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2017. 10. 31  
ボクがボクのことを嫌いだったんだ。


ここ数年は空前の「猫」ブームでしたね~。
猫に思い入れのなかった私でも、かわいい表情やしぐさの写真や動画を見る機会が多いと「かわいいな~」って想うようになりました。


そんな猫ブームの、次のブームがやってきているそうです。
次は、

ハリネズミ

すでに「ハリネズミカフェ」なども出店しています。
たしかに、愛らしい姿なのです。

よかったらこちらの動画をご覧ください。24秒で終わります。


足が!
足がかわいらしすぎる!


ちゃっかりブームに乗っかり、今回はハリネズミのフォトエッセイ本を紹介します。



『ボクの針は痛くない(shin5:著)』

ボクの針は痛い
そう思っていた

みんなが
針 痛いんでしょ?
って言うから
痛いもんだと
思っていた



嫌いならほっといてよ
触らないで
最初から近づかないで
ボクはすみっこで丸まって
イヤなことが通り過ぎるのを
ずっとずっと待っているんだから



一人に飽きて街にでれば、たくさんの人であふれ、
肩がぶつかり、足を踏まれ、心無い言葉を
多く浴びせられることになる。

自分が失敗することを恐れ、誰かが失敗すると喜び、
責められることから逃げて、
誰かを責めるような最悪な日が続いた。





ハリネズミのトゲ、短いですが触ると痛いそうです。
いつもは大丈夫なんですが、
ハリネズミが緊張したり怒ったりすると身体を丸め、トゲが刺さるようになってます。


しかしヤマアラシと違い、ディフェンス専門。
(ヤマアラシのトゲは武器になります)
自分の身を守るだけです。


人間の心もそうやってハリネズミのトゲを張り巡らせている状態のときがありますね。
私も一時期そうだったな・・・。

攻撃はしないんだけど、とにかく「ほっといてよ」って感じでした。

何を怖がっていたんだろうな。
トゲで身を守らなくても、優しい人がいっぱいいた。
そのことに気づけて、良かった。


トゲだらけの時期があったからこそ、人のやさしさに気づけたのかもしれないから。
ムダな時期だったとは思わないでいられます。



ボクはみんなに嫌われていたんじゃない
みんながボクのことを嫌いなんじゃない
嫌いなのはボクだった
ボクがボクのことを嫌いだったんだ


ボクの針は痛くない




表紙の写真の足もかわいらしい♪
画像をクリックすると、「試し読み」ができるページへいけます。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございました
次回もハリネズミネタ、「ハリネズミのジレンマ」について書きます。

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2017. 10. 30  
日に新た、日々に新たに、また日に新たならん。

「大学」という、中国の古い書物の言葉です。

「大学」とは、論語と並ぶ四書五経のひとつで、
孔子の高弟・曾子とその弟子がまとめたとされています。


大学というと日本の学校を想像してしまいますが。
「大人(たいじん)の学」、オトナになるための学、ということです。

常に自分を磨きつづけ、かつ周囲に良き影響を与える人。
こういう人間をつくるための学問です。


「大学」に対し、「小学」もあるそうです。
こちらは、
人として当たり前のことをきちんとやろう、という学問だそう。



日に新た、日々に新たに、また日に新たならん。
この言葉は、大学のなかに書かれている言葉のひとつです。
意味は、

今日の行いは昨日よりも新しくよくなり、明日の行いは今日よりも新しくよくなるように修養に心がけねばならない。


私はこの意味を知ることよりも、言葉そのものの歯切れのよさがすごく気に入ってしまいました。

「日に新た、日々に新たに」


こんな俳句がありましたよね。
 松島や ああ松島や 松島や


このように、
 日に新た 日々に新たに 日に新た


昨日、らせんについて書きましたけど、
毎日は同じように見えても、そこにとどまってぐるぐるくり返してるわけじゃなく。

らせんを描き、元の場所からちょっと上(前)に動いているはず。

日に新た

毎日ちょっとずつらせんを描くように、良いほうに向かうこと。


そんな毎日を思い描いて。
ブツブツつぶやきながら♪(/・ω・)/ ♪





今回のお話も、『「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる』より引用しました。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 29  
パプア・ニューギニアの神話をご紹介します。


「空とカタツムリ」

空は自分より大きなものは存在しない、と思っていたし、
世界中の誰もがそれに同意していました。
空は満足げに見回していると、カタツムリを見つけました。
カタツムリは言いました。

「空さん、空さん、空さんよりぼくのほうが大きいよ」

空はそんなことあるものか、とカタツムリに言いかけて、やめました。
カタツムリが背負っている殻のらせんを見たからです。

「ほんとうだ。カタツムリさん、あなたのほうがぼくより大きいですね」



中心から外に向かってらせんがぐるぐる大きく広がっている。
それは終わりのないぐるぐるらせんで、やがて宇宙へと飛び出していく。
空は限りがあるけれど、らせんにはない。




宇宙自体もらせんを描いてますよね。
銀河系などの画像を見ると。

実は、太陽系もらせんを描いているんですって。
この映像を見て「すごいー!」ってびっくりしました。
3分ちょっとありますが、最初の30秒ほどを見れば充分です(笑)



黄色い丸いものが、太陽です。
すごい速さで移動していく太陽を追いかけるように、
らせんを描いてついていってるのが、地球や金星や土星など。

じゃれあってるようにも見えて、楽しそうだ、星。


学校で習った太陽系の図って、平面だったから、
星たちは楕円形を描いて動いていると思っていました。

ちがうんだ、ものすごいスピードで移動してる!

地球もすごい速さでらせんに動き、さらに自転までして。
・・・考えていたら、頭がくらくらしてきました。
よく地球から落っこちないでいるわ、人間・・・って。


宇宙の構造と同じものを人間も持っていますよね。

DNAの二重らせん。


神話と同じように、人間も空より大きいといえるのかもなあ。
夏目漱石の『三四郎』には、

「日本より頭の中のほうが広いでしょう」という名言が出てきます。
漱石には分かってたのかな・・・。


小さな神話なんだけれど、雄大なものを想像して楽しかったです。
空の謙虚なところも好もしい♡






『「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる(阪本啓一:著)』より引用しました。
商売のことを書いたビジネス書なんですが、
著者がサービス精神旺盛なかたなんでしょうか、
もってる知識全てを動員してくれたかのような、読み物として充分に楽しむことができました。





今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 28  
描けるまで続けていく。



圧倒的な記録を本にまとめた
『はげまして はげまされて(竹浪正造:著)』です。



サブタイトルが、「93歳正造じいちゃん56年間のまんが絵日記」。
1918年生まれのじいちゃん、長男が3歳のころ(昭和29年)から絵日記を描きはじめました。
じいちゃんは36歳のころからずっと描き続け、ノートは2300冊を超えました。


56年間を抜粋したものですけど、ホント何気ない日常を綴ってきたんだな~と。
わんぱくだった長男のいたずらを、長男が大きくなったら
「お前はこんなに悪さばっかりしてたんだぞ」と見せてやろうと考えて描き始めたそうで。

長男、「窓から小便するんだぢや~!」と泣きわめいたり(笑)。
よくお尻を叩かれてたみたいです。


ちょっと紹介してみましょう。

<昭和30年1月7日>
(奥さんが風邪で寝込んでいます)
零下8度という。こぼれた水がすぐ凍ってしまう。
今日も会社を休んで、炊事と子供達のお守り。
いやはや、女の苦労がみにしみました。



<昭和30年6月24日>
夕食で食べたほやの中毒。一家全めつ。

(お腹をおさえて病院に行く一家の絵)


<昭和37年1月6日>
我が家に電話機がやってきた。ベルはなるけれど通話が全然だめ。
「ハローハロー バカヤロー」



子供達の進学や結婚などのとき、夫婦2人で子どもへ送る荷物の中身など。
どのページもありふれた、でも幸せそうな家族が描かれています。
(しかも色まで塗られています。やさしい色使いです)

あれです、新聞朝刊の最後に載っている4コママンガ。
あの雰囲気をまとっているのです。
ほのぼの~。



いいことばかりではありません。
昭和62年、奥様は帰らぬ人になってしまいました。
平成13年には長女の聖子さんまで・・・。


よその家族のことながら、同じように悲しんだり喜んだりしてしまいました。
人生には喜びも苦しみも悲しみも等しくあるんだな。

じいちゃんの、ささやかな日常を大切に愛する、敬う心が伝わってくるからでしょうか、
読んでいて、よくこの記録を残してくれたな~、じいちゃんみたいな人がいてくれて良かったな~と素直に思えます。




ところで何がすごいって、やはり56年も続いたことではないでしょうか。
よく人からも訊かれるそうです。
「どうしたら続けることができますか?」って。


別のインタビュー記事からですが、じいちゃんの答えを書きますね。


・記憶より記録

人は忘れる。だから、とにかくすぐにメモをとる。
そうしておけば、あとから2,3日分を描くことだってできる。


・続けると決める

がんばること。
死ぬまで描けるならば描いてみる!こう決めた。



じいちゃんはある日の日記を見せます。
そこには、「日記を書くのが大儀だ」とグチをこぼしたじいちゃんが記録されています。

友人は、「やめればいい。そしたら楽になるよ」と言ってくれています。


「やめたら、と言うてくれたが、それではただの老人になることだ。
日記をつけることは、誰でもやってないことの実行である。
わたしは万艱を排してでも、描けるまで続けていくつもりだと、自覚した」




自分で決めたことなのに続けられない。
こういったことはありがちです。

なぜ続けられないのか?
続けるんだと、使命にも似たような思いでやらないから、なのでは?


そしてじいちゃんがグチッた日のことですが、
そのころのじいちゃんは仕事も定年退職をしていたし、一人暮らしだったため、
時間は十分にあったはずなのです。

それなのに日記を描くのが辛いと感じていた。

ここで、
「時間がないから続けられない」
「時間があったら続けられるのに」という言い訳は通用しないことが分かります。


自分との約束を、ちっぽけな約束であったとしても、
続けると決めたなら、約束を破るようなことはしない。

それだけでいい、続けることの本当のコツは、そこにしかない。
そんなことを想いました。



奥様に先立たれて泣いて過ごす日もあったじいちゃんですが、
平成元年(1989年)、「ツル多はげます会」を発足します。

会のキャッチフレーズはこうです。
「禿げの光は平和の光 暗い世の中 明るく照らす」

オレたちは無理してはげたわけでねえ。
なーんにも後ろ指さされることねえんだ。




この会で出会った仲間たちとともに、笑顔いっぱいの日々を過ごされています。
記念撮影はフラッシュ不要!って(笑)
まさに、「はげまして、はげまされる日々」、はげはげ日記です。




なんでもない日常を丁寧に、楽しみを見つける生き方をしてきたじいちゃんですが、
平成29年10月12日に永眠されました。満99歳。
「老衰」だそうです。
きっと天国で奥様や長女さんとつもる話をされていることでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。



『一生一途に』
こちらは昭和20年前後の記録絵日記です。
じいちゃんは中学卒業後、満州鉄道に入社していました。
その後関東軍に入隊。

戦争が終わったときは北朝鮮にいたのです。
奥様と2人、38度線を越え、海を渡って、日本に帰ってきます。

戦争とはどんなものであったのか、一庶民の記録から学ばせてもらいたい。
これからゆっくり読みます。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 27  
ブランコの門戸は傷心の全人類に対して広く開放されてしかるべきだ。



こんなことをしれっと口に出せる幽霊が出てくる小説、
『気障でけっこうです(小嶋陽太郎:著)』


ある日女子高生が公園を通り抜けようとしたら、
サラリーマン風のおじさんが、穴にはまっていた。
首だけ出てて、まるで地面におじさんが生えているかのように。


何してんですか?


はっきり説明しないおじさん。
結局おじさんは死んでしまい、女子高生の前に幽霊として再び現れます。


この幽霊、気障なセリフをしれっと言います。


「花は落ちて、水は流れます。
ちぎれた桜は、雨に流されて海まで行って、
どこかの島に流れ着いてまた別の花として咲くんですよ」



気障。


悲しみにくれる女子高生とともに、2人が出会った公園に行きます。
そこでブランコに乗りながら・・・


「ブランコの門戸は傷心の全人類に対して広く開放されてしかるべきだ」
ブランコの鎖を触って、きいっと揺らした。

「ああ、単純な響きながら、どこか物憂い。
それでいて傷ついた心に柔らかく染み込むような奥ゆかしい音です」




真顔でこういったことを言われたらビックリするだろうな。
「気障」って言葉自体、あんまり使われなくなったようにも想います。
昔の映画はこんなのばっかりだったんじゃ?


気障という代わりに、
「寒い」とか、「きもっ」とか?
今はそんな感じになってるような・・・。



ところで「ブランコ」。
子どもの心を開放させ、一人でも遊べる素敵な遊具。


傷ついた心を持つ人なら、サラリーマンだろうが学生だろうが主婦だろうがフリーターだろうが、
誰だって乗っていい遊具。

黒澤映画の「生きる」でも、男性がブランコに揺られている場面が印象的。

傷を癒せるなら使いたいですね。


大人が一人で乗るには、周りの目が気になる?
それはありますよね。
私も乗るとしても子どもに付き合って公園に行くから乗るわけで。


ところが、落とし穴はそこじゃありません。


乗る以前に、
「座れない(お尻が入らない)」のです!


ホントに小さい子どもしか座れないようなサイズのブランコが増えた!
何か理由があるのでしょうか・・・。
*「アンタのサイズが問題では?」という意見は却下いたします( ̄^ ̄)ゞ


ぜひぜひ、オトナも使えるブランコの設置も考慮していただきたいと思いました。




前半と後半、物語の雰囲気がガラリと変わります。
後半はバイオレンス要素も加わります。
そして、女子高生の言葉遣いがたいへんなことになっています。
今どきの子ってこんなしゃべりかたするのか・・・。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 26  
全力が必ずしも最善ではない。



『統計学が最強の学問である(西内啓:著)』です。



統計学?
著者がギュッと要約してくれている説明はこうです。

・経験と勘を数値化する。

・一番センスがあって、勘が働く人がわかっていることを、誰もが使えるものとしてノウハウに落とし込むこと。


ぼう大に集めたアンケート数値やデータなどから、最善のノウハウを見つけること、ともいえます。
専門用語や数字もたくさん出てきて、私には難しい本でしたが。
(でもベストセラーになってます)


どうにか分かったことが二つありました(たった二つなの?・・・)

1、統計は「良心」をもって扱うこと
2、情報操作ではないか?と注意すること。


私の想ったことを述べてみます。

1、統計は「良心」をもって扱うこと


統計を使う側になって考えてみます。
その統計(データ)をどう扱うかは、結局良心というものに委ねられるんだなと。

たとえば、流行してはすぐに廃れる「健康・美容食材」。
これがダイエットに効く!とか、これを食べれば中性脂肪が抑えられる!などなど。


こういうのは、少しのデータで良い結果が出たところだけを情報として流出させているときが多い。
だから廃れるんですけど。


科学がそんな単純に物事を解決していってくれるなら、
世の中の難病は速効、完治していけるはず。


ハゲの特効薬が、髪の毛を食べることならめっちゃ簡単ですよね。
食べるのは難しいかもしれませんが、ほら、パスタのようにするとかどうにかなりそう(笑)


でも人間の体はそんな単純に出来てない。
カラダに入れたモノが即その効かせたい臓器に届くなら、こんな苦労は全てなくなるはず。


慎重すぎて開発や販売が遅れる日本の薬事情ではありますが、
慎重になる点においては、良心的ともいえます。



面白い例えが載っていました。
テレビ通販などで、
「2つ買えば1割引!」とか、「もう1個つけて、お値段据え置き!」などで宣伝してますよね。

あれ、不思議じゃないですか?
「いやいや2個いらん、1個でええねん。1個買うから割引して~や」って思いません?


ちゃんと統計にのっとって繰り広げられている戦略なんですって。

2個、いらないでしょ?
だから、お友だちを誘うんですって、テレビを観ている人が。
「2人でお金を出し合えばお得だよ!」って。


実はこの行動が、自然とその会社(商品)の宣伝マンの役割になっているそうです。
テレビ通販を観ていない人に商品が届く。
これが広告の役割になる。


なので、値段は2個で1個分で売っているにも関わらず、全体の売り上げは30%増しになるって!


この場合、営業戦略として統計学を応用していて、
「セットで割引販売すれば売り上げが上がる」というノウハウが出来上がっているというわけ。
しかも騙したりしているわけでもなく、うまい使い方をしているな~と感心しました。



2、情報操作ではないか?と注意すること

統計は見せ方次第でどうにでも解釈できる、ということは分かりました。
使う人が「最善」を考えているのかどうかに大きく左右されます。


統計を示された側として考えてみます。

たとえば、
「東大生の44%は、幼児期からピアノ学習をしていた」

こんなアンケート結果を見せられたとします。
子どもを東大に入れたい親は、自分の子どももピアノを習わせたいと考えてしまいそうじゃないですか。
ピアノをやれば東大に入れると・・・。
実際、こういう結果が発表されたあとは、ピアノを習う子どもが急増したりするのです。


でも、反対からみると、
「東大生の56%は、幼児期からピアノ学習をしていない」事実があるんです。

そこには着目しにくいですよね。
統計から読み取れるものは何なのか、
自分が利用されようとしてるのでは?と疑問をもつこと、
情報操作に流されない目をもつことが大切なんだなということが分かりました。




「全力が最善ではない」と書きました。
著者は最後にこう述べています。


「過ちは人の常、許すは神の業」と聖書にあります。
過ちは必ずしてしまうもの。
その過ちの数を減らしていけるのが統計学なんだ
、と。


ただがむしゃらにやることが最善なのか?
そうじゃないときもあるってことを、統計学の本から教わりました。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 25  
君を笑顔に。それが仕事だ。



『スマイルメイカー(横関 大:著)』を読みました。



子供だろうが老人だろうが、テロリストだろうがロマンチストだろうが、
金さえ払ってくれれば誰でも乗せる。
そしてどんな人間でも、このタクシーから降りるときには必ず笑顔になる。
それがスマイル・タクシーだ。




お客を笑顔にするが、自分は笑わない腕の良い、少しお人好しなタクシードライバー。
突然乗ってきた12歳の強盗少年と関わってしまうミステリーです。



このタクシー、すごいんですよ。

「客に笑顔で降りてもらうため、最大限の努力を払う」
タクシードライバー・五味の信条です。

勤務時間は朝の5時から夕方の5時まで。
主にビジネスマンが客層です。(疲れ気味のビジネスマンが多い)


黄色いプリウスをタクシーにしているんですが、装備がすごい。

後部座席はリクライニングできる。肘掛けもある。
後部左右の窓にはカーテン。
トランクに置かれたマイナスイオン発生器。
使いきりのアイマスク。

タクシーに乗る数10分でも、カラダを休めるように配慮されているのです。
他にも、
風邪薬・胃薬など一般的な市販薬。
寝ぐせを直す整髪剤。
朝刊各紙、人気のビジネス書。
各会社に対応できるスマホ充電器。
こういったものが備えられているのでした。


一度でもこんなタクシーに乗ったら、次も乗りたくなりますよねえ。
実際にここまでやるタクシードライバーもいらっしゃるかもしれませんね。
私が知らないだけで。


お客を笑顔にするために、最大限の努力を払う。
これってどんな職業にもいえることであって。

私のやっている保育もそうであるんですが、
どちらかというと、
子どもに笑顔にしてもらってることのほうが多い・・・。



喜んでもらうのが仕事の目的。
お金をもらうのは手段のひとつ。これが仕事。


おろそかになりがちなこのことを、また想い出させてもらいました。



ところで、タクシーってどれだけ利用しています?
私はほとんど乗らないです。
贅沢品というか、バス・電車を真っ先に利用しますね。

なので、面白いタクシー体験なんてのは全然ないんですよ。

友人から聞いた話ですが、
「私がタクシー乗ったら、2回に1回は運転手にオナラされる!」ってのは笑いました。


ん、腹立つ? 自分が客だったら?・・・・
ま、まあ、大らかな心でもって、そっと窓を開けます ○| ̄|_




軽快な疾走感を得られる小説が好きな人、
読後感が良いものがなによりも大好きな人にはおすすめです。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 24  
「あらすじと速読なんて、フィナーレだけを早送りで聴くようなものですよ」



先日、『人生を面白くする本物の教養(出口治明:著)』を紹介しました。
そのなかに「本を読む」という章があり、
「速読」について語られている箇所があります。


速読は百害あって一利なし

本を読むのは人(著者)の話を聞くのと同じことです。
人の話はていねいに聞かないと身につきません。




私は本を読むのが好きで、一時期、
「速読できたら、もっといっぱい本を読めるんかな~」と想ったことがありました。
速読は内容も記憶しやすい、なんて説明もあったりして。
こりゃテストも楽勝や~ん、って。


そこで「速読のやりかた」なるものを読んでみたんですが、全然できない(笑)。
「この時間が無駄じゃあ!!」とすっぱりやる気はなくなりました。


必要性がないから、さっさと諦められたんでしょうけど。
世の中には「速読セミナー」なるものもあり、受講費10万円とか!
商売になってるんやなあ・・・。

速読なる本の読み方について、すっごくいい表現があったんです。


『本を守ろうとする猫の話(夏川草介:著)』です。



本を守ろうとする猫と男子高校生の物語。
本をとにかくたくさん読むことに没頭するへんてこりんな博士の研究所にやってきます。


「多くの知識を吸収するために、本を大量に速く読む!
細かい描写など必要はない。あらすじさえ分かればいいのだ。
これが素晴らしい、価値あることなのだ!」と。


博士はその本の大事なところだけ要約したものを音声に直し、それを早送りして聴いていました。
次から次へと。


男子高校生はこの違和感を、次の言葉で表現します。

「あらすじと速読なんて、フィナーレだけを早送りで聴くようなものですよ」



ここを読んだとき、「これか!違和感の正体は!!」と腑に落ちました。
世の中には、あらすじだけを書いた本、名著の要約本というものが出回っています。

便利ですよね。
古典をじっくり読む時間・根気はなくても、内容は知りたい。
そんな人(私も含め)にはぴったりなんです。


これがいかに馬鹿げているのか。
「フィナーレだけを早送りで聴いているようなもの」と言われて、ギャフンとも言えないです。


音楽を早送りで楽しむ人って、いるんでしょうか。
いないですよね、いてもごくわずかな人でしょうね~。

全然、味わえないですもんね、音楽の世界を。
本も一緒なんだ。


仕事の一部として、必要に迫られている人はいると思います。
そうした人には役立つ速読(だろう、たぶん)。


でも必要に迫られていない人には、やらなくていいもの。
じっくり味わうことを楽しむ。
これでいいんですね。



著者の本に対する愛情がひしひしと感じられる物語でした。
趣味のひとつが読書です、と言える人なら共感するところ、多々あり、です。
「出版業界、がんばっておくれ~」と想ってしまいます・・・。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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2017. 10. 23  
いつもすてきな友達と ほほえみかわすのさ




今回は先日観にいった長男の学習発表会の日記です。
どうやら、「どろぼうがっこう」という劇をするようです。


長く読み継がれている名作絵本です。すごく愉快などろぼうたち。


このお話を1年生全員でやるのです。
長男は毎日、鍵盤ハーモニカ(ピアニカ)の練習をしていました。
劇で演奏するらしい・・・。セリフはないそうな・・・。

毎日まいにち、
♪レファレソ~ ラ~ファレ~
   レファレソ~ ラ~ファレ~♪

そう、「ルパン3世」のテーマソング、どろぼうがっこうなだけに。


練習の成果は出るのか?
こちらもドキドキして観にいきました。


1年生代表のあいさつから始まり、すぐに劇が開始です。



え~・・・ぶっちゃけて言ってしまうと、
とっても分かりにくかったです(笑)。

ひとつのセリフを細かく分けて10人で言ったりするので、
とにかく分かりづらい。
そりゃね、170人いますから、全員に見せ場を与える先生の苦労が見えました。


でも一生懸命さは伝わってきましたし、
長男もどうにか間違えずに演奏できたように見えたので、ホッとしました。


けっこう大変でしたけど。
会場は暑いし、とりあえず出番のところだけでも写真を撮ろうとしても、
連れてきた次男が、暗いからか人がいっぱいだからなのか分からないけれど、
自分で立ってくれない(ウチら、遅く来たから立ち見でした)。

片手で16kgの次男を抱っこし、片手でスマホ撮影。
汗かいた~。


そして最後に、合唱。
1年生全員で、「すてきな友達」という歌を歌ったのですが。



すてきな友達   作詞:梶賀千鶴子  作曲:鈴木邦彦


人はみんな誰でも
一人では生きていけないから
いつもすてきな友達と
この手をつなぐのさ
悲しいときも仲間がいれば
つらくはない
苦しいときも仲間がいれば
つらくはない

僕も君も ときには
暗闇に落ちてとまどうから
いつもすてきな友達と
ほほえみかわすのさ
愛と仲間 それさえあれば
つらくはない
愛と仲間 それさえあれば
つらくはない




この歌が・・・目からも汗を出させるツワモノでした。
卒業式級の演出です、選曲が。
こんなん今から歌われたら、卒業式どうなんの~!?



ときには暗闇に落ちてしまうから

きっとそんなときがやってくる。
そのとき、一緒に手をつないでくれる友達がいたら心強いだろう。


と同時に。
私が友達を多く作れるタイプじゃなかったからなんですが、
這い上がる方法をいくつも知っておいてほしいと想う。


愛と仲間さえいれば、と歌っているけれど、
その強さも認めるけれど。

それ以外の強みも見つけること。
それもこれから長くつづく学校生活で見つけてほしい。

そう願いました。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございます

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2017. 10. 22  
教養とはワクワク生きるためのツールである。



言葉は知っているけれど、本来の意味がよく分からない「教養」。

教養って・・・パッと思いつくイメージが、「知識(学識)が豊富な人」かな?
そんな、「教養って何?」 にひとつの答えを表したのが、
『人生を面白くする本物の教養(出口治明:著)』です。



「はじめに」で、ココ・シャネルの言葉を引用しています。
ここでも引用しますね。


私のような大学も出ていない年をとった無知な女でも、
まだ道端に咲いている花の名前を一日に一つぐらいは覚えることができる。
一つ名前を知れば、世界の謎が一つ解けたことになる。
その分だけ人生と世界は単純になっていく。
だからこそ、人生は楽しく、生きることは素晴らしい。




教養とはこんな生き方を指すのではないでしょうか。
と、著者の出口氏は言います。

出口氏の考える「教養」は、
「人生におけるワクワクすること、面白いことや、楽しいことを増やすためのツールです」と。


他人からの評価を高めたり箔をつけたりするためのものではなく、
自分の人生をより彩り豊かにするためのものである。

こう仰っています。



教養を身につける方法は大別して2つ。

・広く、ある程度深い知識
・自分の頭で考え抜く力


そしてこの2つの力を身につけるための方法が書かれているのです。

目次より
1章  教養とは何か?
2章  日本のリーダー層は勉強が足りない
3章  出口流・知的生産の方法
4章  本を読む
5章  人に会う
6章  旅に出る
7・8章 教養としての時事問題
9章  英語はあなたの人生を変える
10章 自分の頭で考える生き方



目次を見るとなんだか難しいことになってんな~と感じるのですが、
シャネルの言葉さえ忘れなければいいと思ったんですよね。
一日に何か一つ、新しいことを知ること。


そしてシャネルの言葉から思い出した人がいました。
それは大阪のマンデーナイフ男。


訳わかんないですよね。
私が勝手にそう名づけただけだから。

大阪の実家はマンションなんですが、
毎週月曜日の午後に、「包丁研ぎ」のおっちゃんが来るのです。


曜日・午前午後で行く場所が決まっているそうで、
月曜の午後はウチの親の住むマンションのすぐ側の路肩で、
バイクを停めて、道具を広げ、
「包丁 研ぎます」と書いたダンボール紙を立て、
ずっと座っているのです(日陰もない)。
雨ならお休みです。


母は包丁研ぎのおっちゃんのところに、月に1・2回は行きます。
たまに、
「あっ忘れてた!もうすぐ5時や!おっちゃん帰ってまうわ!!」と
包丁片手に飛び出していくこともあります。(ホラーチックなサザエさんです)

研いでもらうと切れ味が全然違うそうで、無くてはならない存在だそうです。


で、そのおっちゃんなんですが、
いつも包丁を研いでいるわけではありません。
どちらかというと、ヒマそうに見えます。

ヒマで、何してると想います?


いつもいつも、文庫本を読んでいるのです、おっちゃん。


バイクも含め、全体的に「ねずみ色」で、お世辞にも清潔感のある感じじゃありません。
スポーツ新聞のほうが似合いそうなマンデーナイフ男。
しかし、必ず文庫本を読んでいるのです。

このギャップが、かっこよく見えるのです。


一度、母の代わりに私と次男とで包丁を持っていったことがありました。
やっぱり本を読んでいるおっちゃん。

「こんにちは~、包丁、おねがいします!」

次男が言いました。
おっちゃんは、
「よっしゃ!精一杯研がせてもらいまっせ!!」と早速作業にはいりました。

その言い方や表情、仕草がまたなんとも颯爽としていて。



教養がどうのこうの、難しく考えることもいらないし、身につけることも難しいことじゃなく、
マンデーナイフ男のような人が教養のある人って言ってもいいんじゃないかな~と想った次第です。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました

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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
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