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2019-02-13 (Wed) 06:00

淡々と真摯に取り組む、「硯の中の地球を歩く」

いつものことと淡々と、万遍なく真摯に取り組む。


「これぞ真心の商売!」と想うことがありました。

子供のコートにマジックで書いたような汚れがあったので、
ダンナが実家の近くのクリーニング屋さんに持っていきました。
「もしかしたら、染み抜きしてもきれいに落ちないかもしれません」
それでもいいからやってみてほしいと、お願いして預けてきました。

今日、「仕上がりました」と連絡を受け、取りに行きました。
受付の女性が、
「きれいに落ちなかったので、染み抜き代は返金します」と、
約2000円の染み抜き代を返してくださったのです。

本当に驚きました。
普通、
「落ちないかもしれませんけど、いいですか」と確認され、

本当に落ちなかったときは、
「これ以上やると布地を傷めてしまうので、汚れを落としきれませんでした」と、
これで終わりになりませんか?
少なくとも私の経験ではこんな具合でした。

それが、返金。
お店の落ち度なんて全然ないのです。
しかも汚れは、ほとんど分からなかったのでした。

この対応に私もダンナも感動して、
「次からはもう、絶対にぜったいにこのお店に頼もう!」と決めたのでした。
(千歳市の「クリーンスター」さん、本当にありがとうございます)

こういう商売こそが、お客さんのことを第一に考えた商売のやり方だなあと、頭が下がる思いです。


今回紹介したい本は、製硯師の仕事が披露されている、
『硯の中の地球を歩く(青柳貴史:著)』です。



初めてきくお仕事、製硯師(せいけんし、と読みます)。
書道で墨を磨るときに使う、硯(すずり)。



あの硯を、手作業で作られているんです。
驚きでした。
どうやって硯が作られているのか、想像すらしたことがなかったものですから。

製硯師・青柳氏は、硯に使用する石の発掘から行っています。
発掘し、設計図を描き、じっくりじっくり、彫っていく。
硯の抱き心地を確かめたりもしていて、モノを扱うという感じがしません。


仕事に対する心がとても潔いのです。


製硯師は使う人のことと、石の良さを生かすことだけを考える。
作家性は殺す。
目指すところは、使う人の人間性が宿りやすい硯だ。
これこそがもっとも長く使い続けてもらう秘訣だと考えている。



すべての仕事、とくにサービス業にはこの芯があるかが大切ではないでしょうか。

自分の仕事っぷりを認めてほしいなあ。
たまには、ちょっと賞賛されたいなあ。

こんな気持ちがあったりしたこともありました。
自分はこんなにがんばってるのに、報われないよなあって思ってたんでしょうね。
自分が納得すればいいだけなのに。

お客さんから喜ばれる、だけじゃ満足できないんです。
同じ職場の人から認めてもらいたい欲求をなくせずにいて。


でも、神対応のクリーニング屋さんのように、
お客さんのためを思っての対応が、
表にはでてこない洗濯してる人やアイロンかけてる人、
会社全体の印象がものすごく良くなって、固定客ができあがる。

これが一番、なんですね。
個人の誰々、という名前が出ていなくてもいい。


自分のやっている仕事は、いわゆる「職人」ではないけれど、
心意気は「職人」、はできそうですよね。



石には、とてつもなく硬いものもある。
それを一センチ彫るのは正直、骨が折れる。
だが、地球規模で考えてみるとどうだろう。
この一センチがつくられるのに、何万年とかかっていることもある。
石を彫るとは自然の理に抗う行為。

大変なのは当然だ。
機械を使えば一時間で済むところを、ぼくは手作業で100時間かけることを厭わない。

手の中で過ごした時間にしか生み出せない表情がある。
手間ひまはいずれ真心になる。
それはつくり手の中で育つ真心だ。

「まあいいか」で終わらせない。
一つひとつを丁寧に取り組んでいくと、真心はどんどんどんどん蓄積されていく。
蓄積されていく真心を高めていくと、
いま取りかかっている硯の仕事が仕上がっても、それは終わりではないと感じる。




硯の中の地球を歩く


私は最近、「無駄と思えるくらい時間をかけてやり続けてみる」ことにチャレンジしています。
効率の良さで、もうこれからAIには敵わない。
ならば真逆の、非効率で対抗してやろうかと。
真心で勝負ならば、ズルとかもないですし。

「真心で」、というのは、「真摯に」と言い換えられますね。
真摯の、「」もよくできた漢字です。

くこねて、ささくれをなくして作り上げているところにせがある。

これからは、どれだけ真心があるかないかでしょう。
あんまり褒められることがないからって、
くさらず、淡々と、真摯に。


この種まきは、やがて発芽します。

最終更新日 : 2020-07-17

* by てかと
クリーニングに頼むときってひどい汚れのときくらいですから、
プロがやってもだめなら仕方ないなってのはありますね。
そこに2000円で固定客がつくなら広告費用として安いとさえ。
つまらん話ですが俺が買う衣類はたいてい黒いんですよ。
この世すべての色を混ぜれば黒くなる。
しみなどわからん、完璧だ、と。
そんなところに漂白剤で白いしみができて悶絶してたんですけどw
ひとのやることに完璧などない、と。

* by 八咫烏(全力稼働中)
製硯師って言葉は、実は初めて聞きました。そんな職業があったことさえ知りませんでした。硯って機械とかでサッサと作っているのだとばかり思っていました。

「製硯師は使う人のことと、石の良さを生かすことだけを考える。作家性は〇す」

これは物を作る人にしてみると、自らを〇すってことと同意ですよね。

技術がすぐれてくればくるほど、より自分らしさを表現したいのがアーティストなわけですが、それをあえて捨てるっていう考え方に、プロの職人の仕事に対する誇りを感じます。

石を掘る作業を通して、自然に対して畏敬の念を感じるのでしょうね。人間にできることなんて実は微々たることであることを、熱い岩盤を掘りながら毎回のように感じるのかもしれません。

しかし、その「作家性を〇す」姿勢の結果生み出されたものに、その個人の性質(いわゆる作家性)がこれ以上ないほどにいきいきと表れてしまうであろうところが、また実に面白いですね^^

※文中のクリーニング屋さん。良いです。我が家の側に引っ越してきてください(笑)

* by ミドリノマッキー
このクリーニング屋さん、いいですね。自分も絶対頼みますよ。

自分も知りませんでした。
製硯師。「せいけんし」で打ち込んでみましたが出ません。生犬歯。こんなのが真っ先に出ました。
やはり一般的ではないんですね。

硯って炭がすれればいいんですよね。なのにここまで神経を注ぐ。
そこに何かがあるのかもしれませんが自分ごときでは正直言って理解しきれません。

ただ、いい加減なものは世に出さない、という気持ちだけは伝わってきました。

* by ナカリママ
鬼編集長の気持ちで、仕事に精出してましたが、
一息ついて見に来たら、すてきなコメントも含めて、濃い~~!
このクリーニング屋さんの姿勢は、
サービス業、営業の現場で黙々と働いた父を思い出させられて、
ちょっと涙が出ました。
(父は接客業だったので、お客さんに非があると分かっていても
決して抗わず、頭を下げて、すみませんと言い続ける仕事でした)
亜紀さんのところには、すてきな読者が集まるので、
コメント含めて読むのに時間がかかって大変です(笑)
私も、ちょっと手を休めて更新したい気持ちになりました。
「職人」憧れます。
今、
ものすごく、動物園や水族館の職員さんのことをリスペクトする毎日です。
今日もありがとうございました。

こんばんは♪ * by ふたごパンダ
神対応のクリーニング屋さんすごい!
うちの近くのクリーニング屋さんは
母の服を1着ダメにしたし
他にもちょっと対応がよくないときがあったけど
まだ付き合いは続いています。
神対応のクリーニング屋さんは
絶対リピートしちゃいますね(*´▽`*)

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おはようございます! * by ダリルジョン
仕事、本来のことなんでしょう、
どれだけ尽くし仕えたかがね。

それぞれの立場、立ち位置での立ち振る舞い、、、

己が主人公なのか?


イヤイヤ、貴方が為に、、、と。


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