2018. 05. 18  
「雪と空だけだね」
「単純な風景だね」
手を替え品を替え、これでもかといわんばかりに多種多様な都会にくらべると、ここには180度正反対の世界がある。



以前、ブログ「色即是空」で、「移住したい都道府県ランキング」が紹介されていました。
2位に私の住む北海道がランクされていたんですよね。

ホンマ?
移住じゃなく観光したいんじゃないの?なんて感じたりもしてますが。

どんな移住ライフを楽しめるの?
それを知ることができるのがこちら、『北海道田舎移住日記(はた万次郎:著)』です。



東京から北海道下川町へ引っ越してきたマンガ家・はたさん。
自由で不便な田舎暮らし日記の本です。


空いてたボロい一軒家の家賃は一ヶ月3500円。
犬は放し飼いOK。
燃えるゴミは庭で燃やしてOK。
観光客も来ない地域のため、静かに一人を満喫できるのです。


当然いいことばかりではありません。
冬の寒さはもちろん。
雪なんて初冬にちらちら降ってきたときは嬉しいものですが、
春先には憎悪の対象と化しているのです。

これ、私もすっごくわかります。
泣いて雪をとかすことができるなら、号泣したい。
毎日虹の橋を架けますよ。

ドカ雪って本当にもう・・・。

大阪から単身北海道に来た私、
離婚を機に大阪に帰ってもよかったはず。

親からも「なんで戻らへんの」と怒られる始末。

だけど、北海道にもいいところがあるのです。
夏は爽やかに涼しいし、田舎という地域じゃなくても広々とした感じは最高。
なによりもいいのは、ゴキブリがいないこと。

札幌とかではいるそうですが、少なくとも現在私が住んでいるところでは見たことがありません。
ゴキブリがいないっていいでしょ?

そう思っていた北海道の長所だったんですけどね。
やっぱり逃げても無駄というのでしょうか。
対抗馬ならぬ対抗虫がいたのです。

カマドウマ

はたさんもカマドウマについて記されています。


カマドウマという日陰で湿気のある場所を好む昆虫にだけはいまだに抵抗がある。
バッタの一種なのだが、羽は退化してしまったのか背中がむき出しになっており、
しかも、その背中は尺取り虫が身を縮めたときのようにグニャリと湾曲しているのだ。
そのうえ白っぽいからだに黒い斑点がポチポチとついており、つかまえようとすると思いがけないほうへピョンと跳ぶ。
ときには人間のほうに向かってわざわざピョンと来ることもある。


カマドウマ 画像
「便所コオロギ」という別名も。
バッタは触れるのに、カマドウマはどうしてもダメなのです。


そんなこんなの田舎暮らし。
いいこともめんどくさいことも両方あるのはどこに住んでも同じですよね。


はたさん、こんなことを書いてるんですよ。

「豊かさは人をダメにする」と、ひねくれたことをいう人がたまにいる。
しかしほんとうは、物が豊富にあることが問題なのではなく、
物の豊かさに自分をコントロールできなくなってしまう人間のほうに問題があるのはいうまでもない。



これですよね。
都会だろうが田舎だろうが、
豊かさに気づけなかったらどこに住んでも不満はあるでしょうしね。



何を大事にしたいのかさえ決めていれば、
どこも「住めば都」となりますよね。

カマドウマがいるけれど、私は今の場所気に入ってます。



はたさんの愛犬・ウッシーをメインにした北海道暮らしマンガ。
これ、名作です。


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2018. 05. 02  
地面に落ちた花びらは、ただ腐っているわけじゃありませんよ。


『家栽の人(毛利甚八:作 魚戸おさむ:画)』
です。


先日北海道の桜が咲き始めましたと報告しました。
本州のほとんどは1ヶ月前が見ごろでしたよね。

今ではすっかり葉桜となって緑輝く景色が広がっているのでしょう。

ところで・・・
散って地面に落ちた花びらって、どこに行くんでしょう?

誰かが掃いて捨てている?
腐ってしまって・・・それから?どうなるの?
ちゃんと考えたことがなかったことに気づいたのです。


マンガに答えがありました。


地面に落ちた花びらは、ただ腐っているわけじゃありませんよ。
あの花びらを、土の中の何億という数の微生物が、待っているんです。
花びらを食べて彼らは生きている・・・

そして微生物が排泄したり、死んで土に混じったりすることで、土が豊かになる。
その土から栄養をとるので、桜の木は次の年に花を咲かせるんです。
人間には見えないから気づかないだけです。

全部があるから生きてるんです。
でも・・・だから花は美しい。

  (『家栽の人1巻「桜桃」』より)


家庭裁判所の判事をしている桑田さん。
離婚申し立てや少年の暴力事件などを扱う日々です。
忙しいはずなのに、花壇や他所のお宅の花の世話までやって楽しそうにしています。

判事一人で毎月200もの案件を取り扱うのです。
パッパパッパと片付けていかないと仕事が終わりません。

しかし桑田判事は、目の前の申し立て・事件だけに目を向けないのです。
問題の本質を見ることで、根本的な解決に行く判決を出します。


どんな人間でも、いらない人間などいないということ。
それを散った桜の花びらから学べます。


このマンガ、初版が1988年12月となっています。
古いですね・・・。
人情モノ、というよりも、温情モノ、といった感じ。

人情:人間のありのままの情感、人としての情け
温情:あたたかみのある優しい心、思いやりのある寛大な心


温情は人に限らない、無限の優しさですね。
今の時代こそ、このマンガが必要とされるのでは?と感じました。







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2018. 03. 26  
三分咲きとか五分咲きとか、桜の開花を「数値化するのは無理な話」だという。
木は一本ごとに異なり、見る人の感じ方も様々だ。

「ほころびかけてきた」 「笑いかけてるな」。
京の桜守、16代目佐野藤右衛門さんは代わりにそんな言い回しを使うらしい。

  (3月25日、読売新聞「編集手帳」より)



桜が咲いていますね、あちらこちらで。華やかな光景がいっぱいです。
新聞にも、
咲き始め、三分咲き、五分咲きとかのお花見情報が載っていますね。
たしかに数字で言い表すよりは、
「ほころびかけてきた」「笑いかけてるな」のほうが風流ではあります。

桜が笑ってくれているという感性が、
こちらにちゃんとあるのかどうかのほうが問題です(笑)。

この文章の最後は、
「笑顔がゆっくりと列島を北上する。」で締めくくられています。

桜前線ですね。ただいま北上中・・・ホント?

数日前の、春分の日。
あの日、次男がこう言いました。

「あっ、みどりだ!
あっ、春だ!
さすが、ぶんしんの日だね~」

どうやら、「しゅんぶん」が言えなくて、
「しんぶん」→「ぶんしん」となったみたいでした。
(なぜか幼い子は言葉を反対にすることが多いです。
「パーカ」は、「カーパ」のように)


分身の日か~。
それ、はずれていないかも。

桜って、順々に西から南から咲くとは限らないですよね。
今年は東京のほうが早かったというところもありますし。

じわ~っと春が広がっていくのではなく、
春が分身の術をつかって点在する。

このほうが合ってるかもしれない。
そんなことを思った暖かな春の日でした。


本日の読書、『おとなりのかいじゅう町内会1丁目』



生命の春

こんなに風があたたかい
こんなに花が美しい
こころのそこのかたすみに
はげしくもえるものがある

みろみろ草がゆれている
みろみろ鳥がはばたくぞ
こころのそこにあふれくる
生命の春をうたおうよ



街を破壊するのが怪獣の「オン」の日ならば、
のんびりまったりする「オフ」の日もあるのでは?

そんなコンセプトから生まれた、おとなりのかいじゅう。
アンパンマンの作者・やなせたかし氏の詩とコラボした写真詩集です。

かいじゅうたちが花束をプレゼントしあったり、
芝生で寝っころがっていたり、
海を見ていたり。

そうだ、バルタン星人は分身の術が得意だった。
宇宙忍者やし。

こんなイイ日には怪獣も悪い人も、街中の桜を、
分身していく春を見て、ほほえんでほしいな。
フォフォフォフォフォ・・・・



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2018. 03. 19  
『ガーデン(千早茜:著)』です。



自分の家で花・植物を愛でて育ててる、いわゆる「植物男子」が主人公の小説。
植物男子に言い寄ってくる女性たちと植物と。
誰のことも自分の心(庭)に入れさせない。女性たちは失望して去っていく。


植物男子くんが樹医(植物のお医者さん)と話をする場面があります。
そこで樹医が言ったこと。


「植物は我々から見えない場所も植物だからね。
根も普段は見えない。
それだけでなく、放つ匂いや空気も彼らの一部なんだ」



今まさに、空気中に植物がいっぱいですねえ。
花粉とか花粉とか花粉とか。
見えないところも植物がいっぱい、と表現できるんですね。


自然がいい、自然が大切と想うしよくここにも書いてますけど、
私も、日によって目がかゆくてたまらなくなります。
そんなとき、「んもー!!なんか飛んでるわ、今日!!」と言ってしまいます。


症状が重いかたは、頭も痛くなったりぼおーっとしてきたりで日常生活に支障が出るほどですしね。
花粉、どうにかならないの!?ってなりますよ。
植物が花粉を飛ばすのは、自分たちの種を残すため。
わかっている。わかってはいるんだけど。


植物男子くんが心のなかでこんなことを思うところがあります。

幸せはもしかしたらすごく不自然なことなのかもしれない。

「素の自然」には翻弄されるばかり、
「不自然」であることが生きやすいってこと?

そうなんだと、自覚しなきゃいけないのかもしれませんね。
手入れした自然を喜んでいるんだと。

自然を大切に。
でも人間の住む場所は、手入れさせていただいて共存して。

謙虚にいければいいなあ。


植物になら、惜しみなく与えられるのに。


植物に焦点をあてて書きましたが、内容は恋愛のことのほうが多いです。
「あなたといると孤独なの」という女性に、
「人はみんな孤独だよ、当たり前じゃない」としらっと言ってしまう植物男子。

人の心がわからない?・・・いや、職場で嫌われるような男子じゃない。
「○○してほしい」という要望にうんざりしてるだけのような。

見た目以上の中身がないから興味がもてない、ともあったなあ。
これ、植物男子じゃなくてもそうですよね。

一目ぼれができるってすごいですよね。
中身が関係なくても好きになれるほどのものがあるってことで。
私は一目ぼれの経験ないんですよねえ。




樹医の話、もうひとつ面白いことを言ってましたよ。

「京都にいる桜専門の植木職人の方がずっと詳しい。
彼らは土を調べなくても花弁の味で、肥料を使っているか、いないかまでわかる」

「花弁の味で」
「肥料を使っていない方が花弁が薄く軽くなって、風によく舞うんだと。
その方が人の目を楽しませるそうだ。花を扱う人間は業が深い」



桜の開花が始まりましたね。
咲き誇る姿を楽しみ、散る姿にも美しさを見いだし。

風流ともいえるし、欲深いともいえる。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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2018. 02. 05  
猫と夕焼けと一体になる。
なんて幸せな一瞬だろう。





前回は「二十四節気」にちなんだ絵本を紹介しました。
今回は「七十二候」でいきましょう。


つい最近まで「七十二候」のことを知らずにいました。
なにそれ?という私と同じかた、いらっしゃいますか~。

「七十二候」とは・・・

季節をより細かく表す目安にした。
およそ五日前後の単位で区切り、その特徴となる自然現象や動植物の動きを小文で示したもの。


どういうことか。
近日で紹介したほうが分かりやすいですね。


1月30日~2月3日  鶏始乳(にわとりはじめてにゅうす)
2月4日~2月7日   東風凍解(はるかぜこおりをとく)
2月8日~2月12日  黄鶯晛睆(うぐいすなく)
2月13日~2月17日 魚上氷(うおこおりをのぼる)



東風は春に吹く風、鶯は「春告鳥(はるつげどり)」と呼ばれます。
薄くなった氷を割って、魚が水面に飛び出るさま・・・。

春の風景を言葉にしているんですね。
これが一年中あります。
夏なら夏を、秋なら秋を、冬なら冬を。


なにがすごいって、
たった一日も、「なんにもない日」がないんです。
必ず何かを表現している。365日全部。


しかも季節の数が「72個ある」と考えるとすごいですよね。
四季があるだけでも豊かな国だ~って思うのに。

私の妹は今、スペインの離島に住んでいるんですよ。
そこはスペインとアフリカ大陸の中間あたりらしく、
季節は「常春(とこはる)」だそうです。


ずっと気温25度くらい。
いいなあ、過ごしやすいやろなあって羨ましくなりますけど、
季節72個も、けっこういいものだとも思います!



元々は中国の暦を元に作られていた七十二候ですが、
江戸時代に、日本に合った風土で表現されるようになったらしいです。


なんにもない日なんてないんだな~。




『猫と暮らす七十二候(おかのきんや:著)』です。
七十二候の解説と、
猫の写真と猫にまつわるエッセイが載っています。

春には猫のひなたぼっこがよく似合いますね。
猫と一緒にひなたぼっことか、憧れです。
暖かくなったらのんびり眠る猫を見ていたい。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
ちなみに「気候」とは、
二十四節気の「気」と、七十二候の「候」とで、気候だそうです。

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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
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