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毎日発見してますか?「猫も老人も、役立たずでけっこう。」

2019.02.22(06:00) 724

世界は実に役に立たないもので満ちているんですよ。
現代社会はそれをすっかり忘れさせてしまうんです。



2月22日「猫の日」にちなんで、今日紹介する本は、
『猫も老人も、役立たずでけっこう(養老孟司:著)』です。



養老先生の愛猫・まるの写真と、先生の言葉とで出来上がっています。

養老先生って、仰ってることが昔から全然ブレていません。
この著書では、「老人が言いたいこと言うぞ~」という感じで、
のびのびと、文句を言っています。


私が面白いなあと感じた記述があります。


みなさん、「発見」って、何かを見つけることだと思っているんでしょうね。
違うんです。

たとえば、ある日突然、今まで同じだと思っていた虫が違う種類であることに気づくとする。
それは、「違いがわからなかった自分」が「違いがわかる自分」に変わったということ。
見える世界が変わったということなんです。

つまり、「発見」というのは「自分が変わる」ことに他ならない。
自分が変わった瞬間、世界も変わるんです。

発見があると、自分が生きているということを、しみじみ実感できる。




すごく面白いことをおっしゃっているなあと。
「発見」とは、自分が変わること。

こう言い切っています。


「発見」に関する、「退屈」についての文章も面白いです。


「退屈だ」とボヤいているのは、自分が変わっていないから。
それでいつも世界が同じに見えているんです。

人生は一回しかないんだから、
「何回も生きてみよう」というふうにしたらいいじゃないですか。
そういう時に、変えてくれるのは感覚です。
外から入れなきゃだめ、頭の中だけでは、なかなか変われない。




外から、というのは、生き物や自然と触れ合うことです。
先生は、都会が大嫌い。


毎日、自分が変わる。
すると、世界が変わって見える。
そんな毎日は退屈とは無縁。


こういう式ですよね。


なるほど~!
発見って、そんな難しいことじゃないのね、
自分が変わっていけばいいのね!


ぽよんと楽観的に明るいモードになったんですけれども。
ちょっと待てよ?

自分が変わっていることを実感するのって、
そんなに簡単にできるのかな?


みなさん、自分が毎日変化していたり進化しているのを実感してますか?

私は、正直、わかりません。
昨日と違うことをした、というのは分かるけれども、
それが自分を変えているのかどうか。


簡単なようで、とんでもない難問なのかもしれません。
ですが、退屈な毎日なんてイヤだ、
いつまでも世界を新鮮な心で見つめていたい。

こんな風に思うなら、
意識して自分を変えていくことをやらなくては、と思います。

それは、すごく単純なことでいいのかもしれません。

たとえば、

いままでより30分早く寝る、とか。
毎朝、起床時に白湯を1杯飲む、とか。

そんな簡単な単純なことで、
自分の体の変化や、やめた習慣に気づいていく、

こういうところからで、いいのかなあと思います。
変わっていってると思われる自分の観察を続ける、というような。


だから、人って目標を習慣づけるといいんですね。
生きるかぎり、「発見」し続けられるように。




猫の日に紹介したわりには、
猫の写真は少ないです。
写真目当てでこの本を購入したら失敗した!と思うでしょう。

ただ、養老先生のビシビシ意見の合間にある、まるの写真は、
「うるさい~、寝かせてくれニャイのか~」と言いたげで、
なんとも愛らしいです。


写真がたくさんあるほうがいい!というかたにはこちらがおススメです。




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夜空ノムコウでもなくコッチでもなく

2019.02.18(06:00) 717

夜空を見上げて明日への希望を持って良いのは、
昼間にずっと地面を見続けている人なのです。




いい言葉だなあとしびれました。
雑誌『Daytona 2019年2月号』
所ジョージさんの「夜空ノコッチ側理論」です。



ミリオンヒットになった、「夜空ノムコウ」の歌詞について語っておられます。
あの歌詞、あんまりよく知らないんだよね・・・。


(スガシカオ作詞)
あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなあ・・・
夜空のむこうには 明日がもう待っている



こんな出だし。
以下、所さんのコッチ側理論です。


一つだけの花になりなさいといいますが、
みんなと同じような努力をして、同じ花として咲くのが基本です。
同じ花として群生している中で、
同じ花だけど一つだけ輝いて見えるような個性を育んでやるべきなのです。
そうでないと、僕は一つだけの花だから~みんなと違うから~と逃げ口上を言って、
夜空ばかり見上げてしまう人間になってしまいます。

現実はつまらないものです。
だからこそ、つまらないものを頭を使って面白くしていく。
それが私の考える「夜空ノコッチ側理論」であります。




夜空のこっちをまず大切にする。
そうできる人だけが、明日の希望を待てる。

いい言葉だなあと思いながらも、
「夜空を見てるしかないときも、あるよなあ・・・」なんて考える私です。


見てるだけでなにも出来ないとき。
それって、落ちてるときじゃないでしょうか。

気分が「落ち込んでる」。

落ちてる途中であがいて、もがいて、
やらなきゃ良かった!みたいなことまで引き起こし。
地上にすら居られず、
地中深く潜ってしまってるような。


私はありました。
自分では焦っておらず、もがいていないと思っていて、
「よし、これは今の自分に必要や!」と、買った教材。

しばらくして、
「あれ?もしかして、本当にこれがしたかったのではなかったとか?」

購入金額10万円。

これなら、ただただ落ち込んでるほうがマシでした。
落ち込むのはタダですもんね(笑)

焦ったりもがいたりすると、判断力が鈍ってることに気づかず、
やらかしちゃうことがあった私なのです。


なにかで読んだお坊さんの言葉で、
落ちたらいい」というのがありました。

「落ちて、落ちて、落ち込んだらいい。
そしたら、落ち着くから」
と。

どん底に着地、成功。

そうしたら、もう上がっていくだけなんですよね。



夜空を見上げて明日への希望を持って良いのは、
昼間にずっと地面を見続けている人なのです。



地上にいられないときだって、あります。
落ちましょう。
落ちて落ちて、落ち着きましょう。

それから地上を目指して。

地上に出たら、空が見えるんですから。

夜空ノムコウ
でもなく、
夜空ノコッチ
でもなく、

夜空ノハンタイ側理論です。




デーモン小暮閣下with群魔交響楽団の「地上の星(4分15秒)」
あえて「群魔」と表記しました。
悪魔と手を組んだ素晴らしい演奏です。

この動画が大好きなんです。
地底の星にしか見えないところが素敵。

これを観て聴いてると、
自分の中の小さなマグマのようなものが揺らされます。
点火され、少し炎が大きくなってきて、元気がでます。





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死ぬのは怖い?「詩と死をむすぶもの」

2019.02.15(06:00) 718

私の父が亡くなってから数ヶ月間は、次男(4歳)が
「人って死ぬの?ぜったいに?そんなのイヤだー!!」
と泣いてどうにもならなくなることがありました。

火葬場にも一緒に言ってお骨を拾ったりもして。
強烈な印象が残ってしまったんでしょうね。

死ぬことを恐れて、みんなが死ぬのもイヤだと泣いてる次男を見てると、
私も泣けてしまったり。

死ぬのが怖い、という想像にとりつかれる時期ってありがちなのかな。
お釈迦さまも、死は逃れられない苦しみと言い切っていらっしゃるし。


恐ろしそうな「死」が、実はユーモアたっぷりになるときもあることを教えてくれる本を紹介します。
『詩と死をむすぶもの(谷川俊太郎・徳永進:著)』です。



詩人と医師の往復書簡で構成されている本書。
徳永先生の思い出に残る臨終場面が、不謹慎ですが笑ってしまって。



66歳男性の患者さん。
肝ガンの末期。

病室には奥さん、娘さん、年老いたご両親、親族など大勢集まっています。
しかし、長男がいません。

長男はお金のトラブルから拘置所に収監中。

長男のお嫁さんが、医師の診断書があれば面会に来れるかもしれないと言っています。
先生は、余命が短いことを書いた診断書をお嫁さんに渡しました。

なかなか面会が決まりません。

患者さんの容態は急激に悪化します。
どうにか長男と会わせたい先生は、普段は使わない血圧を上げる薬やステロイドを投薬します。
「なんとか、命をもたせられないか。生きて会わせてあげたい」と。


ようやく長男の面会が決まったと連絡がきます。
その日の午後3時40分、警察官3人に連れられて長男が到着。

間に合った!
親子、最期の時に会うことができました。

・・・警察官がそろそろ出発すると告げます。
先生は、患者さんはもう1時間くらいしかもたないだろうと診て、
「待ってほしい」と警察官に頼みます。

「じゃあ、あと30分。それでだめだったら連れて帰ります」

先生は焦りはじめました。
”どうしたら、30分で死なせられるか?”

薬はぜんぶストップ。
小声で、
「患者さん、できたら、30分以内に死んでくれませんか。
息子さんもいるし、皆が揃ってるし、
死ぬんだったら、今が一番いいんだけどなあ」とつぶやきます。

30分経過。
警察官がもう行くと言います。

「もう近いです、あと10分だけ待って」と先生。

10分経過、夕方5時。「もう、ですので」
警察官も、もう何も言わない。
死が来た。夕方5時8分。

みんなが「ようがんばったー!!」
長男にも、「がんばれよー!!」
やんややんやの喝采で、病室は死があるとは思えないほど賑やかに・・・。


先生、最高に素敵ですよね。
患者さんに「今、死んだらいいんだけどなあ」って(笑)

こういう死の迎え方も本当にあるんですね。


谷川俊太郎さんの手紙に興味深い記述があります。


日本語の「息を引き取る」という表現がありますね。
世界で同じ意味の言葉は次のようになると。

南アフリカ→「幸福の猟場へ出向く」
スペイン語→「違う縄張りへ出向く」
ウェールズ語→「山頂にたどり着く」
チェコ語→「土中で屁をこく」



なんですか、チェコの「屁をこく」って。
死ぬことを「屁をこく」と表現するなんて、世界の文化とは本当にさまざま。


ウチの母、父が亡くなって1年で5キロ体重が増えました。
1周忌のときは、
「この喪服小さなった!いちばん痩せてるときに買ったからきつい!
早よ脱ぎたい!!」と騒いでいました。

たぶん、この2年あまり、
父が急変したとき、自分がちゃんと対応できるか不安だったんでしょう。

実際には私がいてる時で、あわてず病院に連れて行くことができたし、
それこそ徐々に命が遠ざかっていくような最期で。

今、不安がなくなって。
安心して食欲もバンバン回復して5キロ増量、みたいな(笑)





死に対するイメージは、恐ろしい・怖い・悲しい・寂しい・暗黒・無・・・・
多くの死を見てきた先生の手紙は、笑えるもの・清清しいもの・静かなもの、
美しさすら感じる死も多くあるんだなと、知ることができます。
死すら、個性がでるんだなあ。





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淡々と真摯に取り組む、「硯の中の地球を歩く」

2019.02.13(06:00) 713

いつものことと淡々と、万遍なく真摯に取り組む。


「これぞ真心の商売!」と想うことがありました。

子供のコートにマジックで書いたような汚れがあったので、
ダンナが実家の近くのクリーニング屋さんに持っていきました。
「もしかしたら、染み抜きしてもきれいに落ちないかもしれません」
それでもいいからやってみてほしいと、お願いして預けてきました。

今日、「仕上がりました」と連絡を受け、取りに行きました。
受付の女性が、
「きれいに落ちなかったので、染み抜き代は返金します」と、
約2000円の染み抜き代を返してくださったのです。

本当に驚きました。
普通、
「落ちないかもしれませんけど、いいですか」と確認され、

本当に落ちなかったときは、
「これ以上やると布地を傷めてしまうので、汚れを落としきれませんでした」と、
これで終わりになりませんか?
少なくとも私の経験ではこんな具合でした。

それが、返金。
お店の落ち度なんて全然ないのです。
しかも汚れは、ほとんど分からなかったのでした。

この対応に私もダンナも感動して、
「次からはもう、絶対にぜったいにこのお店に頼もう!」と決めたのでした。
(千歳市の「クリーンスター」さん、本当にありがとうございます)

こういう商売こそが、お客さんのことを第一に考えた商売のやり方だなあと、頭が下がる思いです。


今回紹介したい本は、製硯師の仕事が披露されている、
『硯の中の地球を歩く(青柳貴史:著)』です。



初めてきくお仕事、製硯師(せいけんし、と読みます)。
書道で墨を磨るときに使う、硯(すずり)。



あの硯を、手作業で作られているんです。
驚きでした。
どうやって硯が作られているのか、想像すらしたことがなかったものですから。

製硯師・青柳氏は、硯に使用する石の発掘から行っています。
発掘し、設計図を描き、じっくりじっくり、彫っていく。
硯の抱き心地を確かめたりもしていて、モノを扱うという感じがしません。


仕事に対する心がとても潔いのです。


製硯師は使う人のことと、石の良さを生かすことだけを考える。
作家性は殺す。
目指すところは、使う人の人間性が宿りやすい硯だ。
これこそがもっとも長く使い続けてもらう秘訣だと考えている。



すべての仕事、とくにサービス業にはこの芯があるかが大切ではないでしょうか。

自分の仕事っぷりを認めてほしいなあ。
たまには、ちょっと賞賛されたいなあ。

こんな気持ちがあったりしたこともありました。
自分はこんなにがんばってるのに、報われないよなあって思ってたんでしょうね。
自分が納得すればいいだけなのに。

お客さんから喜ばれる、だけじゃ満足できないんです。
同じ職場の人から認めてもらいたい欲求をなくせずにいて。


でも、神対応のクリーニング屋さんのように、
お客さんのためを思っての対応が、
表にはでてこない洗濯してる人やアイロンかけてる人、
会社全体の印象がものすごく良くなって、固定客ができあがる。

これが一番、なんですね。
個人の誰々、という名前が出ていなくてもいい。


自分のやっている仕事は、いわゆる「職人」ではないけれど、
心意気は「職人」、はできそうですよね。



石には、とてつもなく硬いものもある。
それを一センチ彫るのは正直、骨が折れる。
だが、地球規模で考えてみるとどうだろう。
この一センチがつくられるのに、何万年とかかっていることもある。
石を彫るとは自然の理に抗う行為。

大変なのは当然だ。
機械を使えば一時間で済むところを、ぼくは手作業で100時間かけることを厭わない。

手の中で過ごした時間にしか生み出せない表情がある。
手間ひまはいずれ真心になる。
それはつくり手の中で育つ真心だ。

「まあいいか」で終わらせない。
一つひとつを丁寧に取り組んでいくと、真心はどんどんどんどん蓄積されていく。
蓄積されていく真心を高めていくと、
いま取りかかっている硯の仕事が仕上がっても、それは終わりではないと感じる。




硯の中の地球を歩く


私は最近、「無駄と思えるくらい時間をかけてやり続けてみる」ことにチャレンジしています。
効率の良さで、もうこれからAIには敵わない。
ならば真逆の、非効率で対抗してやろうかと。
真心で勝負ならば、ズルとかもないですし。

「真心で」、というのは、「真摯に」と言い換えられますね。
真摯の、「」もよくできた漢字です。

くこねて、ささくれをなくして作り上げているところにせがある。

これからは、どれだけ真心があるかないかでしょう。
あんまり褒められることがないからって、
くさらず、淡々と、真摯に。


この種まきは、やがて発芽します。




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自分の存在価値が分からなくなったら、「最果てアーケード」

2019.02.11(06:00) 709

十三文字が仲良く手をつないで、
十分の一の役目をしっかり担ってる。



どんなにちっぽけな存在としか思えなくても、役割があると信じさせてくれる。
退屈な小説(笑)、『最果てアーケード(小川洋子:著)』を紹介します。


最果てアーケード (講談社文庫) [ 小川洋子(小説家) ]


世界でいちばん小さなアーケードを舞台に静かな人たちの姿を描く短編集です。
商店街、って言えるところですね。
すごいお店が並んでいますよ。

義眼屋。
遺髪レース屋。

小さなアーケードは、失った悲しみを持つ人たちが訪れる場所です。


関係ありませんが、私のふるさとには「メルシィ街」という商店街があります。
ええ、メルヘンチックな人たちが訪れる場所なのです。

まあ、それはいいですね。


短編集の中の一遍『百科事典少女』のセリフが素敵です。
アーケードには「読書休憩室」があり、そこに置いてある百科事典を愛している少女がいます。



「この世界では、し、ではじまる物事が一番多いの。
し、が世界の多くの部分を背負ってるの。
この、釣り針みたいな頼りない一文字が、実はひそかに一生懸命がんばってくれているんだよ。
いいえ、自分は大して何の役にも立ってはおりません、みたいな顔をしてね」

労をねぎらうように、彼女は第5巻の背表紙の[し]を撫でた。

「でもね、だからと言って他の文字をないがしろにしているわけじゃないの。
第10巻。栄光の最終巻。[むめもやゆろらりるれろわん]。
む、から、ん、まで全部で十三文字だよ。
十三文字が仲良く手をつないで、十分の一の役目をしっかり担ってる。
それが、し、と比べて劣る役目だとは、私は少しも思わないよ」





ウチに百科事典はないので、国語辞典はどうかなと見てみました。
背表紙、の反対側だから腹表紙(?)にあ、から、わ、まで四角い印が印刷されています。

一番多いのが、か行。僅差で2位がさ行。
言葉が多そうな、あ行は意外や意外、3位です。
た行、は行が少し少なめで4位同時。

そこからぐっと減って、な行、ま行、や行、ら行、わ行。
わ行の印なんてほとんで見えないくらい細いです。

どの言葉も、今を生きる日本人がコミュニケーションに使ったり、
自分の思いを見える形にしたりしているもの。
なくてはならないもの。
なくていいものは、辞書には載らないのです。


もちろん、人も同じなんだよ、というと、
「要らない人間、悪質な人間もいるじゃない」なんて思ってしまったり。

しかし、
国語辞典の最後を飾る言葉はですね。


「―ん坊」
[おもに人をさすことばについて]けいべつして、あるいは、からかってよぶことば。
けちん坊
おこりん坊



こう書かれているのです。
偶然にしてはよくできてませんか。

甘えん坊
食いしん坊
暴れん坊
いばりん坊
寝坊


「まったく・・・!どうしようもないんだから」
なんて言われていそうな人たちが、辞書を締めくくってくれるのでした。


「役割がある」のと、「役立つ」は別モノ。
すべての生物は、役立つかどうかで存在価値が決まるんじゃなく、
役割があるから存在価値があるのです。




最果てアーケード (講談社文庫) [ 小川 洋子 ]


退屈な小説、とは、静かな幸せが流れている小説のことです。






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