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2018. 05. 08  
ほんとうの静寂は
外からもたらされるものではありません


『眺める禅(枡野俊明:著)』
です。



曹洞宗の住職であり、多数の著書もあり、
さらに庭園デザイナーでもあるという。
そんな枡野住職がデザインした庭の写真と、禅の言葉がコラボした本です。

眺めているだけで、心の波紋が消えていくようです。
これが、30分の座禅と同じくらいの効果があるのだというのです。

座禅を家で、一人で実行するのは困難。
だから、
「禅の庭」を眺める時間を、夜寝る前の30分つくること。
これが心を清らかに整えますよ、とおっしゃっています。


しかしですね。
30分、じっと本を眺める時間をとるのも難しいというか、
つらくないですか?

私は本を読むのが趣味だから・・・といっても、
庭の本を30分眺めるって、けっこうな苦行でございます。
なにか別のことをしたくなると思うんですよ。

そんなせわしない現代人に忠告してくれている本なんだけど。

ただ、こうも言ってくださっているのです。


大自然に抱かれなければ
心の安らぎが得られないということはありません
日常のなかにだって、きっと、それはある
それを見つけることが大切なのです

ほんとうの静寂は
外からもたらされるものではありません


好きな場所や風景がありますか
そこに立つと心の重荷から解き放たれて
本来の、素直な、静かな、自分に戻れるような場所
都会の一角でも、郊外でも、里山でも、
もちろん、「禅の庭」でもいい
そんな場所、ぜひ、探してください




それを見ることで心が静かに穏やかになれる、
そんな場所と時間をもつこと。

30分じゃなくてもいい。
そう言ってくれてるのかなと解釈しました。

そういえば・・・昨日の朝のこと。
ゴミ出しに外に出たら、
透明のビー玉が何十個もコロコロと弾みながら道路を転がっていくんです。

そこに車が来て。
あ、危ない?って思ったら、
車は平然と走り去っていきました。

あれ? と思ってじっと見たら、
それはビー玉ではなく、
散った桜の花びらでした。
舞わない花びら。
風に飛ばされ、弾みながら転がっていった花びら。

なんかいいモン見ちゃったな~と嬉しくなったんですよね。
こういうことを、ちょっとのことを、
30分ぶん、集めていけたらいいんでしょうね。

「見る」ことにこだわる必要すらないかもしれない。
五感のどれかをつかって、静かに過ごす時間。
それは好きな音楽を聴くことかもしれないし、
好きな匂いにつつまれていることかもしれないし、
ペットのやわらかい感触にふれているときかもしれない。

けっこう誰もがやっていることが、座禅のようなことにつながっているんじゃないかな。


夜30分間じっと本を眺めるよりも簡単だろうと思う(笑)。




難しいと書きましたが、この本に掲載されている庭写真は、どれも静寂・透明感・おおらかさ・あたたかさを感じさせてくれます。
30分に耐えられる力があると想えます。
緑の濃淡だけが、なぜ色彩豊かに感じられるのか。
日本人でよかったな~と思える時です。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 03. 25  
大地を見つめる顔は敗北ではなく、そのやせた姿にも解脱の風格があった。
その顔一杯の種は、次の生命を宿し充実していた。
死が障害の華々しい収穫の時だという事を、
ひまわりから学んだあの日を私は忘れない。


『ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ(堀文子:著)』です。



「生命」を描き続けてきた日本画家・堀文子さんの言葉たち。
今年の7月で100歳を迎えます。

読んだ印象として、「なんてアグレッシブな熱い人!」でした。


一つの暮らしに慣れると、驚きが薄れ、感性が鈍る。
酸欠状態に陥るのだ。

慣れてきて、感動が薄れてくると、私は「堕落が始まっている」と思う。



感動が薄れてきた自分は、堕落してきている。
そうならないために、つねに動き続けてきたというのです。

文字通り、動いています。

堀さん42歳のとき、ダンナさんが亡くなります。
それから今まで、引越しは30回以上。

それでも感性が鈍りそうになるので、
43歳で初の海外へ。
エジプト・ギリシア・ヨーロッパ諸国・アメリカ・メキシコを3年かけて巡ります。

69歳から5年間はイタリアで暮らします。

77歳でアマゾンへ、
80歳でペルー、
81歳でヒマラヤ山麓へ。


どんだけ動いているのか。
まさに21世紀の葛飾北斎。

83歳で解離性動脈瘤で倒れてしまいます。
<動けない体で最後まで驚き続けるには・・・>と、顕微鏡を購入。
動けない体で、極微の世界の感動を見つけ続けようとしました。
(病気は奇跡的に自然治癒したそうです)


そうか、日々新鮮に、なににでも驚きや感動を感じるために、環境を変えればいいんだ!
でも、そう簡単に引越ししたり旅行に頻繁に行けるわけないじゃん。

そんなの、芸術家だからできるんでしょー。

こんな皮肉も言いたくなります。
しかし、そんなことをしなくても新鮮なことは自分でできるのです。


私がずっと旅を続けてきたのも、旅先では未知のものにぶつかるからです。
やはり、慣れてくるとものが見えなくなりますから。

ある時、玄関から入るのが当たり前に思えてきました。
それで、窓から出入りすることにしたのですが、
その時見た家の中は新鮮で、今までと違っていました。

泥棒と間違われて、大変なことになりましたが。



自宅の出入りに、窓から(笑)。
こんな発想があるなんて!
この本の中で一番感動した箇所でした。


本気で堕落を避けたければ、どんなことも思いつくものなんですね。

環境に慣れると、堕落が始まる。
人間としての怠慢を、もう一人の私が監視している。



芸術家だからこそ、必要な感覚なんでしょうけれども、
平凡に生きる私も、もっと貪欲に求めるべきだなと思いました。

堀さんは、「感動というより、逆上に近い。マグマが燃え上がるように、カーッとなる」
こう表現されています。
つまり、感動して、興奮してるってことなのかな。

そういや、感動はしても、興奮することはあんまりないかもしれません。
そこまで突き上げられるほどの感動がないような・・・。

芸術家だからこそ求められる感情なのかもしれません。
そこはちょっと羨ましいです、自分にないものなので。

自分は知らないことがまだまだいっぱいあるんだともっと自覚すること。
「あー、これ知ってる」で済まさないこと。
毎日が初体験。


  

私が窓から出入りしていたら、救急車が来るかも・・・


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 03. 22  
『あんた、ご飯食うたん?(中本忠子:著)』です。



保護司の活動をしながら、居場所のない子供たちに手料理を作り続ける、
広島のマザー・テレサ」と呼ばれる中本さんの著書です。

約40年間、家でご飯を食べることができない子供たちに、
自宅でご飯を食べさせてきた女性です。

完全に、自費です。
これにかかる毎月の食費が10万円。

今でこそ援助があったり、NPOにしたりしてゆとりが出たようですが、
最初の10年間、貯金を崩しながら食事を作っていたそうです。


なぜそんなことができたのか?
保護司になって2年目、中2のシンナー少年を受け持ったことがきっかけです。

『シンナーを吸う人にはこう指導しなさい』マニュアルがあり、その通り対応した。
でも、
「そんなこと知っとる」と、少年はシンナーをやめない。

「どうしてシンナーやめれんの」
「しょうがないじゃぁ、腹が減っとるんじゃけん」
「腹が減ってるときにシンナー吸ったら、腹が満タンになるん?」
「腹がすいたの忘れることができる」
「ほんじゃ、うちでご飯食べる?飯ぐらい食わすど」


ここから始まったのでした。
お腹がいっぱいになったらモノを盗んだり悪いことしたりしなくなる。
こんな信念ができました。


お腹がいっぱいになることと、接し方でしょうね。
子供たちが立ち直ることができた、ひどい人生に落ちなかったわけは。

中本さんのやってきたことをマネすることは到底ムリですが、
次の、子供への接し方は学びになります。


子供たちとの接し方

・あれこれ聞かない。

・同情はいらん、共感する。

「同情いうたら、あ、かわいそうな子、ぐらいにしか思ってくれないやろ。
そうじゃなく、共感してほしいというのは、わしらが今までどんな中で生きて来たか、そこから理解してほしい、ということなんよ」

・同情の言葉はしょせん人ごとと思っているから出てくる。
共感したかったらその人と時間をかけて信頼関係を作っていく。

・お世辞は嫌われる。
「それほどでもないことをほめられたら、バカにされた気持ちになる」

・信じることこそが特効薬。

・「なんとかしてあげたい!」のおせっかいおばさんにならない。



あれこれ聞かない=詮索しない、ということですね。

家庭環境がひどい子らが集まってきています。
親が服役中、なにかの依存症、暴力団の団員・・・
とにかくキツイ現実があります。
そこを詮索したら、子供は心を閉ざし、中本さんの家にも来なくなる。
来なくなるということは、悪いことして食べていくことを意味する・・・。


自分が中学・高校生くらいのころでも同じでしたよね。
親から「今日、どやった?」なんて聞かれても、
「べつに」
「フツー」
こんな感じのそっけない返事しかしないってこと、なかったですか?

わずらわしいですよね、あれこれ聞かれまくるのは。
言いたくなるまでそっとしておく。
本音の共感と信じる気持ち。
シンプルなことなんですよね・・・。


かつての不良少年たちがまっとうに働き、家庭をもっている。
このことに中本さんは幸せを感じています。

「苦労をして、失敗して、人生いろいろと寄り道しても、延長戦をしてがんばっている。
そんな子たちの人間味といったら、大きいですよ」





インドのマザー・テレサはどんな病気の人にも愛を与えた。
広島のマザー・テレサは、どんなに悪いことをしてても、少年院を出たり入ったりしているような子にも愛を与えた。

「あんた、ご飯食べてんの?」と気にかけてもらえること。
当たり前のようでいて、こんなに優しい愛は他にないのかも。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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2018. 03. 10  
光は応援、雨はすべての始まり。


『ひと文字のキセキ(浦上秀樹:著)』です。



漢字の中にひらがなが隠れている文字。
または、ひらがなのメッセージでつくられた文字、
それを”こころ文字”っていうそうです。

こちらを見てもらったほうがわかりやすいかな→こころ文字


こころ文字をつくるとき、まずは漢字を決めます。
それから漢字の意味や由来を調べます。
漢字と仲良くなるとひらがなも浮かびやすくなり、文字の勢いも出てくるそうです。

『ひと文字のキセキ』は、こころ文字とその文字の解説とで出来上がっています。

たとえば表紙の「」は「おうえん」というひらがなで書かれています。
この解説は・・・

暗い部屋は、日の光が射すと、ぱあっと明るくなります。
応援してくれるかのようです。
人を明るく灯せば、自分も光を放ちます。




私が一番好きになったこころ文字が、「」でした。
解説は


はじまり
「雨」という言葉の、「あ」は、天を表すそうです。
天を見上げ、何かを思い出したとき、
自然と「あ!」と声に出てくることがあるでしょう。
それは、天からの情報をキャッチできた証です。
「め」は、植物の芽です。
やがて、花へと成長します。
「あめ」とは、スタート。
つまり、すべての始まりを意味する言葉です。



「あ」という言葉そのものに、
「新しい展開」とか「希望」という意味があるそうです。
(それは別の本で読んだことがあります)


「雨」がすべての始まり。
8日から9日にかけて、すっごい風雨でした。
これこそ警報だしてくれてもいいのにって思うくらい。

北海道の雪解けがすすみ、ウチの周りもやっと地面が見えてきました。
でもまだ草が生えてこない。


殺風景な春のはじまりなんですが、お楽しみもあるのです。
凍った土が解けてくる感触というもの。

歩くと土がぷにょんぷにょんと、
まるで低反発マットの上を歩いているように弾むんですよ。

これが面白くて☆

地元の人はまったく面白く感じないそうですけど、
私には、北海道に来てもう何年も経つのにやっぱり面白いです。

本州にいたら知ることのなかった自然の感触。
これも春のサインなんですよね~。
・・・靴がものすごく汚れてしまうってのが難点です(笑)


これから日の光をあびて、ぐっと芽を出してくる、そんな季節です。
始まりです。



著者の浦上氏は「遠位ミオパチー」という難病を21歳で発症、
手足を動かせないのですが、口に筆をくわえて創作活動をされています。

でも、難病の肩書き、いらないです。
なくてもこの作品たちは人に魅せてくれます。

*アマゾンキンドル読み放題対象本です



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 02. 22  
倒れずに立っていれば必ずゴングが鳴る。


『終電の神様(阿川大樹:著)』です。



終電車が「突然の停止」。
その前後のそれぞれの人たちの様子を描いた短編集です。



「何にでも『人生』をつけると陳腐になるよね」


そんな会話をしている場面がありました。
「人生」とつく名言を各自、口に出してみているのです。


「人生、山あり谷あり」 あったりまえじゃん!

「人生は学校である」 名言ふう

「人生は自転車のようなものだ」 なにそれ?
*アインシュタインの言葉。
走るのをやめたら倒れるよ、だから走らなければならないという意味。

「止まって足をつければいいじゃん」 そのとおり♪

「人生は十段変速の自転車のようなもの。
ほとんど使わないギアばっかりだ」

*ライナス(スヌーピーの友達)の言葉。これが一番名言ふう

♪人生いろいろ~
♪人生、楽ありゃ、苦もあるさ~



あらためて見てみると、当たり前のことばかりかもしれませんね~。
小説内ではボクシングジムトレーナーの言葉も出てきていて、
人生はボクシングと違って、3分では終わらないけれど・・・

「なんの手立てもないときは、
まずはただ倒れずにゴングが鳴るまで立っていることだけ考えればいいんだ」



名言ふうですね。
人生でいう「ゴング」が何を指すのかはいろいろ違ってきそうですけれども。
なぜかふんばろうという力が湧いてくる言葉です。


どこの誰の言葉かわからないけれど、

「どんなに朝日が見たいと努力しても、
夜のうちは太陽は出てきてくれない」


これもまた、はあ、そうだよなあ。・・・って悟ったような錯覚に(笑)。



実は今回、紹介しなくてもいいかな~って思ったんです。
すっごく面白かった!読んでほしい!とまでいかない。
どちらかというと、物足りない。

「終電の神様」というタイトルですが、神様らしきものも出てこなかった。

だからといって、不満があるとか途中でやめたくなるような話でもなく。
父の危篤にかけつける男性の物語は少し涙するくらい感動できたし。
読後感が悪いというものでもないのです。


もしかして、これこそが「陳腐な人生」を描いたものかもしれないな~。

毎日って、そんな劇的な何かがあるものではないですよね。
どちらかというと、パッと見、同じことをくり返す毎日。

その毎日のちょっとずつが違っていて、その違いを見ることが人生を楽しむコツで。

平凡で、陳腐で、ダサい人生こそが自分の人生なのかもしれないし、
実はそれが「いい人生だった」と言えるものかもしれない。




「人身事故のため、電車が遅れております」
こんなアナウンスに「もう!」と憤慨してしまうこともありますが。

急いでいる人もいれば、ゆとりのある人もいる。
事故にあった人は自ら線路に飛び降りたのか、押されて落ちてしまったのか。

これから電車に乗るときにちょっと想像力が増してくれそう。
この小説の収穫かもしれない。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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本の中の心に刺さる一文をご紹介いたします。
看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします☆

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