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2020-11-27 (Fri) 05:11

『与楽の飯』奈良の大仏を造った人々の物語

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前回の『火定』から続いてるような小説を。
登場人物たちにつながりはありませんが、
時代の流れはちょうどいいです。

『与楽の飯(澤田瞳子:著)』です。



聖武天皇の悲願ともいえる「大仏建立」。
建立に携わる仕丁(作業員)たちと、
仕丁たちの食を支える炊屋(かしきや)の調理人、
宮麻呂(みやまろ)の物語。連作短編集です。

「こんな飯が毎日食えるなら、
仕事がきつくたって、辛抱できるってもんだ」


宮麻呂の作る食事は美味しいと評判で、
遠くの作業場からも食べに来る仕丁たちで大賑わい。

奈良時代の人だって、美味しいモノで元気が出る。
遠い過去の、実感のない人々の暮らしや生きる姿が、
生き生きと描かれています。

心を込めて供される与楽の飯は、
ただ腹を満たすだけの食い物ではない。
それはこの作事場に寝起きする者たち全員の
心と身体を健やかに保つ、
生ける仏にも等しい存在なのだ。


宮麻呂の作る食事は、「与楽の飯」なのです。
「与楽の飯」とは、安楽を与えてくれる食べ物の意味。
美味しいだけじゃなく、身体に良い食材とか、
体調に合わせて調理されたものとか。
「これ!」といえるものではないけれど、
今の自分に必要で大切な食べ物を食べること。
最高の与楽になり得ますね。

フィクションだけど、宮麿呂が本当に実在していたら、
当時の仕丁たちはどれだけ励みになったかと想像してしまいます。


物語は食に関することにとどまりません。
全国から集められた仕丁たちは働き盛りの男性たちです。
家族を故郷に残してきているのです。
最低3年。下手したら延長延長の単身赴任。

いかに危険が多かったのかも小説で知ることができました。
困難も多い中、大仏を造るなぞ意味がないと、
やけっぱちになる人だって、きっと多かったと思います。

それでも、小説内の次の言葉に、
大仏の存在を考えさせられました。

人を救う御仏なぞ、この世にはいないのかもしれない。
しかし、それでいいのだ。
この大仏建立に関わる、何千何万という人々。
ある者は仏に全てを委ね、ある者は世を恨んで仏に唾する。
そんな悲喜こもごも相乱れた彼らの思いすべてを呑み込み、
それでもなおここに佇立する大いなる存在が
この未曾有の巨仏なのであり、
激しい愛憎双方をその身に受けんがために、
毘盧舎那仏は造られねばならぬ。



「おぬしらは上つ方々のために大仏を造っておるのではない。
後の世に生きる者たちのため、
自らの身を削って仏に変えておるのじゃッ」

あまりに思いがけぬ言葉に、真楯は目を見開いた。
自分たちが一枝の草、一握の土を運んで造り上げた仏。
それがこれから先、どれほどの年月この地に在るかなぞ、
これまで考えたこともなかった。
仏のおらぬこの世ならばなお、
傷だらけの手で泥を捏ね、銅を溶かし、
後の世の人々のために仏を造る。



何百万、何千万もの人々の血と涙と汗がこもっている大仏。
二度の焼失にも屈せず再建させる存在価値があったのです。
先人たちの魂がこもっているからに他ありません。

日本史では奈良時代はシャシャーっと終わってしまう項目です。
大仏建立も、
「飢饉や疫病流行後、仏教に熱心だった聖武天皇が、
なかば無理やり行った」という認識でした。

遠い遠い日本人の、大仕事。
一人ひとりの、人間が、携わっていたんだという実感が、
今までありませんでした。

奈良時代の人間も、悲喜こもごも、愛憎もあり、
泣いたり笑ったり、飲んだり食べたり、
サボりたくなったり(笑)していたということ。

その想像ができること。
『与楽の飯』のおかげです。



与楽の飯~東大寺造仏所炊屋私記~ (光文社文庫)


大仏の存在価値って、とてつもないですね。
(どれだけ奈良の観光に貢献してきているか!)
さすが、釈迦の身長の10倍で造られただけあります。
10倍で宇宙サイズを意味するんですって!(これはネット調べ)

最終更新日 : 2020-11-27