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美しいものを美しいという、「世界はうつくしいと」

2017.08.31(06:45) 403

世界はうつくしい   長田弘


うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。




長田弘氏の詩集、『世界はうつくしいと』の中の一編、「世界はうつくしい」の冒頭です。




懐かしいことを思い出しました。
私は20代のころ、ホテルの客室清掃のバイトをしていました。
そこのベテランパートのおばちゃんの一人が、「美しい」を口に出せる人だったんです。


客室清掃は、清掃だけじゃなく、バスルームで使うタオルの用意もします。
タオルに染みや汚れがないかをチェックし、畳みなおしてセットします。


そのおばちゃんはタオルの汚れをチェックする際、
汚れを見つけたら
「美しくない!」と新しいタオルと換えて、その新しいタオルをチェックし、
「よし、これは美しい!」と言ってたんです。


私はそれを見ると、
「大げさやなぁ、”汚れてる”とかでエエんちゃうの?」と思ってました。


休憩時間の雑談のなかでも、そのおばちゃんは好きな小説家のことを、
「あの人の文章は美しい!だから素晴らしいのよ」と表現してましたね・・・。

さらりと「美しい」を日常で使っていたあのおばちゃん、
誰よりも速く美しく客室を整えていました。
貴重なお方でした。


自分がいかに「美しい」という言葉を口にしていないか。


ほんっとに、「うつくしい」という言葉を言ってません。
せいぜい、「きれい」です。


美しいと感じていないから言葉が出てこなくなったのかな。


詩人は、

風のにおい
雲の影
なにげない挨拶
雨の日の家の屋根の色
過ぎてゆく季節
さらりと老いてゆく人の姿

こういったものを「うつくしい」と言っています。


地球には「うつくしい」ものがいっぱいあるし、それらを見ていこう。
そんなふうに思います。


詩の最後の数行を紹介して終わりにします。


一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何一つ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。






今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
街路樹が少し色づいてきています。
もうすぐ、秋のうつくしい景色でいっぱいになりますね。


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どうぞよろしくお願いします

2017.08.30(06:45) 402

ありえなくありのままです僕たちをどうぞよろしくお願いします




『どうぞよろしくお願いします(枡野浩一:編)』より。
短歌集です。
短歌って、五・七・五・七・七で構成されますよね。
最後の七・七を、すべて「どうぞよろしくお願いします」と決めた遊びの短歌ばかりを集めた本です。


ことば遊びと、少し遊び心のある写真とで作られた本、
ここではいくつかの短歌を紹介したいと思います。
*ここで掲載した写真は本と関係ありません



ああぼくは虹もくじらもわかりません どうぞよろしくお願いします




レシーブもサーブもトスもできません どうぞよろしくお願いします




水滴の数だけ孤独になりました どうぞよろしくお願いします




年月を砂に変えうる装置です どうぞよろしくお願いします




しあわせになっていきそうこの場所で どうぞよろしくお願いします



さようなら似たような日々あすからも どうぞよろしくお願いします



五・七・五 だけでも、いろんな感情を込めることができるんだなあ。
遊びだからなんでもいい、ダメなものなんてないですしね。

いつも短く書きたいと願う私でした・・・。




最後まで読んでくださりありがとう どうぞよろしくお願いします

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老いるにも知恵がいる、「人は成熟するにつれて若くなる」

2017.08.28(06:45) 400

八月の終わり


もうあきらめていた夏が
もう一度力をとりもどした
夏はしだいに短くなる日に濃縮されたように輝き
雲ひとつない空に灼熱の太陽を誇らかに示す

そのように人間もその努力の終わりに
失望してすでに身を引いたのに
突然もう一度大波に身をゆだねて
命の残りを賭けて跳躍してみることがあろう

恋に身をやつすにせよ
遅まきの仕事を始めるにせよ
彼の行為と欲望の中に終末についての
秋のように澄んだ深い自覚が響きわたる




『人は成熟するにつれて若くなる(ヘルマン・ヘッセ:著)』のなかの詩です。



「老いてゆく中で
若さを保つことや善をなすことはやさしい
すべての卑劣なことから遠ざかっていることも
だが心臓の鼓動が衰えてもなお微笑むこと
それは学ばれなくてはならない」


老いることへの知恵がつまった、賢者からの贈り物のような本です。


老いても恋に身をやつす・・・。
文豪・ゲーテも、82歳で最期に遺した言葉は
「光を・・・もっと光を・・・」ですが、

この言葉が意味するところは、女性を見たかったということだそうです。
いくつになっても・・・ですね。


つい先日、79歳の自治会長が児童買春の容疑で逮捕されていましたね。
あれも老いても・・・の姿でしょうが、
やはり、「澄んだ深い自覚」が必要だったよね~としみじみ思います。


今一度、命を賭けて跳躍してみることがあるのが人生なんでしょうが、
こう思うと、退屈きわまりない平々凡々で終われる人生が
なんと得難いことかと感じます。
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ありがとうなんて言いたくないときに、「テオの「ありがとう」ノート」

2017.08.27(06:45) 399

障がい者だからって、なんでも「ありがとう」って言わなきゃいけないの?




帯コピーに魅かれて手にとった本です。
中学校の読書感想文課題図書に指定されているようです。

そういう本って、説教臭くて面白いものがあまりないというせんにゅうが。
でも「なんでも『ありがとう』って言わなきゃいけないの?」という問いに興味が出ました。



生まれつき両足と左手にマヒがあり、車椅子で生活している12歳の少年・テオ。
家族の負担が大きくなってしまうため、施設で生活しています。


施設の職員に着替えや食事、入浴の介助をしてもらっています。
そんな毎日が当たり前だったんですが、ある日思ったのです。


なんで頼んでもいないことにまで『ありがとう』って言ってるんだろう?
おかしくない?
ボクは好きで障がいをもって生まれたんじゃないのに。
障がいがなければ言わなくていい『ありがとう』がいっぱいじゃん!



そこでテオは、なにをしてもらっても「ありがとう」と言わないことにしてみました。

でもこのやりかたはうまくいかなかった。
みんなの機嫌を損ねただけだったし、テオ自身も居心地が悪かった。


次にどうしたか。

「ありがとう」を言う回数より、
「ありがとう」と言われる回数を多くしよう
と考えたのです。



してもらって当たり前だったことを、自分でやろうとしました。
そうするとお礼を言う回数を減らすことができます。

それだけでも大進歩、「自立」を始めたんです。
さらにもう一歩、がんばります。

両足と左手のマヒがあってもできる、「お手伝い」を始めました。


施設で暮らしているので、自分より年下の子もいます。
その子たちにやってあげられることが意外と多いことに気づいたんです。


テオの自立にちょっと感動です。
これだけだと説教臭いですね。
おもしろいところが出てきます。


テオ、疲れてしまいます(はりきりすぎた笑)。


そうすると、「ありがとう」にケチになっていったんです。
疲れてお手伝いがあまりできない日は、「ありがとう」をもらえません。

するとそんな日は、自分から「ありがとう」を言いたくなくなっているのです。


もらう「ありがとう」と、言う「ありがとう」の数を数えているテオ。
(だから、「ありがとう」ノートなんです。ノートに記録してる)



こういう、少しけちんぼの気持ちになることって、自分にもあるよな~って思ったんですよね。
数えたりはしませんが。
「なんで自分ばっかり・・・」なんて気持ちがね。特に昔はよくあったと思う。

疲れてると、人に親切にできなくなる。
それは障がいがあってもなくても一緒なんですよね。


著者自身、障がいを持つお子さんがいらっしゃるそうです。
同じ障がいの設定かどうかは分かりませんが、テオが生き生きと表現されています。



してもらったんだから「ありがとう」を言うのが当たり前。
そのことに疑問をもつこと。


実は自分がちょっとがんばれば出来ることをやらないで、
やってもらっていることがあるんじゃないの?って考えること。


自分が「ありがとう」と言ってもらうにはどうしたらいいのか考えること。

「ありがとう」って言わない人に、ムカ(イラ!)としている自分はいないか。
相手のしてほしいことをやっていないのに「ありがとう」を求めているんじゃ?とか。


中学生用に指定された本ですが、私はこのお話好きです。



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濁点があるかないかでこんなに違う

2017.08.26(06:45) 398

清と濁


世の中は澄むと濁るで大違い
刷毛に毛があり 禿に毛がなし

世の中は澄むと濁るで大違い
福に徳あり 河豚に毒あり

世の中は澄むと濁るで大違い
人は茶をのみ 蛇(ぢゃ)は人をのむ


   『食前食後(池田弥三郎:著)』




世の中は澄むと濁るのちがいにて、
キスは甘いし、疵は痛いし

世の中は澄むと濁るのちがいにて、
旗はヒラヒラ、肌はチラチラ

世の中は澄むと濁るのちがいにて、
ためになる人、だめになる人

世の中は澄むと濁るのちがいにて、
菓子は食いたし、餓死は食えない


   『ことば遊びの楽しみ(阿刀田高:著)』





濁点のあるなしでこんなに違う。
面白いですよね。



キラキラした人に憧れても、
ギラギラした人に憧れない(笑)。



言葉遊びばかりですね(=∀=)。
今年の8月は「夏はどこにいったの?」というほどの天候続きでしたが、
今また暑さが戻ってきましたね。

こうなると、「夏バテ」も戻ってきそうなんですが、
この濁点を取ると、
「ナツハテ」=「夏果て」という、晩夏をあらわす季語になります。


濁音有利の状況かもしれませんが、
もうすぐ清音が静かにやってきます。
それまで出来るだけゆったりいきましょうね。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます!
今回の記事は、『名文どろぼう』より引用しました。




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2017年08月
  1. 美しいものを美しいという、「世界はうつくしいと」(08/31)
  2. どうぞよろしくお願いします(08/30)
  3. 老いるにも知恵がいる、「人は成熟するにつれて若くなる」(08/28)
  4. ありがとうなんて言いたくないときに、「テオの「ありがとう」ノート」(08/27)
  5. 濁点があるかないかでこんなに違う(08/26)
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