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心からの、ありがとう!

2016.12.31(06:45) 157

1年間ありがとう
と、自分に言った。

         斉藤一人




2016年も終わりですね。
まずは、自分にありがとうと労いたいです。

いつもいつも自分に感謝なんてしたことないんですが、
斉藤一人さんの詩を知ってしまったから、
自分にやさしくしようと思います。


それから、
自分に関わりのあった人たちに、ありがとうです。

家族。
その他の出会った人たち。
生きててくれて、本当にありがとう。

いつも、ささいなことで
不満をもったり、
こうしてくれればいいのに、と
期待したりしてしまうけど。

本当は、生きててくれるだけで十分なんですよね。
忘れがちだけど。

だから、
心の底から、
生きててくれて、ありがとう。感謝してます。



そして、会ったことはないけれど、
ブログの世界で出会った人。

私は今年の8月からブログを始めました。
つたないながらも、
このブログを読んでくれている人がいることに
本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。

ふさわしい言葉が見つからないほどの感謝です。


会ったことのないあなたですが、
私はあなたと出会えて、ラッキーです。

来年もこのつながりが続くように、
ちょっとした「いいね」を書くことを心がけていきます。

来年もどうぞよろしくお願いいたしますヾ(・∀・)ノ




よいお年を♪(o・ω・)ノ))
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「何もしなくなること」が夢でも構わない

2016.12.30(06:45) 156

「あなたの夢は、なんですか?」
こう聞かれて、すぐに答えられる大人って、
どれくらい、いるんでしょうか。

私がもし聞かれたとしたら、
てきとーに、きれいごとを言ってるかもしれません。


さとうみつろう氏の
『もしも人生が一度きりだとしたら、
もしもそれが「もしも」じゃないとしたら』
の中で、
こういう文章があったのです。


 

「宝くじに当たって」→働かない日々を
「定年退職して」→のんびりした時間を
「PM9時の自宅のソファで」→ただ、ゆっくりと

いつだってあなたの夢は、
「何もしなくなること」だ。

何もしないことを目標に掲げ、
今日もあなたは、何かをしている。




たしかに、そうかも。
楽したいというのが、
本音の夢かもね。


でも、
それって、ダメなことなのかな。

よく、偉人とかお金持ちとかが言ってますよね。
「お金が手に入って良く分かった。
人生で大切なものは、お金じゃないんだ」って。


本当のことかもしれないけど、
言われただけじゃ、分からないんです!!

実際に、お金持ちになってみないと、
分からないでしょうが。

だから、お金持ちになってみたい。

私は、こう思っていたんです。(今も)

さとうみつろう氏の文章で、
それを否定されてるような感じがしたんですよね。


でも、そうじゃないらしいです。
どこかに書かれていたんですけど。



体験したことがないものに対して、
人間は、異常なまでの欲求をしめす。
だが、一度体験してしまうと、
不思議なくらい、過剰な欲求は消えてしまう。




ほお~~~!
未体験のものは、手に入れないと欲求がおさまらない。
でも、手に入れると、欲求が消える。

本能、みたいなものなんですね。


じゃあ、
楽したい、何にもしないでも生活できるようなことを
夢見て、今を頑張るのは、自然なことだ。

だって、
お金や、悠々自適な生活を手にしたら、
「ああ、こんなもんか」って、思うんですよ。
そうすれば、
別の夢が芽生えるはずですよね。

ならば、それまで頑張るわ!

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甘ければ、それでいい

2016.12.29(06:55) 186

もみじ饅頭、今まで侮っててごめんなさい!の話です。



テレビかなにかの企画で、
もみじの葉っぱ」をかたどったお茶菓子を
つくる企画が挙がりました。

ある日本料理界の巨匠が
京都の老舗和菓子屋のご主人に、
こう提案したんです。

「赤い色をつけるのなら、
イチゴでつけたほうがいい。
香りももっと引き立つし、絶対、美味しくなる


和菓子屋のご主人は
「それは、違います」と答えました。

和菓子は、美味しすぎてはいけないのです。
甘さがあればいいのです
」と。



どういうことですか?



「このもみじの葉っぱのようなお菓子を
食べるときに重要なのは、
その風景を想像することです

頭の中で、情景を思い浮かべたり、
秋であるということの喜びを感じたりすることに
価値があるのです。

だから、美味しすぎてはいけないのです」



深いです。

目先の味ではなく、情景を想像する。

そのためには、
余計な香りが立ったり、
美味しすぎたりしてしまうと、
想像力が鈍ってしまうんです。


「甘ければ、それでいい」
深い。


洋菓子の、キラキラした宝石のようなものも
素敵だけど、
どんどん地味にしていく和菓子の
奥深さ。


和菓子って、
どれも似たような味で、
モソモソしたものもあって、
もっと美味しくなればいいのに、なんて思ったりしてたけど。

味わいかたが、根本的に違ってました。

想像力を湧きたてながら、お茶とお茶菓子をいただく。
そんな楽しみかたを知りました。

コーヒーに合うところも、素敵ですよね。

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たかが言葉、されど言葉、「苦しまなくていいんだよ」

2016.12.28(06:45) 154

言葉で、人を元気にさせることもあれば、
言葉で、人を徹底的に傷つけることもある。


使い方でこれほど違う効果が出るものが
他にあるのでしょうか。


人が生まれたときには、
口の中に、斧が生じている。
人は悪口を語り、
その斧によって
自分自身を斬るのである



ブッダの言葉です。

他人を傷つけるような悪口もですが、
自分に対して、斧をふるってることもあります。

「ダメな自分」
「私なんて」
自分で自分の悪口を言ってますね。

これら全て、
たかが言葉」として、言葉を扱っています。


上記のブッダの言葉は、
苦しまなくて、いいんだよ』に書かれていました。


著者のプラユキ・ナラテボー氏は、日本人です。
今は、タイの僧侶です。タイで出家!



たかが言葉、されど言葉



「たかが言葉」と軽く扱わず、
一人ひとりが言葉を「生かすことを、述べています。


ブッダが、言葉を「斧」と表現しているように、
言葉は、刃物と比喩されます。

人を傷つける刃物。


しかし、「されど言葉」として使うと、どうなるか。

薪をつくるための、になれる。
おいしい料理をつくるための、包丁になれる。
人の命を救う、メスになれる。
人に感動を与える作品を生み出す、彫刻刀になれる。


言葉をつかう人次第です。


童話「はだかの王様」で、
子どもが
「王様、裸じゃん!!」と叫びますね。

正直ですよね。
大人たちが言いたくても言えなかったことを
ずばりと言って。


でもね、
大半の大人は、こう思いませんか。
「あ~あ、言っちゃった・・・」


王様に何も言えなかったのは、
権力が恐ろしかったと、とれますが、
優しさがあったから、とも言えませんか。


プラユキ・ナラテボー氏は、
言葉を、慈悲の心で言ってみようとおっしゃってます


慈悲

慈=いつくしみ=相手の幸福を望む心
悲=あわれみ=苦しみを除いてあげたいと思う心



慈悲って、わかりにくいかと思っていましたが、
要は、
相手への気配り、
細心の注意と思いやり

これだけです。


こんな簡単なことが、難しいのが不思議なんですが、
難しいというか、上手くできないことも多々ありで・・・。



特に注意しなければならないことが、あるそうです。

それは、
心のエネルギーを失っている人たちに、
正論は通じない

このことを忘れてはならないそうです。


元気な私たちからすれば
なにも悩むことはないと思うことに
心を煩わせているのが、
心のエネルギーを失っている人。

その人に、
安易にアドバイスしたり、ただ
「元気だせよ」など言っても、届かないのです。


まずは、あたたかな言葉で、
その人のあるがままの存在を受容する。

あたたかく受容されて、存在を認められてから
生きるエネルギーがよみがえってくる


このプロセスを経ることが重要だと。

なんだかハッとさせられました。

安易な元気づけは、無意味ならましで、
更に追い込むことになっているかも。

こう自覚しなければ、と思ったのでした。



悪口を書かれたことを苦に
命を絶つ子どもがいます。

悪口を発したほうは、
自分のやったことの重大さに気付いているかな。


たかが言葉、されど言葉。


発したら、なかったことには出来ないのが、言葉。

されど言葉、として
扱っていかなければ、と思います。



はだかの王様に、
慈悲の心で、なんて言ってあげようか?

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正しい人より楽しい人

2016.12.07(06:45) 133

かなり古いですが・・・
ひすいこたろう氏の、10年以上前のブログ記事から
好きになったところを書きます!
心温まる5文字」と題された内容は・・・・・




野球で、
打者の頭近くを狙った投球を
「ビーンボール」といいます。

巨人戦でのこと。
巨人攻撃中、相手チームのピッチャーが
ビーンボールを投げました。

次の回、
巨人のピッチャーもビーンボールを投げました。

試合後、
あれはわざとやったんじゃないのか?」
マスコミに問われた長嶋監督。

長嶋監督はこう答えました。

目には歯を


さすが、ミスターです!
きっともう、誰もビーンボールのことは
突っ込まなくなったでしょうね。


このことわざは
言わずとしれたハンムラビ法典。
「目には目を 歯には歯を」のことですよね(笑)

この「目には目を 歯には歯を」ですが、
なんとなく
やられたら、やり返せ」のような意味合いで使われます。
しかし、本来の意味は
やられたこと以上のことを、報復してはならない」です。
世界史の授業でも習いました。

「倍返しだ!」はもってのほか、なのです。


ま、それは置いといて。


ことわざや格言を間違ってつかってしまったとき、
言った本人は恥ずかしい思いをするかもしれませんが、
実際はどうでしょう。

めちゃめちゃ、その場が和やかになると思いませんか?

「目には歯を」の発言現場も、
きっとマスコミは、報復したピッチャーのことを
どう思っているのか? 責任があるのでは?と、
ミスターに詰め寄っていたはずです。
悪く書いてやろうと。

しかし、
「目には歯を」と言われた日にゃ、ねえ。
笑うしかないですよね。
そして、「目には歯を」は
名言として残るのでした。



最近読んだ、
ルース・ジャーマン・白石さんの本も面白かったです。
その中には、まだ日本語をうまく使えなかったエピソードも
いくつか載っています。




職場で、誰かの行いに対し、
「開いた口が塞がらないわ!!」と感情を露にしようとして
あごが下がったままだわ!!」と言ってしまい、
みんな、大爆笑。
憤慨していたルースさん自身も、笑ってしまいました。


これ、いいですよね。
こんな場を和ませる間違い。
ムード一変です。



正しく言うのは、いいことですが。
それだけでは、これから通用しないと思います。


ただしい人よりたのしい人

一字違いですが、
私は、楽しい人を目指したいですね。

間違えたら笑われるから、言わないでおこう。
こんな臆病なことは考えず、
笑いをとれた、ラッキー♪ぐらいが、ちょうどいい。
・・・これは大阪人気質かも?

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2016年12月
  1. 心からの、ありがとう!(12/31)
  2. 「何もしなくなること」が夢でも構わない(12/30)
  3. 甘ければ、それでいい(12/29)
  4. たかが言葉、されど言葉、「苦しまなくていいんだよ」(12/28)
  5. 正しい人より楽しい人(12/07)
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