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2017-07-31 (Mon) 06:45

いじましくて、いじらしい、「明日の子供たち」

きっと、すべての恋はいじましさといじらしさが縒り合わさって出来ている。


『明日の子供たち(有川浩:著)』のなかの一文です。

「いじましさ」と「いじらしさ」
一字違いの言葉ですね。

いじましい
いじらしい



違う意味だけど、「意味を説明して」と言われて、ちゃんと説明できないことに気づく・・・。

で、辞書で調べてみましたら。

いじましい:みみっちい、意地汚い、あわれな感じがするほどけちくさい

いじらしい:あどけなくて可愛い、痛々しくてかわいそうな様子



全然、違うやん。
一字違いで、こんなに違っていいのかってくらい、違うやん。

「いじましい」って、あまり使わないことにも気づきましたが、
これ、他人に向かって使うには気をつけないと、というか、
ほぼ、悪口に捉えられますね。


自分で自分を揶揄するときに使うくらいかな。
「こんな努力してる私、いじましいヮ~」って。


小説では、恋に対する高校生のころの自分を思い出して、上記の表現をしていたんですけど、
そういう、「いじましい」努力をしてしまうのも、青春の一部。

カッコつけたくなる、
大人ぶってみたかった、
そんなお年頃だった(山の向こうを見るような私)。

そんな「いじましい」自分が、「いじらしい」という(笑)。



ちょっと意識して使ってみたくなった言葉でした。
でも、「いじましさ」は気をつけないとね。
相手を低く見る自分がいてるかもしれないから。
自分にだけ、使おうっと。

でもほとんどの人は、いじましさといじらしさが同居してますよね。



最終更新日 : 2019-02-05