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今年1年に感謝します

2017.12.31(06:55) 524

人生讃歌   武者小路実篤


生きていることはいいことだ
毎朝元気に目がさめると
ぼくは感謝する
ぼくは元気で生きられる限り
人生を讃歌したい。

人間にもときどきいやな奴がいる。
憎みたくなる奴がいる。
だがそういう人間は
実は気の毒な人間だ。
皆にきらわれて生きているのだから。

実に多くの人間は
愛すべき人々だ
限りなく愛せる人々も
たくさんいてくれる
人間は実にいいものだ。

ぼくはそういう人間を
限りなく讃美したい
人間ていいものだ
僕は人間に生まれたことに感謝して
いつも元気に生きてゆきたい




今年1年、いいこともムッとすることも笑ってしまうことも泣きたくなることもあったけれど、
やっぱり、いい1年だったなと想います。



長男が小学校に上がりましたが、最初の2ヶ月は泣いて教室になかなか入れなかったんですよね。
毎朝、校舎の入り口までついて行ってたのもすっかり昔話です。

ひそかに大変でしたね、あの2ヶ月。
校長先生にも心配されたし(汗)。

ある日突然、
「友だちと行くから大丈夫、ついてこなくていいよ!」と元気に行った日はじ~んとしました。



こうしてブログを続けていられたことにも感謝です。
読んでくださる人がいることに感謝です。


とくにコメントでやりとりする楽しさを知ることができたこと。

本当にありがとうございました。

来年も細々と続けていこうと想っています。
おヒマがありましたら、また覗いてください。
何か書いています(笑)


皆様、よいお年をお迎えくださいね。


来年も元気に生きてゆきましょう☆


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自然環境を考えたい、「アザラシの赤ちゃん」

2017.12.30(06:55) 534

美しいもの、可愛らしいものを見て感動する気持ちは、
どんな小理屈よりも強い。




『アザラシの赤ちゃん(小原玲:写真)』です。



かわいい~
あぁかわいい~

とにかく愛くるしいです。

癒してくれる写真集だと想ってページをめくっていき、写真家のあとがきに・・・
考えさせられることが書かれていました。


写真家・小原玲氏はもともと、報道写真家だったそうです。
天安門事件や湾岸戦争などを追いかけていました。

しかし、

人間の悲しみを追い続ける仕事に疲れた。


もう悲しみやごたごたは撮るのをやめようと思って、動物写真家に転身、
アザラシは20年撮り続けました。


すると今度は、

流氷で起こっている異常気象を人間に伝える役目がまわって来てしまった。

温暖化で流氷が少なくなってきているのです。
アザラシの赤ちゃんは生まれてすぐは泳げません。
お母さんが子育てをしてくれるからこそ、生きられます。

しかしその子育ては2週間で終わります。
お母さんは出産2週間後にはオスとともに北の海を目指して行ってしまいます。

残された赤ちゃんは自力で泳ぐこと、魚を捕まえることを学んでいきます。
それをマスターするまでに約2週間。

その期間の赤ちゃんを守るのが、流氷なんですって。
流氷の上にいれば、シャチなどから身を守れるのです。

が、温暖化で流氷が少ない、赤ちゃんが泳げるようになるころに解けてしまう。
こうしたことがあって、2002年に生まれたアザラシの赤ちゃんの75%が溺死したとされています。




さらに流氷が少なくなることで、漁業に影響が出てきているそうです。
流氷って、ただ海水が凍ったものではなく、実は植物プランクトンなどが豊富に含まれる、
海の生き物たちにとっての「ゆりかご」のような大切なものだそうです。

その栄養の塊がなくなることで、
北海道のコンブ漁の不漁(コンブの育ちが悪くなる)、
エサを求めてアザラシたちが漁場にやってきて、網にかかった魚を食べてしまう、

こういったことが起こってきているのだとか。


ニュースで、
「魚高騰 増えすぎたアザラシが原因」などの見出しを見たとしたら。

きっと、
「ええ!魚が値上がりすんのか!アザラシめ!!」とか想うと思うんですよ。
主婦としては、食料品の値上がりには敏感にならざるをえないし。


因果関係を知らずにいたら、ただ「にっくきアザラシ!」となるかもしれないし、
アザラシ捕まえろー!ってなるかもしれません。

そして、「アザラシ絶滅の危機」とかになったころに、
「ええ~、どうにか守ってあげようや」ってなるんですよ。


先日も、
「サンマ不漁 原因不明」というニュースを見ました。
原因は、元々は人間が行っていることが起因じゃないかと・・・。


小原氏のあとがきです。

しかしただ、悪い状態になった氷を見せることではなく、われわれが失いつつある美しい光景を伝え残すことを大事にしたいと想っている。
それは本当に心をうつ報道写真は何も悲劇を伝えるものではなく、悲劇の中でも見える希望を伝えるものだと私は思っているからだ。

美しいもの、可愛らしいものを見て感動する気持ちは、どんな小理屈よりも強い。



可愛らしさの向こう側を知ること。
写真から学んでいけるということなんですね。


どうしてもカワイイ・・・


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
悲惨なものを無視してきれいごとだけを表しても、何の説得力も凄みも生まれないんですね・・・。
そういう目にしたくない・聴きたくないものを知りつつ、美しいものを表現することが本当のやらなければいけないことなのか。
自分の書くきれいごとも、凄みの上で表現していきたいなと想います。


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キラキラネームでも嫌わないように

2017.12.29(06:55) 533

名は必ず 体にいたる 徳あり


小錦VSちびっ子(小錦・・・あんなに大きかったのになぜ”小”?)


大阪の実家に帰ってきています。
実家のマンションの前には日蓮宗のお寺があるのですが、そこに「今月の聖語」という言葉が貼られているのを読むのがひとつの楽しみなんですよ。

たまに難しくてわけ分かんないときもありますが、今月のは良かったというか・・・。
こんなことが書かれています。


名は必ず 体にいたる 徳あり

「名前に誇りを」
5円玉の穴を通して向こうを覗いたことがあるでしょうか。
たった5ミリの小さな穴ですが数百倍の広い景色が見えます。
見方を変えればその穴に広い世界が”凝縮”されているとも考えられませんか?

この見方は自分の名前にも通じるように思えます。
「名は体を表す」と言います。
僅かな文字数ですが、自身のすべてが名前に”凝縮”されているのです。
しかし、日ごろそれを一番自覚していないのが自分自身ではないでしょうか。

そんな重みを持つ大切な自分の名。
もっと意識して、誇りを持って名に恥じない日々を過ごそうではありませんか。




名前に誇りを持とうってことですね。
名前の話題といえば、キラキラネーム(あるいはDQNネーム)。
名づけた親ですら、後悔してるケースも出てきています。

そんな~、自分でつけたんでしょ~って言いたくなりますが、
あんがい、日本だけの現象ではないようです。


12月27日読売新聞朝刊にこのような記事がありました。

「ぼく、ゴハンです」
ペルーで日本アニメキャラ命名人気



どうやら、「ドラゴンボール」「ポケモン」「聖闘士星矢」のキャラから命名する親がけっこういるらしい。
人気の名前は、

ドラゴンボール→ゴハン、シェン(シェンロンのシェン)、クリリン
ポケモン→アッシュ、ブロック、ミスティ
聖闘士星矢→シュン、セイヤ、イッキ


なぜ「ゴクウ」じゃなくて、「ゴハン」が人気なんだろう・・・あの真面目さがいいのかな?


ペルー人の一般的な名前って、
ホセとかカルロスとかルイスです。

なのでアニメキャラの名前は「キラキラネーム」と同じですね。
日本の真裏にペルーがあるんでしたっけ。
どこの親も同じことしてる(笑)。


アニメキャラのかっこよさ・かわいさ・賢さ・正義感・優しさ・・・
こういったものに魅力を感じて、自分の子どもにもそうなる願いを込めて名づけているんですよね。


もう・・・騒がなくてもいいころかも?
親が後悔せず、子どもにどんな願いをこめたかを子どもに伝えてあげていればいいと想うんですよ。

保育園でもね、ビックリするような名前の子がときどきいます。
でも、普通に呼んでいたら違和感はなくなるし、本人も気にしないんですよね。


「どのような思い入れがあってこの名前をつけられたんですか?」って尋ねるときがあります。
聞かずにはいられない名前の子がいるんで(笑)。

そうすると、必ず何かしらの想いが込められていることを知ることができます。
「この子が生まれたとき、青空がキレイだったんだよね~」とか。
そういうことを知ったら、笑いやからかう気持ちはまったく無くなります。



キラキラネームじゃなくても、自分が不甲斐なければ
「名前負けしてる!」って笑われるんですし。


自分を凝縮して表現しているのが、名前。
生まれて初めてもらうプレゼントが、名前。
自分の名前も他人の名前も、もっと大事にしていこうと想いました。


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みんな井戸の中のカエルだよ

2017.12.28(06:55) 532

子どもも絵本好きですが、私も絵本大好きです。
大好きな絵本作家のヨシタケシンスケ氏の対談記事を読みました。
ヨシタケシンスケ氏の作品はこういったものです。



今一番人気の作家と言っても過言ではないでしょう。

ヨシタケ氏、幼いころから友だちもいないし、旅行に行ったりしなかったそうです。
椅子に座って見えるもので全部まかなえるというようなお人。

対談で面白いことをおっしゃってました。



いわば負け惜しみなんですよ。友達がいなかっただけ。行動力がなかったりという。
キラキラしていない自分の状況をどうしたら肯定できるのか?って考えて。

本当に井の中の蛙でしかないんだけど・・・
その井戸の中のことならだれよりも詳しく話せるんだよ、と。

人にその井戸の話をしたときに、
「君の話を聞いていると井戸もいいなあ」って思えるっていってもらえれば、それでいいんじゃないかな?

広い海を知らず、井戸の中で一生を過ごしました、という人に自分は感情移入しちゃうし、それで楽しければいいんじゃないかな?って想ってしまう。




大小の差はあるけれど、
人はみな、自分の井戸をもってますよね。
そして毎日せっせと井戸を掘り続けているのが生活で。人生で。


作家の故遠藤周作氏は、
好奇心のアンテナはいっぱい立てておくほうがいい。
いろんなことに興味をもって見て・聞いて・やってみてと、
知っていくことが増えていくと、
一つのことしかしなかった人生より2倍・3倍の楽しさを味わえるんじゃないかって言ってます。


それもまた、真実ですよね。
でも逆に、

「この道一筋50年」とかの生き方もまた、ステキなものがあります。

その井戸はものすごく細くて、10円玉くらいしか通らない細さかもしれないけど、めっちゃ深い。
「底はどうなってんのやろ?」と、ぐい~っと覗いてみたくなる井戸。

それもまたいいですよね。
オタクと呼ばれる人の井戸も同じだと想うんだけど、何が違うんだろう。
対象となるものが、憧れにくいんだろうか(笑)。



ブログっていうのは、自分の井戸を
「ちょっと見てみません~?覗いてみない~?」って公開してるんですよね(笑)。


人気のある、みんなが覗きにくる井戸からは、
犬やら猫やらおいしいモノや鬼嫁などが活きよく出てくる。


誰も覗きにこない井戸ってのは、
底がすぐ見えて、草も生えてないようなものかな・・・。


「この井戸、どうなってんだろ?」って見に来てもらえることに憧れてはいるものの、「ま、幸せは見せるモンじゃないしね」なんて想ったり。

井の中の蛙 大海を知らず
 されど 空の青さを知る


たまに青空を仰ぎ見ながら、今日もせっせと井戸を掘りたいな~と想ってしまうのです。


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落ち込んでも屈折しても大丈夫

2017.12.27(06:55) 519

読書のススメ」というブログを読んでいたら、こんな言葉に出会いました。


「屈」

人間必ず落ちこむことがある。
そんな時は力いっぱい屈折しなさい。
屈辱にしっかりと浸りなさい。
屈折になりきりなさい。
そして、そのエネルギーをため込みなさい。
ここぞという出番が来た時に
そのパワーを一気に出し切るのです。
爆発させるのです。
そのために「屈」があるのですよ。



屈(くつ)
かがむ、かがめる とも読みます。
この字の意味ですが、まあ、ご存知のとおりなんです。

1、折り曲げる、折り曲がる(屈伸、屈折など)

2、くじける、くじく(屈辱、屈服など)

3、かがまって伸びない(窮屈、偏屈、退屈、卑屈など)



あんまりいい感じの漢字じゃないですね。
とくに退屈・偏屈・卑屈なんて・・・。

でも、最後にこんな意味もあるってことを知りました。


4、力強い


屈強」という言葉。
これが最後にくるんです。

落ちこむような出来事ってあるんですよ。
いくらおとなしく、悪いことをせずに過ごしていても。
不可抗力なものってやってきちゃう。

そんなとき、

安心して屈折しておこう。
落ちこむときは思いっきり落ちこんでいよう。

屈強のパワーを出すために。

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2017年12月
  1. 今年1年に感謝します(12/31)
  2. 自然環境を考えたい、「アザラシの赤ちゃん」(12/30)
  3. キラキラネームでも嫌わないように(12/29)
  4. みんな井戸の中のカエルだよ(12/28)
  5. 落ち込んでも屈折しても大丈夫(12/27)
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