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どこもかしこも美しい

2017.01.30(06:30) 187

昨日、大阪から北海道へ帰ってきました。
飛行機に乗って。

16時、少し雨の大阪から離陸。

ぐんぐん上昇して、雲の上へ。

「あっ、お日さまいた!!」
子どもが歓声を上げました。
一面の青空です。

私も「お日さまいた~」って思ったんです。
なんだか、
天動説を信じてた昔の人みたいだけど。

もくもくの雲がいっぱいで、
「この雲の上で歩けるかな~?」
本当に歩けそうな雲でした。

しばらくすると、もくもくが
なだらかに。

まるで、雪原のよう。

そして夕暮れ。
辺りはオレンジ色に染まってきて。

そして、日が暮れて。

完璧な闇。

どれもが美しい光景でした。
地球って、美しいな。
心が満ちたりました。

レイチェル・カーソンの
「自然がくり返すリフレインの中には、
私たちの心を癒すなにかがある」
この言葉を体感。

ほんとに、地球って美しいです。



イス   高田敏子

人はイスにすわると
優しい目になる
空の青さに気づき
遠い面影を追い
心の音楽に
耳をかたむける



地上にいても、
地球の美しさに気づいていたい。


色にあふれる大阪から、
白一色の北海道へ。
どちらも、美しいです。

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やさしさで悪口を返す

2017.01.28(06:30) 185

悪口を言われる。
直接言われないまでも、
SNSのひどい書き込みにヘコんでしまう。


そんなの気にしなければいいだけなんですけど、
そううまく処理できません。

そんなとき、ユーモアで明るく乗り切る方法があります。

『ネガポ辞典』です。


ネガティブポジティブ辞典
ネガポ辞典です。

ネガティブ(にとられがち)な言葉を、
ポジティブに言い換えている辞典なんです。

数年前、女子高生が発案したことで有名になり、
アプリにもなっています。(無料です)

私はつい、先日知りました。

読んでみたら、面白かったですね~。


たとえば、
「悪口を言われた」
  ↓
「羨望のあらわれ」
本当はうらやましいんだなと思えばいい。

「悪口をよく言う」
  ↓
「観察力がある」
人のことを分析するのがうまい!


このような感じです。
いくつか挙げてみますね。

「加齢臭」
 ↓
フェロモンがあふれ出ている

「口汚い」
 ↓
ボキャブラリーが豊富

「暗い」
 ↓
自分の世界をもっている

「自己中心的」
 ↓
自分を大切にする心がある

「とろい」
 ↓
丁寧

「不味い」
 ↓
斬新な味付け

「面倒くさがり」
 ↓
やりたいこととやらなければならないことの違いを知っている

「ろくでなし」
 ↓
他の場面で役立つ存在



いかがでしょうか。
全部を通して読んでみると、
正直、ちょっとムリヤリ~と感じるものや、
苦しい変換もいくつかはあるんですが。


私は、この発案者の女子高生の優しさに感動します。

彼女は、中学生のころ、
太っていて、自信がなく、
いつも下を向いていたそうです。

自分のことを「トロいな・・・」と思っていたら、
ある日友人に、
マイペースでいいね!」と言われます。

そこでハッとしました。
短所って、長所と表裏一体だ」と。

これがきっかけで、ネガポ辞典はつくられたのです。


いじめっ子」の変換が素晴らしいんですよ。

1、ガキ大将:いざというとき頼りになる
2、繊細:本当は誰よりも繊細で傷ついている

いじめっ子など、加害者として扱われます。
それを、「繊細で傷ついている」と思いやれる心。


彼女の心の優しさに見習わなければ。


嫌な言葉は、人の心を傷つけます。
だからといって、
傷ついてばかりじゃ、いられない。

相手に「嫌なこと、言うな!」と言っても、
その願いはすぐには叶いません。

その前に、
自分が傷つかないようにすること、
人に嫌なことを言わないようにすること。

このほうが早く実現できます。

少しのユーモア精神を発揮して、
ネガ→ポジに置き換えていきたいです。


『ネガポ辞典』は書籍にもなっています。
無料アプリとしてダウンロードもできます。
アマゾンキンドル読み放題対象本です。

一度、目を通してみてください。
きっと、一人の女子高生の優しさに触れることができます。

*現在は大学生で、心理学を学びながら、
ネガポ辞典の改定にがんばっているそうです。

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ノイズとせせらぎ

2017.01.26(06:30) 183

第156回直木賞を受賞された恩田陸氏。
受賞後、新聞に小さいエッセイが掲載されていました。
そのエッセイに心惹かれました。



ノイズとせせらぎ


昔から日本人は、
虫の声や風や川のせせらぎなど
ノイズ(雑音、騒音)」を「音楽」として聴いてきました。

いっぽう、
街にあふれる人工音(遊戯施設のけたたましい電子音、
レストランや商業施設のBGMなど)には平気で、
日本人は音に対して無神経だ」とも言われます。



これは、
ノイズを音楽に変換できるなら、
人工音も自然音に変換しているのでは



こう恩田氏は述べています。

おもしろいと思います。
いえ、謎が解決します。

音楽や自然音に変換できるということは、
意味のある」音として認識しているということになります。


大雨のさなかや、大きな滝のそばなどで
静寂を感じることもできます。

その逆で、
人工音が自分にとって「意味のある」音なら、
それは「川のせせらぎ」くらいに聴こえているのでは。


だから、私には苦手な遊戯施設の電子音が、
全く平気な人がいるんですね。

変換の仕方が違うから。


意味のある音なら、それは「音楽」になるのです

私の母が、
「最近は子どもの声がうるさいって言う人が
おるんやなあ。
そんなん、気にならんけどな。
うるさく思う人もおるんやな・・・」と
しみじみ言ってましたが。


自分にとって「意味のない」音なら、ノイズになるのです。


人によって「意味のある」音は違います。
ノイズなのか、せせらぎなのか。
意味があるのかないのか、
千差万別。

だから、騒音問題って、
音量の問題ではないんだなあ・・・。

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できることに、目を向けよう

2017.01.25(06:30) 182

「できない」ことを数えるんじゃなく、
「できること」に目を向ける。

そう分かってても、マイナスなことに目がいってしまう。

そんな自分が変われそうな気持ちになった本がありました。
『夢をかなえる挑壁思考(毛利公一:著)』です。



著者の毛利氏、
大学生のとき、アメリカに留学していました。
ある休日、海で泳いでいたときに事故が起こります。

頚椎損傷
首から下が動きません。
事故当時は、呼吸もできなかったため、
人工呼吸器を装着していたのです。

医師からは、
「人工呼吸器は着けたまま。
一生、歩くことはできないよ」と宣告を受けました。


毛利氏、最初のころはずっと落ち込んでいたそうです。
それはそうです。
まだ若いのに、いきなり、一生寝たきりだと言われて
受け入れられるほうが奇跡です。

でも自分で死ぬことすら、できません。

ある日、
毎日病室に来てくれる母親に、尋ねます。
しゃべることは出来ないので、文字ボードを使って。

「い」「き」「て」「て」「よ」「か」「っ」「た」「か」と。

母親は、涙を流して
「当たり前やんか」と言ったそうです。


その日から、毛利氏は考え方が変わったのです。
無理だと言われたけれど、リハビリとか頑張ってみよう!と。

呼吸のリハビリを行い、自発呼吸ができるように。
そして、しゃべることも出来るようになりました。

それからはどんどん、やりたいこと・やってほしいことを
「口に出して言う」
ようにしていき、
手伝ってくれる人が次々現れます。

今では顎で操作する車椅子に乗って外出するし、
音声入力できるソフトがあるのでパソコンも使える。

一人旅もしたし、会社もつくっているのです!


いろいろとすごいのですが、
私の好きなエピソードをご紹介したいと思います。



できることに目を向ける


毛利氏は棒高跳びの選手でした。
インターハイで3位の成績を修める実力。
アメリカ留学も棒高跳びで行っていたのです。

いくら頑張っても、もう、棒高跳びをすることは
叶いません。
でも、好きなんですね、棒高跳びが。
今の自分で関われることはないか、考えました。

そして、
「旗挙げの審判なら、出来るんじゃない?」

そう考えて、近くの工業高校の生徒が
福祉に役立つ機械をつくっていることを知り、
協力してもらうことになりました。


生徒たちは毛利氏と会い、
「どんな旗揚げ機をつくろうか」と頑張ってくれました。

いろんな案が出てました。
「顔の前にたくさんボタンをつける」
「舌で舐めて反応する」
「噛みついて反応する」
「目線で反応する」 などなど。


首から上だけで「できること」に着目しています。
プラスの目線で見るということですね


声を出せる
息を吸える
目を動かせる
舌を動かせる・・・・

「できないこと」を数え上げたら、キリがありません。
「できること」を見るからこそ、新しいものが出来る。

素敵な生徒たちの頑張りで、
呼気の力を使って反応する装置」が完成。

毛利氏はその装置を使って、審判員になり、
大好きな棒高跳びの審判をやれたのです。




毛利氏は、「障がい者」という言葉が嫌いです。
だから、「挑壁者(ちょうへきしゃ)」と自分を呼んでいます。

講演会もやっているそうですが、
司会者に「首から下が動かない毛利さん」
こう紹介されたら、
「首から上が動く、毛利です」と言い換えるとか。


誰にでも、できないことはあります。
できないことが多いのが「障がい者」。

しかし、できないことをやれるように頑張るということでは、
健常者も障がい者も一緒でしょう。
だから、壁を乗り越えようと頑張る「挑壁者」。



先天性と違い、事故や病気で障がいになったら。
受け入れるのは、容易ではありません。

昨日まで当たり前のようにできていたことが、
何ひとつ自分でできなくなる、
全て他人に手伝ってもらわなければならない。

毎日の排便を、親に手伝ってもらうんです。
それがどれだけ苦痛か、想像できますね。

そういった「羞恥心」なども受け入れて、
自分のやりたいことを叶えていく。

簡単に、誰でもできることではありません。

でも、毛利氏、爽やかなんですよね、読んでて。
こういう人柄だから、多くの人が手助けしてくれるのかも。


できないことを数えず、できることに目を向けよう。

自分も、もっともっとできるんじゃないかな、
そう勇気をもらえる1冊でした。


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心の器を大きくするには

2017.01.16(06:30) 173

タイの説法でよくされるお話です。

「飯がまずい。暑くてたまらん。今日も雨か」

何かにつけて、いちいち文句をつける男がいました。
あるとき寺へ出かけ、
そこにいた住職にぐちり始めました。

男のぐちが一段落したら、
話を聞いていた住職が、男に言いました。

「大きなスプーンいっぱいに盛った塩と
小さなコップを持ってきなさい」


男がそれを持ってくると、
住職は、コップに塩と水を入れて言いました。

「さあ、どうぞ飲みなさい。お味はどうかね?」

「とても、しょっぱいです」

住職は、大きなたらいを持ってくるよう、男に言いました。
そして、同じ塩の量と、たらいにいっぱいの水を入れて、
男に飲ませました。

「お味はいかがかね?」

「薄味で、しょっぱくなくなりました」

苦しみも同じじゃよ。
自分の器を広げていけば、
苦しみの味も薄くなっていくものじゃ




人の幸不幸の原因は、外側の現象にあるのではない、
受け止める側の心の器の大小によるということを

知らしめるお話です。


これは、タイに出家したプラユキ・ナラテボー氏の
『仕事に効く!仏教マネジメント』に出てきたお話です。


心の器」を、
生じてくる現象を受容できる力
こう表現されてました。


なんでもかんでも受容できるほどの
器の大きさを持つ、のはまだまだ難しいです。

やはり文句を言いたくなることだってあります。

でも、文句を言い過ぎてないかと
自省することは、必要かなと思います。


先日、小学校1年生の書いた詩を見つけました。
こんな詩なんです。


おひさま

おひさまってさ
さむがりやさんだよね
なつはのんびりしてるのに
ふゆはすぐ
おうちにかえっちゃう



この子どもの感性、いいなあって感じました。

冬の日没時間が早い時期、
私の住んでいる地域の小学生は、
16時半になったら、帰宅しなければならないのです。

学校が5時限・6時限ある日は、
ほとんど、外で遊ぶ時間はないんですよね。

でも、この詩を書いた子は、
文句を言ってるわけじゃありません。

おひさまの事情ってものを受容して、
それを言葉で表現している・・・。


子どもの感覚は、
大人が思うほど、幼くないんだなと感じます。

というよりも。

見習わないといけないんじゃないかな。

説法のお話に出てくる男のように、
暑いだの寒いだの、雨だの雪だの、
ごはんがおいしくないだの。


どうにもならないことや、些細なことに
いちいち文句をつけてるようなことは、ないだろうか?

子どもに見習うことって、多いです・・・。
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