吉報配達ブログ

ひっそり咲いている名言に、光を当てる

Top Page › 日本文学・エッセイ › 『こんな日もあるさ』
2020-07-27 (Mon) 05:11

『こんな日もあるさ』

ありがとうございます。吉報配達ブログへようこそ。
吉報を届けることができますように。


子どもが憎たらしくてたまらない、
ペットすらかわいくない。

ささくれだった心になる日があります。
そんな時に効くと思います。
『こんな日もあるさ(上原隆:著)』です。



23のコラム・ノンフィクション。
どんな人たちが登場しているのでしょう。

結婚したてに交通事故で亡くなった男性の両親。
博士号をもっていても、会社で無能扱いされている男性。
なんらかの失敗をした人が集まるタクシー会社。
アル中の母親を殺したかった男性。
婚活しても結婚できない人たち。
新婚旅行から帰った翌日、心不全で亡くなった女性の両親。

「なぜ?なにか悪いことをした報いなのか?」と、
何者かに問いたくなるくらい、辛い人生が多いです。

せめて、人並みになりたい


私のような半端者でも、人前でどなられれば傷つく。


ずーっと生きてるのがつらいんですよね


痛々しい言葉たち。
だけど著者の文章は、感情を大きく揺さぶってきません。
平地をテクテクテクテク歩いてるような感じ。
淡々としてて、シンプルで。

読んでて「うわ、悲惨やな・・・」と安易な同情もしないし、
「こんな人生じゃなくてよかったー」と優越感が湧くでもない。

みんなそれぞれ大変で、自分だけが大変じゃないんだな。
いろんな人が生きているんだな。

素直にそんな言葉を呟いてしまう、そんな心境になります。


子どもやペットをかわいく思えないほどささくれだってるときに
効きそうな言葉がありました。

疲れた様子の母親、小学生の兄妹の3人が中華料理店に入ってきた。
母親は子どもに話しかけられてもうるさそうにして、スマホに夢中。

この親子を見ていた著者が、次のように感じています。

母親はいま、忙しくて疲れ切っていて、子どもの相手をするのが面倒なのかもしれない。
でも、本当につらい気持ちになったとき、
目の前にこの子たちがいれば、きっと励まされるに違いない。


この言葉に、私の心は掬い上げられたように思います。

私は自分の沈み具合を「海溝」に例えています。
ちょっと沈んでるときは世界一浅い「マクラン海溝(深さ3000メートル)」。
まあまあ沈んでしまってるときは「日本海溝(深さ8046メートル)」。
めっちゃ深く沈みこんでるときは世界一深い「マリアナ海溝(10994メートル)」。

中華料理店にいたお母さんは、日本海溝にはまってますね。
私はこの本を読んでいた日、悲しみ色の大阪湾に沈んでました。
(海溝ちゃうんかい!のツッコミはなしで。
悲しいときは大阪湾ですよ、上田正樹ですよ)

本当につらいとき、マリアナ海溝にはまりこんでるときは、
もっとも愛する者(物)が側にいるのが一番の薬。
愛する対象が憎いときは大阪湾〜日本海溝のときですね。

だから、ささくれだってるときは、まだ沈みきってないなあと、
自分の水深を確認するようにしています。

足が底につけば、蹴って水面に上がれるんですけどね。
途中でもがいてるときがしんどいんです。
上原氏の著書は、「底」の役割を果たしてくれていると思います。



過去にも上原氏の著書を紹介しています。
↓↓↓
友がみな我よりえらく見える日は


もう一ヶ所、私の好きなところを抜粋します。

「そんなんで、よくいままで生きてこれたな」と営業部長にいわれた。
自分の命は自分にとって唯一無二のものなので
そこにズカズカと入り込んで干渉するのは少し無礼なことだ。
周りがどんなにいおうが、私の命まで責任を持ってくれるわけではない。
私は私の好きなように、生きやすいように生きてもいいはずだ。
したり顔の通念や道徳は命と較べれば何するものぞ、である。


自分をちっぽけだと感じたら


最終更新日 : 2020-07-27