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二種類の、五つの言葉

あるブログに、次のような言葉が紹介されていました。

五つの言葉  堀田庄三

お おこるな
い いばるな
あ あせるな
く  くさるな
ま まけるな



堀田庄三氏は、「住友銀行の天皇」と呼ばれた人物。
その方の名言が、入社式や校長先生の朝礼などで
しばしば引用されているようです。
意外と有名なんですね、知りませんでした~。


頭の文字を読んだら「おいあくま」
自分の心にいる悪魔に話しかける感じですね。

怒るな、威張るな、焦るな、腐るな、負けるな

これらの感情は、心が浮き足立つ、
自分のうちにある「迷い」の象徴だそうです。


確かに、上がってるというか沸いてるというか、
平常心から離れてしまっていますよね。

これらの感情が出たときに、五つの言葉を思い出す。
五つの中身を忘れてしまっても、

「おい、あくま。
どうした?ちょっと落ち着けよ」

こんな風に自分の内にいるあくまに話しかけ、
馬を「どおどお」と落ち着かせるように、
心をポンポンと、なだめるようにしたらいいんじゃないか。

そんな言葉ですね。



これとは真逆の五つの言葉もありました。

さ さわやかに
あ あかるく
ほ ほのぼのと
と ときめいて 
け けんきょに


さあほとけ」です。
爽やかに、明るく、ほのぼのと、ときめいて、謙虚に

これらは「真の喜び」を表しています。
いいですよね。
いつもこんなふうにいられたら。

いつもは「さあほとけ」、
心が浮き足立ってるときは「おいあくま」



最近は「おいあくま」に「ね」が加わっているそうな。
ね ねたむな

妬むな

ごもっとも、
でもどんどん増えていきそうですよ、言葉が。
あんまり増えても忘れちゃいます。



今日もありがとうございました!ヾ(・∀・)ノ

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おじいちゃんの人生訓

今までで一番泣いた映画は、と聞かれたら、
「鉄道員(ぽっぽや)」と答えます。


とにかく泣いた。
原作を読んでも泣いた。
マンガでも泣いた。

この経験から、
浅田次郎の作品はうかつに読まないようにしています。
そんなにしょっちゅう泣きたくないから。

今回は、しんみりと読める浅田次郎の小説
『霞町物語(浅田次郎:著)』をご紹介。


連作短編集です。

その中の最後のお話、「卒業写真」から。
写真屋、プロカメラマンだったおじいちゃん、
今は認知症が進んでしまっていますが、
カメラを構えたときはシャキッとして正気に戻ります。

そんなある日、孫とその友人たちを
「卒業写真だ」と、記念写真を撮ります。

友人の一人に、こう言いました。

「おめえは唇がひしゃげてる」

「人間、どうすりゃ口が曲がるか知ってっか?」

「嘘をついたとき。
分不相応の見栄を張ったとき。
うんざりと愚痴を言ったとき」

「要するにおめえは、嘘つきの、ええかっこしいの、愚痴っぽいやつだ」



どうすりゃ治るんかな。


「簡単さ。
笑うときは大口をあけて笑う。ワッハッハ」

「そんで、泣きたくなったら奥歯をグイと噛んで、辛抱する」

「オーケー。男は毎日それのくり返し。一生それのくり返し」



じわっと効いてくる、言葉たち。
男性に限る話ではないけれど、
どちらかというと、男性のほうが口がヘの字になってるんじゃないかな。
むすっとした表情になってると思いますね。


笑うときは大口あけて笑う。
泣きたくなったら奥歯を噛んで辛抱する。


これも生きる知恵ですね。



まもなくおじいちゃんは死んでしまいます。
孫であり主人公はこう思うのです。

「動いているということは、
千分の一秒ずつ止まっていることの連続なんだろ。
だから人間は、一瞬をないがしろにしちゃいけない。
千分の一秒の自分をくり返しながら生きて行くんだ」



カメラ・写真を愛する人たちは、
この千分の一秒を追い求めているのか。

きっと、そう。
やっと分かりました、写真の魅力がなんなのか。



結局、次郎さんに泣かされます。





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裸の大将がみた夢

私の好きな芸術家の一人に、山下清氏がいます。
子どものころはドラマが放映されていて、
家族全員で楽しんで観ていました。

一度だけ「山下清展」も観に行ったことがあります。

小学生の、芸術なんて何も分からない私にも、
「すごい」と口に出てしまうほどの作品たち。
圧倒されました。

帰り道、母と
「観にきて良かったな~」と言い合ったのが懐かしいです。



随分前に、『裸の大将放浪記』を読みました。
最近は『裸の大将一代記(小沢信男:著)』を。




山下清氏が、花火をこよなく愛していたことが語られていました。


代表作とよばれる「長岡の花火


新潟県長岡市の花火大会の描写です。

色とりどりの花火が幾重に重なり、
川面に映る様子まで描写されています。


打ち上げられる花火をみて、山下清氏はつぶやきます。

「みんなが爆弾なんか作らないで、
きれいな花火ばかりを作っていたら、
きっと戦争なんて起きなかったんだな」



戦争はいやだ、行きたくないって思っていたんです。
山下清氏にも徴兵検査の指令(?)が届きました。

知的障がいがあったんですが、ごく軽度だったそうです。
(3歳のとき、重い消化不良を起こし、高熱が続いた。
その後遺症が軽い知的障がいだったらしい。
そこのアナタ!消化不良をナメてはいけませんよ)


普通に検査を受けたら、きっと兵隊にさせられる。
こう思った清は検査のとき、
「ぼくは、頭も悪いし、目も悪い。お役に立てません」と言いました。

そして見事、不合格です。


戦争のない世の中を夢見て、
花火を題材にした作品をつくったのでしょう。



長岡の花火を見ていた山下清氏を覚えていた花火師がいます。

「危ないから向こうに行ってくれ」と怒鳴ったら、
「花火がどうして危ないのですか」
こう問いかけて去っていったそうです。


その花火師には、シベリア抑留の経験があります。
帰国後、花火を打ち上げ続けました。

「すべての爆弾を花火にかえたい。
二度と爆弾が空から落ちてこない
平和な世の中であってほしい。
破壊のための火薬を、楽しみのために使うんさ」




平和への祈りが込められた花火。

今年もどこかの花火を観に行きたいです。




今日もありがとうございました。ヾ(・∀・)ノ

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これはゴミなの?

ほとんど雪解けした北海道(私の住んでる地域は、ですが)。
そうなると、気になるものが目につきます。

それは、道路のゴミ。

すごい量のゴミが落ちているのです。
夏や秋はそんなに凄くないんですよ。春だけ。
北海道に来た頃、あまりの凄さになぜなのか聞いてみたら、

「雪で見えなくなるから、ゴミを捨てる人が増えるんだ。
観光客がやるんだよ、車からポイって」


そして、雪がとけたらゴミが出現・・・。


観光客だけの問題じゃないでしょ、
雪に隠れるからこれ幸いと捨てる人と、
そんなことに関わらず、ゴミはゴミ箱にちゃんと捨てる人が
いるだけでしょ。
観光客だけがやるんじゃないはず!


ゴミをどこにでも捨てる人は、
ゴミ箱があっても、道路に捨てるんでしょうけどね。


でも、ゴミ箱に
護美箱と書いたら、
ポイ捨てが激減したって話があるのです。

不思議ですけど、
どうやら
美を護る箱」という字の威力だそうです。


完全に当て字らしいんですが、
いい当て字ですよね。

本当はゴミを漢字で表すと
「芥」とか「塵」

いや、ここは「護美」で!
もっと広まってもいい話です。


ゴミといえば、
断捨離で不幸なケースが出てきてるらしい。

どんどん不要なものを捨てまくり、
しまいに、家族のものまで承諾なしに捨てはじめるのです。

当然、家族は怒ります。
「大事なものなんだから、勝手に捨てないで!」と。

しかし断捨離してる人は言います。
「ジャマなだけじゃない、いらないでしょ」



私が知恵袋だったかな、読んだケースは、
若い主婦が断捨離に励んでいるんですが、
ダンナさんが大切にしてるヴィンテージもののジーンズを捨てたら、
それに対してダンナが怒った、
「ダンナがおかしいですよね!?」という質問。


ダンナさんのジーンズは、
独身時代からちょっとずつお金を貯めて買い集めていたもの。

結婚してからは自分のお小遣いを貯めて買ってました。
酒もタバコもギャンブルもやりません。

趣味はヴィンテージジーンズを集めることだけ。

しかし奥さんは叫びます。

「あんなにあったって、全然はかないし!
洗わないんですよ!『価値がなくなる』って言って。
不潔じゃないですか!?

それにあんなもの買うんなら、
私にアクセの一つでも買ってくれたらいいじゃん!
私なんて欲しいもの買わずに我慢してるのに、
ダンナだけずるい!」



どこかの心優しき回答者が答えます。

「あなたにはいらないものだけど、
ダンナさまには大切なもの。
それは勝手に捨てたらダメなのでは?」



すると奥さん、
「私がまちがってると言うんですか!?」


自分の言動を肯定してくれる人を探してただけのようです。


こうなると、なんのために断捨離してるのか。
心地よい暮らしを手に入れるはずが、
地獄に変貌してしまってます。



ここまで極端じゃなくても、
私も似たようなことを思ったことはありますね。


それは、ダンナのガンプラたち。

組み立てるわけでもなく、ただ箱に入って置かれているあのモノたち。
「老後の楽しみにとっといてる」なんて言ってるけど。

何度か
「捨てたら?もしくは売ったら?」って言いましたよ。

その度に
「ダメ!絶対ダメ!」と言われて、しぶしぶ置いていますが。



自分にはゴミでも、
誰かにとっては必要なもの。



それって、大事なことなのにちょいちょい忘れてしまいます。

空き缶だって、「空き缶」とかかれたゴミ箱に捨てるけど、
それがアルミ缶なら資源です。

食べ終わった菓子パンの袋は、
ゴミと呼べるのか、「パンの袋」なのに。

本当の意味でゴミと名のつくものって、なんだろう。



そんなことを思いつつ、
子どもに「ゴミは護美箱へ」を教えます。


ポイ捨てはダメなのよ。
人のものを勝手に捨てるのもダメなのよ。




今では長男がガンプラ好きになり、
「ああ、あれらもゴミにしなくて良かったな」と思ってます。

今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ


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心は見えないけど、わかってしまう

『伝える力2(池上彰:著)』を読んでいたら、
「気になる言葉・気になる表現」の項目で
こんな例があげれらていました。



東京電力から、原発事故の被害者に対する
賠償金請求書類の束が送られてきました。

その表題には
ご被害者のみなさまへ」と書かれていたのです。

これこそ慇懃無礼の最たるものではないでしょうか・・・。




これは、
被害に「ご」をつけていることを指摘しています。

丁寧に丁寧にしないと失礼にあたると考えた末、
こんな表現になったと思えるけど、
かえって怒りを買いますよね。
「バカにしてんのか」と。



私が精神科で働いていたときも
こんなことがありました。


ある看護師が、患者さんのところへ行き、
「お熱、測りますね」と声をかけました。

その患者さん、統合失調症と認知症を併発していて、
普段は
「ベッドの下に宇宙人がいる!
そいつの名前はサブローだ!!」など言う人です。


しかし、看護師の言葉に対して
「熱に”お”なんてつけるな、気持ち悪い!」

ビシッと言いました。

この場合、患者さんの指摘はもっともだと思うのです。

病院って、変にへりくだることが多いと思いませんか。
患者さんからクレームが来ないように、という対策らしく、
患者さんを「○○様」と呼んだり。

おむつを交換するときに
「おしも、拭きますね」

痰を出すためにチューブを入れるときにも
「お管、入れますね」

おくだ、ですよ。
分からない言葉になってるじゃないですか。

伝えるつもりがなく、ただ丁寧に言えばいいって心が見えてしまう。


そして哀しいことに、
”お”をつけてしゃべったところで、
丁寧さが伝わっているかというと全然なくて、
可笑しさだけが残ります。

ヘタすると、東京電力のように慇懃無礼に。


様をつけて呼ぶことが、
なんにでも”お”をつけて言うことが
どんな気持ちを伝えようとしているのか。

言う人の気持ちが、心がこもってないと
結局、伝わらないんですよね。


乱暴な言い方でも、心がこもってると
あたたかい言葉に感じますものね。


心って目に見えないけど、
わかってしまうもの。


正しい言葉遣いを気にするよりも、
相手を思いやることのほうがずっと大切。

バカ丁寧に扱ってくれなくてもいい、
普通に人として接してくれればいい。




今日もありがとうございましたヾ(・∀・)ノ

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馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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