2018. 04. 30  
反吐が出るほどの醜さや残忍さと、感動するほどの優しさと気高さ、
その両方を内包する存在。
本当に人間とはよく分からない。

『黒猫の小夜曲(知念実希人:著)』
です。



現役内科医であり作家の知念氏の小説です。

以前、『優しい死神の飼い方』を紹介しましたが、その続編にあたります。
『優しい・・・』の主人公だった死神・レオの同僚が、黒猫の姿で登場。
未練を残した魂を救い、主のもとへ導く任務を与えられたのでした。
名前は、黒猫だから、クロ。


前作もそうだったんですが、医師である知念氏のメッセージは「今を生きることを大切に」というもの。
ここは変わりません。


人間は限られた時間の中を必死に生きるべきなんだよ。
いつ『最期の刻』を迎えてもいいように。


 ずっと必死にやってきたんだ。

なら、君は誇っていいんだよ。自らの人生を。


人間とは弱くてもいじらしさがある。
そんな優しい心が表れていると思えます。

反面、そうじゃない人間もいるのだということも表しています。

小説は推理仕立てになっているのであらすじは内緒にしておきますね。
ラスト近く、クロは犯人と対峙します。
そのときのクロ。

この男・・・魂がとてつもなく穢れている。
高位の霊的存在である僕すら飲み込んでしまうほどに。
これまで人生で、どれだけのことをしてきたんだ?



死神が近寄れないほど、穢れた魂をもつ人間が登場しているのです。
知念氏はそんな人間も見てきたのかなあと想像してしまいます。


幸運なことに、私は魂が穢れていると思えるほどの悪人に関わったことがありません。
しかし多くの患者さんと接してきた著者は、そういった人にも出会ったのでしょうか。


どんなに悪人でも、治療しなければいけないのです。

どんなに悪質な、凶悪なことをしてきた人間にも、平等に治療しなければならない。
どんなに自業自得だとしても、今、必要最低限の生活が保障されていない人間には社会保障をせねばならない。

医師と行政はこれが義務なのですよね。
考えさせられるんです。
してもらうのが当たり前じゃない、
保障・治療に見合った最低限の人間性は保たなければいけないと。

ちょうどヤフーニュースに、「患者の院内暴力」が挙がっていました。
患者・患者家族が、医療スタッフに暴言・暴力・セクハラ、支払い拒否などを行い、病院側が疲弊してしまうというものでした。


なんだろ・・・立派な人間になんてなれないんだけど、
せめて嫌がられず治療してもらえる、援助してもらえるような人間でありたいなと、
切々と感じるのです・・・。


著者がどう思って書いたのかは分かりませんが、
穢れた魂は成仏できずに、苦痛の末、消滅させられています。

くやしい想いをしてきたのかなあ・・・。



自分に与えられたわずかな時間を輝かせるために、
合理性よりも感情を優先して行動するのさ。


死神・レオは人間をこう捉えています。
人間は残忍なのか気高いのか謎だと思っていたクロ。
優しさを知っていくクロの姿が愛らしいです。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 04. 29  
上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
思い出す 春の日 一人ぼっちの夜
  (「上を向いて歩こう」 作詞:永六輔)

『バッタを倒しにアフリカへ(前のウルド浩太郎:著)』
です。



緑の変なカッコ・・・著者本人です。
こんなカッコでも昆虫学者(バッタ博士)。
夢は「バッタに喰われること」。
大好きだけどバッタアレルギー。ややこしいですね。

この本は西アフリカ・モーリタニアで研究活動した記録、それにかかる費用をどう捻出したかの奮闘記。


なぜバッタの研究をアフリカに行ってやるの?
それって大切な研究?
っていうか、喰われたいってどういうこと?

そんな風にしか思えなかったのです。
昔々の日本でイナゴ大発生で農作物の被害なんてことは知っていますが、現在はありませんし、ましてやバッタ。


神の罰、バッタの大量発生


でも関係あるんです。
今でも数年に一度は西アフリカなどではバッタの大量発生による、
農作物壊滅の被害が起こっているのです。

これを現地の人は、「神の罰」と恐れているのです。


大被害により、世界流通に影響が出ます(野菜や果物などの高騰)。
バッタ駆除には今のところ殺虫剤を使うしか方法がなく、
そのために一帯の畑・植物・微生物に至るまでダメになるほどです。

日本は2004年に3億3千万円の支援出資をしています。
無関係じゃなかったのでした。


現地で生きているバッタを観察研究し、殺虫剤に頼らない防御策を立てること。
バッタ発生を予測して予防をできるようになること。

博士はこれを目指してアフリカに行ったのです。
しかし問題は、お金。
研究費用が出るのは2年間だけ(全く足りない)。
それ以降はお金も出ないし、就職先も決まっていませんでした。

自分の貯金を切り崩しながらの現地生活。
研究は進んでいない、あと1年しかない・・・どうしよう・・・。
どん底まで落ち込んでいたんです。不安しかなくて。


そんなとき、お世話になっているモーリタニアのバッタ研究所所長が励ましてくれたのです。

「いいかコータロー。
つらいときは自分よりも恵まれている人を見るな。
みじめな想いをするだけだ。
つらいときこそ自分よりも恵まれていない人をみて、自分がいかに恵まれているかに感謝するんだ。
嫉妬は人を狂わす。
お前は無収入になっても何も心配する必要はない」


この所長は気遣いの達人なのです。
「日本人は花がなければ生活できないんだろ?」と、
ゲストハウスの玄関に花や木を植えてくれたりするんです。

その励ましでバッタ博士は立ち上がれました。


上を向けば涙はこぼれないかもしれない。
しかし、上を向くその目には、自分よりも恵まれている人たちや幸せそうな人たちが映る。
その瞬間、己の不幸を呪い、より一層みじめな思いをすることになる。
私も不幸な状況にいるが、自分より恵まれていない人は世界には大勢いる。
その人たちよりも自分が先に嘆くなんて、軟弱もいいところだ。
これからつらいときは、
涙がこぼれてもいいから、
下を向き自分の幸せを噛みしめることにしよう。



歌もいいんですけど、下を向いて涙をこぼすこともアリなんだ。
じ~んときます。
この本で唯一しんみりするところです。

他はすべて悪戦苦闘を笑いに変える!
その文才が恐ろしすぎます(笑)。

お金の工面も類まれなるバイタリティで獲得。
表紙のインパクトそのままの内容です。



「はあ?バッタ?」
そんなことを言わず、一度パラパラと読んでみていただきたい1冊。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 04. 28  
心が折れた。。。
「もっと折れ。折れば折るほど人としての厚みが増す」
「そうです。新聞紙でも42回折れば厚みが月まで届きます。
71回折れば、25光年先の織姫(ベガ)まで届くんですよ」


『決してマネしないでください(蛇蔵:作画)』
です。



理系大学が舞台のマンガです。
科学に親しめるような学習マンガという触れ込み。
楽しい読み物として大成功しています。

ちなみに新聞紙を23回折れば、東京スカイツリーの高さと同じ、
26回折れば、富士山の高さと同じになります。


話の幹として、掛田くんの片思いがあります。
学食のおばちゃん=飯島さんにドキドキする毎日。
だけどまともに会話ができません。

冒頭の「心が折れた」もうまくいかなくて落ち込んでいるところです。
それを友だちが励ましているのです。
新聞だって折れば月まで届くぞ、と。


「年下はダメなのかな」と悩む掛田くん。
掛田くんは21歳、飯島さんは24~25歳。

ボヤキを聴いた(学食の)通りすがりの人たち、
「それって大きいかね?」

「気候変動の研究をしている僕からすると10年ぐらいは誤差だ」
「地質の研究をしている俺からすると1000年ぐらいは誤差だ」
「銀河の研究をしている私からすると10000年ぐらいは誤差だ」



科学の視点は素晴らしいですね。
こんなことを聞いたら、プハッと大きく息を吐き出して笑えます。

この「プハッ」のとき、今までしっかり呼吸すらしてなかった!?と気づいたり。
自分の中の狭い常識や思い込みを銀河の彼方へ飛ばしてくれます。


大体のことは一度や二度や三度や四度失敗する。
勝負はそれからだ!!



物事をいろんな角度から見てみること。
科学者のような視点から見てみることが、実生活に役立てるのかもと思えました。

出てくる数字が大きいですもんね。

「元気だして、星の数ほど女性はいますよ」
「2000億もいませんよ」
「肉眼で確認できる星は北半球で4300個。
肉眼で認識できる女性の数とほぼ同数だぞ」
「でも星には手が届かない」


あらら(〃▽〃)
自分が元気になれる使い方を☆



アマゾンキンドルで無料本となっています。
もしくはこちらで1巻丸ごと試し読みもできますよ。
決してマネしないでください 


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 04. 27  
閉ざしていた人の扉が開くと、表情が柔らかくなります。

『ラブという薬(いとうせいこう・星野概念:著)』
です。



作家と精神科医の対談というか公開カウンセリングのようになっています。
悩みを打ち明けているとかそんなのではなくて。
「精神科には気軽に早めに行こうよ」というメッセージです。


精神科受診なんて、人目が気になる。
頭がおかしいと思われる・・・。
これが一般的なイメージではないでしょうか。

うつ病患者数
1996年は約43万人
現在、112万人以上。年々増加中。
この数字は受診している人のみです。

ブラック企業で働いて、うつ病、その果ての自殺。

このようなニュースが出たら、ブラック企業が悪いと世論はいいます。
けれど、自殺しないうつ病に対して世間は冷たすぎませんか?

心を強くすればいい。
がんばれない言い訳でしょ

こんな感じで。
これはおかしいと私は思っています。
死ぬまでやらなきゃ労わってもらえないなんて。


怪我なら外科、辛い気持ちなら精神科。


たったこれだけのことなんです。
先生は言います。

精神的な病気っていうのは、
ひとつは「傷」、ひとつは「弱さ」。
弱さの場合は、「もっと強くなれ」って言われるし、
傷の場合は、「なんでそんな傷を受けたんだ」って言われる。
それで傷ついた人が泣き寝入りしなきゃいけない。
要は「泣き寝入り文化」なんだよね。



まずは精神科への偏見や尻込みをなくしてほしいというお話。
そしてもうひとつ。


なんでも言っていいんですよ。


「この薬、なんか違うと思うんです」
「診断に疑問があります」

言いにくいと思ってしまいますが、言っていい。


ダメな医者もいる。変だと思ったら他の医者にかかる。
その動きが大きくなれば、ダメな医者も反省する。



このお医者さん変だ、自分には合わないと感じたら、
違うお医者さんに診てもらって構わないですよ、というお話。


これって、体の病気や怪我のことでも同じだと思いませんか?
もらってる薬を飲んだらいつもダルくなるんだよなあ・・・
でも先生が言ったんだから、間違いないんだよなあ・・・みたいな。

こんなことがあっても言いにくいと思って言わないことがありませんか?

言っていいんですよ。
言われて怒り出したら、そのお医者さんはダメなんです。

いいお医者さんなら、
「じゃ、似たような効果のある薬で様子をみましょうか」と、別の薬を処方してくれるのです。

星野先生は、自分の腕を試されてるようなファイトが沸いてくるそうです(笑)


体も心も、病院受診は同じ。
我慢して我慢してどうにもならなくなってから受診したら、
「なんでこんなになるまで放っておいたんだ!!」と叱られますよね。

内科でも精神科でも同じなんですね。
歯医者さんも一緒ですね(笑)
やっちゃいますよね?ギリギリまで行かないって。


これくらいで受診したらダメかな・・・とかじゃなく、
変だと感じたら病院で診てもらう。

大ごとになる前に行くほうが治りも早いのです。




忘れられない患者さんがいまして。
胃潰瘍で入院されていた、公務員の男性。
物腰も柔らかく、ベッド周りの整理整頓もきちっとされていました。

ところが1週間ほど経ったころ、様子が変わりました。
身だしなみができなくなり、ろれつも回っていません。
「ここの看護師長はおかしい!」と怒りだしたり。

その男性、うつ病治療中ということを内緒にしていたのです。
入院中は出された薬しか飲めないので、精神科でもらっていた薬は飲まなかったのです。
そうしたら症状が悪化して・・・。

最初に「精神科から処方されています」と言ってくれてたら、
副作用が出ないような薬を一緒に出せたのに。

看護師にもいえなかったという、精神科受診を隠したい心理。
こういったものをなくしていける社会になってほしいのです。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 04. 26  
これ知ってればくじけないよ
もう、わかったでしょう
喜びは悲しみのあとにかならずやってくる


『喜びは悲しみのあとに(上原隆:著)』
です。



以前『友がみな我よりえらく見える日は』を紹介しましたが、
続編のような形のルポ、ノンフィクションです。

著者が取材を行う目的、それは、

つらいことや悲しいことがあり、自分を道端にころがっている小石のように感じる時、人は自分をどのように支えるのか?

これを知りたいと、それだけを思って話を聴くそうです。


いろんな人がいて、いろんな人生がありますね。
重い障害をもって生まれた子どもの介護をしていた父親。
戦力外通告されたプロ野球選手。
親が離婚し、母の恋人に暴力を振るわれた過去を持つ男性。
「リカちゃん人形になりたい」という欲望を叶えた青年。

他にもズンとくる人生を歩んだ人の話が掲載されています。

これらを読んでどう感じるか。
なんとなくなんですが・・・
もう死語でしょうか、「サシで飲む」なんてこと。

1対1で静かに飲みながら、ポツリポツリと近況やそれにまつわる心境を告白するというか、ただ語るという。
決して愚痴めいているのではなく。
でも明るい話題でもなく。

この本を読んでいたら、サシで飲んでるときのような心地になりました。

なんにもアドバイスはできないし、
励ますのもはばかれる。
「うん、そうなんだ・・・うん・・」と相槌をうつくらいしかできなくて。


でも、別れ際に、
「じゃ、また明日」と軽く笑って帰ることができる。

いい日になるかどうかは分からなくても、
明日を待てるかなと思えるくらいの明るさは戻ってくるような。


この本のはじめに、キャロル・キングの「喜びは悲しみのあとで」の訳詩が載っていました。


つらい過去を話してくれた友だちが
こういったよ
「人生でやらねばならないことなんて
案外いま、やってることだったりするのよ」

ね、あなたは暗くならないで
いまはつらいだろうけど
みんなそうしてる、あなたも大丈夫
これ知ってればくじけないよ
もう、わかったでしょう
喜びは悲しみのあとにかならずやってくる

(キャロル・キング作詞、原題「Bitter with the sweet」)


いい歌詞やなあ。
この本のための歌みたいに思えます。




全体的に暗めです。
今、落ち込んでいる・暗めだ~という人におススメ。
絶望読書系の、絶望しなくなる不思議な力のある本。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
コメント欄開けました。
なにかしらお言葉をいただけると元気が出ます☆

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2018. 04. 25  
人生の3分の1は悲しみにあふれている。


『こわせない壁はない(鎌田實:著)』です。



日本を代表するあったかいお医者さま・鎌田先生の著書です。
人生にたちふさがる「壁」をどうこわしていくか。
先生が解決策を出しているのではなく、
先生が出会った「壁を壊して」いった人のエピソードを紹介する形をとっています。


どのかたのエピソードもじんとくるんですが、
私が心に残ったのはシスターの言葉です。


人生の3分の1は悲しみにあふれている。

だから、
壁の前でしゃがみこんでいてもいい。
時間が必要なときがある。

そして、素直になることができれば前進できます。



しゃがみこんでいてもいいと言ってくれる。
本当に優しい言葉だなあと感じました。

鎌田先生の著書は「がんばる」とか、「必死」を良しとしないものばかりです。
でも今回はとくにがんばらないことがじわんと沁みてきました。

先生自身が「パニック障害」になったことを告白されていたのです。

あの発作の恐怖はなった人にしか分からないほどの怖さがあるそうですね。
呼吸困難になりますから、死を感じてしまうのだとか。

その頃の鎌田先生は嫌いなことをすると発作がでる、
家庭では娘に嫌われて、全てがめちゃくちゃだ!と感じていたみたいです。


思い切ってイヤな仕事はやらない。
患者さんには励ますばかりだったのを、一緒に泣いたりする。
こうやってちょっとずつ回復してきたと語っておられます。


自分の弱さをそのまま出すように、
イヤなことを「人のためだから」と自分を我慢させることをやめて、素直になることで「壁」に穴をあけることができたんだなあ。


先生ほどの人でも、壁の前で呆然としていた。
そしたら私がいっとき、しゃがみこんでいてもいいんだなと思えます。




「人生の3分の1は悲しみであふれている」

いろんな別れ、離れていくこと。
才能がない、勉強ができない、自分に自信がない・・・
そういったモノたちですでに3分の1は悲しみ。

さらにニュースなどで悲しいものを拾い集めることをしていたら、
人生の大半が悲しみであふれかえってしまいますね。


美しい景色を探すな。
景色の中に美しいものを探すのだ。

  (ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ)


こうやって悲しみを増やさない努力をするだけ。
そしてあとは、素直になるだけ。
素直になるのが一番難しいのかもしれないですね。

でもまずは、しんどくなったら、しゃがんで休む。
これを忘れないようにしたいです。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 04. 24  
何が信じるに足る情報なのか自分の頭で考える・・・
それを教えてくれたのは貴様らだ。
それだけは感謝する!


マンガ『Dの魔王(原作:柳広司 作画:霜月かよ子)』です。

Dの魔王(1)【期間限定 無料お試し版】 (ビッグコミックス)


「ジョーカー・ゲーム」、「幽霊」の二編が収録されています。
ここでは「ジョーカー・ゲーム」を紹介します。

昭和13年、「D機関」と呼ばれる陸軍のスパイ養成所が舞台。
D機関と参謀本部との連絡係を任命された佐久間中尉。
帝国軍人らしい、一途な考え方をもっています。

「スパイ行為は卑劣だ」
「国のために死ぬ」
「信じられる仲間がいるから未来が明るくなるんじゃねえかよ」

養成所の三好少尉に突っかかっていきます。
それを受ける三好は平然とこう言い放つのです。

「仲間、信頼という通念は、”D”では全くもって価値がない。
むしろ命とりです」



D機関のトップであり、”魔王”と呼ばれる結城中佐も言います。

「貴様が何を信じていようが構わん。
シャカだろうがキリストだろうがイワシの頭だろうがな・・・
ただし
それが本当に 自分の頭で考えた末に信じたものならばだ」



信じる。
尊いもの、ですよね。

信じるとは、「ほんとうだと思って疑わない」と辞書にあります。

信じて・・・それが間違いのときもある。そのとき、
「信じていたのに・・・!」
この、「のに」。

裏切られた感。
怒り。
絶望。
恨み。

自分の頭で考えずまわりに流されての考えだったとしたら、
こういったものにつながっていくんだなと感じます。


検証し、考えた末の選択ならば、たとえ裏切られたとしても、
恨みなどの感情はかなり少なくて済みそう。

まわりに合わせず、いついかなるときも自分の頭で考えて選択する。
実際の状況でそうできるかどうか、自信がなくて・・・。
でも、そうでありたい。


もしかすると、丸ごと信頼してしまえるほどの信じる力をもてることが幸せなのかも?
「普通のカラスは白色だ」と言われて、
「そうですね!」と言ってしまえるほどの信頼。
これもまた幸せなんだと思ったり。

どっちなのか分からなくなります。
まるで佐久間のように・・・。


「何が信じるに足る情報なのか
自分の頭で考える・・・
それを教えてくれたのは貴様らだ。
それだけは感謝する!」


最後、佐久間は自分の頭で考え、
結城からの「スパイにならないか」を断ります。

物語を見ているこちらとしては、
ああ、そっちを選んでしまうのかと哀しくなってしまいました。

けれど佐久間の晴れ晴れとした表情、
自分で考えて決断した、自分の人生は自分で決めるという潔さ。
清々しいラストとなっています。


Dの魔王(1)【期間限定 無料お試し版】 (ビッグコミックス)


本格的なスパイ物とはいえないですが、
昭和13年の日本の雰囲気を味わえますし、絵がいいですね。
エンターテイメントとして興味が湧いたなら、おススメです。
4月26日22時までの期間限定無料となっております。
アマゾン会員でなくてもどなたでも無料で読めます。
*キンドルアプリのダウンロード、もしくはキンドルタブレットが必要です。

こちらから、まるごと試し読みもできますよ→Dの魔王


原作小説は『ジョーカー・ゲーム』です。こちらも面白いのです!
(でも実は、マンガのほうが気に入りました(笑))





今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2018. 04. 23  
盲導犬は、人が犬の犬生(犬の一生)を決めるという宿命をもちます。
そうだとすれば盲導犬の犬生に人が責任をもつのは、当然のことです。



『ハーネスをはずして(辻恵子:著)』です。



盲導犬が年老いて仕事ができなくなったら、引退です。
その後の盲導犬はどうなるの?

世界で初めて「引退した盲導犬の老犬ホーム」を作った、
北海道盲導犬協会の辻さんが記した本です。


引退した盲導犬は、ボランティアで引き取ってくれるかた(登録制)に預けるか、
パピーウォーカー(盲導犬が幼い頃のお世話を担当する人)が引き取るケースがほとんどだそうです。


約10年、盲導犬として働いた犬は、
引退後数年で亡くなるのが普通です。

看取りをしなければいけません。
辛い仕事だとは想います。

それでも、残りの犬生をのんびり安らかに過ごしてもらいたい。
その思いで老犬ホームができたのでした。


これまで盲導犬に関して、あまりいい情報が入ってこなかったんです。

飼い主が見えないのをいいことに、
電車内で盲導犬の顔に落書きするいたずらだとか・・・

最悪だと怒りが湧いてくるのは、
生き物を飼う資格がないような人が盲導犬を飼うケース。


犬は働いてくれるけれど、24時間働けるわけじゃないですよね。
遊びの時間も必要だし、トイレだって行かせてあげなければ。

当然だと思うんですが、中には犬を召使や奴隷のように扱う利用者がいるらしいのです。

最初に盲導犬を渡す際、
「この人には生き物は飼えない・・・」と分かることもあるそうです。
やんわりお断りしようとしても、
本人が使いたいと希望したら、断ることはできない仕組みになっているのだとか。

犬が不憫すぎるのです・・・。

そんなことを知っていたので、
今回この本でのどかな余生を過ごせている犬がいるということで、
ホッとさせてもらえました。


長いあいだ、ごくろうさま、ありがとう。
これからはゆっくり過ごしてくださいね。
ずっとそばについていますよ。
うんと甘えてくださいね。




こんな想いをもって犬の最期までを責任もってお世話する人たち。

運営は苦しいというか、財源がですね。
運営を支える資金の80%は、寄付金と募金。
残りの20%が、公的機関からの補助金です。

善意でどうにかやってきている、というのが現状です。

善意がこんなに集まっている、ともいえますよね。
まだまだココロ優しき人々がたくさんいるのです。

盲導犬だけじゃなく、人間とともに暮らした生き物すべてに、
人は最期まで責任を持つのが当然なんですよね。

人も生き物も、のどかな中で逝けたらいいなあ。



どのような老後の生活と看とりをすれば、盲導犬も人も幸せになれるのかがはっきりとわかれば、
それは、どのように生きると盲導犬も人も幸せに生きられるのかということと同じことになるはずです。
(中略)
ひとり、ひとりがかかえる問題は、だれもが、いずれはかかえる、
みんなの共通の問題なのだと思います。



老犬のお話だけど、人間の問題とも関わってきています。
人生の最期の迎え方の、ひとつの解決方法を示してくれていると感じます。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
☆今週コメント欄閉じますね。

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2018. 04. 22  
『アメイジング・グレイス』を授かっているのよね。


『虹の岬の喫茶店(森沢明夫:著)』です。



おいしいコーヒーとお客さんの心に寄り添う音楽を提供してくれる音楽のソムリエ。
喫茶店の店長さんがソムリエの連作短編集です。


第一話、妻を病気で亡くしたばかりの男性とその娘が岬の喫茶店にやってきます。

大切な人を亡くした落胆と哀しみと憔悴。
そんな男性に音楽のソムリエは、「アメイジング・グレイス」を静かに流します。

ソムリエさんもずっと前にダンナさんを亡くしているのでした。


「アメイジング・グレイスって、驚くほどの恩恵、って言うのね、直訳すると」
「人間って、生きているうちに色々と大切なものを失うけど、
でも、一方では、『アメイジング・グレイス』を授かっているのよね。
そのことにさえ気づけたら、あとは何とかなるものよ」




自分にとっての「アメイジング・グレイス」に気づく・・・。
小説のなかの男性は、娘の存在がアメイジング・グレイスだと気づきますが。

もしも、気づけないとしても、
自分が「アメイジング・グレイス」な存在だったことは事実だなあと。


どんな人にも親がいて。
自分が生まれた瞬間、どんな親も安堵と喜びしかなかったはず。

親にとって、自分はアメイジング・グレイスな存在だった。
こう感じるだけでも、絶望しなくていいと思えるのです。


それにアメイジング・グレイスな存在って、
人に対してだけじゃなくても構わないですよね。

すごく大事にしてる写真集やCDがアメイジングでもアリかな。
恩恵って、けっこうたくさんもらえてるんじゃないかと思えます。


音楽のソムリエがほかに選んだ曲は・・・

ガールズ・オン・ザ・ビーチ(ザ・ビーチ・ボーイズ)
ザ・プレイヤー(ドニー・マクラーキン、ヨランダ・アダムス)
ラブ・ミー・テンダー(エルヴィス・プレスリー)


ここでは「アメイジング・グレイス(ケルティーク・ウーマン)」の動画を載せておきます。
パグパイプの演奏が望郷の印象を与えてくれます(5分)。





いじわるな人や嫌な人間は出てこない。
だからといってのほほんと生きていられるわけもなく。
いい人にも辛いことはやってくるんですよね。
それでも手にしている「アメイジング・グレイス」を大切にするために、
生きられるだけ生きていくんですね。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます
今日はコメント欄閉じます。

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2018. 04. 21  
時間は私たちを悲しがらせたり、うれしがらせたり、
懐かしい気持ちにさせたり・・・と、深く心を揺さぶるんだと思います。

  (『いわずにおれない』まど・みちお)




時間が私を悩ませています。
小学2年生の長男の算数。

最初の単元でつまづいているのです。
たとえばですね・・・

8時に家を出ました。
学校に8時15分に着きました。
何分歩きましたか?

給食を食べ始めたのは12時です。
家に帰ったのは3時20分です。
食べ始めから家に帰るまで、何時間何分ですか?


これが分からないのです。


時計を読めるのにわからない?
なんで?って思ったんですけど、

時間と時刻は違う、ということが分かっていない。
ということが分かりました。


けっこう難しいです。

子どもには、「今」しかないんですね。
今を一生懸命生きるのが上手やなあと思っていたんですが、
今しか知らないからなんですね。

去年のことを「昔はさあ~」なんて言ったりするのを聞くと、
なんて生意気な♪なんて感じるのですが、

ちょっと前のことも昔も、今じゃないってことが共通してて、
それしか分からないんですね~。

じゃあ、今しか分からないほうが毎日を真剣に、
時間を無駄にしないで生きられるのかなあ・・・


若い頃、僕の時間は未来へ向けて無限にあるように思えた。
今、僕は終末の時間から逆算する。
すると、人も風景も、そう、何もかもが違って見えてくる。
僕は、疾走する。

  (蜷川幸雄)


この想いが分かるようになりますよね。
終わりの時間にどの数字を当てはめるかは分かりませんが、
時間の逆算をして、今を大切にする。

これが大人のやりかた。
時刻が分かるだけだと、今しか存在しなくて。

時間は積み重なっていくもの、と理解することで、
思い出や未来を、
大切にできるものが増えるのかなとか想います。


感動せずにおれないのは、
限りあるいのちである私たちの出会いです。
無限の空間と永遠の時間の中で、
極微のひと粒が別のひと粒と同じ場所、同じ時にい合わせるなんて、
本当に奇跡のようなものでしょう?

   (まど・みちお)



ロマンティックになってる場合じゃなかった。
本当に分からないと困るのでした。

とりあえず、24時間を定規のようなメモリで表したものを使ったら、少し分かってきたみたいでした。

この定規みたいなものが時計やねん!っていうのが
子どもの頭の中では「?」なんですけどね。

針が同じ円をぐるぐる回ってるだけで、「時間がすすんでる」、というのが不思議でたまらないみたいです。

はじめて時計を作ろうと考えた人は天才ですね。
あの円と針とメモリだけで時間を表そうと思いついたのですから。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

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プロフィール

馬場亜紀

Author:馬場亜紀
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本の中の心に刺さる一文をご紹介いたします。
看護師免許をもっていますが、今は保育の仕事をしています。自身の子育ても真っ最中。
くわしくは「自己紹介」をご覧いただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします☆

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