. 30  
あんまり勉強して偉くなると、一番大事なものが見えなくなる



「なんでこんなところに乳牛が???」

美しい緑輝く山の中に、ホルスタインたちが優雅にねそべっている写真・・・。
*上記の写真は無関係です。
『いのちの輝き感じるかい(斎藤晶:著)』を読みました。



北海道旭川市で酪農を営んでいる斎藤氏の言葉と、
斎藤氏のところの乳牛たち・牧場の写真がたくさん掲載されています。


牧場というより、山、なんですよね。
柵が見当たらないです!(東京ドーム28個分の広さ)
こんな景観のところで暮らす牛の牛乳はさぞかし美味しいことでしょう。


今では立派な斎藤牧場ですが、初めはひどかったそうです。
斎藤氏は1928年山形県生まれ。
1947年、開拓農民として北海道にやってきました。

あてがわれた山は、熊笹と石だらけの寂しい山。
斎藤氏は毎日毎日くわをふるって開墾。
来る日も来る日も石を取り除く。

種をまき、除草して作物が実ります。
しかし収穫する前に、野ねずみや野うさぎに片っ端から食べられてしまいます。


何年がんばっても状況は変わらない。
お金も食べ物も底をつき、疲れ果てた斎藤氏。
山の奥深くに入っていきました。


そこでじっと自然を見つめていると、自分がバカに思えたそうです。
「虫や鳥は悠々と生きているのに・・・
それに比べて俺はなんだ?なんでこんなに辛いんだ?
そうだ、俺もこの山の循環に溶け込んでみよう


こう考えた斎藤氏のとった行動。
借金して、一匹の乳牛の妊娠牛を買いました。
これが、斎藤牧場の始まりだったのです。



すごいと思いました。
普通、借金してまで買うとしたら、農機を買うと思います。
トラクターとかパワーショベルとか。

ところが、「自然の循環に入る」。
除草するくらいなら、草を食べてくれる動物を飼えばいいじゃんと。


行き詰ったときはなにか、どこか自然に反することをしてるんだと。
そう言われてもなかなか信じられないというかそのどこが反してるのか見えないんですけれども。


ほんと、困ったときは自然を見に行き、そこでじっとしているだけでもいいのかもしれません。


冒頭の言葉は斎藤氏の好きな言葉だそうです。
最後に斎藤氏のメッセージを。


自分の生きがいを感じたり、夢を感じたりするような生き方をしてるとね、
人から見てどう言われようと勝手なんです。
そうかいそうかい、考えてみりゃそうも言えるよな、とトボけていればいいんですよ。

人が自分のことをどう評価しようと勝手だよ。
どうでも相手しだいだよ。

そういう姿勢になりきってしまえば、おっかないことなんて何もないんですよ。
そして、そういう姿勢でずっとやり続けていることがね、
だんだん人を惹きつける魅力に変わっていくんです。




「奇跡のリンゴ」の木村氏とよく似ていらっしゃるな~と感じました。
生き方が。
斎藤氏のやりかたも収益が出るまで随分時間がかかったそうで、
それまで周りの人からは批判されるだけ。
しかし、その人たちは結局経営難で離農していき・・・。
何が正しいとか、すぐには分からない。



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2018. 01. 29  
とりあえず俺は、道頓堀川みたいになろう。


なにこれ?の言葉ですね。
『僕らのごはんは明日で待ってる(瀬尾まいこ:著)』です。



人に対して無関心、嫌われていることにも気づかない。
いつも一人でたそがれていた葉山亮太。

「一人でだって生きていける」
そう思っていた彼の前に、
「この子といっしょなら、もっと楽しく生きていける」

そう思える彼女ができたのでした。

ある日、亮太は思い立ちます。
「自分探しに行こう。そうだ、タイ、タイしかない」と。

なんでタイやねん、はおいといて(笑)。
そんな彼は「フレンドリーハッピーツアー 欲張りタイ魅惑の四日間」に参加。

一番早くて安い生き方を旅行会社に相談したら、
このツアーを奨められ、断れなかったんです。

もちろん欲張りツアーですから、みっちり楽しみがつまっていて、
自分探しをする時間なんて一時も与えられません。

同じツアーに参加する大阪のおばちゃんたちの会話にも強制参加。
そんなおばちゃんたちは家族に内緒にしていることを打ち明けていくのです。

亮太は「どうして秘密にするの?」と尋ねます。
おばちゃんたちは、「全部知ってたら幸せってことでもないんやで」と。

「秘密をかかえるのはしんどくないですか?」には、
「ここで話すんは道頓堀川に放りこむんと一緒なんや」


「兄ちゃん、道頓堀も知らんの?
汚いのに愛されてる川や。汚れて川の中何も見えへん。
みんなに愛されてる分濁ってるからな。
その道頓堀やったら、どんなこと放りこんでもうまいこと飲みこんでくれるやろ」



この話をされて亮太はこう決意します。

「とりあえず俺は、道頓堀川みたいになろう。
見たこともない川だけど、濁っていてもよどんでいてもかまわない。
どんなややこしいことでも飲みこめる水をたたえられるようになりたい」




人に無関心というのは、ややこしいことに関わりたくないことの現われでした。
しかし、彼女に出逢い、めんどくさいこと・ややこしいことを避けることをやめようと思うんですよ。


大阪の人以外にこの言葉はピンとこないかもしれない(笑)。
でもどんなところに住んでいようと、
どんな人にも道頓堀川のような存在があるのでは?とも思います。


ちょっとズレてる亮太ですが、好きな人ができて変わります。
一人で生きていけるけど、二人でいるほうがいいな。
そんなふうに思える相手の子は、どんな子なのか?


上村小春。
自分をしっかり持っていて、決めたことは覆さない。
自ら孤独を選んでしまったりする、これまたちょっとややこしいことになる前に、
自分一人で解決することを選んでしまう女の子なんですよね。


お互い、一人でも生きていける強さをもつ。
それでも相手を求める、そんな愛を育てていく物語。



高校生のときに出逢い、夫婦の愛まで成長していく。
そんな2人を見ているのが心地よかったです。




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2018. 01. 28  
私たちは、海の底に住む深海魚のように、
「大気の底」で暮らしています。



『風と光と水のことば(倉嶋厚:著)』の”はじめに”より抜粋しました。



私たちは、海の底に住む深海魚のように、「大気の底」で暮らしています。
その海の中では、風が吹き、雲ができ、雨や雪が降るまで、さまざまな天気現象が起こっています。
人間は、これらの現象を利用し、その災害を防ぎながら暮らしてきました。

人間は、「美」というものを感じることのできる、たぶん唯一の動物です。
そして大気の現象や季節について、多くの美しい言葉を創ってきました。




この本には、空と雲と風の言葉があふれています。


「空に三つ廊下」

こんな言葉があるそうです。
「降ろうか、照ろうか、曇ろうか」。
はっきりしない空模様を、廊下に見立てた洒落言葉
です。


へえ・・・迷うんなら照ろうや(笑)。
いや、雨だっているヮ、うん、いる・・・。


青空の色だって・・・
青、蒼、水色、空色、碧色、群青色・・・

「空」を表現する言葉は・・・
晴天、日本晴れ、薄明、東雲、黄昏、朝焼け・夕焼け、ブロッケンの妖怪、光芒、幻日・・・。


「風」を表す言葉なんて、日本全国に2000以上も残っているそうです。
貝寄風、青嵐、東風、涅槃風、南風、星の入東風・・・などなど。



知らない言葉ばかりでした。
昔の日本人は、空の現象ひとつひとつに名前をつけていたんですね。


・・・八百万の神がいる、って言いますけど。
実は、こうした現象ひとつひとつに言葉をつけたことを「神」と言ったのかもしれないな~って思いました。

言葉を創るということは、それに対して「感情」を持つともいえます。
ただの自然現象じゃなく、すべてに個別に感情を持っていた。
だからこそ、言葉が出来た。


風は風だろうと。
今の私にはそれしか感じられないんですけど。
2000種類の風を感じる感性がまったくないんですけど。

言葉をいっぱい知っているから偉いとか豊かだとかそういうもんでもない。
この本で知らない言葉を見ることが、
なにか自分の中の琴線を弾かれるような感じがしました。


役に立つ本、ではないと思います。
でも、折りに触れてパラパラとページをめくり、失くしてしまったなにかを感じたい。
そんな本です。


写真がふんだんに掲載されていて、それもまた美しいのです。



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2018. 01. 27  
色々あるけど、人を信用するのも悪くないよ。


『ねこタクシー 下(永森裕二:著)』を読みました。


以前、上巻を紹介しました。
そのときはまだ下巻を読んでいなくて、
しかも、「ま、読まなくてもいいかな。展開なんとなく分かるし」なんて思っていたんですが。


せっかく無料で読めるからと読んでみたら。
いい意味で裏切られました。
読んで良かった!!


上巻のあらすじは、
教師を辞めてタクシードライバーに転職した間瀬垣さんが、
やる気はないし家庭はうまくいかないしという日々の中、
「御子神さん」という猫に出逢い、それから少しずつ状況が好転していくというものでした。


じゃあ、下巻はねこタクシーが大繁盛するお話だろうと思っていたんですが。

そうはいかなかった。
ねこをタクシーに乗せて営業するというのは、簡単に許可が下りないそうです。
動物虐待」にあたるということで。


もちろん間瀬垣さんにそんなつもりはありません。
「だって御子神さんだってタクシーに乗るの大好きなんですよ」と説明しても、
市役所側としては、

「動物がそう言ったんですか?
あなたがそう思いたいだけじゃないですか」と返されてしまいます。

市役所側が認可しない理由として、
もしもねこタクシーがブームとなり、あちこちでねこを乗せることになる、
それ自体はいいけれども、ブームが去ったあと、
ねこが捨てられるのは目に見えているでしょうというのです。



それは・・・・充分ありえる危惧ですよね。
平成28年度の犬猫殺処分件数は、約5万6千匹

この数には安楽死や自然死(けが・病気)も含まれていて、
健康であっても引き取り手がいなかったために処分された数は、
3万1千匹だそうです。


ペットは人間の家族同様に大切なものである・・・。
この考え方、私もそう思って犬を飼っていたことがあるので、
よ~く分かっているつもりです。

だからこそ、動物の最期までを看取ってあげる責任、
毎日の世話に対する責任をわかって飼い始めないと。


動物を家族の一員に迎えるということ。
そして人間の家族同士のつながり、信じあうということ。


間瀬垣さんの想いです。


家族が俺を信用してくれている。俺も家族を信用している。
色々あるけど、人を信用するのも悪くないよ。


(中略)

人は普通に暮らしていて、来年も再来年も似たような暮らしをしているが、
実は様々な葛藤や闘いや喜びを経て、
何かしらの変化を繰り返し、少しずつ成長している。

御子神さんに会えて本当に良かった。

何回「生まれて初めて」を経験できたことか。
すべてから逃げて遠ざけて、自分すら否定して生きてきた。
何もないということは、俺が安全圏にいる証だと思っていた。
そうじゃなかった。
たとえ小さな変化でも重ねていくことで、人は生きていけるんだと思った。





動物と暮らす生活は、やはり素晴らしいです。
最期はちょっと悲しいんですが、それでも清々しい。
表紙のほんわかしたものだけじゃない、家族のことを考えさせられる小説でした。
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2018. 01. 26  
「ZK」とは、「ぜったいかっこええ」の略である。


だそうです(笑)。
『こども用 三代目魚武濱田成夫詩集ZK+』より。



大人用の詩集は何冊も出版されている詩人の魚武氏。
今回の詩集は小学生に向けたメッセージ詩集です。
ちょっと詩をご紹介。


「太陽は俺のファン」

今日も
太陽が
この俺が
何をしてるのかを
見たくって
わざわざ
そのために
空にのぼってるぜ
高いとこからだと
見やすいもんな




「一分後の未来よ」

一分後の
未来よ
もうすぐ
俺が行くで
道あけとけ




「夢ならいくつ持っても両手はあいてるぜ」

もし右手に
1ℓのペットボトルを持って
左手にも
1ℓのペットボトルを持ったら
もう他には何も持てないよな
でも夢なら
両手は あいたままだろ
夢を持ちつづけても
両手は いつだって
あいたままだろ
両手は いつだって自由に
つかえるようになってるだろ
夢を持っても
いつだって両手は 自由だ
いつだって両手は あいてるよな
その両手は
君が夢を実現するために必要だから
あいているんだぜ





「アニキ」キャラの大人からの熱い直球メッセージって、
子どもの心に響くだろうな~って思います。

そしてこういうのは、親が「これ、どお」なんて教えるんじゃなく、
子ども自身が見つけて、親に隠れて読むのがぴったり。


だけど電子書籍はそれができない。
出逢いという面で、紙の本には負けると思うんです。


旅先のホテルのロビーに無造作に置いておかれている本が、
自分にとって大切なものになる、なんて聴きますが。


こないだ大阪・梅田のユニクロに行ったんですけどね。
そこには小説がディスプレイとして何冊も飾られてたんですよ。
珍しくないですか?

大阪一の都会ともなる店舗やとこんなシャレたことすんねんな~なんて思いながら、
思わずいくつか手に取ってパラパラやってしまいますもんね。

こういうときに、思わぬ出逢いがあるかもしれないし。

そういうのも、紙の本ならではのこと。
電子書籍にそういう感動はないし、そもそも電源を入れてないと見つけてもらうことすら出来ない。


だから、やっぱり私は、紙の本はなくならないと思っています。
便利なところは利用させてもらうんですけど、電子書籍。



中はとにかくカラフルでポップ、元気カラー満載です。
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2018. 01. 25  
困っている人は助けなければならないし、
困っている人に何か頼まれたら絶対断っちゃいけない。



『グッバイ・ヒーロー(横関大:著)』を読みました。



いつかメジャーデビューして音楽で食べていく・・・。
その思いを胸に宅配ピザのバイトに精を出す伊庭亮太。

ある日、宅配のご指名が入ります。
お届け先は、人質立て籠もり現場。

ドキドキしながら配達に行くと、
ピザを受け取りに出てきたのは、

「配達ご苦労様でした」
「お幾らでしょうか?」

やたらと腰の低いおっさんだった。
この人が犯人????


ピンチとチャンスが交互に押し寄せる、
疾走感バツグンのミステリーです。


主人公・亮太の信条がいいんですよね。

「困っている人は助けなければならないし、
困っている人に何か頼まれたら絶対断っちゃいけない」



配達先で夫婦ケンカが繰り広げられていたら、仲裁に入る。
水道管のゆるみの応急処置をしてあげる、などなど。


自分にできるお手伝いならなんでもやるのです。
この心意気が気持ちよい!

だから立て籠もり現場にいくことも断らない。
事件に巻き込まれていくというか、自分で引き受けていくというか。


でも、夢をもってがんばろうという人間は、こうでなければいけないのかも。
本文中にあるんですが、


これまでに幾度となく白々しい台詞を聞かされてきた。
へえ、バンドやってんだ、夢が叶うといいね。
そんな言葉の裏には常に侮蔑の響きが込められていた。



言葉の裏にある、
「ま、ムリだと思うけどね~」に反発するには、
バカにされない人間になることが必要ではないのか。

「こんなステキな人だもん、夢が叶わないわけないよね」
くらいに言われるような、そんな魅力がいる。


とんでもなく善いことをやるとかじゃなく、
仕事は仕事として一生懸命やる、
困っている人を見かけたら無視しない、は難しいことじゃない。


脚光を浴びるヒーローではないけれど、
人が人を助け合い、想い合う。
こんなにも最悪で辛い現実が降りかかっても大丈夫。

物語からそんな力をもらえます。



夢に向かってがんばっている若い人にも刺さる小説だと思います。



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2018. 01. 24  
がんばって、今日の失敗や負けを明日取り返そうとする、
それが一生懸命「生きる」ことだ。




先日亡くなられた星野仙一氏の著書『星野流』を読みました。


人を育てる、リーダーシップとは、ということを、
監督時代の背番号「77」にちなんで77項目に分けて書かれています。


全体を通して感じるのは、気持ちよい人だったんだな~ということ。
ホント、「オヤジ」の役割をまっとうしていらしたんだなと。

その中でいいな~と思ったところを・・・。


野球から学んでほしい「得点」主義の大切さ


とにかく日本の社会は、日本人というのは減点主義。
いいことよりも悪かったことの方、美点より欠点、成功したことよりも失敗したことの方を問題にして重要視する。

野球は全体的に、成功よりも失敗の方が断然多い集団競技だ。
10回打って3回ヒットが打てたら一流、というスポーツ。
チームにしても1年間戦って、勝率が6割に達していたら優勝だ。

減点主義は、結局人を小さく、暗く、孤独にさせていくもの。
失敗を恐れ、何ごともひるみ、やる気も自信も失くしていく。



できないことに目を向けてがんばらせる。
やってしまいがちなんですよね・・・。

できてることに褒めているならバランスもとれるんでしょうけど、
出来ていることは、出来て当たり前の感覚がありますから。
なかなか褒めない。

つまり、けなすばかり、になってしまいがちなんですよね・・・。


あまり人生をスポーツにたとえるのは好きじゃないんですが、
(競うことが目的になってしまいますから)
得点主義を野球から学ぶのはいいですね。

失敗のほうが多いスポーツか~(笑)。
たしかに、打てないことすべてに怒られたら、
やりたくなくなりますね。

イチローだって最盛期は10回に4本のヒットですもんね。

教える側が忘れてはいけない教訓。
得点主義でいく。


夢をもつことについてのお話も良かった。


リンゴにたとえれば、夢はいつも”かじりかけ”がいい


ひと口だけでもいいから自分の夢をかじってみようや。
”かじりかけ”でもいい、ひと口かじるだけでもいい、なんでもいい、とにかく自分でかじりかけていかないと夢は始まりゃせんよ。

一瞬、息をとめ、口を開けてリンゴをかじりかける時の、あの楽しいような、パワーが出てくる時のような、なにかを始めるときのようなあの一瞬がわたしは好きだ。



もっともっと日本を沸かせてほしかったな~と、少し淋しくもなり、
いやいやこの意思を引き継いでいかんとな!と思ったり。



私が今回読んだのは改訂版です。
伊良部や桧山のお話などもたくさん出てきて、懐かしい。
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2018. 01. 23  
『ねこタクシー 上 (永森裕二:著)』を読みました。



教師を辞めてタクシードライバーに転職した間瀬垣・48歳。
道を覚えられない、
カーナビ通りに走らせると渋滞にはまる、
急な車線変更に対応できない、
とにかくタクシードライバーに向いてない。
というより、やる気がない。

給料だってよくない。
だから家庭でも身の置き場がない・・・。


悪の循環にはまり込んでいる人生。

そんなある日、よく見かけていた野良猫がタクシーの助手席に乗り込んできました。
追い払おうとしたけれど、おなかをすかせているようだ・・・。


仕方なく野良猫「御子神(みこかみ)さん」を乗せたまま営業を行うことに。
すると、ほんの少しずつだけど、何かが好転している感じがしてきた。


お客さんとのやりとりに心温まるものを初めて感じる。
降りるときにお礼を言われる。


当たり前のようなことだけれど、それがなかったんですね。
これまでの働き方では。

「御子神さんのおかげかな?」なんて思う間瀬垣さんですが、
猫を乗せようと思ったときに、間瀬垣さんの気持ちと行動が変わったんですよね。
それが好転し始めた。


なにか事態を変えたいとき、
それまでやったことのないことをやってみることは、
打開するきっかけになるでしょうね。


ある本におもしろいことが書かれていました。
体調を崩したときは、
自分の嫌いなものを食べる」というのです。


それまでの自分を作ってきたのは自分の好きなモノ。
それで体調が良くないのならば、それまでと違うモノを食べればいいのでは?
違うモノとは・・・手っ取り早く言ってみれば、
嫌いで食べてなかったモノ!


これ、なんとなく説得力があるなあと感じたんですよね。
同じことを続けてたらどんどん悪くなったのなら、
どこかで変えてしまえばいい・・・。


違うことをするって、実は普段そんなに選ばないけれど。
「なんかおかしいな~、うまくいかんな~」ってときは、
それまで自分が選ばなかった行動を選んでみよう!と思いました。



人生は、大丈夫と思っていれば大丈夫なんだ。
そこを疑うと、急に大丈夫じゃなくなる。
(中略)
色んな選択肢から、何かを選ばなくてはいけなくて、自分がそれを選んだ理由なんて、そんなに即答できるもんじゃない。
でもきっと、あやふやだけど、強い思いがあって、大丈夫って思えたからそれを選んだんだ。
大丈夫と思えるまで随分かかったけど、何となくそう思えるようになった。




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2018. 01. 22  
『園芸家の12カ月(カレル・チャペック:著)』を読みました。



カレル・チャペックは作家なんですが、庭作りが大好きだったようです。

とにかくおもしろい!
園芸家じゃない私が読んでも笑ってしまうような。

空に向かってブツブツお祈りをします。
「雨が降りますように。でも何日も続きませんように。
できればちょっと土が乾いてきた~ってころにサーっと降ってくるような、
そんな雨をお願いします」
こんなことを自虐的に笑いながら真面目に拝んだり。


固い土を耕すときには、シャベルがへし折れ、
「ダイナマイトがないと無理だ!!」とへの字口で働いたり。
それでも好きだから一年中土を育て、花を咲かせて喜ぶ。


そんななかにいくつもハッとするような文章がありまして。
そのひとつが、次の文章です。



いまのうちに支度をしておかないと、春になっても支度はできない。
未来はわたしたちの前にあるのではなく、もうここにあるのだ。

未来は芽の姿で、わたしたちといっしょにいる。
いま、わたしたちといっしょにいないものは、未来もいない。

芽がわたしたちに見えないのは、土の下にあるからだ。
未来がわたしたちに見えないのは、いっしょにいるからだ。




野菜作りや花を育てる人にとっては当たり前のお話。
春に咲かせようとしたら、土作りは寒い冬のころから始めておかないと、
まったく間に合わない話なんですよね。

そしてそれは、園芸に限らず、すべてにおいていえることだと、
作家は教えてくれています。


未来はもうここにある。

それは、今、未来の姿を思い浮かべて行動している人にはあるということ。
行動しなければ、理想の未来は絶対にやってこないということ。



これだけではなく、人生訓といえるような文章は他にもあります。


気にするんじゃない!
おまえは咲いていればいいのだ。
落ち目になって弱音をはくのは、人間だけだ。
菊はへこたれない。


いちばん肝心なのは生きた人間であるということ、
つまり育つ人間であるということだ、と。




園芸の本なんですけれど、生き方にもつながってくる。
そんなことを教えてくれる本でした。
でもとにかくおもしろかった。
園芸好きじゃなくても、園芸したいな~って思ってしまうくらい。




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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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本の中の心に刺さる一文をご紹介いたします。
看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします☆

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