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喪失感に包まれてしまったら、「星の降る町」

2018.01.31(06:55) 561

何かを失った人は、何かをきっと得る。
時間がかかるけどな。星が約束しとうわ。



『星の降る町(明川哲也:著)』です。



六甲のふもとにある小さなお菓子屋さん。
そこへ万引きに入ったトルリ少年。
気づいた店主・サジが追いかけます。

たまらずトルリは給水塔に登ります。
サジも登って来ます。
すると、古びた梯子は壊れてしまい、
2人は給水塔のてっぺんに取り残されてしまいました。

その状況でサジは提案します。
「嘘のような本当のような話をし合おう」と。


何かを失った、もの悲しい話を2人はポツリポツリとしゃべります。
サジはお話の最後にこんなことを言いました。


「星がひとつ降るやろう。
ほんなら、誰かがひとつを得て、ひとつを失うねん。

そやけど逆の時もある。
ひとつを失って、ひとつを得るねん。

それが星の下で生きとうもんのルールやで。

みなさんの御家庭で、哀しいことがあったいう人もおるやろう。
そやけど、大丈夫やで。

何かを失った人は、何かをきっと得る。
時間がかかるけどな。星が約束しとうわ」




大人と子どもの違い、ここにあるかもなと感じました。

子どもって、嬉しいことや哀しいこと、
そのものひとつに対して、感情すべてを使って感じますよね。

それが心を育てていく体験となるから、それでいいんですけれど。
いつまでもそれだけでは、しんどくなります。

哀しいこと、嫌なことがあったとき、
「禍福はあざなえる縄のごとし」と思えるか、気づけるか。


逆に考えると、この出来事にはいい面もある、とか。
ずっと後になっていいことが起こってくれたなと感謝できるとか。


そういうのは大人だからこそ出来ることじゃないかなって。

だから、たまにいますよね。
悪いことばかり数え上げる人。

気の毒に思うけれども、聴いてるこちらとしては
「もう少し大人になってくれませんか?」と言いたくなる。


何かを失って、何かを得る。
サジは失いました。多くのものを。

けれども、お菓子を作ることで得ることもあったことを知っていました。


「お菓子はな、他の食べもんとちゃうところがひとつだけあんねん。わかるか?
夢や。
お菓子は夢を食べてもらうねん」





この小説を読んだら金平糖が食べたくなります。
金平糖って、洋菓子なんですって。
意外じゃないですか?和菓子だと思っていました。

イメージとして、千代紙みたいな柄の紙箱に入れて売られているんですが。
ポルトガルから伝わったお菓子だそうです。

あの星の形がいいですよね。
星を食べてる優越感みたいなものがあったことを思い出しました。

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行き詰ったら自然に行こう、「いのちの輝き感じるかい」

2018.01.30(06:55) 553

あんまり勉強して偉くなると、一番大事なものが見えなくなる



「なんでこんなところに乳牛が???」

美しい緑輝く山の中に、ホルスタインたちが優雅にねそべっている写真・・・。
*上記の写真は無関係です。
『いのちの輝き感じるかい(斎藤晶:著)』を読みました。



北海道旭川市で酪農を営んでいる斎藤氏の言葉と、
斎藤氏のところの乳牛たち・牧場の写真がたくさん掲載されています。


牧場というより、山、なんですよね。
柵が見当たらないです!(東京ドーム28個分の広さ)
こんな景観のところで暮らす牛の牛乳はさぞかし美味しいことでしょう。


今では立派な斎藤牧場ですが、初めはひどかったそうです。
斎藤氏は1928年山形県生まれ。
1947年、開拓農民として北海道にやってきました。

あてがわれた山は、熊笹と石だらけの寂しい山。
斎藤氏は毎日毎日くわをふるって開墾。
来る日も来る日も石を取り除く。

種をまき、除草して作物が実ります。
しかし収穫する前に、野ねずみや野うさぎに片っ端から食べられてしまいます。


何年がんばっても状況は変わらない。
お金も食べ物も底をつき、疲れ果てた斎藤氏。
山の奥深くに入っていきました。


そこでじっと自然を見つめていると、自分がバカに思えたそうです。
「虫や鳥は悠々と生きているのに・・・
それに比べて俺はなんだ?なんでこんなに辛いんだ?
そうだ、俺もこの山の循環に溶け込んでみよう


こう考えた斎藤氏のとった行動。
借金して、一匹の乳牛の妊娠牛を買いました。
これが、斎藤牧場の始まりだったのです。



すごいと思いました。
普通、借金してまで買うとしたら、農機を買うと思います。
トラクターとかパワーショベルとか。

ところが、「自然の循環に入る」。
除草するくらいなら、草を食べてくれる動物を飼えばいいじゃんと。


行き詰ったときはなにか、どこか自然に反することをしてるんだと。
そう言われてもなかなか信じられないというかそのどこが反してるのか見えないんですけれども。


ほんと、困ったときは自然を見に行き、そこでじっとしているだけでもいいのかもしれません。


冒頭の言葉は斎藤氏の好きな言葉だそうです。
最後に斎藤氏のメッセージを。


自分の生きがいを感じたり、夢を感じたりするような生き方をしてるとね、
人から見てどう言われようと勝手なんです。
そうかいそうかい、考えてみりゃそうも言えるよな、とトボけていればいいんですよ。

人が自分のことをどう評価しようと勝手だよ。
どうでも相手しだいだよ。

そういう姿勢になりきってしまえば、おっかないことなんて何もないんですよ。
そして、そういう姿勢でずっとやり続けていることがね、
だんだん人を惹きつける魅力に変わっていくんです。




「奇跡のリンゴ」の木村氏とよく似ていらっしゃるな~と感じました。
生き方が。
斎藤氏のやりかたも収益が出るまで随分時間がかかったそうで、
それまで周りの人からは批判されるだけ。
しかし、その人たちは結局経営難で離農していき・・・。
何が正しいとか、すぐには分からない。


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メンドクサイことから逃げたいときに、「僕らのごはんは明日で待ってる」

2018.01.29(07:00) 560

とりあえず俺は、道頓堀川みたいになろう。


なにこれ?の言葉ですね。
『僕らのごはんは明日で待ってる(瀬尾まいこ:著)』です。



人に対して無関心、嫌われていることにも気づかない。
いつも一人でたそがれていた葉山亮太。

「一人でだって生きていける」
そう思っていた彼の前に、
「この子といっしょなら、もっと楽しく生きていける」

そう思える彼女ができたのでした。

ある日、亮太は思い立ちます。
「自分探しに行こう。そうだ、タイ、タイしかない」と。

なんでタイやねん、はおいといて(笑)。
そんな彼は「フレンドリーハッピーツアー 欲張りタイ魅惑の四日間」に参加。

一番早くて安い生き方を旅行会社に相談したら、
このツアーを奨められ、断れなかったんです。

もちろん欲張りツアーですから、みっちり楽しみがつまっていて、
自分探しをする時間なんて一時も与えられません。

同じツアーに参加する大阪のおばちゃんたちの会話にも強制参加。
そんなおばちゃんたちは家族に内緒にしていることを打ち明けていくのです。

亮太は「どうして秘密にするの?」と尋ねます。
おばちゃんたちは、「全部知ってたら幸せってことでもないんやで」と。

「秘密をかかえるのはしんどくないですか?」には、
「ここで話すんは道頓堀川に放りこむんと一緒なんや」


「兄ちゃん、道頓堀も知らんの?
汚いのに愛されてる川や。汚れて川の中何も見えへん。
みんなに愛されてる分濁ってるからな。
その道頓堀やったら、どんなこと放りこんでもうまいこと飲みこんでくれるやろ」



この話をされて亮太はこう決意します。

「とりあえず俺は、道頓堀川みたいになろう。
見たこともない川だけど、濁っていてもよどんでいてもかまわない。
どんなややこしいことでも飲みこめる水をたたえられるようになりたい」




人に無関心というのは、ややこしいことに関わりたくないことの現われでした。
しかし、彼女に出逢い、めんどくさいこと・ややこしいことを避けることをやめようと思うんですよ。


大阪の人以外にこの言葉はピンとこないかもしれない(笑)。
でもどんなところに住んでいようと、
どんな人にも道頓堀川のような存在があるのでは?とも思います。


ちょっとズレてる亮太ですが、好きな人ができて変わります。
一人で生きていけるけど、二人でいるほうがいいな。
そんなふうに思える相手の子は、どんな子なのか?


上村小春。
自分をしっかり持っていて、決めたことは覆さない。
自ら孤独を選んでしまったりする、これまたちょっとややこしいことになる前に、
自分一人で解決することを選んでしまう女の子なんですよね。


お互い、一人でも生きていける強さをもつ。
それでも相手を求める、そんな愛を育てていく物語。



高校生のときに出逢い、夫婦の愛まで成長していく。
そんな2人を見ているのが心地よかったです。



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大気の現象に美しい言葉を創ってきた、「風と光と水のことば」

2018.01.28(06:54) 559

私たちは、海の底に住む深海魚のように、
「大気の底」で暮らしています。



『風と光と水のことば(倉嶋厚:著)』の”はじめに”より抜粋しました。



私たちは、海の底に住む深海魚のように、「大気の底」で暮らしています。
その海の中では、風が吹き、雲ができ、雨や雪が降るまで、さまざまな天気現象が起こっています。
人間は、これらの現象を利用し、その災害を防ぎながら暮らしてきました。

人間は、「美」というものを感じることのできる、たぶん唯一の動物です。
そして大気の現象や季節について、多くの美しい言葉を創ってきました。




この本には、空と雲と風の言葉があふれています。


「空に三つ廊下」

こんな言葉があるそうです。
「降ろうか、照ろうか、曇ろうか」。
はっきりしない空模様を、廊下に見立てた洒落言葉
です。


へえ・・・迷うんなら照ろうや(笑)。
いや、雨だっているヮ、うん、いる・・・。


青空の色だって・・・
青、蒼、水色、空色、碧色、群青色・・・

「空」を表現する言葉は・・・
晴天、日本晴れ、薄明、東雲、黄昏、朝焼け・夕焼け、ブロッケンの妖怪、光芒、幻日・・・。


「風」を表す言葉なんて、日本全国に2000以上も残っているそうです。
貝寄風、青嵐、東風、涅槃風、南風、星の入東風・・・などなど。



知らない言葉ばかりでした。
昔の日本人は、空の現象ひとつひとつに名前をつけていたんですね。


・・・八百万の神がいる、って言いますけど。
実は、こうした現象ひとつひとつに言葉をつけたことを「神」と言ったのかもしれないな~って思いました。

言葉を創るということは、それに対して「感情」を持つともいえます。
ただの自然現象じゃなく、すべてに個別に感情を持っていた。
だからこそ、言葉が出来た。


風は風だろうと。
今の私にはそれしか感じられないんですけど。
2000種類の風を感じる感性がまったくないんですけど。

言葉をいっぱい知っているから偉いとか豊かだとかそういうもんでもない。
この本で知らない言葉を見ることが、
なにか自分の中の琴線を弾かれるような感じがしました。


役に立つ本、ではないと思います。
でも、折りに触れてパラパラとページをめくり、失くしてしまったなにかを感じたい。
そんな本です。


写真がふんだんに掲載されていて、それもまた美しいのです。


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「ねこタクシー」から家族を見る

2018.01.27(06:55) 558

色々あるけど、人を信用するのも悪くないよ。


『ねこタクシー 下(永森裕二:著)』を読みました。


以前、上巻を紹介しました。
そのときはまだ下巻を読んでいなくて、
しかも、「ま、読まなくてもいいかな。展開なんとなく分かるし」なんて思っていたんですが。


せっかく無料で読めるからと読んでみたら。
いい意味で裏切られました。
読んで良かった!!


上巻のあらすじは、
教師を辞めてタクシードライバーに転職した間瀬垣さんが、
やる気はないし家庭はうまくいかないしという日々の中、
「御子神さん」という猫に出逢い、それから少しずつ状況が好転していくというものでした。


じゃあ、下巻はねこタクシーが大繁盛するお話だろうと思っていたんですが。

そうはいかなかった。
ねこをタクシーに乗せて営業するというのは、簡単に許可が下りないそうです。
動物虐待」にあたるということで。


もちろん間瀬垣さんにそんなつもりはありません。
「だって御子神さんだってタクシーに乗るの大好きなんですよ」と説明しても、
市役所側としては、

「動物がそう言ったんですか?
あなたがそう思いたいだけじゃないですか」と返されてしまいます。

市役所側が認可しない理由として、
もしもねこタクシーがブームとなり、あちこちでねこを乗せることになる、
それ自体はいいけれども、ブームが去ったあと、
ねこが捨てられるのは目に見えているでしょうというのです。



それは・・・・充分ありえる危惧ですよね。
平成28年度の犬猫殺処分件数は、約5万6千匹

この数には安楽死や自然死(けが・病気)も含まれていて、
健康であっても引き取り手がいなかったために処分された数は、
3万1千匹だそうです。


ペットは人間の家族同様に大切なものである・・・。
この考え方、私もそう思って犬を飼っていたことがあるので、
よ~く分かっているつもりです。

だからこそ、動物の最期までを看取ってあげる責任、
毎日の世話に対する責任をわかって飼い始めないと。


動物を家族の一員に迎えるということ。
そして人間の家族同士のつながり、信じあうということ。


間瀬垣さんの想いです。


家族が俺を信用してくれている。俺も家族を信用している。
色々あるけど、人を信用するのも悪くないよ。


(中略)

人は普通に暮らしていて、来年も再来年も似たような暮らしをしているが、
実は様々な葛藤や闘いや喜びを経て、
何かしらの変化を繰り返し、少しずつ成長している。

御子神さんに会えて本当に良かった。

何回「生まれて初めて」を経験できたことか。
すべてから逃げて遠ざけて、自分すら否定して生きてきた。
何もないということは、俺が安全圏にいる証だと思っていた。
そうじゃなかった。
たとえ小さな変化でも重ねていくことで、人は生きていけるんだと思った。





動物と暮らす生活は、やはり素晴らしいです。
最期はちょっと悲しいんですが、それでも清々しい。
表紙のほんわかしたものだけじゃない、家族のことを考えさせられる小説でした。
☆アマゾンキンドル読み放題対象本です


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2018年01月
  1. 喪失感に包まれてしまったら、「星の降る町」(01/31)
  2. 行き詰ったら自然に行こう、「いのちの輝き感じるかい」(01/30)
  3. メンドクサイことから逃げたいときに、「僕らのごはんは明日で待ってる」(01/29)
  4. 大気の現象に美しい言葉を創ってきた、「風と光と水のことば」(01/28)
  5. 「ねこタクシー」から家族を見る(01/27)
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