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2020-05-24 (Sun) 05:11

『山月記』以上に美しい、『光と風と夢』

教科書って罪深いものです。
名作だからこそ、学校で学ぶのですが、
「難しいものだ」というイメージも植え付けられてしまいます。

私にとって、中島敦の『山月記』がそうでした。
「漢文調」の文体。
他の作品まで読む気がしませんでした。
しかし、ある本に、
「想像だけでここまで自然の美しさを表現できるとは!」とあり、
ダメ元で読んでみたのが、ハマりました。

『光と風と夢(中島敦:著)』です。


光と風と夢・わが西遊記 (講談社文芸文庫)


南の島・サモアでトラに変身した男の生涯を日記形式にしたものです。


ウソです。ごめんなさい。
『宝島』『ジキル博士とハイド氏』などで有名な作家・スティーブンスンが、
サモアでの暮らしを日記に綴った、という形式にした小説です。

すごいです。
苦手意識や偏見すらもっていた私が、魅きこまれてしまいました。
自然の美しさをここまで表現できるとは!

中島敦がこの作品で目指していたものを指す一文があります。

死の冷たい手が彼をとらえる前に、
どれだけの美しい「空想と言葉との織物」を織成すことが出来るか?


どんな「織物」があったのか、いくつか紹介します。

豪華な此の緑の世界の、何という寂しさ!
白昼の大きな沈黙の、何という恐ろしさ!



暁方の四時頃、眼が覚めた。
細々と、柔らかに、笛の音が外の闇から響いて来る。
快い音色だ。和やかに、甘く、消入りそうな・・・
あとで聞くと、此の笛は、毎朝きまって此の時刻に吹かれることになっているのだそうだ。
家の中に眠れる者に良き夢を送らんが為に。
何たる優雅な贅沢!



早く、あの・空中に何時も緑金の微粒子が光り震えているような・
輝かしい島へ帰りたい。



此の朝の快さ。空の色の美しさ、深さ、新しさ。
今、大いなる沈黙は、ただ遠く太平洋の呟きによって破られるのみ。




そして、死ぬ2日前の日記には、

凡て、繻子の光沢を帯びた、其等の、目も眩む色彩に染上げられた。
金の花粉を漂わせた朝の空、森、岩、崖、芝地、椰子樹の下の村、
紅いココア殻の山等の美しさ。
一瞬の奇蹟を眼下に見ながら、私は、今こそ、
私の中なる夜が遠く遁逃し去るのを快く感じていた。


中島敦は、サモアに行ったことはありません。
しかし、パラオには仕事で滞在していたことがありました。

サモアは南太平洋上にあって、
オーストラリアやニュージーランドの近く。
パラオは太平洋上にあって、
インドネシアやフィリピンの近く。

北半球・南半球の違いはあるとはいえ、同じ南の国。
想像しやすかったんでしょう・・・って、
中島敦が『光と風と夢』を書いたのは、パラオに行く前!!

なんてこった。
なんかもう、「書ききった」という凄みさえ感じられます。

中島敦はパラオから帰国して、『光と・・・』の題名を変更し、
(もともとは「ツシタラの死」でした)雑誌に掲載されます。
そして1年もたたずに亡くなってしまっています。

死の冷たい手が彼をとらえる前に、
どれだけの美しい「空想と言葉との織物」を織成すことが出来るか?



中島敦の織り成した言葉は、とんでもない美しさをもって、
「漢文調イヤだー」の私を感動させてくれました。

光と風と夢・わが西遊記 (講談社文芸文庫)


ぜんぜん漢文調じゃなかった。
サモアの土地で暮らす人々が、白人から搾取されまくってる様子などもよくわかります。

最終更新日 : 2020-05-24