吉報配達ブログ

ひっそり咲いている名言に、光を当てる

Top Page › 哲学・心理・書評 › 死ぬのは怖い?「詩と死をむすぶもの」
2019-02-15 (Fri) 06:00

死ぬのは怖い?「詩と死をむすぶもの」

私の父が亡くなってから数ヶ月間は、次男(4歳)が
「人って死ぬの?ぜったいに?そんなのイヤだー!!」
と泣いてどうにもならなくなることがありました。

火葬場にも一緒に言ってお骨を拾ったりもして。
強烈な印象が残ってしまったんでしょうね。

死ぬことを恐れて、みんなが死ぬのもイヤだと泣いてる次男を見てると、
私も泣けてしまったり。

死ぬのが怖い、という想像にとりつかれる時期ってありがちなのかな。
お釈迦さまも、死は逃れられない苦しみと言い切っていらっしゃるし。


恐ろしそうな「死」が、実はユーモアたっぷりになるときもあることを教えてくれる本を紹介します。
『詩と死をむすぶもの(谷川俊太郎・徳永進:著)』です。



詩人と医師の往復書簡で構成されている本書。
徳永先生の思い出に残る臨終場面が、不謹慎ですが笑ってしまって。



66歳男性の患者さん。
肝ガンの末期。

病室には奥さん、娘さん、年老いたご両親、親族など大勢集まっています。
しかし、長男がいません。

長男はお金のトラブルから拘置所に収監中。

長男のお嫁さんが、医師の診断書があれば面会に来れるかもしれないと言っています。
先生は、余命が短いことを書いた診断書をお嫁さんに渡しました。

なかなか面会が決まりません。

患者さんの容態は急激に悪化します。
どうにか長男と会わせたい先生は、普段は使わない血圧を上げる薬やステロイドを投薬します。
「なんとか、命をもたせられないか。生きて会わせてあげたい」と。


ようやく長男の面会が決まったと連絡がきます。
その日の午後3時40分、警察官3人に連れられて長男が到着。

間に合った!
親子、最期の時に会うことができました。

・・・警察官がそろそろ出発すると告げます。
先生は、患者さんはもう1時間くらいしかもたないだろうと診て、
「待ってほしい」と警察官に頼みます。

「じゃあ、あと30分。それでだめだったら連れて帰ります」

先生は焦りはじめました。
”どうしたら、30分で死なせられるか?”

薬はぜんぶストップ。
小声で、
「患者さん、できたら、30分以内に死んでくれませんか。
息子さんもいるし、皆が揃ってるし、
死ぬんだったら、今が一番いいんだけどなあ」とつぶやきます。

30分経過。
警察官がもう行くと言います。

「もう近いです、あと10分だけ待って」と先生。

10分経過、夕方5時。「もう、ですので」
警察官も、もう何も言わない。
死が来た。夕方5時8分。

みんなが「ようがんばったー!!」
長男にも、「がんばれよー!!」
やんややんやの喝采で、病室は死があるとは思えないほど賑やかに・・・。


先生、最高に素敵ですよね。
患者さんに「今、死んだらいいんだけどなあ」って(笑)

こういう死の迎え方も本当にあるんですね。


谷川俊太郎さんの手紙に興味深い記述があります。


日本語の「息を引き取る」という表現がありますね。
世界で同じ意味の言葉は次のようになると。

南アフリカ→「幸福の猟場へ出向く」
スペイン語→「違う縄張りへ出向く」
ウェールズ語→「山頂にたどり着く」
チェコ語→「土中で屁をこく」



なんですか、チェコの「屁をこく」って。
死ぬことを「屁をこく」と表現するなんて、世界の文化とは本当にさまざま。


ウチの母、父が亡くなって1年で5キロ体重が増えました。
1周忌のときは、
「この喪服小さなった!いちばん痩せてるときに買ったからきつい!
早よ脱ぎたい!!」と騒いでいました。

たぶん、この2年あまり、
父が急変したとき、自分がちゃんと対応できるか不安だったんでしょう。

実際には私がいてる時で、あわてず病院に連れて行くことができたし、
それこそ徐々に命が遠ざかっていくような最期で。

今、不安がなくなって。
安心して食欲もバンバン回復して5キロ増量、みたいな(笑)





死に対するイメージは、恐ろしい・怖い・悲しい・寂しい・暗黒・無・・・・
多くの死を見てきた先生の手紙は、笑えるもの・清清しいもの・静かなもの、
美しさすら感じる死も多くあるんだなと、知ることができます。
死すら、個性がでるんだなあ。

最終更新日 : 2020-07-17

* by ミドリノマッキー
死を考える年になってきています。
人間いつ死ぬか分からないと言いますが、70、80になると確実に死が迫ってきます。
自分が今思っていることは死に直面したとき何を考えているだろうということです。
自分の人生観から言ったらたぶん慌てないというか騒がないとは思いますが。
世間にはいろんな死があるんでしょうね。できたら楽しいのがいいな。

* by てかと
4歳の子供に人間は神や仏と違って不完全な存在だ、恐怖、不安、死を克服してこそ、
ひとが高みに上ることができる、超越種だ、そこを目指すのだ、とか説明してもしょうがないしなぁw
うちなんか両親祖父母、すべて他界しました。
早すぎる。
笑っちゃうけど次は俺の予定ですw


* by 八咫烏(全力稼働中)
これは、実は誰もが日常生活のなかでふと考えることなんですよね~。

ええ、私もよく考えますよ。

何かの本で、人は無から来て無に帰るのだからうんぬん書いてありましたが、これはあてはまらないんですよね。無から生は「授かる」ものですけど、生から無は「可能だったかもしれない未来を奪い去られる」わけですから。

物でもなんでもそうですけど、元々手にないものに人は執着を感じません。一度手に入れたものは、やっぱり「自分の物」って意識があるから、手放したくないんですよね。

どんどん深刻になってしまうんですけど、堂々巡りしているうちに、疲れて考えるのをやめるんです。もうどうでもよいや、って。これって、死を受け容れる過程の、否認・怒り・取引・抑うつ・受容の模擬シミュレーションみたいなもんかもしれませんね。

できれば、「土中で屁をこく」ことを、早く受け入れたいところですが、それを早く受け入れすぎても今度は生きるのに支障が出そうです(笑)

この話の患者さんの最後、面白いですね。

チャップリンの「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇」みたいな観点で物事を考えられると、もっと人生も死も楽しめるとまで言わなくても、楽になるかもしれませんね。

* by エリアンダー
この死に際のやりとり、コントみたいで思わず笑ってしまいました。
時にいやに明るい雰囲気の葬儀もあって、これはこれで
いいもんだなと思います。

アヴリーヌ「人間最後の言葉」は歴史上の人物の最後の瞬間が
たくさん載っています。
その中からひとつ、

エミリーは既に亡く、アンは死の間際に、三人姉妹のなかで、
ただひとり取り残されようとしているシャーロット・ブロンテに向かって、
「勇気をだして、シャーロット。勇気をだして」

こんばんは♪ * by ふたごパンダ
私は死ぬのはそこまで怖くないけど
苦しまずに死にたいっていつも思います。
そう簡単にはいかないけど(笑)。
死んだら会いたい人がたくさんいるから
会えるのを楽しみにしています(*´▽`*)

* by ナカリママ
人が亡くなる間際のお話になると、
まだ両親の看取りから4年以内なので、
その場面に気持ちが戻ってしまいます。

ありがたいことに、
私は両親二人とも、最期をすぐ側で見守ることができ、
(父がこと切れた瞬間、私はちょうど病室を離れていたんですが、
急いで戻って目を閉じてあげることができました)
母から聞いた祖父の最期(私が生まれる前の話)が
まるで映画のようで、
布団の周りに集まった人たちにひととおりお礼を言ってから
カクッと亡くなった、と何度も聞かされたことも思い出し、
親が子どもにしてやれる最後のこと、は、自分の死を見せること、
という文章も思い出して、
改めて感謝しているところです。
自分のことばかり長々とすみません。

死、は、怖くて、寂しいものだけど、
ある時には、とても惹きつけられるものでもあって、
辞世の言葉、や、墓碑銘、なんて、洒落たものも多くて、
もっともっと普通に自然体で語り合えたらいいなあ~、
と感じていたので、
今日の記事に(本にも)、拍手を送りたい!です。

私も、できれば、明るく、ありがとうと言って逝きたいなあ~
ご紹介いただいた「ジルバ」に出てくる高齢の女性たちを見ていたら、
みんな力強くて、明るくてしぶとくて、樹木希林さんのように、
慌てず騒がず「死ぬ時くらい好きにさせてよ」って逝っちゃいそう。
「死に方」の目標が出来たら、生きる励みになりそうです。

お母さまが体重増えちゃったお話に、なんだかホッとさせられました。
まだまだパワフルに、美味しいものをたっぷり召し上がって、
これからも、安心して過ごされますように!
(あ、亜紀さんの体重には触れません~~
ブーメランのように自分に返って来そうで…笑)

この先も、息子さんにとって、じいじとのお別れが、
とっても大きな体験として心に残っていくんでしょうね。
また、いろいろ、ご様子を聞かせてください。
子どもたちが成長する姿は、何よりの希望ですから(^-^)
今日も素敵な記事をありがとうございました。

管理人のみ閲覧できます * by -

管理人のみ閲覧できます * by -

Comment-close▲