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2020-07-10 (Fri) 05:11

懐かしのクヌートに涙が・・・『雪の練習生』

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地球温暖化が叫ばれて、どうにかしなきゃなと思いつつ、
何が出来てるのかよくわかんない。
こんな本音があったりするんですが、この小説を読んだら、
もう一歩、真剣に取り組まなくちゃって思ってしまいました。

『雪の練習生(多和田葉子:著)』です。



ホッキョクグマ3代の物語です。
第一話「祖母の退化論」では、作家になり亡命したりするホッキョクグマ。
第二話「死の接吻」では、熊作家の娘がサーカスで生きる。
第三話「北極を想う日」では、その息子が動物園で生きる。

なんとも説明しようのない物語なんですよね。
昔、中学生くらいの時って、帰宅して
「今日はどうやった?」みたいに親から訊かれると、
「別に」「フツー」って素っ気なく答えたものです。
何にもない日じゃないけど、
一体どこをピックアップして伝えればいいのかわからないから、
「別に」になっちゃう。

この物語もそんな感じでした。
熊が会議に出席したり、作家になったり、亡命したり、
人間と意思疎通したり、不思議なお話です。

だけど、第三話が実在した「クヌート」だと知って、
この小説は私にとってガラリと印象が変わってしまいました。

覚えている人もいらっしゃるかもしれません。
ドイツの動物園で大人気だったホッキョクグマ・クヌート。

なんとなく名前を覚えていて、
「えー?まだ元気なんかなあ、さすがに寿命がきてたかなあ」と、
読後にネット検索したら、ありました。

もう死んでいたんです・・・。
なんで知らなかったんだろうと思ったら、
死んだ日は、2011年3月19日。

ああ、その頃の日本は、
いくら可愛いといっても、
海外の一匹の動物の死をニュースにするゆとりはなかったわ。

こうなると、至るところで心に入ってくる文章があるんですよ。

「無いはずの花粉が北極にも飛び交うようになって、
くしゃみが出て仕方ないの。
花が咲かない世界に花粉が溢れているのは嫌な感じ。」



「絶版なの。北極ではすべての書物が絶版なの。
印刷機も氷で作られていて、それが溶けてしまったから。」



「北極には戦争がなくていいわね。」
「でも戦争がないのに鉄砲を持って北極に来る人たちがいるの。
その鉄砲で理由もなく生き物を撃って殺す。」



ただ温暖化警鐘を叫ばれるよりも、
熊が悲しそうに語る方が切実さが増します。


クヌートがパンダと会話する場面があります。
パンダはクヌートを見て、こう言います。

「あんたもなかなか可愛いね。
でも気を付けた方が良い。可愛いというのは絶滅の兆しかもしれない。」

「絶滅しそうだから、絶滅させてはいけない、と人間に感じさせる必要が出てくる。
だから自然がわたしたちの顔を可愛く変貌させる。
ネズミを見てごらん。人間に憎まれても全く気にしていない。
絶滅の危機にさらされてないからだよ。」



クヌートの動画が残ってるんですよ、YouTubeに。
何本も観てしまいました。
ここにもアップしておきます。お時間があればぜひご覧ください。
ヒゲもじゃの男性が、クヌートの育ての親である飼育員さんです。
うぅっ、愛情に溢れてて涙が……。

クヌートと育てのお母さん

元気なクヌート

クヌート死の瞬間

これを観て、小説を読んだからといって、
何かできるわけじゃないんですけど。
なんかいっつも、できることを探してしまうけど、
まずは「やめる」ことからじゃないかと思います。


この小説が出版されたのは、2011年1月。
まだクヌートは元気だったんだ・・・。
ラストの一行はこうです。

わたしは雪に乗って、地球の脳天に向かって全速力で飛んでいった。


レジ袋廃止が、ハチドリのひとしずくになりますように。


雪の練習生


この小説で、作家は地球温暖化や
ホッキョクグマの絶滅を訴えてるわけではないです。
多分、そんなことではないでしょう。
人間が地球で生きていくには、どうしたらいいのか。
大きなテーマを暗示しているのかなと思いました。
読む人によっては、共産圏のことに思考を巡らすかもしれないし、
ひたすら熊の可愛さを楽しむ読者がいたって全然OKのはずです。
どう読んでもいい、そういう純文学になっていると思います。

最終更新日 : 2020-07-17