吉報配達ブログ

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2017-10-27 (Fri) 06:50

ブランコは癒しの遊具『気障でけっこうです』

ブランコの門戸は傷心の全人類に対して広く開放されてしかるべきだ。



こんなことをしれっと口に出せる幽霊が出てくる小説、
『気障でけっこうです(小嶋陽太郎:著)』


ある日女子高生が公園を通り抜けようとしたら、
サラリーマン風のおじさんが、穴にはまっていた。
首だけ出てて、まるで地面におじさんが生えているかのように。


何してんですか?


はっきり説明しないおじさん。
結局おじさんは死んでしまい、女子高生の前に幽霊として再び現れます。


この幽霊、気障なセリフをしれっと言います。


「花は落ちて、水は流れます。
ちぎれた桜は、雨に流されて海まで行って、
どこかの島に流れ着いてまた別の花として咲くんですよ」



気障。


悲しみにくれる女子高生とともに、2人が出会った公園に行きます。
そこでブランコに乗りながら・・・


「ブランコの門戸は傷心の全人類に対して広く開放されてしかるべきだ」
ブランコの鎖を触って、きいっと揺らした。

「ああ、単純な響きながら、どこか物憂い。
それでいて傷ついた心に柔らかく染み込むような奥ゆかしい音です」




真顔でこういったことを言われたらビックリするだろうな。
「気障」って言葉自体、あんまり使われなくなったようにも想います。
昔の映画はこんなのばっかりだったんじゃ?


気障という代わりに、
「寒い」とか、「きもっ」とか?
今はそんな感じになってるような・・・。



ところで「ブランコ」。
子どもの心を開放させ、一人でも遊べる素敵な遊具。


傷ついた心を持つ人なら、サラリーマンだろうが学生だろうが主婦だろうがフリーターだろうが、
誰だって乗っていい遊具。

黒澤映画の「生きる」でも、男性がブランコに揺られている場面が印象的。

傷を癒せるなら使いたいですね。


大人が一人で乗るには、周りの目が気になる?
それはありますよね。
私も乗るとしても子どもに付き合って公園に行くから乗るわけで。


ところが、落とし穴はそこじゃありません。


乗る以前に、
「座れない(お尻が入らない)」のです!


ホントに小さい子どもしか座れないようなサイズのブランコが増えた!
何か理由があるのでしょうか・・・。
*「アンタのサイズが問題では?」という意見は却下いたします( ̄^ ̄)ゞ


ぜひぜひ、オトナも使えるブランコの設置も考慮していただきたいと思いました。




前半と後半、物語の雰囲気がガラリと変わります。
後半はバイオレンス要素も加わります。
そして、女子高生の言葉遣いがたいへんなことになっています。
今どきの子ってこんなしゃべりかたするのか・・・。

最終更新日 : 2019-02-04