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いじましくて、いじらしい、「明日の子供たち」

2017.07.31(06:45) 370

きっと、すべての恋はいじましさといじらしさが縒り合わさって出来ている。


『明日の子供たち(有川浩:著)』のなかの一文です。

「いじましさ」と「いじらしさ」
一字違いの言葉ですね。

いじましい
いじらしい



違う意味だけど、「意味を説明して」と言われて、ちゃんと説明できないことに気づく・・・。

で、辞書で調べてみましたら。

いじましい:みみっちい、意地汚い、あわれな感じがするほどけちくさい

いじらしい:あどけなくて可愛い、痛々しくてかわいそうな様子



全然、違うやん。
一字違いで、こんなに違っていいのかってくらい、違うやん。

「いじましい」って、あまり使わないことにも気づきましたが、
これ、他人に向かって使うには気をつけないと、というか、
ほぼ、悪口に捉えられますね。


自分で自分を揶揄するときに使うくらいかな。
「こんな努力してる私、いじましいヮ~」って。


小説では、恋に対する高校生のころの自分を思い出して、上記の表現をしていたんですけど、
そういう、「いじましい」努力をしてしまうのも、青春の一部。

カッコつけたくなる、
大人ぶってみたかった、
そんなお年頃だった(山の向こうを見るような私)。

そんな「いじましい」自分が、「いじらしい」という(笑)。



ちょっと意識して使ってみたくなった言葉でした。
でも、「いじましさ」は気をつけないとね。
相手を低く見る自分がいてるかもしれないから。
自分にだけ、使おうっと。

でもほとんどの人は、いじましさといじらしさが同居してますよね。




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福祉に関わる人が読んでおきたい、「明日の子供たち」

2017.07.30(06:45) 369

「かわいそうに」と言われることが一番嫌いです。


児童養護施設を舞台にした小説、『明日の子供たち(有川浩:著)』です。



「児童擁護施設」とは、
突然の災害・事故・離婚・病気・不適切な養育などなど、
さまざまな理由で親と住むことができなくなった子供たちが暮らす施設です。

この小説の大きなテーマは、
勝手なイメージで決めつけてしまうことの危険性です。


次のような文章がありました。

子供たちを傷つけるのは親と一緒に暮らせないことよりも、親と一緒に暮らせないことを欠損と見なす風潮だ。
子供は親を選べない。
自分ではどうにもならないことで欠損を抱えた者として腫れ物のように扱われる、そのことに子供たちは傷つくのだ。




三浦しをん氏の、『本屋さんで待ちあわせ』というエッセイにあったんですが、
その一部を紹介します。


「悲惨でかわいそう」などとステレオタイプの認識に甘んじ、彼らの生活にも笑いやたくましさが当然あることを知ろうともしなかった自分に腹が立ってきます。
無知と無関心と怠慢こそが、理解の芽を摘み、絶望と断絶を生む温床となるのだと、肝に銘じようと思いました。




人には人それぞれの事情があること。
その人たちの1日は、「かわいそう」の一言で終わるほど単純なものではないってこと。
人として当たり前にある、喜怒哀楽があり、
些細だとしても、喜びや希望につながることだってあること。
それを知った上で、適切な「じゃあ、どうするか」の行動にいくんだと。


ただ、「かわいそう」という前提を持ってしまうと、見えなくなってしまうだろうと思います。
無知と無関心と怠慢こそが、理解の芽を摘み、絶望と断絶を生む温床となるのだ。

コミュニケーションの基本でもありますよね。


重いテーマを扱う『明日の子供たち』ですが、全体としてはとても爽やかに読み進めます。
なぜなら、悪い人が1人も出てこないから。

意見の食い違いや衝突はあります。
でも、みんな自分の立場や考えがあってのことで、
決して、自分一人の得のために行動してる人がいないんです。

そこが、いい。

この重いテーマに悪い人が出てきたら、げんなりするだけだから。

みんなが、子供は自分の将来のことを、大人は子供の未来のことを、
良くなるように、それだけを願って行動していく姿は、とても爽やかで清々しかったです。


「児童養護施設」の現状などに興味のあるかたは、ぜひ読んでみてほしいなって思います。
こういった施設で働くことに、情熱を持ちすぎる人にも読んでいただきたいな。
介護施設とかもそうなんですけど、
あまりにも理想的に、「家族のように」接して、と意気込むと、
ある日突然、ポキッと心が折れて、退職してしまいます。
そのあたりの、家族のようには出来ないこと、福祉のプロとはどういうものか、
そういったことも学べると思いました。




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悪者をやっつけることはいいことなの?「サブマリン」

2017.07.29(06:45) 368

先日の「土用の丑の日」で調べたついでに分かったことがあるのでお知らせします。
*ちなみに、今回は吉報ではありませぬが、ご容赦願います・・・。


ネットにあったんですけどね、

トノサマバッタという名前をつけたのは、平賀源内だ。
だいたいのことは平賀源内がやっている。
土用の丑の日を作ったのも、
万歩計を作ったのも、
自動車を作ったのも、平賀源内だ。




源内さん、本当にいろんな発明やってますね!











信じますか?


「ネットに書いてあればそれが答えだと思い込む。
ってことはだ。
それを利用する手はあるよな」



『サブマリン(伊坂幸太郎:著)』のなかのセリフです。

今や、ネットで検索すれば何でも分かる世の中。
便利です。

しかし、それが嘘の情報だったら?
それが嘘だと分かりますか?


インターネットが出来た頃は、
「こんなに素晴らしいものが!!」だったんですが、

今では、
「嘘もいっぱいあるから、見分けないとダメじゃん・・・」に。


そう、
知りたくて検索して調べた答えが、
正しいのかどうか、
自分で調べなくてはいけません。


でもこれ、
当たり前にやっていたことに戻っただけなんですよね。
ちょっとの間、さぼっちゃったから、
騙されたような気分になるだけで。


ネットの答えだけが正しいと思い込まないように、
コロッと騙されてなるものか、ということは忘れずにいたいですね。





さて、
『サブマリン』は、エンターテイメント小説です。
面白いです。私は伊坂幸太郎氏の作品は大好きなので、これもお勧めです。


面白く読めますが、テーマは重たいことを扱っています。

「悪いことをする人を、やっつけたらダメなの?」というものです。


子ども用のアニメやヒーロー物は、問答無用で悪者が退治されますね。
それとは別の世界。

他人を脅迫している人を脅迫することは、罪になるの?

無免許運転で人を死なせてしまったとして、その死んだ人はこれから人を殺しにいくつもりだったとしたら?
どっちが悪い人なの?



こういったことが、軽やかな展開のなかで繰り広げられています。
登場人物の1人・陣内さんのめちゃくちゃ論理に笑わされながら。


『チルドレン(伊坂幸太郎:著)』の続編となっていますが、
読んでいなくても大丈夫。
読んでいたら、さらに面白く読めます。



今日もありがとうございます。
万歩計を作ったのは、平賀源内です。


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生きながら幽霊になる方法、「泥があるから、花は咲く」

2017.07.28(06:45) 367

夏といえば、「怪談・幽霊・心霊写真」なども風物詩のひとつでしょうか。
私は、超苦手です。


ホラー映画って、本当に怖いですね、ここ数年のものは。
予告からして、怖い。
「リング」、観てません。貞子さん観れないです。


幽霊といえば、お決まりのポーズというか、姿がありますね。

手を前にだらんと出して、足がなくて・・・




泥があるから、花は咲く』を読んでいたら、幽霊の特徴というものの章がありました。

幽霊にある、3つの特徴


1、おどろ髪をうしろへ長くひいている
2、両手を前へ出している
3、足がない



そして、この特徴それぞれに、意味があるというのです。


1、髪を長くひく

済んでしまってどうにもならない過去のマイナスを、いつまでもぐずぐずひきずっている。
どうにもならないことをいつまでもひきずり続け、
心がうしろにばかりとらわれている。
これを、おどろ髪を長くひくという形で表している。
(おどろ髪=ぼうぼうに乱れた髪を指す。「おとろし」という髪の乱れた妖怪が語源)



2、両手を前へ出している

くるかこないかわからない未来を取り越し苦労して、
こうなったらどうしよう、ああなったらどうしようと、生きる姿勢が前のめりになっている姿を表している。



3、足がない

生きるということは今、この一瞬でしかない。
その一瞬を心が過去へ未来へと飛んでしまう。
あるいは、心があの人やこの人のところへ、違う場へと飛んで行って、今ここを取り逃がし続けているありさまを表現している。



今をちゃんと生きていない姿が、幽霊というわけですか。
こんな意味があって、あの姿だったとは・・・。


過去や未来に重心がいって、今この足元が浮いてしまう。
気に入ったことを追いかけ、気に入らないことからは逃げ、
思うようにいかないと落ち込み、
姿勢がつねに崩れる。




生きてて幽霊っぽいことになっていないだろうか・・・。
過去をひきずり、未来に重心を傾けていないか。
姿勢がまっすぐじゃないと、幽霊になってしまうのです。


今日、ただ今に取り組む、ここを正念場として姿勢を正す。

幽霊からも、学べますね~。





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骨惜しみしていない?

2017.07.27(06:45) 365

ぼくはいのちのかたまりです    佐々木維

ぼくはいのちのかたまりです。
これがなかなか複雑で、
けっこううまくできている。
数十兆個の細胞が
それぞれ図面を持っていて、
きょうもぼくをつくってる。

図面の半分、パパからもらった。
だから、ぼくは足が速い。
残りの半分、ママからもらった。
だから、ぼくは一重まぶた。

瞳にうつる、光と影。
鼓膜をふるわす、空気の振動。
鼻くうに飛びこむ、においの粒子。
途切れることない
「世界」からのサインが、
指令塔に向かってかけぬける。
時速350キロのスピードで。

大気を吸いこめ、その肺に。
酸素よ溶けこめ、血液に。
拍動をくりかえすぼくの心臓が、
体のすみずみまで、それを届けるだろう。

筋肉よ収縮せよ。
骨よアングルをかえろ。
さあ前へ、さあ前へ。
ぼくは一歩前へふみだす。

二本の足で大地に立ち、
背筋をのばして前を見る。
言葉を使ってきょうを語り、
リズムにのせてあしたを歌う。

ぼくはぼくを「ヒト」と呼ぶ。

ぼくはいのちの連なりです。
数十億年の時を超え、
「未来」という名の明日を待つ、
そんないのちの一つです。

きみがそうであるように。





看護学校で、一番初めに習ったことは、
「看護概論」と、「解剖学」でした。

その解剖学を思い出した詩です。

ヒトの体って、ひとつずつ全てに名称がついていて、どれもずっと働いています。
手首に骨が8個もあって、その一つ一つに名称があり、「それ、テストに出るかもね」なんて言われて「どんだけ覚えなアカンの・・・」と驚いたあのころ。

失くしてからやっと大切だったと気づくのか。
それではもったいなさすぎます。

ぜんぶ大事、そしてぜんぶ使ってあげないと。
体のひとつひとつは、正しく使ってもらいたがっているんですよね。

オーバーワークがダメなことはみんな言うけど、使わないことにはあまり目くじらをたてない。
「骨惜しみするな!」って、聴かなくなったなあ。


『99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』に、
「自分の力を出し惜しみする」ことは、命を粗末にすることや。
という教えがありました。




せっかくもらっている力を、力の通りに使う。
そうじゃなければ、粗末にしていることになるって。


ちょっとビックリしましたね。
粗末にしてるつもりなんてないけど、そういわれると、出来ることをなにかと理由をつけてしないことがあるかもなあって思いまして。
「ここで無理したらアカン」なんて、都合良く解釈して、ホントは無理するほどじゃないことをやらないとか。
あるかもなあって。


子どもは、いのちのかたまり。
大人だって誰だって、死ぬまでいのちのかたまりです。

使わず腐らせたらもったいない、自分のちょうどいい働きで、体を使ってあげたいです。


100点は無理かもしれん。
でも、MAXなら出せるやろ。

           (松本人志)



ウチの長男も、今日から夏休みです。
「毎日寝坊してもいいの!?」と勇んで訊いてきました(笑)。
動け動け!


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2017年07月
  1. いじましくて、いじらしい、「明日の子供たち」(07/31)
  2. 福祉に関わる人が読んでおきたい、「明日の子供たち」(07/30)
  3. 悪者をやっつけることはいいことなの?「サブマリン」(07/29)
  4. 生きながら幽霊になる方法、「泥があるから、花は咲く」(07/28)
  5. 骨惜しみしていない?(07/27)
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